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通常攻撃が全知系解析チート五感で、秘奥技は万能系願望顕現魔法な空飛ぶスマホ使いですが、目が覚めたら変身魔法ド素人な攻撃魔法特化型幼女の「中の人」でした。しかも現れた先生が中二。どうしてこうなったし!?  作者: 勇者774(シーニャローグ) 
【異世界トリップ篇】第三楽章  狐の懸想曲【赤狐さまはご執心】

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夢違えの主従は、もっとも柔らかい場所に切っ先を添えて ――Never run, Never back down, Never break.――

 ほんの僅かでも加減し損ねたら、すぐにでも弾けてしまいそうな、(すさ)みを押し殺した目のまま、ペギーが呟いた。


 言葉よりずっと雄弁に語る、(スミレ)色した彼女の瞳に映るのは、口元を結んだまま(ひわ)色の双眸を開ききって、沈黙の破り方を探しあぐねているお嬢様姿の俺の顔だった。


 互いに何も口に上げられないまま、十秒が経ち、三十秒が流れ、まもなく二分程が去ろうとしていた頃、ペギーが、ようやく次の一言を搾り出した。


「……今日でまた、三日目だもの。お嬢様の髪を染め直さないと」

「ペギー、俺」

 

 言い差した声が、からからに干乾びた喉の奥で絡まる。(うず)くような痛みに苛まれる頭も、どこもかしこも力の入らないレベッカの小さな体も、俺の意に染まるものではない。そんなことを、改めて思い知らされているみたいだった。



「二時間、おとなしくしていられる?」

「多分」

「嘘おっしゃい。起き上がってるのも辛いって、顔中に書いてあるもの。お嬢様のためにも、食べてもらいますからね。すぐ戻るから、横になっているといいわ」

「レベッカ様だって、落とされたこと、気づいてるぞ。ペギーは、どう顔向けするつもり?」

「…………」


 俺の即答を叩き落としたきり、退出していくペギーのほっそりした背中。どうにか喰らいつこうした俺の台詞が、負け惜しみとばかりに、跳ね返される。


 鍵が掛かったことを確かめる為の小さな(きし)みを最後に、ドアは静まり返った。

 五月晴れに暖められた風が吹き込む部屋に取り残された俺は、ままならないくらい冷たく感じる肩を(すく)めて、黙り込むことしかできなかった。



 横になる代わりに、窓の外をのぞき込んだ俺の目に、すっかり馴染みになった甲府盆地の地形が飛び込んでくる。

 東側に視線を投げかける。幾重にも連なった稜線(りょうせん)の向こうには存在しない、俺の暮らしていた東京を思い浮かべた。ゆっくりと目を伏せかけ、辞めた。


 ……寝てる場合じゃねえな。俺、まだ遠くまでは(さら)われてねえみたい。だったら、笙真とEAP(スマホ)を、探しださなきゃ。


 ペギーに着せ付けられてもらったらしい、リボンのあしらわれた寝間着姿のまま、俺はもう一度窓の外に視線を走らせた。出窓の先には、橙の洋瓦で覆われた屋根が続いている。


 窓枠に指を掛け、立ち上がろうとするも、膝どころか、腹から下が全部大笑いしている。下手を打たなくても、転落死まっしぐらな弱り振りに、心の中で思い切り悪態を飛ばす。


 ああクソ。つかまり立ちがせいぜいって、情けなさすぎる。俺、何てザマだよ。

 ……でも、どうしたものかな。ペギーが用意したものを、素直に口にして、本当に問題がないのなら、留まるべきだろうけど。


 結われていない銅色(あかがね)の髪。「読み」の魔法と同じ、レベッカお嬢様ではなく、俺のために(・・・・・)七色(にじいろ)の色彩を足された前髪の一房をじっと()めつけながら、俺は努めて冷静に考え、やがて。


       ◇


「ポーリャ殿? お茶をお入れましたからね。施術の間くらい座っていられるように、お願いだからちゃんと口にして欲しいものだわ」

 

 レベッカ様が目を覚まして、昨日ようやくまともな食事を取り始めた、大層お痩せになった身体を(まぶた)の後ろに思い浮かべる。


 私は小さなため息ののち、鍵のいらないくらい、立て付けの悪い扉に、思い切り体重を掛けて、押し開ける。


 火傷を負って、一昼夜しか過ぎていない両手が、ドアノブと私のお仕着せに挟まれて、ピリリと、最悪なくらい痛む。お嬢様に宿った、あの人と同じ名前の少年には、痛みを抱えていることすら、悟られたく無い。その想いごと、頭から追い出す。


「え」

 

 部屋の中を視界に収めた私は、思わず呟きを洩らしてしまった。

 この部屋で休んでいるはずの、お嬢様のお姿が、見当たらなかったせいだ。


 どうして? まさか。


 開け放たれている窓から入り込んだ、夏前の風の匂いだけが、もぬけの殻になった寝台を見下ろして、再び顔を(しか)めている私の頬を、そっと撫ぜた。

 お茶もお菓子も二の次にして、窓辺に駆け寄って身を乗り出した私の首筋に、冷たい刃が押し当てられたのは、次の瞬間だった。


「動くな。返事次第では、俺、容赦しないからな。ここはどこだ」


 声そのものの高さはお嬢様と同じなのに、低い抑揚を持ったポーリャ殿の、(しび)れるような短い(ささや)き。それとともに、レベッカ様の鋏の魔法が、私の視界の端で(あか)く煌めく。

