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belief   作者: 杜守 幻鬼
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~第三章~ 「神のご加護があらんことを 」(後編) 10

とりあえず三章終わりです。四章はちょっと詰め込み展開になります。

 三人は夜の山道をひたすらに進む。時折、男と娘が少年を気遣って声を掛ける以外は無言だ。

 (これが、業というもの、か)

 シンは最後尾で、少年の背を見ていた。自分が巻き込んだ少年の背。穢れの無い、背。

 対して、自分の背は……自分の目的は、人を殺すこと。理由が何であれ、それは誤魔化しようがない。今までは、それが『罪』であることは解っていたのだが……

 (「人殺し」、だな、確かに)

 神官見習の、憎悪に満ちた瞳が、血を吐くような叫びが、脳裏と耳の奥に焼きついている。関係のない第三者を、また傷つけてしまった。

 (我は……この、道は……)

 リディウス、イティ、そしてアディスたち……どれだけの優しい人々を、巻き込むのだろう。どれだけ傷つけてしまうのだろう。

 一度ならず何度も決意したのだが。何度も何度も、決意しなおしたのだが。

 それでも、迷うときもある。

 「シン?」

 男の心配そうな声に我に返る。あの男は頭の後ろにでも目がついているのだろうか?

 「……なんだ」

 ぶっきらぼうな声に、男は前を向いたまま苦笑する。彼にしか解らない、いつもとの微妙な違いを感じ取って。

 「リディよりシンの方が迷っちゃってる?」

 リディウスにその本当に意味するところを悟られないように、男はわざとらしく辺りを見回しながら訊く。純粋に道に迷っているかどうかを訊いているように。

 「……かも知れんな」

 普段は鈍い娘でも、これくらいは解る。

 「だが、進む」

 「そうだね」

 この娘は、気持ち良いくらいに頑固だ。哀しいくらいに。

 「でも、君がちょっと勇気を出してくれたら、俺、君を抱えて逃げてあげるんだけど」

 その身を縛る鎖から。

 「無用だ」

 鎖なら、自分で断ち切る。

 「あの?何を話しているんです?」

 流石に訝しげにリディウスが会話に入ってきたが、ジズは優しい微笑みを見せると、「大人のお話」と楽しそうに笑って誤魔化した。


 夜明け前に、街道の近くまできた。街とは反対側だ。

 「さて、そろそろ休憩しない?」

 ジズが軽やかに身を翻して子どもたちに向き合ったときだった。

 「お待ちください!」

 ジズの背を向けた方向、つまり進行方向から、嗄れた老人の声。

 そのままの勢いでジズは一回転してまたそちらを向いた。

 「どうか、話をお聞き下さい」

 老人は、伸び放題に伸びた白い髭とみすぼらしい服装に似合わず、ぴしりと伸びた背筋が印象的だった。嗄れてはいるが、声にも品がある。その老人が、武器を携帯していないことを示すために両手を上げながら、彼らの前に立ち塞がっている。

 「何者だ」

 反射的にナイフを構えていたシンは、相手が老人で、丸腰であろうと警戒を解かない。

 「まあまあ、シン、ご老人には優しくしようよ。ていうかしてよ」

 さらりと何気なく自分に対しての処遇の希望を述べながら、ジズは目の前の老人に人好きのする笑顔を向けた。

 「どうしました?道にでも迷いました?……皆さん?」

 ジズの喋っている間に、最初の老人に遅れてまた数人、老人が出てきた。まだ中年と思しき年齢の者も居るが、痩せ衰えた体躯と髭が、年齢の識別を困難にしている。

 「……ジズさん」

 不安になったらしいリディウスが男の服の裾を引っ張るが、やはり男は根拠無く「大丈夫大丈夫」と言う。

 「反逆の罪で追われている方々とお見受けします」

 最初の老人が、丁寧に話し掛けてきた。シンの目が剣呑な光を宿す。

 「……だったら、どうした」

 「おお、やはり……!」

 老人たちがざわめいた。

 「我々は、あらぬ罪を着せられ投獄されたものです」

 最初の老人が、うめくように言葉を紡ぐ。

 「心有る同士の協力により、なんとか脱獄を果たし……無実を証明し、さる目的を果たすため、街に潜伏しておったのです。そこへ、貴方がたを見たとの報せが飛び込みまして、ここで待ち伏せを……」

