2-47 王都
王都には旅行途中立ち寄るだけと断りを入れてあったけれども夜会が開かれてお父様と招かれることになった。もうひとつめの成人の年だから参加していいらしい、したくないけど。
昔ひとの事じろじろ見て面白がってた連中がいるんでしょ・・・城内だし夜だから帽子で顔も隠せないし。はぁ・・・最悪。
旅装を解いて、帝都にいるはずのナジェスタや西方にいる父さん達にこれから帝都へ向かう旨と誕生日に頂いたお礼の手紙を転移陣から送ってもらった。
一息つき帝都での生活に備えて準備しておいた夜会服に着替えるとお父様がエスコートに来て大勢の貴族が集まった大広間へ案内された。庭園にも席が準備されていて楽師や芸人が貴族達に芸を見せて盛り上げている。
城下はあんなに見すぼらしかったのにな・・・。
そして連れていかれた先では案の定、昔みたいにじろじろ見られた。
わたしの様子がどんどん不機嫌になっていくのを察してお父様が小声で囁いた。
周囲に人が多すぎるので、少ししゃがんで耳元に顔を近づけられたのでくすぐったい。
「済まんな、少しだけ顔を出したらシセルギーテと部屋に戻っていていい。だから機嫌を直してくれないか。少し瞳が蒼いぞ」
わたしの変な体質はあの儀式でも改善していなかったらしい、熱っぽかったのとめまいが改善されただけよかったけど。
ていうか皆気づいてたなら早く言ってよ、腫れ物みたいに扱ってくれちゃってさ!
説明されたのは水の魔力宝玉を得た儀式の後、つい最近だ。
火属性の暴走と関係なかったみたいね。魔力漏れ?の疑いとやらでオルプタさまが研究意欲を刺激されたようで解析しようとしている。
「気を付けようとしてもどうにもならないのです・・・国王陛下に以前一度もご挨拶していませんでしたから、それさえ済めば部屋に帰っていいですよね」
「仕方ないな・・・具合が悪いとでも何とでもいっておこう。では父上のところへ・・・」
話していると一人の少年が近づいて来た。
うむむ・・・どっかで見覚えが。
「ネクタリオス、兄上の三男坊だ」
ああっ、昔ひとの顔をじろじろ覗き込んで笑っていたいけ好かない小僧だった。わたしよりひとつ上だけど。
「久しいな、叔父上にイルンスールか?そなたもっと不細工ではなかったか、随分成長して美しくなったではないか」
かちん、と来たよ。それはないんじゃないですかね、王子様。引っ叩いてやりたいけど、それは出来ないよねえ・・・くそう。
周囲の人間も王子様のあからさまな暴言にどよめいている。
「どうもご無沙汰しておりました。ネクタリオス様、過分なお言葉痛み入ります」
痛み入った言葉はお褒めの言葉の方じゃないけどね!
「ほう、殊勝だな。そのようにしておれば将来私が祖父の後を継げば第四妃くらいにしてやってもいいぞ。いやそういえば平民だったか・・・なら愛妾にしてやろう」
こ・・・この色ガキ!酷い侮辱だ、もう許せない!!引っ叩いてやる!!!
と思ったけれどお父様がわたしの顔の手をやって視界を塞ぐ。たぶん瞳が真っ赤なのだろう。
「調子に乗るな小僧。妻が欲しければ他国に恵んでもらえ。我がバルアレス王国では女性の名誉に泥を塗る男など男ではない。貴様に娘を差し出す父親などもはやおるまい。さっさと国を出るがいい」
おお、さすがお父様だ。かっこいい。
そうだそうだ、やっちゃえ、という気分と次期王の息子さんにそれは不味いんじゃない?と心配が半々だ。
心配したけど、周囲の男性陣はどうやらお父様に味方したらしい、まったくですなと同意してくれてる。
「な、なんだと!貴様誰に向かって口を聞いているのか分かっているのか!?」
「その年になっても帝都へ留学せず国内で領地経営を学ぶでもなく安穏と暮らしている腑抜けだ」
おやおや、わたしより真っ赤になっちゃいましたよ。このお坊ちゃん。
お父様が手を外してくださったので、私は扇を広げて口もとに当ててほくそ笑んだ。
あからさまに嘲笑しちゃ悪いもんね。帽子がないので少しでも顔を隠そう。扇万歳!
