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第31話「道篠伊月はどこにいる」

 相変わらず容赦なく射し込んでくる日差しの下、小走りで通学路を駆ける。暑いなあ、わたしの能力で日差しも逸らせたらなあ……なんて呑気な事を考える余裕は、実はあんまりない。


 髪の毛は所々でぴよっと跳ねて、制服も少々だらしなくずれてしまっている。さっきボタンのかけ間違いに気付いたけど、時間がなかったので後で直す事にしてある。その上朝ご飯も食べれてない。

 まあ、つまり……寝坊しちゃった。


 理由は分かってる。“インスタント・スター”なる強力なブレード所有者といざこざがあったせいだ。勝利は出来たけど、思った以上に疲れが溜まっちゃってたらしく。目覚まし時計を見て慌てて飛び起きたのは初めてかも知れない。


 宣言通りに自分を強化する能力……正直、わたし一人じゃどうなってたか。伊代ちゃんたち三人がいてくれたから、わたしは今日も元気に登校出来ているようなものだ。


 因みに、命さんに連絡したのは少々後になってからだった。『もっと早く言え!』と珍しく怒鳴られた。


 そして潜原さんと件の男子生徒(名前は上山辰巳(かみやまたつみ)らしい)は、救急車に運ばれた。


「…………」


 昨日の事を連鎖的に思い返すうち、一際大きく輝く記憶に巡り合った。


 わたしと伊代ちゃん、金条君と西部君……四人でのハイタッチ。目を閉じなくても、鮮明に映像が思い浮かぶ。


何でだろう。あの事を思い出すと、心臓の大きさが倍になったみたいにどきどきする。これが俗に言う……『心が通う』というやつなのだろうか。


「ふふーんっ♪」


 そうだと嬉しいなあ。

 わたしは、みんなと友達になれたのかな?


 一人で笑っている変な子状態で、機嫌よく小走りを続ける。うん、このペースなら遅刻はないかな。


「……?」


 道を真っ直ぐ行った先に、女子生徒が立っているのに気付いた。この際どい時間帯に、急ぐ訳でもなくただ立ち尽くしている。

 何してるんだろう、あんな所で。壁に面白い落書きでもあったのかな……?


