1-47 裁判の後・・・
「済まなかったなシャールミンよ、そなたまで巻き込んでしまって」
「お気になさらず老師。まだ生きている間にご恩を返せて胸のつかえがとれた思いです。
しかも私は何もせずに済みました」
「くく、確かにな」
「それより、もうその魔術装具は取ってくださいませんか」
ああ、悪いと答えて弁護人に錯覚させていた首飾りを外し本来の姿を取り戻す。
初めて会った時既に初老ではあったが、さすがに随分と歳を取ったように見える。
「で、そちらが老師の弟子でいろいろ開発していたという娘さんですか」
「うむ、イルン嬢。こちらは東方選帝侯シャールミンだ。オイゲンを助けるのにご尽力頂いた。ご挨拶を」
裁判の間エドヴァルドに守られ待機していた娘が一歩前に出て、優雅な古式儀礼で私に挨拶し礼を述べる。
それをみてエドヴァルドが苦笑している。
私も返礼を返す。
それにしても弟子使いが荒いこの方が随分とこの娘に礼を尽くしているように見える。
エドヴァルドを最後に弟子を取るのは止めていたと聞いたがどういう風の吹き回しであろうか。
錬金術師であり発明家としても名高く、帝国の歴史に長期にわたり関与してきた大魔術師がある少女の才能を見込んで弟子に取り知識を教え込んだはいいものの、父親が商人で伝手があったため、よくわかっていないまま商品化してしまった所厄介な事態になった、と助力の依頼を受けたが・・・。
イルンという娘は淑女らしく装っているが、内心の焦燥は痛いほど伝わってくる。
「エドヴァルド、オイゲンを連れて来てくれ。それまでこの娘は私が守ろう」
「はっ」
しばらく私と老師で情報交換している間に、周囲を固めさせている騎士が扉を開き隣室に待機させていたオイゲンがすぐに入室する。
法廷でも最後まで厳然とした態度を崩さなかったそのままで。
西方にやるには惜しい、まったく余計な事をしてくれたものだ、あの男爵も。
「扇動したのはやはり染色ギルドでしたか?」
「・・・うむ、犯罪にならんように男爵に情報を与えうまく扇動したようじゃ」
私達の会話を聞いてイルン嬢が絶望したような顔をしている。
聞かせたくは無かったが現状を認識をしてもらわねばならん。
話の合間を縫って、オイゲンが膝を折って我々に礼をとる。
この部屋にいるのは私と老師、イルン嬢、オイゲン、エドヴァルドのみ。
老師の魔術により遮音結界が張られている。
「さて、揃ったところで私からイルン嬢に裁判の結果を告げよう。オイゲンは無罪となり名誉は回復された。ただし代官の役目は辞任し夏には西方へ移民してもらうことになる」
無罪と聞いたところでほっとした顔つきをみせたが、実質的に故郷を追放されると聞いて瞳が再び絶望に染まる。
だが、何も言わない。賢い子だ。
「聞いているだろうが、君の身柄はエドヴァルドが預かる。君には今後東方に利益をもたらす事が望まれている。近々誕生日だと聞いているし、準備もあろう。君も夏までは家族と領主館で過ごしていい」
「はい、ご温情有難うございます」
腰を折って改めて礼をとろうとするのを止め、彼女の目線にあわせる為に膝をつく。
「陛下?」
「済まなかったオイゲンの娘イルン。君には一切の罪は無い。大人たちがくだらん事で君を利用して済まなかった。詫びさせてくれ」
「そんなとんでもないです!私があさはかだったんです・・・」
イルン嬢が慌てて自分が悪いというのを止めさせる。
「いいや、ギルドが社会の発展を阻害しているのは以前からの問題だったが、ずっと先送りにしていたのは我々為政者だ。しがらみがあって決断をずっと躊躇っていた卑怯者だ。西方でも中央でも成し遂げたというのに。済まなかった。今後は関係諸機関で改革を進めていくことで決着は着いた。君がエドヴァルドの所で何をしようと邪魔はさせん」
真摯に彼女に伝えるとどうやら受け止めてくれたようで、頷いている。
「ギルド自体は以前は必要で市民生活に役立っていたのだ。ギルドが無ければ市民の発言権は向上せず傲慢な貴族に搾取され涙を流すものが多かったろう。男爵もギルドに唆されなければさして問題のある男ではなかった。彼としては正当と思われた権利を慎重に行使し戦いを避けていたのだ」
男爵からすれば、いつオイゲンが娘を連れて東方を去り手が届かなくなるかわからん。
彼女の個人資産の額と今後見込まれる利益は国家予算にも匹敵するだろうが、金銭のことはまだ彼女には実感できまい。
商人達が生み出す経済効果は帝国の長年の統治でも、歴史上類を見ないほどになってきている。
「はい、理解しています」
「ところで怪我を負わされたと聞いていたが、もういいのか?」
老師から法廷に出さない為に、重傷でまだ寝込んでいるということにしておいてくれとはいわれたが怪我自体はしたと聞いていた。
「ええ、もうすっかり平気です。優れた主治医がいるのです」
「そうか、それは良かった。男爵を裁く事はできないが、奴は幼女の下着泥棒としてディシア王国に名を馳せ、各国の社交界に当分笑いの種を提供してくれるだろう」
悪戯っぽくイルン嬢に微笑んで見せた。
「くくっ、ははは。それはいい。奴の愛する便利な王都にはもう住んでおれまい」
幼女の下着泥棒に誘拐犯か、と老師もエドヴァルドも吹きだして大笑している。
「では、これで失礼する。エドヴァルド、彼女の事は頼んだぞ」
「はっ、お任せください」




