第1章 33
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二人はあからさまに疲弊しており、もう決着が近づいている事が分かる。
肩で息を吐きながら、それでも憎き幼女を見つめる視線はかなりの鋭利さを誇る。
だが、そんな事を飄々と流してしまうのが、アカリという幼女だ。
そんな二人を前に、休憩と言わんばかりにたばこに火をつけた。
「もう諦めたほうがいいんじゃい? 勝ち目ないって」
勝利を確信した余裕の表情を持って、内心で二人を嘲笑する。
だが、それでも、二人の目は死んでいなかった。
それが面白くないようで、アカリは表情を変えて言葉を飛ばす。
「あちし・・・・・・どうにもならないって分かっていてもがむしゃらにやるやつ・・・・・・ムカつくんだよね。ほら? 寒いっていうか。正直蛇足っていうか。だから。もう辞めなよ。これ以上無様な姿を晒す必要なんて無いって。黙って楽になろ?」
そう、説得しようとするアカリ。だが――
「お前がそんなんだから、こんな事しか出来ないんだな?」
自分が窮地の立場でありながらも、エリアーナが言い放つ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
何を言われたのか、理解が追いつかないと言った表情をするアカリ。
「お前がアリーシャの何を知ってるって言うんだ? ふざけんなよ!」
「え? なになに? あちしに説教? まじで寒いんだけど」
そんなアカリのすかした態度など無視して、エリアーナが続ける。
「お前はまだまだお子ちゃまだから分からんだろうが、アリーシャは影で努力している。確かに根っからの天才肌かもしれないけど、それにあぐらをかいていたら足下を掬われる。アリーシャが有天使のトップランカーとして走り続けてこれたのは、頑張りがあったからなんだ。だから、正直言ってお前らの嫉妬は苦しすぎるし最低だ。努力を知らないやつが、努力しているやつの足を引っ張って優越感に浸かろうとしてんじゃねーよ」
「はぁ? 努力? 笑わせてくれるじゃん? いい? 一つだけ教えてあげる。努力なんて無駄なの。生まれた時から、なるべくしてなるって物事は決まっているの。あちしは神聖なるガブリエル様の血筋がある分、そういう気質が備わっているの。お前達凡人には分からないでしょうね」
「・・・・・・・・・・・・可哀想だな。アカリ」
川原がぼそりと言った。
「おにーさん。今何かあちしに言ったかな?」
「アカリ。お前の話を聞いていると、その血筋とやらに縛られているようにも聞こえる。本当はもっと別にやりたかった事とかあるんじゃないのか?」
「はぁ? 何言ってるのかな? これがあちしの今やりたい事に決まってるじゃん」
「本当は分かっているだろう? アリーシャの足を引っ張ったところでお前の能力が上がるわけじゃない。虐めていた仲間ともきっといつか足を引きずり合う事になる。なのにまだこんな幼稚な事、続けるつもりか・・・・・・?」
「よ、幼稚・・・・・・って。まだあちしの事愚弄するつもり! ざっけんなよ!」
「まぁ、そんな事俺なんかに言われたくないよな。エリアーナ、パス」
「ふん。雑なパスだな・・・・・・ま、本当ならお前の事憎すぎて殺してやりたいが、そしたらアリーシャが悲しむ。だから、もし反省して自らの行いを悔い改めるなら、チャンスをやらない事もない」
「何? 二人してあちしの事哀れんでいるつもり? 自分達の状況がまるっきり理解出来てないようで頭お花畑? これから死ぬのに自分達の心配しなくていいの?」
「死ぬつもりでいるなら、俺はこんな事言わない」
「ふん。てめぇにしては気が合うじゃねーか」
二人は、まるで戦友のように微笑を浮かべながら視線を交換する。
「馬鹿じゃない? 本当に本当の正真正銘の! そんな糞みたいな余裕。一瞬で吹き飛ばしてあげる――終わりよ!」
「終わるのは、お前の方じゃ無いのか? 私がただ何の策も無く急に余裕かますとでも思ったのか?」
「一体何を言っているの? ついに頭狂った?」
エリアーナが下を向くと、そこに〝天衣力が集約している〟のが分かる。
アカリもそれを確認するなり、それが策であるのだと確信した。
会話のせいで、それに気がつくのが遅れたようだ。
天衣力を操っているのは加藤だ。
「・・・・・・どうして・・・・・・おねーさんが?」
アカリは、純粋な疑問を抱えていた。
「あいつ・・・・・・燐も、こいつと同じように天衣力をアリーシャから浴びた。なら、使えない事はないだろう?」
「だとしても、あの程度の天衣力で何が出来るっていうの?」
「さあな?」
「さあなって・・・・・・本当に頭が狂ったみたいだね」
策といえども策と呼ぶにはほど遠い、何の確信の無いそれを前にして、アカリは自身の圧倒的勝利を悟った。
「茶番はもういいよね。今度こそ―――――――死ね!」
最後の一振りだと言わんばかりに、ハンマーの柄の部分を撓らせながら振り上げ、
力の限りを振り絞って叩き下ろし、これでチェックメイトに思われたが――
「なっ!」
なんと、クロスさせた二つのアイスの棒が、いとも簡単にハンマーを受け止めていた。
それを見て、驚愕を隠せず狼狽するアカリの姿があった。
「ど、どういう事・・・・・・」
いきなり劣勢に立たされ、旗色が悪くなった状況が理解出来ずにいる。
エリアーナは、その顔が見たかったと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「ふっっ。お前の周囲をよく見てみる事だな」
