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第4話「向井命と桧笠秋穂②」

「えーと、ここどっちだっけ?」

「右です」


 慣れない土地な上に焦りまくっていたが、秋穂のナビゲートのお陰で割とスムーズに進めている。

 俺1人だったらと思うと……色んな意味で恐ろしい。


「地元民がいてくれて助かったぜ」

「わたしも地元って訳じゃないですよ? あ、そこは左です」

「そうなのか? 最近引っ越してきたとか?」

「えぇ、まあ……。ここはまっすぐです」


 秋穂は若干声のトーンを落とした。

 また良くない事を思い出したのかと聞きそうになったが、自重した。

 俺にもそれ位のデリカシーはある。


「……俺は昨日来たばっかだからさ、見ての通りこの町の事よく分からねーんだ。よかったらまた色々と案内してくれよ」


 俺はつい、そんな事を口走った。


「え?……わたしでいいんですか?」

「いいんだよ。そっちさえよけりゃ」


 秋穂は表情を和らげる。

 それを確認して、俺は少し嬉しくなった。

 なんでか、この娘にはそういう表情をしていて欲しいって思う。

 初対面なのにおかしな話だ。


「本当にいい人ですね。み……っ!」

「み?」

「コホン……なんでもないです」


 そして何か言いかけたが、咳払いをして誤魔化した。

 言いたくなさげなので追及しないが、気になるっちゃ気になる。


「あ、そこを左に曲がったらもう右手側に見えますよ」

「マジか」


 そうこうしている間に、目的地はすぐそこまで近づいていたらしい。

 果たして彼等は既にいないのか、それとも未だ伸びているのか……。

 心拍数と早歩きの速度が自ずと上がる。


 心臓をバクバクいわせながら、俺は角を左に曲がった。

 そこから数歩進み、遂にさっきの公園まで辿り着いた。

 と言うか、辿り着いてしまった。


 あとは確認すれば済む事だが、中々顔を上げられない。

 もしあのまま放置されていたら……。

 クッ、こんな緊張感は大学の合否判定以来だ。


「……よし」


 しばし固まっていた俺だが、動かなければ何も始まらない。

 そう観念し、俺は一思いに首を動か——


「よかった、誰も倒れてませんね」

「え?」


 そうとしたら、秋穂が俺にそう声をかけた。

 見れば確かに、公園で倒れている人物など1人もいない。

 さっき見た通り遊具の少ない普通の公園だ。


「きっと別の人が119番してくれたか、自分達で起きたんですよ」

「そ、そうか。そうだな」


 なんか……さっきまでビビってたのが馬鹿らしくなってきた。

 秋穂はこんなに落ち着いてるのに、なぜ俺はあんなに取り乱してたんだ。

 思わず大きなため息が出る。


「けど、何事もなくてよかったか」


 まあ結局俺の取り越し苦労だったわけで、その点はかなり安心だ。

 多分彼等は元気にやっていける事だろう。


 さて……じゃあこの後どうするか?

 勢いで喫茶店出ちまったけど、何も考えてねーんだよな。


「とりあえず戻るか? 喫茶店まで」

「うーん……」


 秋穂はしばし考える仕草を見せた後、「じゃあ」と俺に向き直した。


「今から町の案内しましょうか?」

「……え、今から?」

「はい。時間大丈夫ですか?」

「まあ俺は大丈夫だけど……」


 さっきの誘いに早くも乗ってくれるというのは嬉しいが、俺の方ばかりに合わせてもらってるようでなんだか申し訳ない。


「あ……わたしには予定ないですよ。……だってわたし、友達1人も作ってませんから」

「……え」

「大した予定なんて、作りようないです」


 その自嘲的な言葉に、俺は言葉を返せなかった。

 今『作ってない』って言ったけど……本当は作りたくても『作れない』んじゃないのか?

 じゃなきゃ、そんな悲しそうで寂しい声は出せないだろ?


