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森の娘と獣たち  作者: OWL
森の獣
46/212

1-46 裁判③

「仮に娘の資産が正当な収入だとして、代官が公務とは関係ない所で金を稼ぎ娘の名で口座と製法を登録したところで罪になるのか?」

「ゲオルギウス様、それは本件の訴えにありません」


厄介な奴が来たと思ったものだが、これは絶妙な助け船だな。


「裁判官、発言の許可を」

「許可します。原告、法務官」


「オイゲンが違う手法で犯罪的な行為を行った事については訴状にはありませんが、だからといって彼の人間性はお聞きの通りであり・・・」

「異議あり!証明できず訴えも起こしていない行為について不正と断言し貶め審理を進めようとすることこそ不正な印象操作ではなかろうか」

「異議を認めます。原告、法務官は口を慎むように」

「失礼しました、裁判官殿。では改めて申し上げますが、オイゲンについては保留します。

ですが、娘の所有権、資産は男爵のものです」


娘の名で登録されている製法が有効ならば男爵の収入は倍以上になる、追放令は諦めても資産は没収する気か。


「異議あり。ハンゼ法が適用されるのは『漂着物』のみ。人間には適用されぬ」

「原告、法務官」

「帝国本土では奴隷制は廃止されましたが、我が国では奴隷は主人の個人資産です。荷主が現れない限り男爵の持ち物です」


奴隷を使った遺産隠しは古代帝国でも盛んにおこなわれて大きな問題となった。

汚職が絶えず公職にあるものの資産を制限したが、法の抜け穴として奴隷が使われた。

が、今は関係ない。


「異議あり。奴隷であるという前提で話が進んでいるがそんな証明はされておらぬ。裁判官殿にも言葉は正確に使って頂きたい」

「原告、法務官。証明を」

「先ほどの証人として出廷した少年こそが漂着物の第一発見者で奴隷と証言した本人です」

「証人をここへ」


「オレが奴隷っていったって?何年前だよ、まだ節目の儀式も来てない、見習いにもなってない時期じゃんか」

「証人、ここは法廷です。口を慎みなさい」


裁判官が木槌を鳴らす。


「オレは貧しい村の鍛冶屋の子供で教育なんか受けてないし、一日中金槌叩くしかしらねーよ。証人として使えないなら呼ばなきゃいいだろ」

「証人、せめて落ちついて話しなさい」

「・・・・・・じゃあ誰がいつ俺が奴隷だなんていったんだ・・・でしょう?そんな言葉使ったの4年も前でこの辺りには奴隷なんていないし、みすぼらしい人間みれば誰でもこれが奴隷ってやつか?くらい思っちまう・・・です」

「裁判官発言許可を」

「認めます。被告、弁護人」

「これは法廷を騙そうという悪質な詐欺です。証人能力の無い第一成人の儀も迎えていない無学な少年の過去の発言をあたかも最近の証言だと錯覚させようと法務官は企図していました」

「異議あり、証人能力に年齢制限は定められていません」

「異議を認めます。しかし証言時期を知りながら法廷出席者の心理を誘導しようとした事は許容できません。退廷しなさい。衛士、連れていけ」


法務官はこんなはずでは、という困惑顔で連行され、代わりの法務官が男爵の隣に座る。


「裁判官、発言許可を」

「認めます。原告、法務官」

「主席法務官が失礼しました。ですが町の人間からも同様の証言が取れています」

「証人をここへ」


「私は確かにそう証言しましたが、第一発見者の発言を聞いての事です。私自身は奴隷らしき様子をまったく見ていません。むしろ教育を受け、慈悲深く、優しい立派なお嬢様としての姿しか知りません」

「裁判官、発言してもよいかな」

「どうぞ副長官」

「私も他の列席者達も皆多忙な立場でな。これ以上続けるのなら気のすむまで審理して、結論を出す前に呼んでくれんかな。むろんこれは女神エミスや当法廷を侮辱するものはないぞ」


断りをいれているが、飽き飽きした態度を改める気はないようだ。


「大変申し訳ありません、副長官。残りの証人たちからオイゲンや娘について証言を得た後最終弁論を始めたいと思いますが、原告、被告異存ありませんか」

「ありません」

「・・・まだ代官の娘本人の証人喚問が済んでいません」


法務官の発言を聞いて列席者達が顔色を変える。


「ディシア王!」


つくづく役に立つ若造だ。随分東方に染まっているようだ。


「申し訳ありません、ゲオルギウス様。法務官めは騎士や王とは違うのです」


原告席に使いをやって発言を取り消させる。

娘の件こそ私が仲裁に入った本題だ。オイゲンの裁判はついでに過ぎぬ。

主席法務官しか詳細を聞いていなかったか。

若造の方も概略だけで、代官の娘の拉致事件と奴隷問題のつながりについては知らなかったようだ。


ディシア王国が幼い娘を攫い、巡回任務中の帝国騎士と偶然遭遇し帝国法によって保護されている白の街道上で押し問答から事故が発生した。娘は重傷を負い法廷に出られるような状態ではない。

