第27話「四重奏とインスタント・スター①」
いけないいけない……完全に目的を見失ってた。何であんなに熱く潜原さんと討論してたんだろう。そんな場合じゃないのに。
既に潜原さんとは別れ、今は西部君の教室に急いで向かっている最中だ。どうしよう、結構時間経っちゃってるけど大丈夫かな……? また変にもつれてないかな?
不安な気持ちを振り払うように頭を振る。いやうん、きっと大丈夫だよ。そもそも人付き合い初心者のわたしが心配するなんておこがましいよ! 金条君あたりに「何様だ」って言われそうだ。
……うん、何となく安心してきた。大丈夫大丈夫、一応見に行くだけだよ。伊代ちゃんも西部君も話し合えばちゃんと分かり合えるよ!
そうこうするうちに、教室の前に辿り着く。自己暗示じみた考えを巡らせてみたけど、まだ不安の方が勝っている。
胸に手を当て深呼吸。何度でも言うけど大丈夫、きっと中では二人が仲直りしてる筈——
「もう無理ね……歩み寄れないわ」
「こっちの台詞だコンチクショウ! 今こそリムジンの時だっ!」
大丈夫じゃなーい‼︎
むしろ溝が深まってる⁉︎ 何で⁉︎
心臓が爆裂する思いで扉に手をかけるも、誰かに肩を叩かれた。振り向くと、ここ最近見慣れ始めた金髪が視界に入る。
「金条君?」
「入っても無駄だ、お前じゃどうしようもない。てか放っといて経過を見たいから入るな」
「ええー……」
何でもないような表情で吐き捨てられた。ブレなさすぎだよこの人。
「こんな事よりもだ。お前はどう思ってる?」
「こんな事……。どうって何が?」
「三人病院送り事件」
不意打ちで放たれた台詞に、ついどきっとする。態度を変えずにそんな話を突然するから、金条君の事はよく分からない。わたしの人付き合いが少ないからそう感じるのかもしれないけど。
「やっぱりそっちだと勘繰ってるのか? お前と道篠……あと向井って人、やけに拘ってるみたいだし」
金条君は扉の正面の壁にもたれ掛かり、鋭い目でわたしを見据える。
二年前、悪いブレード所有者と戦っていた……という話を、命さんは男子二人にしなかった。というのも、彼らにあまり聞く気がなさそうだったのが大きいと思う。
西部君はブレードに夢中でそれどころじゃなかったし、金条君はそもそも深入りしたくなさそうだった。初対面の時はあんな絡み方してきたのに、やっぱり分からない。
命さんも進んで話さなかったし、伊代ちゃんも自分の問題を二人に黙ったままだ。だから金条君には、進んで危険な事に関わる理由が分からないという。
「分かるよ。わたしも伊代ちゃんも命さんも、何にも説明してないもんね。そりゃ変に思うよね」
「まあ、ただならない理由があるってのは察してるけどな。お前ら全員、アレと因縁があるんだなって。それって体を張るほどの事なのか?」
「……わたしはね、嫌いだったこの力で誰かを助けられるなら——」
チャイムが鳴って、わたしの言葉は無理矢理遮られた。我に返り、両手で口を塞ぐ。
「聞かんでおいてやるから、うっかり大事な事喋らないように気をつけろよ」
そう言って振り返り、手をひらひらさせながら金条君は去っていった。
……何であの事喋りかけて、結局黙ってるんだろう、わたし。怖かった? わたしの犯した過ちを、やっと出来た友達に知られるのが……?
鳥肌が立った。わたしは何も喋ってない。金条君にも、西部君にも、伊代ちゃんにも……命さんにも。あんなに優しく接してくれた人たちを、わたしは騙し続けてるんじゃないだろうか。でも、もしも全部知られてしまったら……。その時も、みんなは友達でいてくれるだろうか。
それとも…………。
「……っ」
背筋に冷たいものが伝うのを感じて、わたしは足早に教室へと戻った。
*
「調子悪いの?」
帰りのホームルームも終わり、帰り支度を整えていた時、伊代ちゃんが唐突にそう問いかけてきた。
「う、ううん。何で?」
「ずっと表情が暗いんだもん。本当に何でもない? ……金条か西部に何かされたりは」
「ないよ!」
朝に浮かんだ不安が、心にへばりついて離れない。友達には打ち明けるべきかもしれない。でももしそれが原因で、みんながいなくなったら……。また独りになったら。そう思うと怖くて仕方なかった。
一日中そんなのが頭に留まり続けていれば、表情だって暗くなる。でもわたしは笑ってごまかした。伊代ちゃんの心配を無下にして……。
「……私ちょっと売店で色々買い足したいから、先帰ってもらっていいわよ」
「あ、うん」
「何かあったらまた相談に乗るから」
気を使ってか、伊代ちゃんはそう言い残して教室を出ていった。……わたしはやっぱり酷い子だなあ。
「はあ。早く帰ろ——」
「秋穂ちゃん! 帰りも迎えに来たよっ!」
まだ少しざわざわしていた教室が、突如現れた大声によって静まり返る。わたしの独り言も踏み潰された。
……もう誰なのか考えるより先に分かっちゃうよ。
「……あの、げんなりしないで? 俺ウザい?」
「いや違うよ⁉︎ そんな事なくてその……」
表情をひきつらせる西部君。弁明しようと言葉を詰まらせていると、彼の肩を誰かが叩いた。
「あ? 何だよ善人」
「お前昨日の宿題出し忘れてたろ。あれどうした?」
「…………」
真顔になって固まる西部君。友達らしい茶髪の男子生徒はにっこり笑い、その襟首を掴む。
「先生が職員室来いってよ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
