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拉致、そして最大のツッコミ



視界を埋め尽くしていた眩い光が、ゆっくりと収束していく。



 網膜に残る残像をまたたきで払いながら、私は周囲を見回した。


 見知らぬ石造りの大広間。 足元には、禍々しい紫の光を放つ巨大な幾何学模様――いわゆる、魔法陣というやつが描かれている。


 そして私の目の前には、豪奢な衣装に身を包んだ老人と、その背後に控える大勢の神官や騎士たちが、ひれ伏すように両手を広げていた。


「おお……おお、成功だ! 伝説の『勇者召喚』は真実であった! よくぞおいでくだされた、勇者様よ! 我ら人類をお救いくだされ!」


 老人が、顔をくしゃくしゃにして涙を流す。 その表情には、文字通り「滅亡の淵から救われた」という本物の切実さがあった。


 周囲の騎士たちも一斉に歓声を上げ、神に感謝の祈りを捧げている。


 嘘を言っているようには見えない。ガチの国家存亡の危機なのだろう。


 私は急に現代日本から拉致された事態に内心で冷や汗を流しつつも、まずは冷静に状況を把握しようと努めた。


「……ええと、状況が掴めないのですが。私は『勇者』として呼ばれたのですか?」


「左様! 今、この大陸中で魔族の侵攻が激しく、我ら人類の生存圏は日ごとに狭まっておる。


このままでは人類は滅亡を待つのみ。ゆえに、世界を救う『勇気ある者』――勇者として、あなた様をこの世界へお招きしたのだ!」 生存圏がどんどんなくなっている、という言葉の深刻さは痛いほど伝わった。


 私は小さく息を吐き、頭の思考回路をパズルのように組み立てながら質問を返した。


「なるほど、事態の深刻さは分かりました。では、私は具体的に何をすればいいのですか? 『人類一丸となって戦おう!』と、大陸中の人々に呼びかける旗振り役にでもなればいいのでしょうか?」


「いや、それは違う」 王は即座に首を振った。必死な形相で身を乗り出す。


「呼びかけるなどという意味のないことではない。勇者様には、前線に出て戦っていただきたいのだ。その手で、魔族を討ち滅ぼしてほしい!」


 私は思わず眉をひそめた。


「……ん?」


 妙な違和感が胸を突く。 私は首を傾げ、さらに問いを重ねた。


「前線に出て戦うことが、勇者の役割ですか? 戦士でもなく、騎士でもなく?」



「左様、勇者様がその圧倒的な力で魔族を討つ。それ以外に人類が生き残る道はないのだ!」


「……お言葉ですが、王よ。勇者というのは『勇気ある者』と書くのですよね?」


「うむ、その通りだ」


「ならばお聞きしますが、勇気と戦力って、イコール(等号)なのですか?」 王は一瞬、何を言われたのか分からないという風に目を瞬かせた。


「……勇気と、戦力……?」


「そうです。今ある人類の戦力でどうにもできないほど魔族が強いなら、わざわざ『勇気』なんていう曖昧な精神論を持った人間を別の世界から拉致してくるより、もっと純粋な武力に特化した破壊兵器でも召喚するか、あるいは国を挙げて強力な新兵器の開発を進めた方が、軍事として圧倒的に合理的ではないですか?」


 一国を治める王や、その横に控えるエリートの重臣たちだ。


 この程度の簡単な軍事ロジックは、小学生でも理解できるはずだった。


 だが、王の反応は奇妙なものだった。


 私の正論に「ウッ……」と言葉を詰まらせたかと思うと、どこか焦点の合わないガラス玉のような目で、うわ言のように同じ言葉を繰り返し始めたのだ。


「いや……それは違う……。とにかく、魔族は敵だ、殲滅する以外にないのだ……」


 その様子に、私の背筋に冷たいものが走った。 会話のキャッチボールが、急に拒絶された。


「では、質問を変えます」私はさらに一歩踏み込む。「敵側の要求って何なのですか? 言葉は通じるのですか? 一方的な侵略? それとも人類の完全なる全滅が目的なのですか?」


「……魔族は敵だ……。殲滅する以外にない……」


「どこが戦争の『終わり(ゴール)』なんですか? 逆に魔族の完全な『殲滅』が目的なのですか? それとも他に何か条件があるのですか?」


「……殲滅する以外にない……。魔族は敵だ……」 王の口からは、まるで壊れたラジオのように同じフレーズしか返ってこない。


(……おかしい。一国の王やその側近たちが、ここまで揃って無能なはずがない。彼らはバカなのか?


