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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第四章~ ぜったい、ゆるさない。 3

 反逆者の名を着せられた者たちの一日は目まぐるしく過ぎていく。救出作戦の、そして約二名にとっては暗殺計画の、具体的な打ち合わせが続いた。外部の協力者から少ない情報を得るたびに、計画の細部が変わる。より確実に事を運ぶために。決して失敗する訳にはいかない。この隠れ家に厄介になり始めて数日が過ぎていたが、一度我慢できずに失敗して学んだのか、シンも忍耐強く決行の日を待っている。

 シンには、自分が重大な局面に居ることが分かっていた。この機会を逃せばかなりの時間と労力の無駄になる。失敗して死ぬことは考えない。本懐を遂げて少年を家族のもとへ帰すまでは死ぬ訳にはいかないからだ。

 気にすべきことは、自分がこの計画で与えられた役割を確実にこなすこと。それも分かっている。

 だが、彼女が今一番気がかりなのは、

 「……」

 ふと気付くと深刻な顔をしている、連れのこと。大抵は何時もの笑顔なのだが、考え込んでいる姿を見ることが多くなった。重大事に当たるから緊張している、という風でもない。どうにも様子がおかしい。彼女の直感だが。

 「どうした」

 流石に気になって何度かそう訊ねたが、

 「ん?いや、お酒呑みたいなあ、って。上が酒場でしょ?こう、ね、匂いがしてきたりしてたまんないんだよねえ」

 あるいは

 「言っちゃ悪いけど、お年寄りばっかで華がないよね、君以外。あ~あ、ギルバんトコのお花畑が懐かしいや」

 と、笑って誤魔化す。

 ……明らかに何か、知られたくないことがあるようだ。

 シンはそう直感する。それほど長くはなくとも、ある程度行動を共にしていると、分かる。

 だが、だからといってどうすればよいのかは、彼女には分からない。そんな想いが態度に出たのだろうか、逆に

 「シン、どうしたの?何か不安なことでもあるの?」

 相手に心配される始末だ。

 「……我は別に。お前は?」

 「俺?……どうして?」

 少し驚いた様子で、男は訊き返す。

 「最近、浮かぬ顔をしている」

 「あれ?俺のこと見てた?気になる?参ったなあ」

 嬉しそうに楽しげな声を出すのも、誤魔化し。最初からこの男は、何も見せようとはしない。

 「……」

 何を言うか、というよりも、何を言っても無駄、と考えて彼女は黙った。ジズはそんな娘の頭に手を置いて、微笑む。

 「心配しないで?何があってもね、約束は守るから」

 つまり、シンが死ぬか、目的を果たすまでは、ついてくる、ということ。

 「……それは分かっている」

 この男のしつこさは、身をもって知っている。

 だが、ぶっきらぼうに呟かれたその言葉に

 「そんなに……そんなに俺のこと信用してくれてるんだ……!!」

 男は善意の解釈を施して、感涙せんばかり。感極まって抱きついてくるのを鮮やかにかわして、娘は部屋の片隅に移動した。武器の手入れでもしていた方が有益だとの判断である。

 そんな風にまた数日が過ぎ、とうとう、決行の日が決まった。

 

 シスイは手頃な石を拾ってきて、円形に並べた。その中央に火を起こす。乾燥した木材なら、その辺に転がっていて不足しない。

 老夫婦と別れた後、また廃墟と化した町を見つけた彼は、そこを今晩の寝床と決めた。軽く腹ごしらえを済ませ、茶でも呑もうと湯を沸かす。それを待つ間、懐から乾燥した果物を取り出した。老婆に貰ったものだ。小さな実が鈴なりに成っている。

 ひとつ、千切って食べようとして、思い留まった。老婆の云う通り、「ひもじくなったら」食べようと思った。そっと、新しい布に包み、懐に戻す。そのときに何時もとは違う微笑が浮かんでいたことを、彼自身も含め、誰も知らない。

 だが、その微笑は瞬時に消えた。彼の耳が、何かを捉えて。

 「……」

 即座に、だが優雅とすら呼べる動作で火を消し、石の円陣を壊し、物陰に身を潜める。あの老夫婦かと思ったからだった。同行を断ったのに結局一緒になったのでは決まりが悪い。しかし、身を潜めてすぐに彼は気付いた。あの老夫婦のはずがない。彼らと別れてからだいぶ距離を歩いた。彼らのあの様子では、今夜中にここまで辿り着けるとは思えない。

