記念小話 次に会ったらはじめまして
2023.12.31 ヒューマンドラマ部門日間三位。
本当にありがとうございました。
三年前に完結した物語だったので大変驚きました。
見つけてくださった皆様とお久しぶりですの皆様に感謝を込めて。
王都壊滅より早5年。
未だに北の穀倉地帯に実りは戻らず、辺境よりの魔物の襲来も止まない。それでも人々は故郷を諦めきれず、地を這う様にして大地と共に生きている。
そんな絶望の中発表された女王巡幸。今でこそ女王領と呼ばれる遠く東の地より、かの日の蝗帝の傷跡を逆に辿るように旧王都から北の地をめぐる。人心を慰撫し、神への謝罪するための粛々と続く行列。
それを見る人々に昔の様な熱狂はない。歓喜もない。ただ縋るようにその姿を見ている。
「西へ」
全ての始まりとも言えるとある農園の跡地にて、膝をつき祈った女王が馬車に戻ると同時に、馬上の人となった王配が指示を出す。
不気味な静寂に包まれた大地から逃げるように、一行はもう一つの最重要とも言える目的地へと進んでいった。
いくつかの町を過ぎこれより先は廃棄地へと続く最大の城壁都市へと着いた女王を迎えたのはそれまでとは違う活気と歓声に満ちた人々だった。
魔物の脅威に晒されて、城壁によって撃退した最大の戦いから早数年。日々魔物の脅威に晒されてはいるが、あのときほどではない。人々は落ち着きを取り戻し日々の生活を営んている。
ゆっくりと馬車は進み領主の館での歓迎を受けた女王は旅の疲れを癒やすために案内された客間で寛ぐ。
「豊かですわね」
ポツリと漏らされたその言葉を拾い、共に茶を飲んていた王配たるラッセルハウザーは微笑みを浮かべた。
「ここはティハヤ様の土地から近いからね」
「通ってきた大通りも屋台なども出ておりましたわ」
「巡幸だからね。当然のことだよ」
そう言う王配の耳が控え目なノック音を捉えた。
「来たようだ。
陛下、入室を許可いただけますか」
面会予定の相手の到着だと察したラッセルハウザーは夫から臣下のものへと対応を変える。
それに頷くだけで答えたリアトリエルは姿勢を整え、女王としての微笑みを浮かべる。
短いやり取りの後に入室してきた相手を確認してラッセルハウザーは立ち上がり歓迎を示す。
「元気そうで何よりです」
挨拶の姿勢となり動きを止めた相手に先程までとは違う、柔らかだが硬質さを秘めた声音で話しかける。
「お目にかかれて光栄でございます。此度はお時間を頂戴しありがとうございます」
「イスファン隊長、お掛けなさい」
ソファーの一角を示されたイスファンは恐縮しつつも腰掛け姿勢を正す。
「長く訪ねることが出来ず、申し訳なかったと思っております。マチュロスでの貴方達部隊の献身、この国の王として嬉しく思っております」
本題に入る前に長く西の地を守り続けたことに対しての謝意を伝える。それに対し当然のことと返したイスファンは感情の乗らない瞳で女王を見つめていた。
「おい、イスファン。そう警戒するな。別に我々はティハヤ様に対して含みはない」
このままでは埒があかないと判断したラッセルハウザーは王配としての仮面を外し、公爵としての自分を全面に出した。
一瞬ラッセルハウザーへと視線を変えたイスファンだったがまた静かに女王を見つめる。
「この地の貴族たちが北の貴族と結託し、ティハヤ様を煩わせているとの報告を受けています。また南からも余計な手出しがあるとか。
北への対処は終わりました。西もここで終わりです。
一連の報告と情報の摺り合わせをしたいのです」
単刀直入に話すリアトリエルに顎を引くだけでイスファンは答えた。無礼な態度ではあるが、落ち人の守護者としては当然の警戒だと評価した女王はラッセルハウザーへと視線を流す。
それを受けて現状を手短にイスファンへと伝えた。
「ロズウェルは今、北の地にいる。ティハヤ様の土の護衛兼、魔物退治だ」
「かの者から定期的にティハヤ様宛ての書簡が届きますゆえ存じております」
「元聖女のアリスだが心配はいらん」