剣呑な口論に発展して落としどころも見つからず両者引けなくなってきてすわ決闘かという事態になりつつあったころ、お坊ちゃんのお婆さん、カトリーナ様が側仕えを連れてやってきた。
「騒々しい、何事ですか。それにしても随分暑いではないですか、空調管理の魔術師はなにをしているのです?」
部屋の責任者さん、御免なさい。
カトリーナ様がやってくると、このお坊ちゃんときたらみっともなくお婆さんに頼って泣き言いい始めちゃった。決闘しても、代理人立てても勝てっこないもんね。
周囲の人間が口上を聞いていたのであまり話の捏造はできないのだろうけど、必死にエドヴァルドがいかに無礼だったかを訴えている。
「エドヴァルド、貴方は兄を立て王家に生涯忠節を尽すことを誓った身でしょう。言葉が過ぎたのではなくて?」
「申し訳ありません、カトリーナ様」
お父様が一礼して非を詫びて、お坊ちゃんが得意げな顔をする。
「それでよい、ではその娘を寄越せ」
「重ねて申し訳ありません、カトリーナ様。どうもこの愚か者には説教が通じなかったようでして、さっさと尻を叩いてつまみだすべきでした」
お父様が何に対して詫びたのかを馬鹿でもわかるように言い直した。
「なっ」
「私が支持し王として盛り立てていくのを誓ったのは兄上に対してであって、その子ではありません。ましてや優れた兄達がいるのに三男など論外です。この愚か者は父親どころか兄たちを差し置いて王になりたいようです。私が忠節を尽すと誓ったギュスターヴ兄上に敵対するのであればその息子であろうと私の敵です」
親兄弟で殺し合いをする王侯貴族だもんね、だから政治には関わりたくないのだ。
お父様にも本当は他に二人も兄がいた筈なのに争い合って二人とも死んでしまったという。
「エドヴァルド、この子の兄たちの母は外国貴族です。後継ぎは国内の同胞からにすべきですよ」
お父様があんまりはっきりいうものだからカトリーナ様とも喧嘩になるかと思ったけれど、さすがに相手はさるもの、彼女なりの理屈で反論してきた。
「それは異なことを、現王家にはアルシア王国や他国の血も濃く混ざっているではありませんか。カトリーナ様は国王陛下の正当性に疑問を感じていらっしゃるのですか?」
「そのようなことはいっておりませぬ!」
あ、駄目だ。やっぱり喧嘩になりそう。お父様の物言いは敵を作り過ぎる。
いきなり暴力振るおうとしたわたしが思うのもなんだけどね。
さすがにどんどん騒がしくなってきたので国王陛下もお父様の兄上もいらっしゃった。
周囲の話も聞いて国王陛下は即決で裁決を下しネクタリオスはつまみだされた。
カトリーナ様は憤然としているが、国王の決定に異を唱えるほど無謀ではない。
そして国王陛下は騒ぎの元になったわたしにも目を向ける。
さすがに扇で顔を隠すのは無礼なので、一礼してご挨拶をした。
一応この国のお作法でね。
「ほう、これは美しいな。エドヴァルドが求めただけのことはある」
わたし、きれい?
