第30話「四重奏とインスタント・スター④」
「よし、ブン殴る。一発だけ本気でブン殴る」
「甘いわ西部、微塵斬りよ。臓物取り除いてからね」
突き出した右手にブレードを垂らす西部君。
ブレードを教鞭っぽくペチペチはたく伊代ちゃん。
そんな二人に思いきり睨まれ、星型ブレードの男子生徒は完全に気圧されていた。
「どっちが輩か分からんなコレ」
「気を付けて! その人、宣言した事を本当に起こせる能力だよ!」
というか伊代ちゃん、さらっと凄い怖い事を……。
その部分だけ取り除くと、男子生徒よりもえぐいかもしれない。
「とりあえず脳筋どもにバトらせといて。アイツの能力の本当のところ、ちゃんと考えた方がいいな」
「でも金条君がほとんど言っちゃったような気も」
「細かいとこまでは分からん。そこは、さっきまで戦ってたお前が考えろ」
座り込んだまま、金条君は鋭くわたしを見上げる。
意志が胸に突き刺さったような気がした。
「…………」
わたしは……みんなに隠し事をしている。それがずっと、戦ってる時も引っかかり続けていた。ふとそれに気付いた時から、濃い霧の壁でみんなと遮られているみたいに感じた。
友達でいたい。
本当の友達になりたい。
こんな気持ちのまま横に並んじゃ……みんなに失礼な気がする。
「金条君ってさ。誰にも言いたくない事ってある?」
「あ?」
不思議そうにわたしを見返し、金条君は考えるように頭を項垂れさせる。『何でそんな事を聞くんだ』とか聞き返されるかと思った。
でも、金条君の次の言葉は、わたしに向けたものじゃなかった。
「西部、道篠。お前らって何か隠し事あるか?」
「そら一つや二つくらいあるわ! 当たり前だろ人間なんだから! てか今忙しいから後で聞け‼︎」
「……同じく。気が散るから黙ってて」
「だそうだ」
振り向きもせず、当然だと言わんばかりの二人の答え。それをまた、当然だと言いたげな金条君。
……豆鉄砲でも食らったみたいだ。
金条君は、どの程度わたしの意を汲んでいたのだろう。意地悪だし、へらへらしてるし、真意も本当によく分からない。
でも確かに、霧が消えた。
突き刺さっていた針が抜け落ちた。
「ありがとう」
「惚れんなよ?」
「大丈夫だよ」
思わず口元が緩む。
大きく息を吐き、二人の背中を見据える。わたしに出来る事……それは、この能力で二人を守る事。
今は打ち明けられないけど、いつかは本当の事を知ってほしい。そう思える友達のために。
「クソ! 調子に乗るなクソッタレッ! 余裕だ……四人くらい余裕だ俺なら……! ああそうとも、あと三分もあれば十分だ‼︎」
男子生徒の、焦りきった叫び声。
同時に動いたのは西部君だった。
「クソッタレはお前だろうが! そういうのをなぁ、フリスビーって言うんだよッ‼︎」
左手で帽子を後ろに投げ飛ばして、相手を飲み込むほどの怒号。
フリスビー……?
あ、多分ブーメランって言いたかったんだ。
「今度こそ遂にお披露目する時が来たようだなッ! 俺の能力、俺のブレード! その名は——」
投げられた帽子が、地面に落ちる。
それを合図にしたかのように、ヨーヨーから何かが飛び出した。円周上に四枚、斧のものに似た刃が。
糸が巻かれ、刃の生えたヨーヨーが手元に上る。
手を斬らないよう器用に掴み、野球選手みたいに振りかぶり、
「“オメガ・ギア”ッ‼︎」
ブレード——“オメガ・ギア”は勢いよく、大声とともに投げ飛ばされた。小さなレーシングカーみたいに唸り、回転しながら空気を斬り裂き、豪速球で突き進む。
「『いかなる攻撃も受け付けない』!」
腕時計を気にしながら、早口でまくし立てる男子生徒。その体にヨーヨーが命中する。人体に何かがぶつかったとは思えない、壮絶な衝撃音が轟く。
でも、男子生徒は依然立ち続けていた。
「…………」
やっぱり言い直してる。わたしと戦った時、一度そう宣言してたのに。金条君に撃たれると思った時も、慌てて言い直そうとしてた。
やっぱり条件があるんだ。何らかの理由で、宣言が取り消されてる。
「効いてねえ! ヤベェ‼︎」
「余裕……余裕だ! 勝つのは俺だ‼︎」
条件は何?
時間とか……あとは回数?
