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神ノ箱庭  作者: SouForest
雲隠れの塔

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ep6:最後に笑うのは……(上)

システム:イラストAIによる「TVを見る森本のイメージ」挿絵を追加 20260402

「さあ続いては、あの“ログアウト不能事件”の最新情報です! 」


 明るすぎるジングルがスタジオに鳴り響き、司会者が歯の浮くような笑顔で両手を広げた。背後のセットには、事件をイメージした巨大なパネルが立ち、ポップな色彩で“特集”の文字が踊っている。


 カメラの外側で、ADがスケッチブックを高く掲げた。太いマーカーで書かれた『拍手! 』の文字が、観覧席に向けて揺れる。その合図に合わせて、観覧客の拍手が一斉に弾けた。どこか“仕事としての拍手”の乾いたリズムだった。


「ついに!  株式会社エターナルクラストがプレイヤー救出に名乗り出ました! 」

「いや〜、これは本当にありがたいですよねぇ! 」


 司会者の声は、事件の深刻さとはまるで噛み合わない軽さだった。


「エターナルクラストは、閉じ込められたプレイヤーのために“ヘイブン研究所”を設立し、国内外からえりすぐりの技術者を集めたそうです! 」


「いや〜、本当に心強い! こういう企業努力、もっと評価されるべきですよ!」 


 コメンテーターたちが、用意されたコメントを読み上げるように研究所を称賛する。画面が切り替わり、記者会見の映像が流れた。白衣の老人たちが横一列に並び、柔らかい笑顔を浮かべてフラッシュを浴びている。背後のスクリーンには、“ネットワーク復旧成功”の文字が派手な演出で表示されていた。


「一方で、運営会社の対応はどうなんですかねぇ」

「いや、あれはちょっと……ねぇ? 」


「初動の説明も“原因不明”の一点張りでしたし」

「そうそう。あれで余計に不安を煽ったって声も多いですよ」


「SNSでも『何してたの? 』って散々でしたよね」

「訴訟も動いてますし、信頼はかなり落ちてるんじゃないですか」


 社会評論家の三谷が、苦笑いを浮かべながら腕を組んだ。「言いすぎたかな」と一瞬だけ周囲を伺うように目を泳がせるが、カメラが自分を抜いていないと気づくと、安心したように軽く頷いた。経済ジャーナリストの大垣は、台本を指先でとんとん叩いている。その仕草は、まるで「ここまでは言っていい」と確認しているようだった。


「その点、研究所はすぐ動いたわけですよ。対照的ですよねぇ」

「結局、救ったのは研究所だったって話ですよ」

「ほんと、企業の姿勢って出ますよねぇ」


 観覧席から、ADが掲げた「リアクション」のスケッチブックに合わせて、中途半端な笑い声が広がった。


 テレビの音声が、無機質な研究室に反響した。森本は、黙ってその映像を見つめていた。モニターの光だけが、薄暗い部屋の輪郭を淡く浮かび上がらせている。壁際の機器が低く唸り、冷却ファンの風が足元を撫でた。


「……救ってなんかいない」


挿絵(By みてみん)


 その小さな声は、機械の駆動音にすぐ飲み込まれ、この部屋のどこにも残らなかった。


 ドアを開けた音が聞こえ、森本の名を呼ぶ穏やかな声がした。TVから視線を外すと、ヘイブン研究所を作った設楽公久がボディガード3人を連れて立っていた。彼らの表情はワイドショーの出演者たちと”作り物の笑顔”だった。


「森本君、家内の件、礼を言うよ」


 森本は反射的に立ち上がり、ソファを軽く手で示した。設楽はすすめられた上座にどっかりと腰を下ろし、杖に両手を重ねた。ボディガードたちはそれぞれの位置に静かに散り、部屋の空気がわずかに重くなる。森本は立ったまま頭を下げた。