東方出身でもあるその帝国騎士は女性を守る騎士の誓いを立てている。

自由都市と王国どころの問題ではなくなる。

幼い重傷の娘を法廷に引きずりだし問い詰めるなぞ諸王の代表者達のやる事ではない。

東方の恥をさらすような真似は許さん。

男爵本人が余計な事をいわない限り、帝国と事を構え娘を不当な手段でさらったことも問題にしない。王国も犠牲者が大量に出た事を問題にしない。


ということで手打ちは済んでいる。


裁判の経過がどうあれ最終的には私と国王で話をつける予定だった。

ただ傍聴している貴族や富豪、法務官らを裁判上で納得させるよう審理を進めなければ傍聴している市民や報道各社から我々への信用が失墜する。

それは避けねばならなかった。

幸いほぼ予定通り進んだ歓迎すべき結果といっていい。


事務的な確認の為の証言と最終弁論が済み、結論を出す為に我々以外を退廷させる。


「さて、ディシア国王。我々が話し合って裁定を下さなければならないが、何か発言したいことがあれば先にいって構わないぞ」


にやにやした顔で若造がいう。


「そう虐めてくださいますな、ゲオルギウス様。私もハンゼ法で定められた正当な権利を行使したというくらいしか聞いてない内に彼が拘束され話が進んでしまったのです。領主間の問題を裁くのは王の責務ですゆえ」

「そんなに帝国法を重んじてくれるのなら奴隷の扱いについても見習えばよかったのだ」

「まったくです、お恥ずかしい。お許しください」


男爵は何もしなければ損などどこにもなかったのに、強欲に動いたばかりに優秀な代官を失う羽目になった。


「では我々が話し合うことはあまりなさそうですな」


議長がつまらなそうにいう。わざわざ来たのにこれではな。

実のところ手打ちが済んだことを確認しにきたようなものだ。


「そうはいってもあまりにも早く裁定を下しては我らの権威に傷がつこう」


さっさと済ませようとしていた副長官が正反対のことをいう。


「男爵については手打ちが済んでいるのでよかろう。オイゲンはどうするか、もはや東方では生きていけまい。彼はあまりにもこちらに義理を欠き過ぎた」

「副長官、オイゲンに罪はありませんぞ。ですが、自由都市連盟として西方で市民権を用意します」


これは裁定として追放することを牽制しているようだな。


「オイゲンだけか?娘はどうする」


事前の打ち合わせを知らないゲオルギウスが疑問を口にする。


「時折、世の中には幼くして帝都の賢者の学院に入学したものがいるように研究者や学者で幼くして大発見をするものがいます。ひとまずはオイゲンと引き離し今後も新しい技術開発が出てくるかどうか見極めたいと思います」


自由都市連盟の議長が答えたが、その回答にゲオルギウスは不服だった。


「幼い娘を親から引き離すのか、それは酷ではないのか?」


奴の家は本来は帝国本土出身の家柄だが、長く東方で暮らす内にこちらの風習に染まって来ていたらしい。


「二人とも、西方に送ってしまった場合は東方圏に税収は入りませんし、事の真偽もわからずじまいとなります。人材を東方に留め置く為にも仕方ありません。シャールミン様からは何かありませんか?」

「いや、諸君のいいようにしてくれたまえ。そんなことより副長官に議長、このままでは有為な人材が次々東方ギルドに嫌気がさして移民していってしまう。これはどうにかならんのかね」


私に水を向けられるが話をそらす。


「確かに、我々が民生部門に口を出すと皇帝陛下よりお叱りを受けるかもしれないがいい加減ギルド改革をしてもらいたい。近年東方圏の負担があまりにも重いように感じる」


ディシア国王も私の話に乗ってきた。


その後も半鐘分ほど議論を続けた後、また今度同盟市民連合とも議会で話す事にして解散し小休止の後、法廷に戻り裁定を下した。

漂着船とその荷物についての扱いはハンザ同盟と各国、各都市国家と結んだ交易特権を参考としています。

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