 「つまり、なに?俺たちに協力して欲しいってことかな?手を組もうって?」

 敬語が面倒になったらしいジズが訊くと、老人は頷いた。

 「見ての通り、我々は老いたものばかり……是非とも、力をお貸し頂きたい」

 「でも、俺たち反逆者だよ?怖くないの?あ、でもこのコは無実だけど」

 リディウスの背を叩きながら喋る男の向こうへ、老人は目を遣った。銀髪の、白い衣を身に纏った娘に。

 「そちらの方の特徴を聞いて、反逆の理由は察しがついておりました」

 老人は深々と頭を下げる。後ろの老人たちも続く。

 「お赦し頂けるとは思ってはおりませんが……申し訳、ありません。ですがどうか、総ての聖職者の意思であったとは、お思いにならないで頂きたい……『神託の一族』の方よ」

 シンの顔色が、変わった。

 「お前たちは……」

 「あっ!!?」

 突然、少年の声。その場に居る者たちの目が一斉に彼に向く。

 「あ、あのっ、もしかして、貴方は!」

 転がるように、少年は老人の前に出た。かなり興奮気味だ。声が上ずっている。

 「キ、キリヤ枢機卿ではないですか!?」

 ジズとシンは知らなかったが、それはかつて、エルレス教において第二番目の地位に在った男の名前だった。

 「おや……ああ、君が神学生か」

 追われている三人の内、一人は神学生と聞いていた老人は、優しい微笑をリディウスに向けた。

 「いかにも。……いや、もう、枢機卿の地位は剥奪されておるよ」

 それからキリヤはシンとジズに向き直る。

 「名乗るのが遅れましたな。私はキリヤ・ガンズ。かつてエルレスの枢機卿を務め、今は逃亡の身。どうか、お見知りおきを」

 エルレスの礼で、彼は頭を下げた。


 五年前、教団内部で大きな騒ぎがあった。リディウスは十歳だったが、よく覚えている。最高位に近い指導者たちが、一斉に引退したというのだ。教会で、それまでは毎日遠目ではあるが見かけていた枢機卿たちが、或る朝からまったく姿を見かけられなくなったのを当時の彼はとても寂しく思っていたのだった。時折、彼らから教えを受けることもあったし、彼が神学校に入りたての頃、偶然廊下で出会ったキリヤ枢機卿に頭を撫でてもらったことを、ずっと覚えていた。

 彼らが或る日、忽然と姿を消したことに、まだ幼い彼は寂しさ以外に感じるところはなかった。何の疑問も持つことは無かった。だが。

 「我々は、法王……を名乗る男に意見したことで投獄されたのです。表向きは、自主的な引退ということになっているようですが……」

 尊敬するキリヤ元枢機卿の口から、彼にとって衝撃的な事実が語られた。

 「ああ、確か五年前にそんなことがあったって聞いたな」

 ラシャに教わった知識がこんなところで役に立つとは。ジズは従姉に感謝しながらキリヤに続きを促す。

 「真実を知る友たちのおかげで、なんとかこのように逃げ延びて参りました。それから約四年の間、どうにか無実を証明し、そしてさる御方を救出しようと、同士を募り、情報の収集にあたっておりました。ですが……我々が作り上げた教団の閉鎖性と堅固さが、仇となりました」

 「ふぅん……って、ねえ。さっきから『さる御方』とか、『さる目的』とかって、何?」

 「それは……」

 云い澱む老人に、ジズは笑顔で言い放つ。

 「協力を願いたいっていうのなら、やっぱ信頼が大事じゃない?俺さ、子ども二人を預かってる身なんだよ。信頼できる話じゃないと、乗れないなあ」

 珍しくまともなことを云うが、瞳は希望に輝いている。面白そうな臭いを嗅ぎ取ったときの瞳だ。もうすでに話に乗る気は満々だ。

 「解りました。確かに、仰る通りですな」

 老人は顔を上げた。

 「我々は、『法王』をお助けしたいのです」

 黙って彼らを睨んでいたシンの眉が訝しげにひそめられた。ジズは首を傾げ、リディウスは戸惑いを隠せない。

 「詳しくは、長くなります。ここで話せる内容でもありません。どうか、我々を信頼して、隠れ家までご一緒頂けないでしょうか」

 老人たちが皆頭をさげた。困った表情で、ジズは子どもたちに向き直る。

 「ね、どうしよっか?」

 リディウスはしばし迷った後、

 「僕は気になります、お話。……ちょっと、怖いけど」

 老人たちの話に乗ることにしたようだ。尊敬する枢機卿が居ることも、その後押しをしていた。

 「我は……」

 鋭い眼差しで、シンは老人たちを見ている。

 「行くぞ。罠であれ何であれ、行かねばなるまい」

 よく当たる直感が、行くべきだと彼女に告げていた。

 「やった!……あ、いや、うん、そうだな。行ってみよう」

 喜びを隠せないジズは、老人たちにまた向き直った。

 「さあ、連れてってよ、秘密基地!」

 

 シンたち三人が老人たちと出逢っていた、丁度同じ頃。夜明け前の「安らぎの家」に、数人の子どもたちが辿り着いた。

 「あら……?まあ!どうしたの、貴方たち!?」

 やってきた役人への対応と子どもたちの世話に追われていたアディスが、最初に彼らに気付いた。急いで駆け寄る。

 「……」

 子どもたちは怯えたように、じっと一つに固まって動かない。よく見なくとも、彼らはあちこち傷だらけで、山道を走ってきたのだとすぐに分かる。そして何より、それぞれの手や足、あるいは首に残る鋼鉄の輪と、そこから続く短い鎖がいやでも目に付く。尋常でない状態にあったのは間違い無い。

 「……大丈夫ですよ、さあ、おいでなさい。ここは、子どもたちのための『おうち』ですよ」

 優しい笑みを向けると、おずおずと近寄ってきた。体は小さいが、率先してきたらしい少女が最初にアディスの服の裾を掴んだ。

 「……ここは、やさしい?」

 アディスの胸が詰まるが、微笑で応える。

 「ええ、皆、優しいですよ」

 少女はじっと神官を見つめる。

 「わたしたちだけじゃ、生きていけないの。だから、りようしても、いいの?」

 神官は少女を抱きしめた。

 「ええ、ええ。いくらでも。一緒に、生きましょう」

 少女は嬉しそうに微笑んだ。微笑んでから、大声で泣き始めた。

 誰も知ることは無いが、彼女は、彼女を人買いから助けた男に教えられたことを、きちんと守ったのである。


 そうして、「安らぎの家」はまた新しい「家族」を迎え入れた。暖かなこの「家」と「家族」は、迷えるものに加護を与えるのだ。


 姿を見せない、なにかの代わりに。



~第三章・完~


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