鏡見ないのでわからないけど、最近そういわれるようになってきた。昔はさんざんな評価だったのになあ。容姿の事はハンネやグリセルダに任しておけばうまく処理しといてくれるからね。
この国王陛下にはわたしがお父様に引き取られることに手を貸して頂いたそうなので、恩義はあるのだけど、スーリヤ様の扱いとか、次から次へとお后様乗り換えたり庶子を作ってたりという好色な話も聞くのでちょっと嫌かも・・・。
なんだか身の危険を感じてお父様のマントの内側に入ってひしっと掴まった。
「ははは、歳の割には大人びているかと思ったがやはり子供か。大儀大儀、エドヴァルドに可愛がってもらえ」
ほっ。
「ねえ、ベルンハルト様。血縁もありませんし実際この娘をギュスターヴの息子達に娶わせるのはいい案ではないかしら。エドヴァルドが忠節を尽してくださるのならより一族の結束を促す事になるでしょう?」
「ふうむ・・・それはいい案かもしれぬな・・・」
うえっ、カトリーナ様は嫌な攻め方をするな・・・。断りにくい。この国が嫌っていうわけじゃないけど、わたしはここに根付くわけにはいかないの!
「父上、ご存じのようにこの娘は老師と選帝侯からの預かりものです。我々の一存で将来は決められませんよ」
「そうだったな、諦めよカトリーナ。両家の結束についてはまたの話としよう」
「ご理解いただけて幸いです。父上。ところでカトリーナ様、いつもは側仕えの女性達をもっと多く連れられていませんでしたか?」
そういえば前は嫌らしい目をした女達が4人はいたっけ、今は二人だけだ。あの時は帽子もかぶれなかったし、随分な、珍妙な動物を見る嘲りの目で見られたのでよく覚えている。
「貴方には関係ありません!女性には都合の悪い時もあります、エドヴァルドがいちいち気にするような事ですか!」
納得して平常通りの貴婦人の姿に戻ったかと思えばまた怒ってキンキン声を放って去って行ってしまった。うーん、わたしよく直情的って怒られたけど貴婦人の最上位にある王妃様だって結構なものじゃない?
国王陛下も他の客の相手に戻り、ギュスターヴ様だけ残られお父様を会場から連れ出し人通りの少ない廊下に連れ出した。少し離れて会場の外で待機していた騎士達がついてくる。
「済まなかったなエドヴァルド。母と息子が失礼した」
「いえ、事を荒立てて済みません。しかしネクタリオスは少々異常に見えましたが、大丈夫ですか?」
「いや・・・どうも母は私が母の意に逆らう事が多くなってきたのが不満らしい。ひょっとしたら本気で我々を排してあの子を後釜に据えるつもりかもしれん。母が、ではなく実家のアイラクリオ公の意思かもしれないが」
「厄介ですな。剣が必要になったらいつでも声をかけてください。宮廷闘争には力を貸せませんが」
「相変わらずだな。そんな事態にならない事を祈るよ。君はこれからそちらの可愛らしいお嬢さんを連れて旅行か、羨ましいものだ。私の領地を通行する際には案内人をつけておくよ。ようやく領地を掌握したんだ、ゆっくり楽しんでくるといい」
マントの内側からは出たけど、相変わらずマントを掴んでついてきてます。
はたから見たら親とはぐれた迷子の子供みたいかもね。
お爺さんの死は魔術評議会の人間同士で使える内密の連絡方法だったらしく今の所知られてはいないようだ。スーリヤ様の件もひょっとしたら何処かで噂になっているかもしれないけど、まだ伝わってはいないみたい。
お父様とそのお兄様は仲良さそうなのに、昔から勝手に周囲は盛り上がって諍いの種を作ってしまう、お爺さんの死もスーリヤ様の回復も確かに広まったらどんな問題を引き起こすかわからないね。
わたしたちは秘密が広まっていない事に安心しつつも警戒して部屋に戻った。
室外ではアルミニウスとお父様の騎士の従者たちが交代で扉の見張りを務めて、室内ではシセルギーテが寝台の近くの長椅子で仮眠する。
落ち着かないんだけど、騎士達が話し合って是非そうさせてくれっていうのでまあ仕方ないと受け入れた。眠る前に少しだけシセルギーテとお話してアルミニウスを困らせてしまった打ち明け話を聞いた。
いつの間にやらお父様の借金は増えていたらしい。帝都での生活以降はもう完全に私がお給料払う予定なんだけど。




