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第26話「不穏な事件」

 そのまま流れで金条君と並んで歩き、校門まで辿り着く。途中で「勘違いされたくないから離れてくんね?」と言われてダメージを負わされたりしたけど、そんな事がどうでも良くなる光景がそこにあった。


 校門脇の茂みに男子生徒が突き刺さり、下半身だけが飛び出していた。何やら呻き声らしきものを上げながら、両足をじたばたさせている。

 根拠は全くないし、何がどうしてこうなったのか検討もつかないけど確信した。多分西部君だこれ。


「……何やってんだこの馬鹿は」

「あ、やっぱり西部君なんだ」

「当然だろ。他に誰がこんな愉快な事になるんだ」


 金条君は半笑いでそう言いながら、スマホを右手に構え始める。また写真撮る気だこの人。ブレないなあ。


「助けないの?」

「まあ待て。面白いからしばらく観察しよう」

「……もうわたし一人でやるね」


 溜め息をつきながら、西部君の刺さった茂みに近づく。その周囲は、通る人たちからあからさまに避けられていた。確かに知らない人がこれに近づくのには、とんでもなく勇気がいるだろう。知ってるわたしでも勇気がいる。


「に、西部君? 西部くーん」

「むぐ! その声は秋穂ちゃん⁉︎」

「大丈夫? いま引っこ抜くね」


 西部君の両足を脇に抱えて、体重を思い切り後ろにかける。


「ふん……ぬ!」

「あいだだだだだだだ」

「ぬぬぬぬぬ……っ!」


 え……これどこにどう何が引っ掛かってるの? 抜ける気がしないんだけど。これ西部君が茂みと一体化してるんじゃ……。どうしよう腕つりそう!


「伝説の勇者にしか抜けない聖剣かお前は」

「言ってないで金条君も手伝ってよ……!」

「いや俺忙しいし」

「写真撮ってるだけじゃん!」


 金条君に叫びをぶつけた時、普段以上の力が入ったのだろうか。『ばきばき』という枝の折れる音とともに、急に抵抗なく引っこ抜ける西部君。そしてそのまま思い切り尻餅をつくわたし。


「うぎっ⁉︎ っ痛〜〜……!」

「おめでとう、認められたようだな」

「西部君は聖剣じゃないから」

「そしてありがとう、いい画が撮れた」

「…………」


 とてもほっこりした顔をしている……。これから先も、金条君の写真フォルダは潤い続ける事になりそうだ。


「あー助かった……ありがとう秋穂ちゃん」

「西部君、大丈夫? 何であんな事……に……」


 言いながら振り返る西部君の顔を見て、わたしは思わず絶句した。半笑いだった金条君は遂に吹き出した。

 そんなわたしたち二人の様子に、西部君と道行く人々は困惑を顔に滲ませる。


「え、何だよ? 俺の顔に何か付いてる?」

「いや……付いてるというか」

「鏡見ろ」


 金条君は笑いを押し殺しつつ、背後のカーブミラーを指差した。怪訝な表情の西部君は視線をそっちに移し、


「……な」


 素っ頓狂な表情に様変わりして、


「なんじゃこりゃああああああああああああああ⁉︎」


 最終的に大絶叫した。視線を独り占めにする目立ちっぷりだけど、今回ばかりは気持ちが分かる。被ってる野球帽を突き破っておでこからコイルが生えてたら、そりゃ誰でも叫びたくなるよ。


 コイルは青と金の二色が連なった状態で、折れた枝が何本かくっついたままになっていた。誰の仕業か考えるまでもない。


「アイツ! 何か投げてきたと思ったらこういう事かッ!」

「お前何したんだよ」

「何もしてねえよ! いくら叫んでも止まらねえから、回り込んでもう一回最初から俺のブレードの説明しようとしただけで……」

「ウザさが容易に想像出来るな。自業自得だ」

「俺⁉︎ 結局俺が悪いのかよ⁉︎」


 金条君に冷たく突っぱねられ、遂に涙目になり始める西部君。これはいけない。


「だ、大丈夫だから! 伊代ちゃんだって本気で西部君の事嫌ってる訳じゃないし、えーとあーと……。き、聞いてる?」

「チクショウ……和晴なんか絶交だよバーカ‼︎ もう遊んでやんねーからな! バーカバーカ! 悪魔! 腹黒! 捻くれ者! 実はいい奴のフリした悪党! 猫目! バーーーーーカッ‼︎」


 枝付きコイルをくっつけたまま、西部君は泣き喚いて昇降口へと突っ走っていってしまった。小さくなっていく叫び声。それは終始金条君を罵倒する言葉だったが、最後の方は「あ、でも秋穂ちゃんの事は怒ってないからねー!」と聞き取れた……。

 多分、わたしの慰め損ないは全く届いていなかっただろう。


「アイツ、ヤバイだろ?」

「ヤバイね……」




*




 教室に到着し、自分の席について突っ伏し溜め息を吐いた。


「はぁ〜……」


 何でわたし朝からこんなに疲れてるんだろう……。普段通り家から出た筈なのに。何故かチャイムギリギリだし。


「……大丈夫? ごめんね置いてって」

「あ、伊代ちゃん。気にしてないよ」


 わたしに気づいた伊代ちゃんが、少し申し訳なさそうに近づいてきた。返答が予想外にか細くなってしまって逆に申し訳ない。そこまで重傷じゃないのに。


 見ると、伊代ちゃんはまだ少しそわそわしているみたいだ。どうしよう、元気ないと思われた?


