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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第四章~ ぜったい、ゆるさない。 1

 薄暗い、とある酒場の地下。そこが、キリヤたちの隠れ家だった。

 「笑わせる……!」

 その中で、話を聞いていたシンが荒々しく立ち上がる。簡素な椅子が音を立てて倒れた。

 「そちらの都合で『神託』だの『悪魔』だの……!!我らは!そんな都合に振り回されるために生きていたのではない!!」

 彼女が解りやすく表現できるのは、怒りと殺意のみ。

 そのままローブを翻し、部屋を出た。建て付けの悪いドアが、大きな音と共に閉じる。

 「……あ~あ、いけないんだ。怒らせた」

 茶化すようにいうジズの目も、どことなく冷たい。老人たちと一人の少年は、誰も顔を上げられない。

 「我々の身勝手だと、重々承知しております……」

 キリヤが苦渋に満ちた顔で呻いた。


 彼らの話はこうなる。

 彼らをあらぬ罪で投獄した人物は「偽の法王」であり、彼らの目的は無実の証明と共に、「偽の法王」の手から幽閉されている「真の法王」を救い出すこと。そのためには、闘える者が必要であること。そして、偽の「法王」に抹殺された「神託の一族」の生き残りであるシンは、この上ないシンボルとなること……

 ここまで聞いて、シンが先程の行動に出たのである。

 「まあ、確信犯なら余計に性質タチが悪いって見方もできるけど。とりあえず、具体的な話はまだだからね、全部聞くよ」

 当然、初対面の老人たちより可愛がっている娘の味方であるジズは、いつになく厳しい雰囲気を漂わせながらキリヤに向き合う。自分の都合で人を振り回すのは好きでも、自分のおもちゃ……いや、大切なものが他人に振り回されるのは嫌いだ。それ以前に、振り回してもいいことと悪いことの区別くらい、つく。……彼らのやろうとしていることは、絶対に、いけない。ジズはそう思う。確かに彼らは手を下してもいないし、むしろその意思は全くなかったかもしれない。しかし、彼女にとってはなにも変わらない。悪魔にしろなんにしろ、「あの一族」としてだけ、彼らは彼女の一族を見、都合を押し付けているのだから。彼女から大切なものを奪っておいて利用するなど、人のすることではない。

 神の使徒ってヤツは、そこら辺で確かに人でないかもね。

 「……本当に、申し訳無い……」

 「謝るならあのコに。それより話を」

 「はい……」

 本当に反省しているらしい老人は、話し始めた。


 法王が即位したのは、今から六年程前。前代法王が崩御した後、キリヤ枢機卿が「彼」を推薦した。学識溢れる穏やかな人物だった。

 自由を愛し、平等を求め、異教徒を認める思想を持っていた。保守的な教団内の老人たちに対しても、根気強い説得でもって、その考えを受け容れさせた。キリヤ枢機卿は、そんな「彼」の即位で、この大陸がより素晴らしく、精神的にも豊かになるのだと、そんな理想を抱いていた。

 しかし、その「法王」から或る日突然、異教禁止の令が発された。

 「信じられぬことでした」

 いまや何の身分も持たぬキリヤ老人は、哀しげな目でジズを見る。

 「当然、我らは抗議したのですが……」

 「その結果がこれ、というわけか」

 「はい」

 キリヤは話を続ける。

 牢獄の中で、彼ら枢機卿たちや要職に在ったものたちは、話し合った。何故、こうなったか。何か、おかしいことはないか。どうすればよいのか。

 やがて、外部の仲間とも連絡を取れるようになり、彼らは逃亡生活と情報を手に入れた。

 今、「法王」の座に就いているのは、キリヤ枢機卿が推薦した「彼」の、双子の弟であると。

 そして「真の法王」は、その弟によって幽閉されている、とも。

 「……へえ。それはそれは」

 面白そう、という言葉をジズは呑み込んだ。流石に顰蹙モノかな、と思うだけの分別はある。

 「ええ、大変なことです」

 言葉の続きを違う風に捉えた老人は、今度は強い意思を感じさせる目でジズを見る。

 「ですが、解決の糸口も掴みました。我々が把握している状況と、策はこのようになります」

 情報と策を漏らすことはキリヤたちにとって危険な行為であったが、手の内を見せて信頼してもらう必要があると考えたのだろう。それほど切羽詰ってもいる。

 暫く、説明が続いた。具体的にどのように「真の法王」を救出するかを。

 一通り終わった後、辺りに沈黙。

 「……えーと、じゃあさ、とりあえずかいつまんでシンには説明しとくから。あのコと話し合ってから決めたい。イイかな?」

 ジズがゆっくり立ち上がりながら静けさを破ると、老人たちは頷いた。

 「あ……」

 リディウスは老人たちとジズを見比べる。ジズについてここは出た方が良いのだろうか?困惑した表情を向けると、ジズは優しい笑顔を返す。

 「リディはまだここに居てイイよ。色々、話したいこともあるだろうしさ。じゃ、後でね」

 「はい」

 建て付けの悪いドアが、今度は静かに開いて閉じた。

 