アカリは、言われた通りに周囲に視線を飛ばす。
「こ・・・・・・これは・・・・・・?」
アカリ達、天界警邏隊が張り巡らされた空間切断の内側に、〝更なる空間切断を生成させているのが分かる〟。
「そう・・・・・・今までお前が私達より強かったのは、空間切断が弱体の影響を及ぼしていた部分が大きい・・・・・・なら、最初からそいつをどうにかすれば良かったんだ」
アリーシャが苦しい状況の中、思いついた手段は見事に功を奏する結果となった。
「で・・・・・・でも・・・・・・たとえそれを抜きにしたって、あちしには他の奴らの力が・・・・・・」
自分の武器を見つめながら、全身を戦慄かせるアカリ
エリアーナは、容赦ない一言を叩きつけるように呟く。
「お前・・・・・・哀れだな」
「ほざけ! あちしに・・・・・・あちしにそんな憐憫の情を向けるな!」
隙間から顔を出したような怒りを向けるが、エリアーナは微動だにしない。
「お前・・・・・・勝手にそいつらの仲間になったつもりだっただけで、実はそうじゃないんじゃないか?」
「はぁ・・・・・・何言って・・・・・・?」
エリアーナはハンマーで思いっきり殴られた脇腹に手を当てながら言葉を続ける。
「正直、なんとなく違和感はあった。もし、本当にお前の言うように、周囲のやつらが束になって力を分け与えていたら・・・・・・おそらく即死だっただろう。だが、現実私は生きている。〝仰々しいハンマーのわりには力が比例していなかった〟つまりは、空間切断で私達が弱体化されてたから、自分の力が大きくなったように勘違いしていたんだろうな」
「ば・・・・・・ばっかじゃない! そんな事・・・・・・あるわけ・・・・・・」
徐々にアカリの言葉が弱々しくなっていくのが分かる。現実に、先ほどたかがアイスの棒にニョルニルハンマーとほぼ同等のレプリカが押された。これが何を意味するか、じわりじわりと脳が理解していった証拠だろう。
「お、おい・・・・・・警邏隊。更に空間切断を!」
アカリがどうにかして自分が信じた今を繋ぎたくて、願望のままに声を張り上げる。
だが、アカリの見方であるはずの警邏隊が声に反応仕草をみせず、完全なる傍観者を演じていた。
「な・・・・・・どうして・・・・・・どうしてなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
夢なら覚めて欲しい。そんな想いでいっぱいだろう。
アカリは、年相応の姿をようやく見せ始めた。その証拠に泣きじゃくり始めた。。
「まぁ・・・・・・そういうこった。お前の負けだ。降参しな」
「・・・・・・・・・・・・」
川原は、何も言わずに静観する。急な幕引きが訪れて何も言葉に出来ない様子だ。
「・・・・・・まだ・・・・・・終わってない」
だが、アカリはそうではない様子で、まだ意固地になって全身に力を込める。
「私は・・・・・・お前達が憎い・・・・・・邪魔だ・・・・・・お前達を今消せば・・・・・・きっと皆が私に跪いて許しを請う事になる・・・・・・」
アカリの全身がふいに黒いオーラのようなもので包む。
それを見るなり、エリアーナは舌打ちを行う。
「まずいな・・・・・・」
「お、おい・・・・・・あいつ、どうしちまったんだ」
川原がエリアーナに聞いた。
「天使は憎悪が一定のラインを越えちまうとああいう現象が起きる。それをどうにか出来なければ、〝堕天使になっちまう〟」
「何か解決方法はあるのか・・・・・・」
「さあな? こんな状況始めてだから・・・・・・正直なところ分からん」
「んだよ・・・・・・それ」
アカリは、黒いオーラの影響で、目が赤く染まり、悪魔になったかの様相を呈する。
その影響で、苦しそうにもがいている。
「・・・・・・・・・・おそらくそんなに時間は残されていない。早々にどうにかしなきゃダメだ」
「なぁ・・・・・・こんなやつ、別にどうなったっていいんじゃねーか?」
「ふっっ・・・・・・まぁな。だが、それでも、あいつはアリーシャの友達なんだ。今あいつを見捨てたら、私は未来永劫大好きな妹に見放されてる可能性がある」
「ったく。どんだけシスコンなんだよ・・・・・・」
川原はそんな風に悪態を吐いてみせるが、薄い笑みを乗せているようにも見える。
「まぁ・・・・・・俺もアリーシャの泣き顔見るの嫌だし、どうにかする他ないか」
川原は、最初にアリーシャと会った時の事を思い出していた。
あの時は、馬鹿姉の影響で助ける事が出来なかったが、今なら〝誰かを助けようとする事が出来る〟
「あの・・・・・・川原さん! おねーちゃん!」
地上から大きな声が聞こえてきた。アリーシャの声である。
「そのアイスの棒で、アカリちゃんに重い一撃を与えてください!」
「おい! そんな事していいのか!?」
川原が、同じく声量を上げながら、声を返す。
「大丈夫です! 心配入りません! 天使が放つ力は正の力。大して、今アカリちゃんが抱いているオーラは負の力。むしろ天使の力で攻撃しない限り、救出の道はありません。よろしくお願いします!」
その言葉を受けて、二人は、アカリに向かってアイスの棒を構える。
それを受けてやるとでも言うように、重そうにハンマーを構える正気を失ったアカリ。
「エリアーナ。早いところ、アリーシャの友達を楽にしてやろうぜ」
「・・・・・・ふん。てめぇに言われるまでもねーよ」
三人が、まるで見えない地面でも踏みしめるかのように前へ飛びだし――
再びクロスを描いたアイスの棒で、容赦なくアカリに一撃を叩きつけた。