 俺と話してる時は、慣れないながらも楽しそうにしてくれた。

 そんな娘が好き好んで独りでいるわけがない。


「…………」

「あの、どうかしましたか……? やっぱりちょっと、都合悪い……ですか?」

「……気持ちはスゲー嬉しい。けど俺よりお前のが先だ」

「はい?」

「俺はお前の問題を、1秒でも早く解決してやりたい」


 秋穂は驚いたように目を見開いた。

 俺も自分で驚いている。

 なんでこんなに親身になってるのか、自分でも分からなかった。

 ただ……。


「……さっきはここで会ったのも何かの縁って言ってましたけど……本当になんでそこまで」

「さあ。ただ、なんか放っとけないんだ」


 頬を掻きながら、やや早口に俺は言った。

 そしてなんだか恥ずかしくなり、視線を逸らす。

 さっきから、この娘といると柄じゃない言動が多い気がする。


「……ありがとうございます。本当に、わたしなんかのために」

「いや、俺がそうしたいってだけでそんなお礼とか……」


 この時、秋穂から逸れて公園の方を向いていた視線が、不自然なものを捕らえた。


「?……なんだ?」


 何もない場所で、公園の砂がひとりでに舞った。

 隙間風のような小さな音も聞こえる。

 だが砂を飛ばすどころか、葉が揺れる程度のそよ風すら吹いていない。


 俺は目を凝らす。

 何も見えないが、なにか妙だ。

 なにか……。


「?……どうしたんですか?」

「ちょっとな……さっき一瞬砂が舞った気がして」


 そう言いかけた時、俺はようやく気がついた。

 透明の球体が浮かんでいる事に。


「⁉︎ これは……!」


 それは野球ボール程の大きさで、地面から上昇するような軌道でこちらに近づいて来る。

 しかも、徐々に加速しながら。


「なにかヤバイ……!」

「え⁉︎」


 俺は秋穂の腕を掴んで、球体の軌道から横に避けた。

 直後、球体はさっきまで俺たちがいた場所に到達する。

 そして、紙鉄砲を思い切り振ったような大きな音をたて、破裂した。


「キャア⁉︎ な……なに?」

「分からん。とりあえず離れるなよ」


 秋穂は耳を塞ぎ、怯えて体を縮こまらせた。

 俺は秋穂を庇うように立ち、ツクヨミを右手に呼び出す。


 今のがどういう原理なのかは分からんが……原理不明な事を起こす術なら知ってる。

 まさかとは思ったが、俺には他に説明出来ない。


「今のは……ブレード能力⁉︎」

「あー……バレましたぁ? うまくいくと思ったんだけど」


 公園の方から、やや軽薄そうな声が聞こえた。

 再びそちらに頭を向ける。


「お前は……」


 さっきは気付かなかったが、ベンチに1人座っている。

 ソイツは立ち上がって、フラフラと俺たちの方に近づいて来た。


「俺の事覚えてるよねぇ? だってさっき会ったもん……だよねぇ? お兄さん」

「ああ、マジかよ……」


 見覚えあるとも。

 あのヘアピン頭……さっきの4人の内の1人じゃねーか!


 俺は最早苦笑いを浮かべるしかなかった。

 こんな事がどんな確率で起こるんだ?

 宝くじで1等当てるのより珍しいんじゃねーか?


「2人ともビックリした? 俺もビックリだよ。いきなり手に入れたこの能力……。それと同じような能力を持ってる人が、俺の前に現れるなんてさぁ」

「あの人も……? 嘘……この町になんで」

「……まあビックリはしてるが、予想してなかったわけじゃない。出来れば外れてほしい予想だったんだが」


 まだこの町にいるのか?

 いるとすれば一体何人?

 なんにしろ、あの事件にもブレードが関わってる可能性が高くなったって事か。


 だがまず、目の前のコイツに集中だ。


「さっきのは攻撃と見ていいんだな? 俺たちに向かって攻撃してきたな?」

「いやまぁ? ちょっと驚かそうかなぁ位の気持ちで? さっきのお返し的な?」


 奴はヘラヘラしながら尚も近づいて来る。

 なんというかその様は、さっきの『少し粋がった高校生』から少しかけ離れて、微量の狂気を放っていた。


「だってですよぉ? せっかくいい気分で、可愛い娘に声かけてたのに。それを邪魔して挙句気絶させようとか……やっていい事と悪い事ってのがあるんじゃないですかね〜? そう思わない? お兄さんさぁ」

