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第6話「向井命と桧笠秋穂④」

 ブレードを得た方法……。

 確かさっき、「突然手に入れた」ってあの少年は言ってた気がする。

 この能力は生まれつきとは限らないって事?

 じゃああの人も、何か原因があってブレードを使えるようになった……?


「……わ、訳を話せば勘弁してくれるのか?」

「お前がちゃんと答えて、尚且つその力を無闇に使わないと誓うんなら考えてもいい」


 捕まって怯えた声に対して、あの人は怖い生徒指導の先生みたいにそう答えた。


「誓う! 誓いますとも! これからは大人しくします、何も悪い事しません! だからどうか穏便に……!」

「分かったから早く話せ。病院行きてーんだから」

「ハイッ!」


 あの人は血の滲む脇腹に、あの影を包帯みたいに巻きつけた。

 さっきも思ったけど凄いなあ、自由自在に操ってる……。


「お、俺がこの能力を身につけた理由は……あれが原因で間違いない筈……です」

「あれ?」

「ホラ……原因不明な変死体の事件。あれは人の手によるものなんだ。もっと詳しく言えば……ブレード使いの仕業だ」

「……!」


 その言葉を聞いた瞬間、あの人の体が少し強張ったように見えた。


 その事件ならわたしも知ってる。

 確かニュースでは、亡くなった人は全員体に擦り傷が残ってたって。

 最初は心臓麻痺という事になってたけど、今はそれも怪しいって……。

 それがブレード使いの仕業?


「どういう事だ?」

「2週間位前……俺はたまたま夜中外に出る用事があったんだ。その時に変な奴に出会った。黒いローブみたいなものを着ていて、顔も隠してた。でもソイツの口元がチラッと見えた時……歯を見せて笑ってた。見えなかったけど、ソイツは確実に俺を見て笑ってたんだ……!」

「…………」


 あの人は黙って話を聞いている。

 こっちからじゃ、どんな表情をして聞いているのか分からない。

 ただなんとなく、険しい表情をしているんじゃないかと思った。


「更にだ、ソイツが俺の方に走って来た。何か引きずるみたいな『ガリガリ』って音を立てながら。メチャクチャビビったよ。殺されるかと思った。でもソイツはある程度近づくと、何も持ってない手で、俺に斬りかかるみたいな動きをしたんだ……。まるで実は剣か何かを持ってて、それで俺を斬ろうとしたみたいに」

「まさか……」

「そう……。俺は本当に斬られてたんだ。ただ斬られるまでは違ったから、その時まで見えなかっただけで。奴はブレードで俺を斬った」

「…………」

「ソイツは俺にこう言ってきた。『死ななくてよかったな。これでお前も登場人物の仲間入りだ』……って」

「登場人物? なんだそれは」

「そんなの俺が知るわけないでしょうよ⁉︎ それを言った後、アイツはすぐどっかに行っちまったからな」


 そして少年は、声のトーンを落として言った。


「けどね、俺はその時確信したぜ。今までの変死体は、アイツの言う『登場人物』になれなかった奴等……ひいては、ブレード使いになれなかった奴等」

「ソイツに斬られて、生きてればブレード使いに……って事か? つまり、ソイツが原因でブレード使いになった奴も」

「何人かはいるだろうぜ。俺みたいにな」

「……なるほどな。なんてこった」


 あの人はそう言って、大きなため息をついた。

 それには酷く落胆したような、暗い感情がこもっていた。


 そういえばさっきあの人は、ブレード使いがこの町にいる事を予想してたみたいな事を言ってた。


 一体わたしの周りで何が起こり始めたんだろう?

 なんでいきなり、わたしと同じ超能力……ブレードを使う人が現れたの……?

 それもまだこの町にいるかもしれないって……。


「俺が知ってるのはこの位だ……もういいだろ? 本当に反省したんだ。もうこの力を乱用しない」

「……次何かやったら、全身に影の拳を叩き込むからな」


 あの人は影の拘束を解いて、振り返ってわたしの方に歩いてきた。

 そして最初の時と同じように、わたしに手を差し出した。


「立てるか?」

「! はい……」


 わたしはその手をおずおずと掴み、引っ張ってもらって立ち上がる。


「…………」


 今まではちゃんと見ていなかった、わたしより高い位置の顔をジッと見上げた。


 あなたは何者?

 なんでこの町に来たの?

 ブレードとはどんな関わりが?

 わたしは……呪いから許してもらえるの?