 「終ったか?」

 「うわっ!?」

 部屋を出た途端、声を掛けられてジズは素直に驚く。シンが、ドアのすぐ横の壁に背を預けて立っていたのである。

 「え、ずっとここに居たの?」

 「……よく考えたら、外は街だからな。出て行くわけにもいかんだろう」

 「あはは、だよね」

 あんなに勢いよく飛び出していったはいいが、行く場所がなくて結局ここで悶々としていたのだろう。想像するとなんだか可笑しくて、男は明るく笑った。

 「……五月蝿い。笑うな」

 「ん、ごめんごめん……で」

 まだ笑ったまま、ジズもシンの横に立って壁にもたれ掛かる。

 「話は聞こえてた?」

 「……大体は」

 「そう。で、どうする?」

 「……」

 シンが俯く。しかし、その顔に見えるのは先程のような激しい怒りではない。

 「……我は、我。一族のことを奴らに利用されるのは嫌だ」

 「そうだね」

 「ただ……こちらの目的も、奴らの話に乗らねば、巧くはいくまい」

 「うん、そうだね」

 「……こちらも、奴らを利用する」

 それは、嫌悪を堪えている表情。

 「しかし、我らは利用されるのは、労力のみ。我の一族とは関係ないという条件で……乗ってやる」

 「うん!決まり!」

 ぱっと明るい笑顔になって、ジズはシンの頭をくしゃっと撫でた。

 「偉いぞ。よく、我慢する気になったね」

 彼としては面白そうなこの話に乗っかりたかったが、シンが嫌だと言うのなら、彼女に付き合うつもりだった。感情的な判断で、この話を蹴ることも彼女には許されていると思っていた。だが、シンは我慢したのだ。大人になったね、と誉めてあげたい。もういくらでも!

 実は単に面白そうな話を逃さずに済んで自分が嬉しいだけかもしれないが、この男のご機嫌はすこぶる良い。

 「……リディウスのためでもあるからな」

 憮然とした表情は、照れ隠し。それを見通してジズは更に頭を撫でてやった。流石に顔をしかめられたが、彼は気にしない。


 シンとジズが居なくなった部屋で、キリヤたちは、この場に残った少年に気を遣ったのか、彼に対して気安く話し掛けてくれた。彼の「もっと詳しく話を聞きたい」という希望にも、笑顔で応える。

 枢機卿たちが捕まった経緯、偽の「法王」の行動、彼らが目指す世界の在り方、「神託の一族」、古い聖典と現在の聖典……一つ一つ、丁寧に。

 ついでに、長く学問から離れざるを得なかった少年のために、講義が始まった。

 「君は、偽の『法王』の行動をどう思う?」

 異教徒迫害の事実を教えた後、老人の一人が少年に問うた。

 「赦されないことだと思います!」

 「……誰にとって、かな?」

 更にキリヤが問う。

 「勿論、神です」

 「君が『赦せない』のではなく?」

 「え?」

 少し、考えて。それから少年は口を開く。

 「そう、ですね。僕も、赦せません」

 「君は、神の意思を代弁した訳だね?」

 「……傲慢、でしたでしょうか?すみません……」

 全知全能の、「我らには窺い知ることも出来ない」主の意思を、勝手に推測して語ることは。

 キリヤは優しく微笑む。

 「謝ることはない。ただ、そのところを考えて欲しい。君のその、『赦せない』という感覚は、正しい。正しいというのは、私たちが社会を形成して生活していく上で、だ。そしてその正しさは、その社会における『神』の教えによって培われているものだ」

 少年は、はっとして古い聖典を抱きしめた。

 「そういう意味で、『神』は我々を、確かに守り、罰する」

 ここに居る老人たちは、ただ狂信的に信じるのではなく、一種の学問として、己の信仰を分析している。故に、今現在こういう状況に置かれているのであろうが。

 「……ありがとうございます。僕は……なんだか、楽になりました」

 明確に応えを出したわけではないが、それでもリディウスは、何か新しい力を得たような気がした。

 「そうかね?力に成れたのなら、私たちとしても嬉しいよ」

 老人たちは皆、目を細めた。彼らも、遠い昔に同じような悩みを抱え、乗り越えてきたのだから。

 「さあ、折角だ。存分に、学ぼうではないか!」

 老人の一人の力強い提案によって、講義は続けられた。

 「……であるから、聖ディネガーは……」

 「それには諸説あり、こういう主張もなされていて……」

 教団内でほぼ最高といっていい地位に居た彼らの講義は、少年の知的好奇心にどこまでも応えてくれる。活発に質問や意見が飛び交い、薄暗い地下室はさながら神学校の教室のよう。やはり彼らは学問が、いや、彼らの信ずる「神」が好きでならないのだ。どの顔にも、久々の知的交流に対する歓びが溢れていた。

 「ところで」

 議論に一区切りついたところで、キリヤが少年に向き合う。

 「君は、今回の自分自身の状況をどう思うかね?」

 他の老人たちも、少年を見る。

 「僕は……最初は、あまりに酷な試練のように思っていました。ですが、得るものも、多くて」

 一斉に見られて気恥ずかしく、少し頬を染めながらも、少年はしっかりと応え始めた。

 「確かに、信じていたことが信じられなくなったこともありました。怖い目にも、遭いましたし。でも逆に、実際に逢ったこともないくせに、ただ恐れの対象としていた人々の、優しさに触れることもできました」

 瞼の裏に浮かぶのは、優しく豪快な、砂の民。

 「僕は、あまりに無知でした。そして、現実というものを見ようともしていなかったんです。理不尽だと、文句を言って。それが正論でも、そこから動こうとはしなかったんです。文句を言うだけで、自分から行動を起こそうとはしていなかったんです。」

 老人たちは優しさを湛えた瞳で少年を見守っている。

 「どうしようもないことはあるのだと、そして、それを嘆いているばかりでは、それこそどうしようもないのだと。あの人たちは……この旅は、教えてくれました」

 少年は微笑んだ。

 「僕は、今のこの状況を、嘆いてはいません。感謝しています」


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