七日目 PM 友情は国境を超える?
フェリーに乗り込み荷物室に荷物を放り込むと、僕たちは上の階のセカンドクラスの客室に向かった。
客室といっても喫茶ルームのソファに勝手に座ってくださいという感じなので、早めに席を確保しようと喫茶ルームに行こうとする。
六時間ほどという長旅なので、良い席でゆっくりと出来る越したことはない。
が、そんな僕を沈平さんが呼び止め「そこじゃないよ」と言った。
え? と振り向く僕に、自分たち(セカンドクラス)はあっちだと指さしたのは、ファーストフード店のような食堂と売店エリア…
簡素(汚い)なテーブルと、座り心地がとても悪そう(痛そう)な、プラスチックのイス、そして家族連れの大勢の人、育ち盛りの子供たちが、その年代にふさわしい奇声を上げていた。どうやらこれだけは世界共通のものらしい…
午前中の披露をフェリーで癒そうと計算が音を立てて崩れていった。
僕が知らなかっただけなのだけど、セカンドクラスの人は喫茶ルームでなく、このエリアが正規の場所とのこと。今まで僕が気付かなかっただけで見つかったら、たぶん罰金ものだったんだろう…
でも、これからの長旅を考えると、気付かないふりをしてあっちへ戻りたい(汗)。
沈平さんは三時間ほどで解放されるけど、僕は六時間くらいこの喧騒と硬い椅子と付き合うことになるのだから…
テンションが一気に下がったのを隠しつつ、僕と沈平さんはテーブルの一つを陣取る。
二人でカプチーノを買って汚れのこびりついたテーブルにカップに置くと船はサントリーニから出航した。
さてここから三時間、沈平さんと過ごすことになるのだが、それはそれで『どうしたものか…』と考えていた。
同じ日本人とさえも知り合った間もない状態で、三時間も会話を持続させるのは至難の業である。
それを言葉も片言しか通じない異国の人と、どうやって話を盛り上げ(つたない片言英語で)よう…
まあこれは僕の性格的なもので、二人での会話に発生する沈黙が苦手なのだ。
会話で話す話題が無くなって沈黙が訪れると『何か話さなきゃ』とか『相手が退屈してる?』とか、そういった後ろめたいものが湧き上がり、気持ちばかり焦って会話が楽しめなくなる状態に陥る…まあこれは僕独特の傾向かもしれないけど、とにかくその時もそんなことを考えていた。
万国共通で外さないのは『恋話』『エロ話』(100%僕の主観)ですが、いきなり『エロ話』はマズイので無難に『恋話』を選択する。
「沈平さんは彼女いる?」まあそんな感じで切り出した話しだったけどこれが結構食い付きが良くって…そこから堰を切ったように僕達は色んな話を始めた。
どうやら彼は最近失恋して『ブロークン・ハート』らしい。同じBBCの人っぽかったので、だとしたら地元(イギリス人)の彼女だったのかな…
ソフィー・マルソーのような欧米の彼女が最大の『夢』である僕にとっては、とても羨ましい話だった。
そこから沈平さんの生い立ち…的に話が進む。
彼はどうやら中国のインターナショナルスクールに通っていたらしい。
ということは、かなりのお金持ちの家庭なんだろうなぁ…英語がペラペラなのと、どことなく育ちの良さを感じたことに納得する。
当たり前のように若い時期に海外に出て働いていることに羨ましさを感じつつ…そこから僕が住んでいる日本という国のこと、まあ当然の如く僕自身の恋愛事情、価値観に話が及んだ。
まあ隠す必要も無かったので、僕も今の彼女さんのことをフランクに話す。
どこまで通じたかわからないけど、出会ったいきさつから今の現状…僕の恋愛観を話すと彼は「それは絶対に大切にすべき相手!」と僕の目を真っすぐに見つめて言った。
「そ、そうだね…」
彼の眼差しがあまりにも真剣だったので、僕は押し切られるようにうなずいた。
それ以上僕が何も言わなかったので、そこで一通りの『恋話』に終止符が打たれてしまう。
彼が何故そこまで真剣に助言してくれたのか聞きたかったけど…それは何年も経った今も謎のままだ(笑)。
お互いの笑い話や身の上話を何とか単語を繋ぎ合せていた僕は、ふとあることを彼に聞いてみたくなった。
それは個人的なことではなく国民性というか、お互いにとっての忌まわしい過去の歴史のことであった…