「って、あれ? 伊代ちゃん」

「あ……」


 ある程度近付いたところで、思わず声を上げた。小走りする足を止め、軽く息を切らす。

 振り舞いた伊代ちゃんの表情は、どことなく暗かった。


「どうかしたの? こんな所で」

「ちょっと、ね……」


 伊代ちゃんは表情を変えず、視線を元に戻す。歯切れの悪いその声色も、いつもより落ち込んで聞こえた。

 つられてわたしもその方向を見る。そこには町の提示版があった。行事やら何やらが貼り付けられた、何の変哲もない掲示板。

 その貼られた紙の中に、浮いたものが一枚あった。


 わたしたちと同い年くらいの少年の顔写真。

 その上には、『探しています』という赤くて大きな文字。


「…………」


 写真の少年の顔立ちに、わたしは既視感を覚えた。

 少し眠たげに見える半目に、一見穏やかそうな顔立ち。


 滑るように、ポスターの一番下に視線が流れる。

 そこには少年の名前が。


 赤い字で、『道篠伊月(みちしのいつき)』と書かれていた。


「前は貼ってなかったのに」

「……この人って」

「兄よ」


 同じ苗字に、そっくりな顔。ブレード所有者が現れ始めた頃、行方が分からなくなった、伊代ちゃんのお兄さん。


 汗が流れるほど暑いのに、気温がなくなったような気がした。喉に何かがひっかかって声が出ない。


「似てるでしょ……? 双子なの、私たち」

「……そうだったんだ。知らなかった」

「言ってないもん」


 やっぱり上手く喋れない……と言うより、軽い気持ちで何かを言うべきじゃない気がする。


『元気出して』。

『きっと見つかるよ』。

 ……どっちも違う。

 そんな言葉じゃちっとも足りない。


「ごめん、暗くさせたわね。……早く行きましょ」

「……!」


 顔を伏せ、重たげに足を進めようとする伊代ちゃん。まるで別の女の子になっちゃったみたいに元気がない。明るい部分に、深い影が差してしまっている。


「……待ってっ」


 何て言うべきなのか、わたしには分からない。そっとしておいてあげるのが正解なのかもしれない。

 それでも思わず引き止めてしまった。伊代ちゃんの手を引いてしまっていた。


「……?」


 少しキョトンとした顔で、伊代ちゃんは振り返る。やっぱり暗い表情だった。


 わたしは今、焦っている。絶対顔にも出ている。隠せるほど器用じゃない。

 落ち着こう、わたし……。伊代ちゃんに『気を遣わせた』なんて思われたくない。深呼吸して考えて。


 例えば命さんなら、どんな風に声をかける?

 わたしに、何て言ってくれた……?


「伊代ちゃん」

「な、何?」

「……わたしには……迷惑かけてもいいからね」


 やっとの思いで捻り出したその言葉。意識が半分飛んでしまって、ちゃんと発音出来たのか分からなかった。言いたい事が伝わったかも、自信がなかった。


 伊代ちゃんの顔色は変わらない。心が落ち込んでいるのがはっきり分かる。

 でも、そこから何かが流れ出している気がした。


 蝉の声が、どこからかけたたましく鳴り響く。黙りこくってしまったわたしたちとは対照的で、そのせいかいつにも増してうるさく聞こえた。


「…………あいつ……伊月はね。双子で同い年の癖に、自分の方が兄だってよく強調してて」


 そんな合唱に掻き消されてしまいそうなほど、か細く震えた伊代ちゃんの声。赤くなった目に少しだけ涙が溜まり、日の光が反射して眩しかった。


「何かと口うるさく言ってきたわ……。『危ないから信号は守れ』だとか、『危ないから暗くなる前に帰って来い』だとか。何様よって話よね」

「……仲いいんだね」


 涙が溢れ出して、一筋頬を伝う。

 いつも冷静そうに振舞っていた伊代ちゃん。でもずっと、わたしや金条君たちと騒いでる時も……。本当はずっと、お兄さんの事を胸に抱いていたんだろう。


「あいつ……何日も帰ってこない癖に……! 本当に何様よ、馬鹿! 兄なら妹にこんな心配させないでよ……」


 わたしの手を解いて、溢れた涙を拭う伊代ちゃん。目は珍しく見開かれ、瞼は強がってるみたいに震えていた。


「伊代ちゃん!」

「? ……何、その両手は」


 大きく両手を広げたわたしに、伊代ちゃんは訝しげな目を向けた。目が元通り半分閉じる。


「おいでっ!」

「……はあ⁉︎」


 でもそれも束の間、また大きく見開いてたじろいだ。目も赤いけど、顔も負けないくらい赤くなる。


「いや、流石にちょっと……恥ずかしいし」

「大丈夫、誰もいないから!」

「そういう問題じゃないんだけど」

「早く! 遅刻するから!」


 忘れそうになってたけど、今は登校中だ。

 危ない危ない。


「……どうしてもやらなきゃダメ?」

「うん」

「絶対?」

「うん」

「だ……誰にも言わない?」

「うん」

「……もう」


 伊代ちゃんは観念したように項垂れて、小さな溜め息を吐いた。

 いつもわたしばっかり心配させてしまってる。だから今回は、わたしが心配する番だ。ちょっとでも元気を出してくれたら。


「行くわよ」


 恥ずかしそうに地面を蹴り、伊代ちゃんはわたしの胸に飛び込んできた。長いポニーテールが風鈴みたいに揺れる。小柄なので、頭が丁度胸元に埋まった。


「…………」


 さて……。

 この後どうしよう⁉︎


 やったはいいけど、それ以上の事を考えていなかったわたしは、両手を広げたまま硬直していた。

 本当にどうしよう……この姿勢のままはいくら何でも不自然だ。多分わたし、天に召されるみたいになってる。


 抱き締めればいいのかな?

 手は背中?

 それとも頭?