重ねがけが出来ない、とか。
思考しながら、突っ込んできて薙ぎ払われた星型ブレードに意識を向ける。軌道が逸れて、二人には掠りもしなかった。
「あのクソアマ……!」
「それ誰の事言ってんの? アンタの目には、秋穂がそう見えてるの……そんな目玉はいらないわね」
青いブレードが、顔面に振るわれた。
またもやおっかない伊代ちゃんの脅しに戦慄しつつ、さっきの戦闘を思い返す。
「本当に目元狙いやがって……!」
「どうせ効かないんでしょう。あ、でもコイルは付けれるのね」
「……!」
重ねがけが不可能……それだと、『真空波』と『的を外さない』を同時に使ってた事が説明出来ない。
確かその宣言の後『一秒に十回——』が来て、その次に『一撃で——』っていう宣言があって……。
ああ、そうだ。
あの直後、彼は金条君の攻撃を食らってた。
『攻撃を受け付けない』という宣言が消えたのは、丁度あのタイミング。
つまり……!
「伊代ちゃん、西部君! その人の宣言が有効なの、多分二つ目までだ! 三つ目からは、一番古い宣言が順番に取り消されるみたい!」
顔に青いコイルをくっ付けられた男子生徒は、大きく見開いた目でわたしを睨む。歯を軋ませ、とても腹立たしげな表情だ。
あの反応を見るに、どうやら当たってるらしい。
「なるほどな! もう俺らが勝ったも同然じゃねえかよぉ、ザマァねえなこの中二チビ‼︎」
「じゃあとりあえず、ダメージ与えるためには……あと二回何か言わせればいいのね。分かりやすいわ」
今にも『ヒャッハー‼︎』とか言い出しそうな勢いの西部君と、静かすぎて逆に怖い伊代ちゃん。並ぶと尚更凄まじい。
「バレたから何だ⁉︎ 関係ない! 『一撃で仕留める』と『攻撃を受け付けない』、この二つさえあれば俺が負ける事はないんだッ! あと少しくらい……!」
しきりに腕時計を確認する男子生徒。
……さっきも一瞬、腕時計を気にしていた。
何かの時間が迫っているのだろうか。
「時間……」
わたしの能力は、連発するといずれ限界がくる。彼が証明した、わたしの弱点だ。
似た弱点が、あの男子生徒にもあるとしたら……?
それが時間だとしたら。
「伊代ちゃん! その人の動き止めれる⁉︎」
「? やれると思うけど……そうね、その方があとで楽そうね」
伊代ちゃんの左手に、金色のコイルが現れる。ブレスレットみたいに手首で輝くそれを、男子生徒の方へと向けた。
左手首にブレードを添える。その刀身に、金色のコイルが再び現れた。
「……!」
そして左手のコイルが、弾丸みたいに放たれる。
さっきの攻撃の際、男子生徒は二人との距離を詰めていた。
そしてまだ、彼は二人から離れきれていない。時計を気にしてたのか、どうせ攻撃は効かないと油断してたのか……。
理由は分からないけど、とにかく安全とは呼べない距離。放たれたコイルを躱す猶予はなかった。
「また……! 何なんだコレ⁉︎」
「えーっと……あ、思い出した。名前付ける意味とか、私はよく分からないけど……。悪くないわね、こういう時には」
左手首に張り付けられた金色の光。そして、顔に付けられた青い光。二つが僅かに輝きを増す。
その能力は、言うなれば磁力。
違う性質——青と金が引き寄せあう。
「“クイーン・コイル”。アイツを縛り付けなさい」
男子生徒の左手が、弾かれるように加速して自身の顔にぶつけられる。
「何……⁉︎」
宣言のお陰で痛みはないらしい。でも、反射的に両目は閉じてしまっていた。その一瞬で、伊代ちゃんは彼の眼前にまで迫る。
「次」
ブレードが二連続で振り下ろされた。
男子生徒の両足と、踏みしめる地面が斬りつけられる。当然ダメージは入らない。
ただ、足にそれぞれ金と青。
地面には、足と対になる色のコイルがめり込んで残っていた。
「っ! 足が……⁉︎」
「最後」
星型ブレードを持つ右手に、もう一度繰り出される斬撃。その後に残ったのは、青いコイル。
顔に青。そこにくっついて離れない、左手の金。
その金に、右手の青が引っ張られた。
「もう歩けないし、ブレードも振れないわね?」
「……ッ‼︎」
彼の顔が一気に青ざめる。『一撃で敵を倒せ』ても、ああなっては攻撃のしようもない。逃げれもしない。
いわゆる詰みだ。
「これで止めはしたけど、コイツダメージ受けないのよね。……サンドバッグがお好みかしら?」
「お前ホント怖えな……」
さっきまで世紀末寸前だった西部君が、軽く引き気味に伊代ちゃんを見る。顔は男子生徒に負けないくらい青い。
「あの、ちょっといい? これも多分だけど……もうすぐそのブレード、効果切れると思う」
「? 何で分かるのよ」