「それとな、あのテンションは普通にウザい」
「さらっと死体蹴りすんじゃねえよッ‼︎」
そうして引きずられていく西部君は、まさに嵐のようだった。
結局一人で帰る事になるかな、これは。……あ、金条君は? 何か朝も乗り気じゃなさそうだったから……うん。
そもそも、今はあんまり楽しくお喋り出来なさそうだし。丁度いいかもしれない。
溜め息を吐いて教室を出た。
わたしは考え過ぎなのかな。友達に大きな隠し事をする事って、普通にもある事なのかな? わたしには分からない。
「…………あ」
初対面の時、伊代ちゃんの言ってた事を思い出した。確か、誰にでも言いたくない事はある……みたいな。伊代ちゃんにもあったりするのかな。金条君や西部君にも? 想像つかないなあ。
そう考えると、やっぱりわたしがネガティブなだけ? でも、いや……う〜ん。
悶々と堂々巡りする頭の中。校門を抜けて帰り道を歩き、家に近づいているこの道のりとは対照的だ。到着するまでに結論は出なさそうだなあ。
「……ん?」
ふと、道端に何かが落ちているのに気づく。丁字路の角にあるそれは、陽の光を金属のように反射して少し眩しい。
近づいてよく見てみる。
「! これって……」
見覚えのある、立方体の枠組みだった。潜原さんのブレードによって収縮された物体。
それに、小さな血痕が付いていた。
「っ!」
何でこれが道端に? そんな疑問は上塗りされた。
何で血なんかが付いてるの……⁉︎
……この丁字路の先って、進んで行くと開けた空き地になってるって聞いた事がある。道中は狭くて薄暗くて、人はほとんど通らないとか。
今朝の三人が救急車で運ばれたっていうのも、人の少ない路地裏で——
わたしは狭い路地に飛び込んだ。人一人がどうにか通れる幅。頭を軽く塀が掠める。さらに胸元がつっかえそうになるも、どうにか進めそうだ。
まさか潜原さんが? あんなに厄介な能力を持ってるのに……。
いや、彼女が襲われてるって決まった訳じゃないけど……でも。向こうはわたしの事、あんまり好きじゃないかもしれないけど。
それでも無視出来ないよ!
「……!」
開けた空間が近づいてきた。動きづらいなか、懸命に動かしてきた足を更に早める。もうあと数歩……!
「んく……!」
ようやく圧迫感から解放された。大袈裟なほどに一歩を踏み出し、空き地に出る。
「…………」
その正面には、少し小柄な男子生徒が立っていた。あまり目立った特徴のない、極々一般的な少年……そんな印象だ。右手に、切っ先が星型に枝分かれした剣を持っていなければ。
そんな彼の足元に、横たわる人影があった。額から血を流して両目を閉じた潜原さんが。傍らには、刀身の折れた彼女のブレード。
心臓が小さくなった気がした。
「おやおや、君は今朝彼女と話していた女子か?」
「……君がやったの?」
「質問してるのは俺なんだが……まあいい。そうだ、俺がやった」
淡々とした口調だった。人を傷つけたという事を、何とも思ってないみたいに平然と。
「『何でこんな事を?』……そう聞かれるのは面倒だから先に言わせてもらおうか。いらないからだよ」
「いらない?」
「そう。特別な奴は一人でいいんだ。この俺が一人いればいい」
……?
この人は何を言ってるんだろう。
「たまたま今朝の君らの会話を聞いてね。過ぎた能力を持ってるんじゃないかと思って、この女子を問い詰めたら案の定だった。まあ見ての通り、既に成敗したが」
特別?
一人でいい?
成敗……?
「君には後日会おうと思ってたんだが、丁度いいな。手間が省けたよ」
「……そうなんだ」
「簡単な質問をしよう。イエスかノーで答えてくれ」
そう言い、右手の刃をわたしに向けた。半ば確信したみたいな、自信に溢れた表情で。
「君、俺の“インスタント・スター”が見えてるか?」
「…………」
「イエスかノーはどうした?」
『聞かなくても分かってるくせに』。そう言っても良かったけどやめた。……うん。あの人の言ってる事、ほとんど理解出来なかったけど、そうだなあ。
軽く見てるって事は分かったよ。この能力は、そんな気持ちで振るっていいものじゃないんだよ。
気づけばカバンを下ろし、右手を握りしめていた。手には、穂先の捻れた槍。意識して出そうと思った訳じゃないんだけど……命さんがこんな事を言ってた。強い気持ちがブレードを呼び出すって。
どうやらわたしは、自分が思っている以上に怒ってるみたいだ。
「特別なんてさ……いい事ないよ。そう思ってるうちは幸せってだけで」
「何を知った風な事を! 本当に特別な俺を前によくもまあ——」
「いいよもう」
彼は押し黙って眉を動かす。そして苛立った表情でこっちを睨み始めた。わたしってこんな声出せるんだ。人の事言えないくらい冷めてたなあ……ちょっとびっくり。
「……名前、やっぱり付けるんだね」
「なに?」
「そういうものなのかな。よく分かんないけど……」
手元の槍を横目で見る。わたしにとっては呪いだったもの。それが形になって、文字通り手元に収まって……あの人に名前を付けられた。
無性に恥ずかしかったけど、あの人は凄く満足そうで。それを見てると何となく愛着が湧いて、今はその響きが結構気に入ってる。
「お願い、またわたしに力を貸して」
槍を相手に向ける。捻れた先端が光を受けて白く光った。そして呟く。わたしのブレードの名前を。
「行くよ——“ザ・ヴォルテックス”」