 聞きたい事と話したい事がたくさんあった。


「な、なんだ? 俺の顔がどうかしたか?」

「……あなたともっとお喋りしたいなって思っちゃいました。今までずっと、そんな事しちゃダメだって決めてたのに」


 わたしは笑っていた。

 あの時から長い間、嬉しくて笑った事なんてずっとなかったのに。


「本当に、ありがとうございます。わたしに出会ってくれて……命さん」

「……お、おう」


 あの人……いや、命さんは、一瞬びっくりしてから頬をかき、困ったような表情で視線を少し逸らした。

 この曖昧な返事にはさっきみたいな謙遜の意味があるのかもしれないけど、とんでもない。

 わたしにとっては恩人だ。


「とりあえず涙拭けよ。ハンカチ持ってなくて悪いけど」

「あ……すいません」


 言われて初めて、わたしの目からは未だに涙が流れ続けていたんだと気付いた。

 ハンカチまでお世話になるわけにはいかない……とはいえ、わたしもハンカチは持ってない。


 仕方なく手でゴシゴシと目を擦っている時、ふと命さんの背後が目に映った。

 さっきの少年が、恨めしそうな目でこっちを睨んでいる。

 ちょっと遠い上に涙でぼやけて見えにくいけど、敵意を向けているとすぐ分かった。


「みっ……!」


 その方向を指差して命さんに伝えようとしたが、咄嗟の事で声がどもってしまった。

 それでもわたしの言いたい事を理解してくれたのか、命さんは素早く背後を振り向く。


「……大人しくしてりゃいいのに」

「こんなに舐められて大人しくできるかって話だよぉ! えぇ⁉︎」


 またさっきと同じ構えを取ろうとするより速く、命さんは既に駆け出していた。

 例え今から空気を撃っても、命さんには効かないし、わたしに撃っても……まあ結果は見えてる。

 あまり賢い方じゃないわたしでも、これは悪あがきだと目に見えて分かった。

 その所為であまり危機感を持たずに2人を眺めていた時。


「悪かあない。寧ろどっちかっつうと面白え」

「?」


 不意に、黒い人影がわたしを横切っていった。

 その速さは凄まじく、命さんをも追い越して、あの少年の所まで一瞬で辿り着いてしまった。

 予想外の出来事に、命さんも咄嗟に足を止める。


「!……なんだ⁉︎」

「しかしだ。もっと面白く出来るな。オレがレクチャーしてやろう」

「お……お前はっ‼︎ な、なんでまた俺の前に⁉︎」


 そして、最も驚いているのは彼のようだ。

 怖がっているのか、構えを取りかけた体勢のまま声と体が徐々に震え始める。


「別に理由はねえよ? ただ面白そうな事には目がなくてな……ククッ」


 全身黒づくめで顔を隠してるその人は、声から察するに男みたいだ。

 聞いただけで寒気がする声で、ガタガタ震える男子に語りかけている。


 それよりもこの格好は……。

 さっき彼が言った、『ブレードを手に入れたキッカケ』の話に出てきた人と一致する。


「お前か⁉︎ ソイツにブレードを与えたのは!」


 命さんも同じ事を思ったらしい。

 鬼気迫る声で、黒づくめの男に向かってそう叫んだ。


「ああ、そうそう。それが?」

「……『それが?』、だと? テメー分かってんのか? 自分が何やってんのか……‼︎」

「分かってるさ。よおーく知ってる。少なくともお前よりかは、コレがどんな物か理解してるぜ?」


 そう言いながら片手間のように、あの男は震える少年の首を鷲掴みにした。


「うっ⁉︎ グ、ギギ、ア……‼︎」


 それもかなり強い力を込めているのか、少年は声になってない声を上げ、白目をむいてしまった。


「し、死んじゃうよ! そんな事したら……」

「へへぇ? こんなクズの事心配してあげんのか。優しいなあ……しかも可愛いし」


 わたしの方を向いた男の口元が、ニヤリと釣り上がって見えた。

 わたしはゾワリとしたえも言われぬ悪寒を感じ、思わず一歩後ろに引き下がっていた。


「でもストライクゾーンとは違うかなあ〜。もっと気が強そうならベストだ。うんそれなら文句ない」

「お前さっきから何なんだ⁉︎ 手を放せよ!」

「んだようるせえ〜なあ〜〜。もうちょっとしたら放してやる……」


 男は少年の首根っこを掴んだまま、道路の方に目を向ける。

 そして、ニヤリとした口元を更に歪めた。


「……よッ‼︎」


 その瞬間、白目をむいた男子の体が突然動き出した。

 まるで機械が埋め込まれたみたいな、不自然に機敏かつカクンとした動きであの構えを取る。


「発車ッ! ドォ〜ン‼︎」


 男が戯けたような態度でそう宣言すると同時に、空気弾は発射された。


「……⁉︎」

「え? 方向が……」


 けれど発射された弾は、命さんの方でもわたしの方でもなく、明らかに明後日の方向へ飛ばされた。

 なんとかそれを目で追う。

 公園と道とを区切る花壇を越えた所で、空気弾はカクンと下に方向を変えた。


「……!」