数年前に結婚し、東の宮廷へと向かった元聖女の名前にイスファンは微かな反応を返した。本当に時折だが、ティハヤがどうしているのかと懐かしんでいるからだ。
「こちらでも監視は続けている。余計な勢力から担ぎ上げられるような下手は打たん。あれでもティハヤ様と交流があった。処刑となれば悲しまれるかもしれないからな」
「そうして頂けると助かります」
随分前だが落ち人への危害を原因の一つとして処刑された貴族が出た。その時は王配への罪も重なっていたためそう気には病まなかったが、あれが自分だけが原因だとしたら恐らくは止められていただろう。
近年ようやく少しずつ理解できるようになってきた落ち人は、悲しくなるほどに善良で優しかった。もう少し性悪で他責思考。そして他者の苦しみで自己を救えるタイプなら、少しは幸せを感じていただけただろうか……。
「イスファン隊長?」
思考の渦に飲まれそうになり女王の声で現実へと戻る。
謝罪を伝えれば気にするなと言うように茶を勧められたが飲む訳にはいかない。
「相変わらずですね」
理由を知る二人は苦笑に近い表情を浮かべた。
「兵士たちの家族はマチュロスへ迎え入れたのだろう。お前たちの償いはもう終わっている。なのに頑なだな」
「なにも終わってはおりません」
確かに罪人の紋を消すことも出来る。神からもどうでもよいと告げられた。落ち人からも感謝と幸せを願う言葉を告げられている。だが…………。
「なにも終わってはおらぬのです」
もう一度繰り返す。固く握られた拳が震える。
話を変えるようにイスファンはティハヤの近況の報告を求めた。
※※※※※※
女王巡幸。それに合わせて盛大な祭が開かれる。その噂を聞きつけて、マチュロスからも祭見物の一団が向かった。
三叉村の親子連れ。
新しい町の移住者たち。
老人から子供まで、楽しそうに笑いざわめいている。
そんな彼らから距離を開け人目を避けるように歩く若者が数人。
周囲には数匹の犬が遊んでいた。
数台の馬車で近くまで来た彼らは残りの距離を徒歩で向かっていたのだ。
「良かったのか、ティ……」
名前を呼びそうになり慌てて飲み込んだその声は少し遠くの人々には聞こえなかったようだ。
「べへムったら、ティーの名前は駄目だよ」
呆れたように笑う少女を脱したばかりの娘はクルリと振り返り注意を促す。
「悪い」
「気にしないで。シャーロットもそんなに気にしなくて大丈夫だから」
細身で小柄な娘は側に来た犬を一撫でしながら答える。
「気にしますよ。パパにもうるっさいくらいに言われたし、イスファンおじさんにも頼まれたんですからね!」
今日は私が守ります!とむんっと力瘤を作る姿勢を取りつつ、娘は跳ねるように先導する。
「ようやく来れたね」
「おう! こいつら飼ったときに行こうって話してたもんな」
祭見物。言葉にすれば簡単だが兵士たちにも何度も勧められたソレをようやく実現できた。
「体調は大丈夫なのか?」
「平気だよ。最近少し、季節が変わるときに調子悪くなることもあるけど」
数日体調を崩し家で大人しくしていたティハヤを気遣うべヘムだったが、当のティハヤは何でもないことのように笑う。
「おかしいよね。昔はあんなに酷い状況だったのに全然具合悪くならなかったんだよ? なのになんで最近は体調崩すんだろうね? やっぱり平和になって気が抜けたのかなぁ」
今日は楽しみだねと近づいてくる城門を見上げる。ティハヤの顔には明確な笑みが浮かんでいる。
「そろそろダイズたち捕まえるか。ほら、みんな、集まれ。街に着くぞ」
べヘムが呼ぶと素直に寄ってきた犬たちにリードをつけ各自が一本ずつ持つ。街へ入る審査のための身分証はイスファンたちから渡されていた。それにティハヤには伝えられていないが、見えないように道中も護衛がつき、またイスファン自身も先行して街に入っているとのことだ。
危険はない。べヘムたちはただティハヤと楽しめば良い。
そうして入った街は本当に賑やかで、下手な祭りよりも更に活気があった。はぐれないように皆が声を掛け合い見物して周る。
