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「ユリ様を狙う者がいる?」
「ああ。つまり、街の出口全てには、既に網が張られていると思って間違いねぇ。四面楚歌ってやつだ。」
「逃げ場が無いって事ですか?」
「陸路はな。だが、まだ上と下がある。」
「解りました。すぐに飛べる者を手配……」
「馬鹿か、敵の頭上をひょろひょろ飛んでたら、格好の的だろうがよ。俺なら、下を使う。」
「下?」
「おかしいと思わねぇのか? なぜキスンナーが『迷宮』と呼ばれるのか。」
「すいません、歴史は疎くて……」
「お前、国語も苦手だろ……まあいいや。この街には爺さんの古い知り合いがいる。もう隠居してはいるが、ユリの身分を聞けば協力してくれるさ。『下』に関しては俺に任せておけ。」
「では脱出の手はずを……」
「待て待て! 何でお前は結論を急ぐかなぁ……ここで逃げたとしても、敵サンはしつこく追ってくるだろうよ。それならむしろ、燻りだす!」
ヤヲが怪訝な顔をした。
「何も、一矢報いようって訳じゃない。この先のことを考えると、敵の正体ぐらいは知っておきたいからな。」
「この先……」
「心配するな。姫サンに近づかないって約束は守る。『俺』を除隊してくれ。」
スライムがぐいっと伸びをした。
「そこらで適当にトレースして……別人として再入隊させてもらうさ。」
「なぜそこまで……」
「一緒にいるって約束しちまったしな。それに、ユリに教えてやりたいことが一つだけある……」
「教える?」
「別に、エロい事じゃねぇぞ。もっと大事なことだ。」
その表情は、相変わらずヤヲには読めなかった。
「俺は、あいつの『寝台』だからな。」
ただ、何時に無く低い声が、その悲壮な決意を伝えた。
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(くそっ! 裏目に出たか。)
あれ以来、ヤヲとの接触は一切無い。無骨な彼の演技力を懸念してのことだったのだが、計画に狂いが生じた今となっては、悔やまれるばかりだ。
スライムは苦々しい思いで、ユリの部屋の扉を開いた。
「やっぱり……起きてたな。」
寝巻き姿でベッドに腰掛ける少女は、胸にしっかりと極彩色の絵草子を抱えている。
「面白いだろ、それ?」
言いながらずるりと這い寄る姿に、ユリは何の反応も示さなかった。
ただ、書物を抱きしめる腕が優しく、まるで『誰か』に祈り縋っているように見えることだけが、スラスラの心を後押しする。
「俺はお前の『寝台』だ。信じろ。」
言い置いてから、扉の外を意識して声を張る。
「ミョネ、俺の着替えを用意しろ。スライムのままじゃ、歩きにくくてしょうがねぇ。」
ばたばたと走り出す足音を聞いたスライムは、ずり、と小さな体に張り付いた。
「ユリ、お前も着替えろ。お兄ちゃんに、とっておきの起爆剤をプレゼントしてやろう。」
くすくすと笑いながら、スライムが小さな少女を飲み込んだ。
ボツシーンなんですがおまけってことで
褐色の乳をたゆんと揺らしながら、ミョネが暗い路地を走り抜けていく。
その後ろに続く黒い甲冑の男は、ヤヲと同じ姿をしていた。
「ユリ、大丈夫か?」
男の腕の中に抱えられた少女は、ヤヲと同じ声に不満げな声を出す。
「スラスラ、声。」
「ん? ああ、すごいだろ。声帯液の動かし方によっちゃあ、女の声だって出せるぞ。」
「違う。声。」
スライムは、彼女が求めているものにやっと気がついた。
声帯液を本来の形に戻し、ミョネに聞かれないように小さな声でささやく。
「ごめんな。お前をこんな、怖い目に合わせるはずじゃなかったんだ。」
「怖い、無い。スラスラ、居る。」
「ンな頼られたって、中身は最弱だぞ。あんまりあてにするなよ。」
「……スラスラ、居る。」
小さな手のひらが、ぎゅっと黒い甲冑を掴んだ。