 カタカタと鳴きながら、喉元まで回った鋏を、包帯に覆われた両手で握りしめて、私は身を強張らせた。

 鋏の向かいで、音を立てて震えた喉が、なんとか言葉を捻り出そうとする。それを待たずに、レベッカ様の声が響いた。


「笙真君は? 無事なのよね? 無事じゃないって、ペギーなら、言わないわよね?」

「レベッカ様。今は俺がお話してるんですから」「ポーリャは黙ってて。ねえ、ペギー。答えてちょうだい」

「宮代の別荘ですわ、レベッカ様。宮代笙真は無事です。出水先生が付いていますから、どうかご安心を」

「無事」


 一言だけの、ぽつんと上擦った声。安堵と焦がれが複雑なマーブル模様を(えが)く、彼女の一瞬の声音に、私の胸まで、否応なしに締めつけられた。


 私がずっと上げられずにいるのと、大差ない気持ちが籠められた、お嬢様のか細い言葉に、思わず叫び出しそうになる。私だって、そんなふうに、統の無事を告げてもらいたい。どうして貴女だけ。ずるい。悔しい。

 突きつけられていたお嬢様の鋏と、鋏を握りしめていた私の両手が、誰のせいか分からないくらい、細やかにわななく。絶対に泣くまい。私が改めて涙を堪えたのと同時に、喉元に掛かっていた鋏の圧が遠のき、背中がいっそう重くなる。レベッカ様が大音声で慟哭をはじめた。

 醒めた思いでそれを聞かされた私の目からは、何一つ零れ落ちなかった。絶対に、落ちなかったはずだ。


      ◇


 陽光を切り裂いて、唐突に耳朶(じだ)へと突き刺さった、レディ・レベッカの泣き喚く声に、私はすぐさま(きびす)を返した。


「マーゴットの奴め。無理をするなと言ったはずだのに」

 

 誰に告げるでもなく、足早に庭園を抜け、何かの文様めいた瀟洒(しょうしゃ)なレリーフが施されている表戸(おもてど)をくぐる。


 段飛ばしで二階へと駆け上がった私を、宮代家の使用人の幾人かは驚いたように見遣るが、誰一人として声は掛けて来なかった。事実上の人払いと言ったところだろう。

 彼らの得意とする、心を覗く魔法を、あからさまに用いている様子さえ見受けられなかった。この屋敷に限っては、どうも出水殿の指示が徹底されているらしい。

  

 なんとまあ。見事なものだな。


 少しばかりの感心を覚えながら、()き過ぎようとした私が、不意に呼び止められた。


「デイビッドさま」

「出水殿」


 顔を見合わせ、互いに頷く。私の意図を読み解く彼女の魔法から、弟子から離れがたい出水殿の情動を即座に拾い上げるが、特段の反応はしない。それを口にするほど、無粋な私ではない。


 私と同じような判断に至ったのか、出水殿はわずかに首を傾げたのみで、再び部屋の中に姿を消した。


 私は、彼女が弟子に付きっきりになっている部屋の、更に二つ隣に設けられた扉を遠慮なく押し開ける。


 窓台に(もた)れかかっている、トライカラーの使用人姿の私の妹の首筋に、夜着だけを纏ったペトロフ家の小さな御令嬢が、しゃくり上げながら、しがみついて……いや、裾からのぞく細い足首ごと両足を投げ出すように、張り付いていた。

 震える二枚貝にしか見えない、(むつ)まじげな二人の姿に、口元が綻びそうになり、私は、慌てて口角を引き締めた。


 振り返ったマーゴットの手に、レディ・レベッカが魔法で喚び出したに違いない、朱金色の鋏が握られていた。メロンイエローのような柔らかいリトル・レディの瞳も、マーゴットのやや硬質なアメジストカラーの双眸も、濡れそぼった光を宿したまま、大いに揺らいでいるようだった。


 ふむ。見る限り、マーゴットが無体を働いたわけではなさそうであるが、いやはや鋏とは。全くもって、穏やかではない。如何(いか)にすべきか。


 戸惑いつつ評した内心を(おもて)には浮かべず、この部屋にいるはずの三人(・・)の少年少女達を順繰りに見渡す。


 マーゴットや、タービュレンの双子から上がっている報告通りであれば、ミクス・スヴェトラーナ――私に向かってスバルと名乗った、魔法使いの少年は、あのペトロフ家の御令嬢が霞むほどの曲がり者らしいが、さて。


 西日へと枯れつつある、初夏の陽射しを受けて、背負い背負われている、妹たちの鮮やかな髪と、鋏の小さな赤い切先に、宮代(ネズミ)の魔法にしては、いやにくすんだ鈍色(にびいろ)の虹が、薄ぼらけになりながら、浮かび上がった。

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