「……なに言ってんだお前」


 放つ言葉もどこかチグハグで、中身を感じない。

 とりあえずそれっぽい事を言って、鬱憤を晴らしたがっているように見える。


「別に俺がどうこう言ったわけじゃねーだろ? 思い返せば、あの時最初にこの娘に声かけてたのも、俺に絡んできたのもお前だったな? 全部自分で種撒いた結果だろ。八つ当たりすんじゃねーよ」

「……へぇ、八つ当たり?」


 奴は眉間に皺を寄せ、俺たちから数メートル離れた位置で立ち止まった。


「ちょっといいかなぁ⁉︎ 俺は今、アンタが悪い事したって話してんだけどぉ? アンタの方に非があったよねって話してんだよ? それを、ナニ? 俺が悪いって⁉︎ 俺が悪い事して、それに対して正しい事したアンタに、俺が八つ当たりしてるって⁉︎ アンタはそう言いたいんだ! ヘェーっ、年長者はいつもそう言うよねぇ! 俺そういうの大ッ嫌いなんだよねぇ‼︎ だからさぁ……ちょっとぶちのめしても……問題ないよねぇ?」

「…………」


 奴はニヤリとした表情を俺に投げかけた。

 さっきまで抱いてた印象を訂正しなくちゃな。

 コイツ……危ない奴だ。

 どこで手に入れたか知らんが、ブレード能力のお陰で色々とデカくなってるらしい。


「あの人は一体……」

「下がってろ。さっきよりもっとキツく懲らしめる必要がありそうだ」

「懲らしめる? そりゃあ俺の台詞だってよぉ‼︎」


 秋穂が少し後ろに下がる。

 その間に奴は手のひら同士を向け合わせ、両手を前に突きだした。

 瞬間、奴の両腕に突然鉤爪が出現する。

 ゲームなんかでよく見る、手甲に獣のような爪が付いた武器だ。

 変わった部分として、手甲にバイクのマフラーのようなパーツが伸びており、そこから唸るような音を立てている。


「確か『ブレード』って呼んでたよねぇ? どう? これが俺のブレード、名づけて——」


 奴の両手のひらの間の空間が球状に歪んだ。

 またさっきのを撃つ気か⁉︎


「『クリアー・フック』‼︎」


 奴がそう高々に叫ぶと同時に、球状の歪みが俺の方に放たれた。

 さっきよりも速い。


 だが所詮、さっきより速い程度だ。

 俺は影の鞭をしなるように動かし、球体を弾き飛ばした。


「なに⁉︎」


 奴は驚きを露わにする。

 あの程度の速さじゃ、光速と比べるまでもない。


「……とでも言うと思ったか⁉︎ マヌケッ!」

「…………」


 急に表情を変え、奴は俺を馬鹿にした態度をとった。

 その直後、空気が抜けるような音が聞こえた。

 音のした方に振り向く。


 そこにあったのは、今しがた弾いた透明の球体だった。

 軌道が俺の方に修正された上、さっきより更に加速している。


「まだまだ! 喰らえ‼︎」


 奴は再び両手のひらを向かい合わせ、球体をもう1発作り上げていた。

 それを、俺の方へとまた飛ばす。


 いや、よく見れば1発だけじゃない。

 大きさは幾分か小さいが、奴は球体を連射していた。

 しかもそれぞれが同じ音を立てながら、不規則な軌道を描いて近づいて来る。


「どうだ‼︎ 直進するのを1発ならまだしも、この数この動きを捌ききれるか⁉︎」

「ヤバイッ……とでも言って欲しいか?」

「……⁉︎」


 俺が冷静にそう言ってやると、奴は虚を突かれたような顔をした。

 俺がなにを言ったのか理解出来ないという風に。

 理解させてやるよ。


 俺は影のドームを作り出し、自分をスッポリと覆った。

 そうするだけで、奴の放った球体は全て、その影のドームに遮られる。


「ハ……?」


 更に俺は球体とドームが触れている部分から、影を針状に伸ばす。

 外で全て串刺しになったであろう球体は、風船の割れる音と同時に消滅した。


「ア、アリかよ……そんなの」

「場数が違うぜ、高校生」


 ドームを解いて奴の様子を見れば、更に混乱した表情を浮かべていた。

 さっきの変に余裕こいた態度とはえらい違いだ。