いや、違う。まるで『それ以上の思考をすることを、世界から禁止されている』かのように、頭のネジが外れているんだ) ふと横を見ると、さっきまで冷静沈着そうに見えた大将軍も、知的に見えた天才魔術師も、ピタリと動きを止めていた。


そして操り人形のように同じ動きでコクコクと頷き、「魔族は敵だ、殲滅以外にない」と小さく呟き始めている。


 この世界の人間は、魔族に関して深く論理的に考えようとすると、脳の回路が強制終了するようになっている――そんな不気味な確信が湧いてきた。


 しかし、私はここで引き下がるわけにはいかない。見ず知らずの狂った連中に命を握られているのだ。 私は最後の念押しとして、謁見の間に響き渡る声で言い放った。


「では、殲滅とは具体的に何を指すのですか? 今、大陸中にいる魔族全員ですか? それともどこかの拠点を含めてですか? そもそも、あなた方の言う『魔族の定義』って何なんですか!?」


 質問の矢をどれだけ射かけても、返ってくるのは「魔族は敵だ」という呪文だけ。 私は呆れ果て、冷たい笑いが漏れそうになるのを堪えながら、王を真っ直ぐに見据えた。


「――はぁ。つまり、早い話が『私一人に事態の収拾を押し付ける』という認識でいいですか?」


「……そうだ。勇者様が、すべてを……」


「では、私に与えられる『権限』はどこまでですか? 他の人間を引き入れて、戦闘や雑務まで押し付けてもいいのですか? それとも、この世界の文字も常識も、何も知らない私に、それすらも全部一人でやれと言うのですか?」


「……魔族を……殲滅するのだ……」 やはり、具体的なサポートや権限の話は一切出ない。 


ただ「お前が一人でなんとかしろ」という不条理な丸投げだけが、この狂った空間を支配している。 


私は確信した。 仮に、私に人類の期待に応えられるほどの力――大陸規模の魔族を根こそぎにするような超魔法があったとしよう。


そんなものを本当に使えば、生態系が死に、気候が変わり、巻き添えで人間側も100%滅亡する。 この連中は、安全装置のない生体核兵器のスイッチを、見ず知らずの私に「何も考えずに引け」と言っているのだ。「……冗談じゃない。命をかける価値もない、本当に空っぽの神輿だ」 私はゆっくりと、王座に背を向けた。


「ま、待て勇者よ! どこへ行く! 前線はそっちではないぞ!」 思考ロックの範囲外のワードだったのか、家臣の一人が慌てて声を張り上げる。


 私は歩みを止めず、振り返りもしないまま、劇場の主役のような声で言い放った。


「あなたたちの言う通りにしてたら、世界が滅びます。正直に言って、今の私にはどうしていいか全く分からない。……だから、相手側(魔族)に直接、話を聞きに行こうと思ってます」「狂ったか! あいつらは人の言葉を解さぬ化物だぞ!」


「さあ、どうでしょうね。少なくとも、壊れたラジオみたいになっているあなたたちよりは、建設的な話ができる気がします」 私は王宮の出口へと、迷いのない一歩を踏み出す。


「何も知らないまま、ここであなたたちの都合のいい『兵器』になるより、自分の足で世界の真実を確かめに行く。……それこそが本当の【勇気】であり、【勇者】としての役割のはずだ」 引き止めようとする衛兵たちの間を、私は一陣の風のようにすり抜けた。


 狂った王都を背に、未知なる魔族の領域へ。 私の、本当の「勇者」としての旅が、今ここから始まる。

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