 丁度その時、まるで狙っていたかのようなタイミングで、車が一台走ってきた。

 車自体は、ただ走っているだけ。

 でも進路を変えた空気弾が、車のタイヤの下に潜り込んでいた。


「まさか……」


 そして地面とタイヤに挟まれ、空気弾は破裂。

 車はコントロールを失い、花壇を踏み越え、わたしの横を通り過ぎた。


「どうする? コッチ来るぜ?」

「ッ……コイツ!」


 暴走し、運転手の意思を受け付けなくなった車の先は、命さんのいる方向だった。


「逃げるか? オレは逃げる。でもこのガキの事は知らねぇ……ほったらかす」

「テメー……‼︎ 何のために⁉︎」

「その方が面白そうだろ?」


 黒づくめの男はそう言い残して、またしても凄まじいスピードで消えた。

 ブレードには身体強化の効果もあるって聞いたけど、あんなにも速くなれるものなの……⁉︎

 ああ、それどころじゃない‼︎


「逃げて! 命さん‼︎」

「分かってる……()っ! けど……クソッ‼︎」


 気絶した男子を影で絡めた所で、命さんはよろめいて苦悶の表情を浮かべた。

 よく見ると脇腹から血が滴っている……。


 傷口が悪化した?

 さっき空気弾が命中した——

 間に合わない?

 このままじゃ……?

 そんなの。


「そんなのは許さない‼︎」

 

 気づけばわたしは、命さんの方へと駆け出していた。

 自分が走ってると思えないほど速い気がした。

 気のせい?

 そんな事今はどうでもいい……間に合ってくれたらそれでいい!


 命さんは言った。

 背中を押したその先は、わたし次第だって。

 その言葉で……あなたに出会えただけで十分……わたしはそれで救われた!

 もう背中は押してもらったんだ!


 あとはわたしだ。

 わたしはこの『呪いの渦』を克服するんだ‼︎


 気づけば、もう命さんのすぐ近くまで走ってきていた。

 左手を伸ばし、命さんの方に跳んだ。

 勢いあまり、わたしの体は命さん諸共覆いかぶさるように倒れた。

 その段階で目をギュッと閉じてしまって、外の様子が分からなくなった。

 ただエンジン音の近さで、車はもう1メートルも離れてないって感じた。

 自分が車より速く走った事にビックリしたけど、必死すぎてそれっきり何も考えられなくなった。


「…………」


 急ブレーキの音が聞こえた。

 どうなったんだろう。

 わたしは上手くやれたの?

 それとも……また、見殺しにしてしまった?


「秋穂……」

「!」


 命さんの声だ。

 わたしの事を呼んでる。


「やったじゃねーか。頑張ったな」


 優しくそう言って、わたしの頭を撫でてくれた。

 恐る恐る頭を上げる。


「やった……?」

「ああ。よく見ろよ」


 言われるがまま、わたしはキョロキョロと辺りを見回した。

 命さんはわたしの下敷きだったが、笑っている。

 あの少年は、気絶して倒れてるけどどうやら無事みたいだ。

 暴走した車は、わたしの直前で不自然に進路を変えていた。


 でも、あの時とは何か違う……。

 わたし達を避けて、他にも被害が加わらないような……そんな最低限の軌跡を描いていた。

 あの時のわたしなら、車は少年の方に突っ込んでいたかもしれなかった。

 でも彼が倒れてるのと反対側に、車は少し逸れただけだった。


「わたしがコントロールしたの……? 本当に?」

「他に出来る奴はいねーよ。証拠もある」

「証拠?」


 わたしは、ふと命さんの持つ日本刀を見た。

 そしてやっと気がついた。

 いつの間にか、右手に何か握ってる……。


 見ると、それは槍だった。

 穂先の中心が1度捻れ、その付け根に2つの輪がクロスして交わる飾りが付いている。


「これが……ブレード?」

「そうだ」

「初めて見た……。わたしの意思で……自由に扱えた……!」

「ああ」

「……ううっ…………やった……! やったんだ。やったよお!」


 ああ、まただ。

 今日だけで、一体どれ位の涙を流したかな。


 運転手が降りてきて、人だかりが出来始めた。

 それでもわたしは、今まで押し殺してきたものがあふれ出したように、しばらく声をあげて泣き続けた。


「うあああーーーーーー……!」

「…………」


 命さんはその間、ずっとわたしの頭に手を置いてくれていた。

 何も言わず、ただ胸を貸してくれていた。







 わたしは独りだった。

 独りじゃなくちゃいけないと思っていた。

 でも、誰も近づけない呪いの渦に、手を伸ばしてくれた人がいた。


 その人が現れたのが原因か……それともずっと前から始まってたのか。

 とにかくこれがキッカケになり、わたしは関わっていく事になる。

 ここ合町で起こる、ブレードを巡る物語に。

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