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拘束をかけられたままの手足を精一杯に振り回して、ミョネが暴れまわる。
「やめろ! 触るな変態!」
「騒ぐな! 人が来ちまうだろうがよ!」
反駁の唇が、掌液でずるりと塞がれる。
「んん! んんんー!」
ミョネは声を封じられた唇の中で何度も何度も、あの金髪の男の名を呼び続けた。
スライムはずるりと体を伸ばして、肉感的な体を押さえ込む。
「暴れると痛い思いをするだけだぞ。大人しくしていれば、すぐに済む。」
柔らかな感触が、手首と足首を縛る鎖の上に這い登った。
「南京錠か。ま、この程度なら……」
細く伸びた体が鍵穴にもぐりこむ。かちりと小さな音がして、ミョネを縛り付けていた拘束が解かれた。同時に、ずるりとした体も褐色の肌を手放し、ずるっと一歩ひく。
「『あ~ん』なんてばかばかしいことができるかよ。飯ぐらい自分で食え。」
盆を突きつけるように手渡されて、ミョネはぽかんと口を開けた。
「ンだよ、その顔は。もしかして、して欲しかったのか?」
「ふっ! ざけんな! あんたみたいな玄人向生物……」
「はいはい。解ったから食っちまえよ。ヤヲが戻ってきちまうぜ。」
ミョネは盆の上に目を落とす。
「ボクを縛っておかなくていいのかい?」
「ああ、別に構わねぇ。俺はヤヲがどういうつもりでお前を『捕虜』にしたか、なんとなく解っているからな。もちろん、お前もだろ?」
「……ボクが……これ以上血にまみれることが無いように……ケウィのところから救い出してくれたんだ。」
「そして、ほかの隊員からお前を遠ざけているのにも、もちろん理由がある。ま、少しは独占欲ってのもあるけどな。」
「裏切り者のボクが……余計ないじめなど受けないようにだ。」
「よく解ってンじゃねえか。」
スライムが外皮の表面に笑顔を模る。
「そして、お前もヤヲの好意に甘えて、逃げ出さない。」
「!」
「脳髄まで平和なヤヲは気づいていないみたいだけどな、お前、剣化すればこの程度の鎖、ぶったぎれるんだろ?」
「それは……」
確かにスライムの言うとおりだ。だがミョネは知っている。もし自分が逃げ出したりしたら……そのせいで戦局が不利になるようなことが万が一にでもあれば、自分を助けてくれたあの男がなんと言われることかを。
「……愛だな。」
「ばばばば馬鹿なことを言うなっ!」
「照れるなよ。お前もヤヲも大人だ。どんな付き合いをしようが、俺は口を出すつもりはねぇ。」
「……だってヤヲは……姫さんが一番じゃないか……」
「はあ? 当たり前だろうよ。ユリはあいつにとって『脳内妹』だからな。」
「なにそれ! 慰め?」
「いや、マヂなハナシだから。さっきだって、自分で『お兄ちゃん』って叫んでいただろ?」
「……」
「さっきの、ユリの意地悪も気にするな。俺も姉貴が嫁に行くって聞いたときは、ちょっとしたやきもちを焼いたもんだ。まあ、師匠の通り道にバンブートラップを仕掛ける程度の、かわいらしいモンだったがな。」
もすっと食事を口に運び始めた女の、泣き出しそうな顔にスライムはため息をついた。
「じゃあ、お前はヤヲをどう思っているんだよ。」
「嫌いではないよ。捕まったフリをしてでも、そばにいたい程度には、嫌いじゃない。」
「強情だな……まあ、いいや。ここからが本題だ。」
スライムはブルリと姿勢を正す。
「明日、俺たちはこの町の地下にもぐらなくちゃならねぇ。戦力的なことを考えると、どうしてもヤヲが必要だ。」
「勝手に連れて行きゃぁいいじゃないか!」
「落ち着けよ。ヤヲがいないあいだ、どうしても他の隊員にお前を任せなくちゃならない。ケウィの手のものがお前を奪還に来る可能性だってある。そんな時、どう状況を切り抜けるかはお前の判断に任せるしかねぇ……だから、たった一つだけ頼みがある。アイツを……ヤヲのことだけは最後まで裏切らねぇでやってくれ。」
「随分と甘いね。ボクはケウィの道具だった女だよ。いま隊長にデレているのが色仕掛けかも、って思わないの?」
「それならそれで、信用した俺が未熟だったってだけの話だ。お前が気にすることじゃない。」
スライムがまじめくさった姿勢をずるりと崩す。
「ま、どうでも良いから食っちまえよ。それとも、ヤヲに『あ~ん』ってしてもらうのか?」
真っ赤になったミョネが、ものすごい勢いで盆の上をたいらげはじめた。




