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予想より早く書けました~
第2章開始です。
ここで『寝台』という階級について説明しなくてはならないだろう。
戦場での睡眠の確保は最も重要であり、尚且つ最も難しい。故に、太古の王達はスライムを身近に置いていた。彼らは、見張りとしてその眠りを見守り、時にはトレースというその特殊な能力でもって影武者を務め、盾となり、数々の武勲を立ててきた。
おまけに、スライムは寝心地のいい生き物でもある。心安らぐ柔らかな生き物に包まれて戦いを忘れる、その一瞬こそが王達がスライムを求めた大きな要因であったことは、想像に難くない。
かようなスライムたちの為に与えられた称号こそが『寝台』。
だが、永く平和の続いたこの国では既に廃れた言葉でもあった。
まして、ユリとスラスラの場合……
「絶対に許しませんからね! 結婚前の男女が同衾など!」
野営地である森の中に、ヤヲの怒号が響く。
焚き火をはさんで座らされた小さな姫君と、その『寝台』候補はびりびりとした空気など気にも留めない風だ。
「俺が布団になるんだから、同衾とは言わねぇだろうよ。」
「そういう問題じゃありません! ここは戦場ではないのだから、そういう役職は必要ないと言っているんです!」
「お前が心配するような事態は起きないぞ。俺も、こんなペタンコに欲情するほど無節操じゃないさ。」
ユリが、自分の胸元に手を当てた。
「ぺたんこ?」
「ち、違うぞ。貧乳って意味じゃない。大人の姿なら、それなりに……ううう、そうじゃなくて……俺はっ、公私混同はしないっ!」
さらに不安を掻き立てられたヤヲが、大きな溜息を吐き出した。
「そんなに心配なら、お前も一緒に寝ればいいだろうよ。」
「知らないんですか? ユリ様は大変に神経質で、例え隣の部屋であろうと、誰かの気配があれば眠れないのですよ。」
「あ? 俺と一緒にいたときは、涎までたらしてよく眠ってたぞ。」
「寝心地、抜群。」
小さな掌がすりすりと滑らかな体をさすった。
「スラスラ、安全、安心。」
「いや、そこまで警戒されないってのも、男としてはいろいろ複雑なんだがなぁ。」
「スラスラ、男、違う。」
ユリは容赦なく頬まで擦り付け、全体重をその弾力に埋めた。
「大事。」
そんな主のしぐさに、ヤヲはことさら重たい溜息を吐く。
「もう少し、自分の立場というものを自覚なさってください。あなたは、『聖王』の最有力候補。さらに、『魔王』候補でもあるのですよ。どう転んでも、王族であることに変わりは無いのです」
小さな妹が、ぷくっとふくれっつらになる。
「自覚、ある(言われなくても解っているよ?)」
「いいえ、解っていない。男と、それも一兵卒に過ぎない者と寝ているなど、どんな邪推をされることか……」
「言わせておく。スラスラ、違う。(そんなの、言わせておけばいいんだモン。スラスラ君がそういう男じゃないって言うのは、ユリが知ってるモン!)」
「ともかく! だ・め・で・す。」
「ヤヲ、馬鹿(お兄ちゃんの馬鹿! おたんこなす! 石頭! ええと、それから……もういいもん! お兄ちゃん、嫌い!)」
表現乏しい感情を振り絞っての、精一杯の抵抗はヤヲの妄想力に増幅され、大ダメージを彼に与えた。ユリが野営のテントに飛び込む、その後姿を見送りながら、ヤヲはがくんと膝を突く。
「厳しいと思っているんでしょうね。」
「いや? お前の言うことも尤もだ。だが、そこまで心配しなくても、あの姿のユリに欲情しないってのは本当だぞ。」
「それだけじゃありませんよ。私が心配しているのは……」
スライムに向き直り、その眼球液と思しき辺りを睨むヤヲからは、剣呑な空気が立ち上っていた。
「ユリ様が刺客を吹き飛ばした話は?」
「ああ、そういえば、言ってたな。味方にも死者が出たって。」
「それがユリ様にとって、最も身近で大切な方だったということも?」
「まさか! だって、仮にも王族だろ?」
「ええ。ユリ様の母君は変わった方でした。『婚姻外の子』の母として、いくらでも縁談はありましたのに、それを全て断り、普通なら乳母に任せることをご自分でしてまでも、ただユリ様に愛情を注いでお育てになったのです。夜は隣で寝るのが常でした。」
スラスラはぐるりと眼球液を動かし、微妙にずれたその視線と真っ直ぐに見詰め合った。
「思えば、ユリ様が夜を怖がるようになったのはその頃からです。眠れないほど気配に過敏になったのも。……私は、ユリ様に大事な人を失う悲しみを、これ以上は……」
ヤヲは気付いていただろうか。そのスライムが、思慮深い瞳で天を仰いだことを……
「……お前の言いたいことは解った。確かに、あの魔力に巻き込まれたら俺じゃひとたまりもねぇな。ああ、刺客に襲われて死んじまうってこともあるのか。」
今度は、スラスラが溜息をつく番だった。
「ユリは俺に執着しているからな。下手に愛着が湧いたりしたら、あいつのダメージはデカいだろう。」
「『執着』……だと思っているんですか。」
「まあ、嫌われて無いことは確かだろう? あんなに懐いているんだし。」
「ユリ様が『婚姻』とか、『責任』などと言っているのに?」
「まあ、俺だって馬鹿じゃないさ。お姫サンの戯言を本気にするほど、身の程知らずじゃねぇよ。」
ずるりと微かに力の抜けたその姿は、ヤヲの目にも寂しげに映った。
「心配しなくても、ちゃんと距離は置くさ。必要以上に近づくようなことはしない。だから……ユリが『いらない』というまでは、ここに居てもいいか?」
「好きにしてください。」
「すまねぇ。」
ずるりずるりと離れてゆく姿を見ていると、ヤヲもあのスライムのようにずるりと沈んだ気分になる。
(いっそ……)
主の中に芽生えた小さな気持ちを大切にしてやりたかったとも思う。時に腹を立て、時に臍を噛み、それでも、幸せに笑う姿を見守るのは、兄としてどれほどに楽しいことであっただろう。
だが、彼女は『小さな妹』ではない。いずれは一国を担う血脈と力を持つ『王』に連なる者だ。迂闊な恋を許すわけにはいかない。
(それに……)
ユリの傍らに寄り添うためには、彼は力不足だ。彼が戦いで傷つき、その命を危険にさらすたびに彼女はその小さな胸を痛めるのだろう。まして、自分の手でなどということになったりしたら……
(嫌な役回り……ですね。)
ヤヲは、ぱちぱちと爆ぜながら燃え尽きようとしている、残り火を見つめていた。