 あ、何か髪の毛からいい匂いする……。


「秋穂……あんた、大きいのね」

「な、何が?」


 何故か不機嫌になる伊代ちゃん。

 理由も分からず、わたしは炎天下の下、ひたすら硬直し続けていた。




*




 夜……時間としては午後十時くらい。

 暗い町並み。

 星明かりに照らされた、蒸し暑い車道のど真ん中。


 そこに、二人の男が立っていた。

 この暗い夜に紛れてしまいそうな、黒いローブの男ともう一人。


「不思議だよなぁ〜。オレがちょこっと町をざわつかせちまってるとはいえ、だぜ? 深夜って訳でもねえのに、オレら以外に誰もいねぇ。アリの一匹すら気配がしねえ……。これって凄え事だと思わねえか?」


 生理的に虫酸の走る声と身振りで、黒ローブの男はペラペラ喋る。もう片方の少年は、眉を顰めながら聞き流した。


「いやぁ全く怖えよなぁ。怖えだろうなぁ〜〜。生首持ち去るような殺人鬼がうろついてんだもんなぁ。つっても……ここだけの話、ブレード所有者は既にたんまり生まれちまってんだよなぁ。それこそオレが増やさなくても、混乱の一つや二つ起こっちまう程度にはよ〜〜。もうこの町にゃ、安息の地ってのはないかもなぁ」

「黙れ」


 苛立ちを抑えきれず、少年は吐き捨てた。その少し眠たげにも見える目に、轟々と燃え上がる殺意を灯しながら。

 それに一切ひるむ事なく、黒ローブはヘラヘラ笑った。


「そうそう……空気弾を飛ばすガキ、物を箱にする小娘に続いて、能力付与のガキまでも、正義の味方にボコられちまった」

「ふうん」

「まあ仕方ないっちゃあ仕方ないか。自分を自由に強化出来たって、所詮身の丈以上の事は出来ねえんだから。『真空波』なんて気取っちゃってさぁ。それが飛び出すほど早く腕振るえるなんて都合のいい解釈で、ホントに出ちゃうあたりは尊敬出来るわ。逆にな」


 身振り手振りを加えながら、ローブの男は喋り続ける。その一挙一動に、少年は虫酸を走らされた。だが黒ローブは口を止めない。


 彼が自分を、蛇蝎以上に嫌っている。それを分かって上で歩み寄り、肩を叩き、耳元で囁いた。


「そろそろさぁ……お前が何かやってくれよ。オレが喜びそうな事、やらかしちゃってくださいよぉ」

「…………」

「飽きてきたんだよ、何の面白みもねぇアホウどもの戯れにさぁ。ここらで曰く付きの男であるお前が、ドカンと一発……派手に行こうぜ?」


 嫌な顔を隠しもせず、少年は肩の手を雑に払う。歯を噛み締め、拳を握り締める。眉間に深く皺が刻まれる。

 しかしやがて、重い溜め息とともに全身の緊張が解かれた。


「……分かってるだろうな。約束の事」

「あぁ、あぁ。勿論だとも」


 俯きがちだった頭を上げ、少年は黒ローブを睨む。

 眠たげな目をした中性的な顔に向け、ローブの下から狂気的な笑顔が覗いた。


「期待してるぜ? お前のブレード——“ロスト・ヘキサゴン”は、オレも思わずコーヒー吹き出すくらいに、おっそろしい能力なんだからな〜ァ」


 暗い夜の空に、出来過ぎなほど溶け込む黒いローブ。それと同じくらい、蒸し暑いこの空気と不愉快な声は馴染んでいた。

ブレード名:インスタント・スター

所有者:上山辰巳

身体強化:パワー型

形状:幅広で先端が星型になった両刃の剣。

能力:発動から十分の間、宣言した内容を自身の体に反映させる。

・宣言は口に出す必要がある。

・一度に反映出来る宣言は二つまで。三つ目を宣言すると、古いものから上書きされていく。

・『炎を出す』などといった度を超えた宣言は無効となるほか、他人の能力を塗り替えられるような宣言も出来ない。

・十分経つとブレードは強制解除され、約一時間のインターバルを要する。

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