「……奥様のお人柄を現したようなご葬儀でした。お悔やみを――」

「あぁ、行儀杓子な言葉はいらんよ。無事にヘイブンに送ってくれたじゃあないか」


「……神ノ箱庭は一時的な滞在です。今、急ピッチで設楽会長の理想の箱庭を開発しております。そちらができ次第――」

「いやいや、じっくり時間をかけてくれて構わない。ほころびがあるデジタル世界など、危ないじゃないか」

「し、しかし奥様は……」


 森本のこめかみを一筋の汗が伝い、握った指先がわずかに震えた。


 ボディーガードの主任である田中がソファ横で静かにティーボトルを傾け、湯気の立つ茶を設楽の前に置いた。設楽は森本を見ることなく、その湯気をゆったりと眺めている。背後には、スーツ越しでも体格の良さがわかる如月が無言で控え、ドアの前には空手有段者の鹿島が動かずに立っていた。


「家内も喜んで待っててくれるさ。この私の妻なんだからな。そのための神ノ箱庭じゃあないか。実験場とはいえ、不自由なく暮らせる環境なんだろ? 」


 森本の喉がわずかに鳴った。


「……はい。ご自宅の他、奥様がお好きだとおっしゃっていた、ガラスの温室や庭園をご用意しました。街へも気軽に外出できるようになっております」


「ナビゲーターは? もちろんいるんだろうね」


「も、申し訳ありません。そちらは……。その代わりといってはなんですが、スマホにAIを追加しました。それを使えば、道案内から――」


「わかったわかった、もういい」


 森本は口を閉ざしたまま動けずにいた。じんわりと汗をかいた背中がしだいに冷たくなっていく。設楽は湯気の立つ茶を静かにすすり、その音だけが部屋に落ちた。足元だけを見ていた森本だったが、ようやく設楽の表情を確かめるように視線を移し、口を開いた。


「……木田洋子博士の、ソウルドール研究が……ようやく、実を結びました」


 声はかすれ、喉の奥で引っかかるようだった。


「魂の写像率が、これまでにない精度で安定しつつあります。博士の理論を応用すれば……奥様の、より自然な生活環境を――」


「そうかそうか! 私の懸念事項を、やっと洋子博士が解消してくれたのか。それは喜ばしい! 」


 声が弾む設楽とは裏腹に、森本は緊張で顔が強張っていた。背中では冷えた汗がじっとりと張り付き、時計の秒針が刻む音が、やけに耳についた。


 ソウルドール研究とは、人体を魂ごとデータに変換し、コンピューターへ転送・保管するという構想だった。肉体から切り離された魂を保持し、箱庭の既存NPCと融合させることで、人格と行動を再現する。定例会では、その融合に初めて成功したという報告が上がり、計画は表向きには順調に見えていた。


 だが、魂の保持は不安定で、人格の崩壊が起きる可能性が高かった。以前の動物実験では揺らぎが大きく、死刑囚を使った実験では、転送から数日後に被験者が次々と発狂した。


 魂の写像が耐えられず、精神が崩壊してしまったのだ。


 状況を変えたのは木田洋子だった。彼女が導入した新しい写像モデルにより、動物実験で90パーセントを超える安定性が確認された。魂の揺らぎが抑えられ、人格の再現度が飛躍的に向上した。これまでの不安定さが嘘のように、ソウルドール――魂の保持――が長時間可能になりつつあった。


 森本はその成果を報告しながらも、呼吸の浅さがなかなか戻らなかった。功労者である木田洋子を、設楽が『洋子博士』と呼んだ瞬間から、部屋の空気は森本にとってさらに重くなっていた。


「……ソウルドールの安定化は、まだ動物実験の段階です。人間への適用には、慎重な検証が必要で……。現状では、外部に公表できる段階ではありません」


 森本が言い終えるやいなや、設楽は「……ふっ」っと、小さく鼻で笑った。その失笑が合図のように、今度は大きな笑い声が弾ける。


「あっはっはは! 森本君、君は知らなかっただろうが、ソウルドール研究はね、いまアラブの富裕層の間で大変な注目を浴びているんだよ。特にUAEやサウジアラビアだ。彼らは“永遠の命”という概念に、我々以上に敏感でね」


 森本は一瞬、呼吸の仕方を忘れた。極秘のはずの研究が、いつの間にか世界の富裕層の間で語られている――その事実が、身体に重くのしかかった。


「もちろん、誰にでも話しているわけではない。口の堅い連中だけだ。彼らは金もあるが、秘密を守ることにも長けている。ヘイブンはね、そういう者たちの“理想郷”として、すでに水面下で動き始めているんだ」