「途中から何か焦ってたし、腕時計気にしてたし……『あと三分』って口走ってたし。確証はないけど」
「マジかよ。秋穂ちゃんスゲえ」
感嘆する西部君。褒められるのは嬉しいけど、わたしだけじゃそこまで頭が回らなかった。二人が頑張ってくれたからこそだ。
「ありがとう……助けに来てくれて」
「当たり前じゃない。友達でしょ」
「そうだぞ秋穂ちゃん。お礼なんかいらないって!」
「アンタ騒いでただけで何もしてないでしょ」
「うるせえな! あんなんしょうがねえだr」
西部君の言葉が、不意の衝撃と鈍い音で途切れた。後頭部に何かが直撃し、前に大きくつんのめる。
「な……⁉︎」
「油断したな……!『手首を捻るだけで何でも投げれる』って宣言すれば、この状態でも攻撃出来るんだよ!」
男子生徒の手には、ブレードが握られていない。つまり、今西部君に投げつけたのは……。
座り込む金条君の横にそれが落ち、金属音を鳴らす。
「確かに俺のブレードには制限時間がある。もう勝てないだろうさ。でも一人道連れにしてやったぞ! ざまあみ……」
「残念ね。よりにもよってソイツを狙うなんて」
伊代ちゃんは冷めた目で睨む。そして男子生徒は、悪足掻きの失敗に気付いて再び顔を絶望に染めた。
前のめりになった西部君が、倒れる事なく姿勢を戻す。
「危ねえだろ! 俺じゃなかったらどうすんだ‼︎」
西部君は振り返り、ヨーヨーを紋所みたいに翳す。
「ほら西部、チャンスよ」
「おう」
野ざらしにされたブレードが、薄くなって消えかけている。能力の制限時間が来たのだろう。
「さっき殴りそびれた分と、今の分のカウンター……」
動けない男子生徒の目の前まで歩く。
上体を右に捻る。右手を更に奥に捻る。
手に収まるブレードから、四枚の斧刃が飛び出る。
「纏めて一発にして返してやるよッ‼︎」
捻りが一気に解放され、西部君の右手が突き出された。ヨーヨーを掴んだまま、全力の掌底が——これまでヨーヨーに溜められた衝撃全てが、一撃に凝縮されて解き放たれる。
「ま…………ッ‼︎」
直前、伊代ちゃんのコイルが解除された。男子生徒は何かを言おうとする。でも何も聞き取れなかった。
最初の一撃を、遥かに上回る轟音。男子生徒の姿が消え、また轟音。空き地の奥に目をやれば、彼の体が壁に打ち付けられていた。
「か……」
虫の吐くような息を漏らし、白目を向いて落下する。同時にブレードが砕ける音。
彼の能力が、完全に解除された。
「……勝った?」
「勝ったわね」
「勝ったな」
「……ぃよっしぁあ!」
少しふらつきながら、金条君が近づいてくる。そして皮肉っぽく笑いながら、軽く右手のひらを掲げた。
白い歯を見せ、西部君が続く。
苦笑い気味に、伊代ちゃんも。
最後に、新鮮な思いでわたし。
四つの手のひらが打ち合い、心の昂る音が響いた。
ブレード名:ザ・ヴォルテックス
所有者:桧笠秋穂
身体強化:バランス型
形状:穂先が捻れ、その付け根に輪がクロスして浮かぶ槍。
能力:物体の軌道を逸らす。
・自身に対して向かってくるものには、基本的にオートで発動。
・秋穂の認識する範囲内なら、その他の物体の軌道も逸らせる。
・燃費は良くなく、乱発すると疲弊して倒れてしまう。
ブレード名:クイーン・コイル
所有者:道篠伊代
身体強化:スピード型
形状:青と金を基調とした両刃の剣。柄、鍔、刀身の下部を巻き込むように、コイル状の飾りがある。
能力:磁力のような力を帯びたコイルを生み出す。
・コイルは青と金の二種類。同じ色同士が反発しあい、違う色同士だと引き寄せあう。
・投げてぶつける、ブレードで斬りつけるなどして、対象にコイルをくっ付ける事が出来る。
・上限は不明だが、軽く十個程度は余裕らしい。
ブレード名:アイアン・シリンダー
所有者:金条和晴
身体強化:バランス型
形状:銃身のないリボルバー式の銃。
能力:レイピアのものに似た刃を撃ち出す。
・刃は和晴の体力を元に生み出される。一発に込める体力は、ある程度制御可能。
・命中した相手から体力を奪ったり、逆に分け与えたりする事が出来る。
・攻撃力自体は低く、大抵の硬いものには跳ね返される。
ブレード名:オメガ・ギア
所有者:西部京也
身体強化:パワー型
形状:京也の体から糸を伸ばすヨーヨー。斧状の刃を四枚備えている。
能力:衝撃を操る。
・ブレードが触れるものに対する衝撃を吸収したり、その衝撃をカウンターに使ったりと、白兵戦において凄まじい力を発揮する。
・ただし、ブレード本体を握っていないと京也自身は衝撃吸収が出来ず、発散しないままブレードを解除すると、溜まった衝撃が京也に帰ってきてしまう。




