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城門の前で暴れまわるその男は、美しかった。
振りぬかれる刃風に、金色の髪が微かに揺れる。白い肌を色染めるギガントの返り血さえ、その鬼神のごとき美しさを彩る飾りでしかない。
ヤヲと寸分たがわぬ容姿をしたその男は、ちらりと魔導士に目配せすると、詠唱の陣を象った。
「シクツーン=ナッシ=ト(灰燼と化せ)」
襲い来る敵の足元から炎が吹き上がり、辺りは灼熱に包まれる。
脳軽には、よもやその呪文の発動主が、後ろに控えたソーサラーだとは気づかないだろう。
それほどまでに彼は強く、美しく、そして自信に満ち溢れて見えた。
「もっと派手に暴れてくれ! 敵の本陣まで引きずり出すつもりで!」
声帯までヤヲそっくりに作り変えて激を飛ばす彼は、冷静な見た目とは裏腹に、身の内で焦れていた。
(まだか、ヤヲ!)
敢えて派手な作戦を取ったがゆえ、護衛長にもド派手に壁を吹き飛ばすように指示してある。ユリの元へたどり着くのに、さして手間は無いだろう。
(まさか、ラブシーンなんかしてるんじゃ無いだろうな?)
それならそれで仕方ない……あの少女の気持ちが、幼い身を守るものに対しての信頼なのか、美しい容姿を持つ男に対しての淡い恋心なのか……どちらにしても、あの窮地で彼女が求めた相手は、ずるりと醜いスライムではなかったのだから……
(くそっ! 何でこんなにむかついているんだ、俺は!)
剣を振り上げる腕に、いっそうの力がこもる。
……いまや、鬼神は彼自身だった。
ギガントの群れに切り込み、切り捨て、切り崩す……
それは、果てしなく続く様に思われた。
――ドサリ……
小さな、だが確実に不吉な音が戦いの連鎖を断ち切る。
振り返った彼が見たものは、地べたに頬つける自分と同じ顔をした男と、それを投げ出したウェアウルフ、そして、獣の腕に捕らえられた……
「ユリっ! ……サマ……」
「くくくっ、あくまでも隊長サマのふりか? それも良かろう。」
ウェアウルフは鋭く鉤に曲がった爪を、細いユリの首筋に押し当てる。
「待て待て待て! 降参……お手上げだ。」
ヤヲの姿をした腰抜けは、あっさりと剣を投げ捨てた。
「それでいい、泥水……いや、小僧に格上げしてやろう。」
爪を収めて、男はげらりと笑った。
「なかなかいい作戦だ。こちらで戦力を拘束しておいて、手薄になった後方から救出を展開する……そして、両方の戦力をここであわせることによって、退陣のための突破力にしようとしたのだろう? 救出戦としては上出来だ。」
ギガントたちに後ろ手に拘束され、ヤヲの隣に転がされたスラスラは、軽く呻いた。
「俺自らが隊長を狩りに出ることさえ、計算済みだな? だがな、お前の作戦には一つだけ、計算ミスがあった。」
二つの同じ顔の前に、牽制の剣がひち、と押し当てられる。
「『副』が『長』より弱いなんて事は無い。むしろ、こいつの素直すぎる攻撃は、先が読めて御しやすい。」
傷だらけになったほうの男が、屈辱に顔を歪めた。
ウェアウルフは満足げに舌なめずって、ユリを降ろす。
その服装は、だぼだぼとした簡易着に取り変わっていた。
「おい、まさか、お前が着せたんじゃないだろな!」
怒り顕なスラスラの声に、その男はあきらかな侮蔑の表情を向けた。
「仮にそうだとしても、あんな平らな胸に欲情するわけが無いだろう。このロリコンめが。」
「うう……俺だって、どちらかと言うとデカいほうが……って、違うだろ! こんな子供に、本当に婚姻のしるしを刻むつもりか!」
妙に節回しのついた柔らかな声が響き、ギガントたちが道を開いた。
「どうやら彼は、我が花嫁が美しいことを知らないみたいだねえ。」
それは、どこまでも柔らかな美しさを纏った男だった。柔らかな長髪は亜麻色に流れ、甘いマスクには柔らかな微笑を浮かべている。こちらへ緩々と歩み寄る姿さえ、高貴な柔らかさに包まれた男……
跪いて最敬礼を捧げる獣人に、彼は柔らかな笑顔を向ける。
(うそ臭ぇ……)
スライムはその柔らかさに胸が悪くなるほどの嫌悪感を覚えた。
(あんなの、作りモンじゃねえか。)
張り付いたままの笑顔、たっぷりと抑揚をまぶした言葉、隙を見せない物腰……それは、むしろ『無表情』とすら思える……
芝居がかった動きで、その男はウェアウルフに語りかけた。
「鍵は? 美しい姿を、ぜひとも見ていただこうよ。」
「は。既に奪ってございます。」
ヤヲの首から引きちぎられた鍵は、ムナノーの手に渡され、鈍く月光を跳ねて輝いている。
男の指がいやらしいほどの柔らかさで小さな首を捕らえ、チョーカーにかかっていた鍵を解く。戒めの鎖はしゃらりと音を立てて、ユリの首筋から滑り落ちた。
「スラスラ、見る、ダメ……」
振り向いたユリの瞳は、銀の月明かりに濡れているかのようだった。