 設楽は満足げに背もたれへ体を預け、杖の先で床を軽く叩いた。まるで、すでに勝負のついた話を確認するだけのような仕草だった。


「さて――そろそろ人体実験を始めたまえ」

「し、しかし……」


「以前のように、死刑囚を使えばいい。手配は……」


 設楽はそこで言葉を切り、ちらりと田中に視線を送った。田中は微動だにせず、「全て滞りなく済んでおります」と短く答え、冷えきった茶を空のボトルへ静かに移した。


「この茶はね、静岡の片桐君が贈ってくれたものでね。冷める少し前が、甘味があって旨いんだ。森本君もどうかね? 」


「そんな恐れ多いです。静岡の老舗、片桐園の茶葉は総理大臣御用達で、特別な方たちにしか手に入らないものと聞いております」


「はっ。相変わらず、つまらん男だな」


 ドアをノックする音が響き、「坂本です」という声が続いた。鹿島はドアを開け、ピッチリとしたスーツに身を包んだ坂本朱美を一瞥したが、その視線には揺らぎがなかった。彼は職務の確認だけを淡々と済ませるように、無言で室内へ通した。


「設楽会長、お話のところ失礼いたします。融合実験室で、木田洋子博士が人体のソウルドール定着に成功しました。3体の冬眠状態は良好です。懸念していた事項については、追ってご報告いたします」


「流石だ! 洋子博士は、誰かさんと違って仕事が速い」


 設楽は坂本朱美を手招きし、当然のようにその手を取って引き寄せた。彼女は促されるまま膝の上に腰を落ち着け、設楽は白いうなじへ顔を寄せて淡い香りを確かめるように息を吸った。


「森本君。受注済みの箱庭ヘイブン構築に、もっと力を注いでくれ。向こうは急いでいる」

「はい……」


「よろしく頼むよ」

「設楽会長! 神ノ箱庭から、プレイヤーをログアウトさせる件ですが――」


 設楽は坂本の腰に手を回したまま、軽く首を振った。


「3日に1人の割合にしろ。いきなり全員を解放したら、妻が悲しむじゃないか」


 設楽は坂本の手を握ったまま立ち上がり、彼女の腰に軽く手を添えて所長室を出ていった。森本は、その背中が扉の向こうに消えるまで動けなかった。


 扉が閉まって間もなく、控えめなノックが響いた。


「失礼します、所長」


 箱庭開発部署の研究員、『沢村美月』が静かに入ってきた。その声の奥に、森本は微かな違和感を覚えた。目の動き、呼吸の間、立ち姿――どれも沢村美月のものなのに、別の意志がそこに潜んでいる。


 ――今日のうつわは、沢村か……。


 森本は、当たり前のようにそう思ったことに苦笑した。いつの日からだろうか……魔女フレデリカが森本の前に現れたのは。最初は黒い影のような姿で耳元で囁くだけの存在だった。


 それがあるとき、新聞記者と名乗る男性の姿で現れた。彼は……いいや彼女は、黒い影をわずかにずらして、自分がフレデリカであることを示した。


「森本、これからは多種多様な器を使って、お前に協力してやろう。その代わり――」

「分かってる! 」


 このようなやりとりの後、魔女フレデリカは本当に、いろんな姿で現れた。だが、憑依するのは、いつも同じ種類の人間だった。


 自分の立場を変えたい者。

 もっと上へ行きたい者。

 何かを掴みたい者。


 沢村美月も、その条件を満たしていた。


 キィィィンという耳鳴りがしたかと思うと、部屋の空気が変わった。フレデリカが静寂の魔を張ったのだろう。いつものことで、すっかり慣れてしまった森本は、気にもせずにモニターが並ぶ机に移動した。


 沢村美月は手慣れた仕草でコーヒーメーカーを操作し、小ぶりな紙カップに口をつけた。その香りを確かめるように、わずかに目を細めている。その様子を一瞥した森本は、どっかりと椅子に腰を下ろすと、モニターに映るレニエタワーの内部を見ながら、長い長い溜息を吐き出した。


ちなみに、作中で田中が使っていたティーボトルは2本持ちがデフォルトです。

ひとつは淹れたて、もうひとつは空。

冷めたお茶をすぐ移せるようにしている、という地味すぎるプロ意識の表れでした。



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