 では、来るのは今度こそ夜盗の類だろうか。

 (運の良い……)

 シスイはうっすらと微笑んだ。今の彼は、何故だか気分が良い。日課の鍛練もしておいたおかげで、何かを斬りたいという欲望もやや収まっている。今なら、見逃してやって良い。運の良い夜盗たちを。

 すぐに、彼の耳はよりはっきりと音を捉えた。やはりあの老夫婦ではない。聞こえてくるのは、男たちの声。笑い声も交じっている。馬の嘶きも、一頭だけではない。馬車も引いているようだが、車輪の音はそれが正常に機能していることを告げている。

 やがて、音の主は姿を現した。間違いなく、今度は夜盗だった。十人は居るだろうか。顔や体のあちこちに傷を持つ荒々しい男たちが、大声で笑っている。何か収穫でもあったのだろう。

 「……」

 物陰でじっと彼らを見ていたシスイは、ふと、思い出した。彼が今日歩いてきた道は、一本道だった。つまり。

 「……」

 自分でも何と呼べば良いのか分からない「不安」らしきものに衝かれて、彼は目を凝らす。夜盗の一人に目が行った。

 帽子を被っていた。そこには、洒落た羽飾り。つい数刻前、あの老人の頭で揺れていた……

 「不安」が確信に変わったその瞬間。

 何かが

 彼の中を。

 ざわり

 と撫で上げた。

 

 気が付くと、辺りに動くものはなかった。惨劇の中央に佇む、麗人の長い黒髪以外には。

 「……」

 シスイは刀を振り、血を払った。だが、柄や鍔にも血が付いていて、どうにも気持ちが悪い。仕方なく、近くに転がる肉塊を覆う衣服を拝借して丁寧に拭く。

 自分の手を見た。何時もなら返り血を浴びないように斬る。それが修行の一環なのだが、今回だけは違った。全身、返り血に塗れている。

 何を考えるまでもなく、彼はあの時、夜盗の前に飛び出した。ぎょっとする男たちはその表情もそのままに、肉の塊と化した。逃げようとした者の馬の脚を白刃で払い、返す刃で乗り手を斬った。命乞いなど、彼の耳には届かなかった。一人も、逃がさなかった。

 「……」

 ごしごしと、必要以上に刀を拭いていることに気付き、彼はやっと手を止めた。円を描くように白刃を鞘に収める。

 足は、今日歩いた道を引き返していた。数歩進んでから効率の悪さに気付いて引き返し、夜盗の乗っていた馬を貰った。

 一本道を戻ると、やはり、あった。壊れた荷台と、年老いた馬の屍骸と……

 「……」

 シスイは馬を降りた。重なって倒れている、老夫婦の下へ歩み寄る。

 「……」

 ぴちゃり、と足元で血が跳ねる。裾が血を吸うのも構わず、二人の側に屈みこむ。

 「……」

 そっと、老婆の頬に触れる。

 「……」

 老人の薄い髪に触れる。

 「……」

 彼は立ち上がった。どこまでも無表情だった。

 「だから……」

 長い時間を空けて、彼の喉から声が。

 「同族、以外など……」

 同族以外を、信じてはいけない。心を許してはいけない。

 もう、絶対、許さない―――遠い昔に決めた。

 いつだって彼を裏切り、異端だと罵り、唾を吐き、石を投げる。

 そして

 信じても……置いて逝く。

 あまりに脆く、儚い。

 「そうだろう?……ジズ……」

 呟きは、誰の耳にも届かない。

 その時彼の目で光った何かも、彼自身を含め、誰も知らない。

 

 大きな穴を二つ掘り、一つには老いた馬を、もう一つには老夫婦を。

 墓標は、壊れた荷台を解体して得た。刻むべき名は知らなかった。

 その墓標に、少しだけ血で汚れた帽子を供えた。羽飾りは、風を受けて揺れる。

 埋葬を終えた麗人は、その場を去った。

 早く同族と遊ぼうと思っていた。

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