広場では旅芸人の一座が舞台を行い、辻では吟遊詩人や大道芸人が小銭を稼ぐ。
その他にも、飛び入り歓迎大食い大会。
子供たちが参加するプレゼント交換会。
街でもらえるチケットで出来る福引等々思いつく限りのイベントが行われていた。
普段は刺激のない平穏な日々を過ごすティハヤにとっては目の回るような騒がしさ。それでもそれを嫌がることなく笑っている。
そんなティハヤに声をかける夫婦がいた。
「おや、お久しぶりだね。ティ…………様」
茶目っ気たっぷりに話しかけられて、一瞬誰だか分からずに固まるティハヤをべヘムは背後に庇った。
上から下まで見て、裕福そうな街人だが敵意はなさそうだと判断してティハヤを振り返る。
「えっ……………と」
「すまない。今日はおめかししているから分からないか。私だよ、ラッセルおじさんだ」
固まったティハヤに気さくに挨拶するのは。王配ラッセルハウザー。集まってこようとしている双方の護衛を手振り一つで散らしている。
「え、なん……で……」
「妻と一緒に祭り見物だよ。こっそりとね?」
ニコニコと人好きのする笑みを浮かべて腕を組む妻を紹介する。
「はじめまして、ティ…………様。この様な格好で」
王族として挨拶しかけた妻を、ラッセルハウザーは腕を揺らすことで止めた。
「ティー、知り合い?」
場の空気を変えるために、シャーロットが機転を聞かせて話しかける。
「前にお世話になった方でラッセルさんとその奥さまだよ」
「ティー様、そんなお世話なんてしてないさ。それよりもワンコたちも元気そうだ。撫でていいかい?」
答えを聞く前にスッとしゃがみ込んだラッセルハウザーに向かってブンブン尻尾を振りながら三匹は近づいた。
「ティー様も祭りを楽しまれているのですか?」
「前から約束してたから」
警戒を表に出して答えるティハヤにリアトリエルは微笑んだ。
「何よりでご……、いえ、何よりです。近々ティー様の家にご挨拶に行こうと夫に誘われておりました。わんこもにゃんこもふかふかで可愛いからと」
「奥様は確か猫派でしたっけ? あの、前のオモチャ、ギンたちが気に入りすぎてすぐに壊しちゃって。ありがとうございました」
それは良かったとリアトリエルは安心した様に笑う。ひとしきり犬たちを撫で終えたラッセルは立ち上がり、ティハヤに向き直った。
「今日のことは秘密にしてくれると嬉しいな。バレたら叱られてしまうからね」
パチンとウインクひとつ飛ばして頼んでくるラッセルハウザーにティハヤは笑って頷いた。
「次に会ったら、はじめまして、ですね」
リアトリエルに向かってほんの少しの茶目っ気を滲ませて微笑む。その姿を見て込み上げてくる感情を抑えて和やかに別れた。
楽しそうな青年たちを見送った女王たちへ護衛が近づいた。
「イスファン、ティハヤ様はあんな顔で笑われるのだな」
無言で頭を下げたイスファンはティハヤの周りに配置されているマチュロスの護衛たちへと視線を走らせる。誰一人油断はしておらず隙もない。ここにいない者たちも、道中の安全を確保するために働いているだろう。全てはティハヤの笑顔の為だ。
「体調が思わしくないと……。そんな風には見えませんでしたが」
先程の報告を思い出し女王が眉を顰める。
「マチュロスへは私の侍医も連れて行こうか」
「旦那様の侍医も腕は確かですが、私の侍医でしたら女性の身体を診ることも慣れております。私の侍医も派遣いたしますわ。構いませんね、イスファン隊長?」
「ご配慮、感謝いたします」
「さあ、リア。私達ももう少し祭りを楽しむとしよう」
穏やかに晴れたある日。
束の間の平和な日常。
今では稀有な事となってしまった日。
運命の悪戯で王となった最愛の妻を支えるため、王配ラッセルハウザーは腕を差し出した。
お読みいただきありがとうございました。
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