「あんな防御方法、俺でなくても思いつきそうなもんだけどな」

「な、なんだと——」

「あと、お前の能力も分かった。空気を球状に固めて飛ばしてるんだろ?」


 奴は全身を強張らせた。

 当たったらしい。


「最初に公園の砂が舞ったのは、軌道を変えるために空気を抜いたから。あの音もそれが原因だな。なら何か鋭利な物で対処すればそれまでだ」

「く……」

「凄い……」


 奴は後ろにたじろいだ。

 その場その場の勢いだけで、細かい事なんて何も考えてない。

 時と場合や人によってはある意味いいことかもしれんが、間違ってもコイツはそんなんじゃない。

 もう少し脅すか……。

 俺は奴に近づいていった。


「い……いや、悪かった。調子に乗ってたのは俺だったよ、お兄さん。もう何もしないって……そんな睨まないでさぁ?」

「どうだか」

「ホントだって! なんもしない……なんてな‼︎」


 奴はもう1度あの構えを取ろうとしたが、それは叶わなかった。


「もう既に捕らえたぜ」

「な……なっ⁉︎」


 俺の影は、奴の体に絡みついている。

 体の自由は奪わせてもらった。


「万事休すだ。観念しろ」

「……ま」

「ん?」

「まだだ‼︎ さっき連射した空気弾……実は1発だけ残してるって言ったらどうする⁉︎」

「なに⁉︎」


 俺は後ろを振り向いた。

 そこには俺の方を見る秋穂と……小さいスーパーボール程の空気弾が浮かんでいた。


「しまった……!」

「全速力だ‼︎ 間に合うんなら止めてみろよぉ!」


 俺が駆け出すと同時に、空気弾は秋穂の方へと加速した。

 さっきまでより明らかに速い。

 だがギリギリだ、間に合うぞ!


 俺は秋穂の方へ、影で盾を作り出した。

 あの速度なら、思うような軌道変更は出来ないだろう。

 よし、なんとか防げ——


「……な」


 防げると思った時、空気弾が不自然に軌道を変えた。

 見えないレールにでも沿うかのように、妙に滑らかな動作で、軌道を俺の方へと変えていた。


「ガフッ⁉︎」


 秋穂の方へと注意が向いていて、俺自身を防御する余裕がなかった。

 空気弾は俺の左脇腹に命中し、少しめり込んで破裂した。


「クッ……なん……だ、今のは」


 俺は痛みに顔をしかめ、脇腹を抑えながらその場に膝をついた。

 撃たれた部分から、血が滲んでいる。


「な……⁉︎ オイ、今のは俺じゃない‼︎ あの速度をコントロールする余裕なんてなかった‼︎ 勝手に……空気弾が勝手に逸れた‼︎」


 奴は慌てながらそう喚いている。

 あの慌てぶり……どうやらこれは本当らしい。

 ならなんで……。


「……そ…………そん、な……」

「ッ⁉︎……」


 ふと秋穂が声を漏らし、俺はギョッとしてそちらを見る。

 その声には、果てしない絶望が詰まっていた。

 表情もだ。

 喫茶店で一瞬見せた、この世が終わるかのような表情を浮かべている。


「やっぱり……駄目だった……………‼︎ わたしは……わたしは独りでいなきゃ駄目だったんだ‼︎‼︎」


 膝から崩れ落ち、目からは涙を流しながら、秋穂は喉を壊さんばかりに声を張り上げた。


「なに言ってんだ……まさか今のが⁉︎」

「うっ……あああ…………‼︎ 嫌……嫌だよ……ゴメンナサイ、ゴメンナサイお父さん…………お母さんだけ見殺しにしてゴメンナサイ……‼︎」


 顔を手で覆って表情は隠れるが、指の隙間から覗く目だけで、秋穂の絶望が心を抉るように流れ込んでくる。

 なにがあったんだよ……秋穂。

 お前の能力が、一体どんな悲劇を生んだんだ。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーッ‼︎‼︎」


 へたり込んだまま天を仰ぐように顔を上げ、秋穂は絶望を具現化させた叫びを放った。

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