「本当に気にしてないよ?」

「うん、それは分かったけど……。その……西部どうなってた?」

「あ」


 伊代ちゃんはバツが悪そうに頬を掻きながら視線を逸らす。なるほど、あの仕打ちを流石に気にしてたんだ。下手したら今頃も聖剣のままだったかもだしね……。


「何とか引っこ抜けたよ。一緒にいた金条君は写真撮ってたけど」

「……色々迷惑かけたわね、本当」

「いいよ。それよりコイルは?」

「もう外れてる筈よ。……アイツ何組だっけ」


 どうやらちゃんと謝りに行くつもりみたいだ。何だかんだで自分の非を認められるのは、伊代ちゃんのいい所だと思う。少し気は短いけど。


 丁度そう考えた時、チャイムが鳴って教室のドアがガラリと開いた。


「よしお前ら、ホームルームの時間だ。秒で終わらすから席につけー」


 時間ぴったりに千里先生は登場し、たった一声でクラスは静まり各々が席につき始める。伊代ちゃんも軽く目配せしてから、さっさと自分の席に戻っていった。


「今日は特に言う事とかなかったんだが……さっき急遽知らせが来た。今朝ウチの生徒が三人、救急車で病院に搬送されたらしい」


 教室が軽くざわついた。千里先生の話し中としてはとても珍しい出来事だったけど、それだけ内容が衝撃的なものだったのだ。かく言うわたしも、思わず驚きの声が漏れてしまった。


「喧嘩だか何だか分からんが、傷だらけで路地裏に倒れていたそうだ。幸い命に別状はないようだが、最近どうにも物騒な話が多い。くれぐれも気をつけるように」


 教室の困惑が収まらないうちに、相変わらずホームルームはすぐ終わった。先生が出ていき、小さかったざわつきも一層増していく。

 少し神妙な顔つきで、伊代ちゃんがわたしの方に向かって来た。


「ねえ……まさかとは思うけど、今の話って関係ないわよね?」

「関係?」


 抑え気味の声でそう耳打ちされた。一瞬何の事か分からなかったけど、続く伊代ちゃんの言葉でハッとする。


「ブレード所有者の仕業じゃないかって、一瞬思ったんだけど」

「あ……」


 この町には最早、何人ブレード所有者がいるか分からない。この前会った時、命さんがそう言っていた。中には手に入れた能力を振りかざしたい人がいるかもしれない。今回の事も、そんな人の仕業……。考えられない事はない。


「……でも普通に喧嘩だったかもしれないし」

「分かってるわよ。かもしれないってだけなのは」

「うーん……でもそう言われるとそんな気もしてくる」


 実際どうなんだろう。怪しいと思った事は、とりあえず命さんに報告すべきだろうか。


「ひとまず頭に入れときましょ。この後も同じような事が起こるようなら……」

「……うん」


 そう言った伊代ちゃんは、どこか盲目的な目をしていた。殺気とも取れるその圧力に、わたしは息を飲む。

 危なっかしい部分が出かかってる。こういう話になると、気の短さが顕著になってしまう。何度か目の当たりにして、わたしはそう気付いた。


「それより伊代ちゃん、西部君に謝りに行くんじゃないの?」

「……そうだったわね。ちょっと行ってくる」


 わたしが話を逸らすと、伊代ちゃんは溜め息を吐いて苦い顔をした。顔に手を当て、軽く頭を振る。どうやら冷静さを取り戻してくれたらしい。


 軽く手を振って、教室から出ていくのを見送る。大丈夫だろうか。伊代ちゃんじゃなくて西部君が。また暴走しないだろうか。


「…………」


 どうしよう、気になり始めると落ち着かない。不安だ……。考えれば考えるほど不安だ。今朝と全く同じ事が起こりそう。わたしも行った方がいいかな?


 伊代ちゃんを見た西部君がまた騒いで、それで伊代ちゃんが苛立って、結局謝る事を忘れて……。


「…………」


 うん、これ多分行った方がいいよね。

 という訳でわたしも教室を出た。


「あ……」


 その直後、見覚えのある人が廊下を歩いているのに出くわした。


「……私じゃないですよ⁉︎」

「⁉︎」


 その人——潜原さんは、わたしを見つけるなり露骨に焦り始めた。面食らって固まるわたしに、彼女は忙しなく手を横に振り続ける。


「私はもう懲りてますから! ていうか前の私でも意味なく暴力振るわないですから! ましてや男を三人なんてとても……。あ……あなたに机とか落としたのはなかった事に出来ませんか……?」

「……ああなるほど。疑ってないよわたし」


 彼女には軽い前科がある。それをわたしと伊代ちゃんに止められて、命さんに深く釘を刺された訳だけど……。それ以降、主に伊代ちゃんから目を付けられてると思っているらしい。


「本当ですからね。ぱっつんとジャージのおっかない二人にも、ちゃんと言っておいてくださいね?」

「分かってるけど……二人ともおっかなくないよ?」

「私はあの時耳打ちされた言葉を一生忘れません」


 ぶるぶる震えながらそう言う潜原さんの目は本気だった。別にそんなに怖がらなくていいじゃん……。ほぼ潜原さんの自業自得なのにそこまで言われると、何かこう、むっとした気分になる。


「確かにあの時はちょっと怖かったけど、命さんも伊代ちゃんも優しいから」

「優しい人が言う台詞じゃなかったですよあれは!」

「だってあれは命さんが昔……!」


 必死の弁明をするうちに我と目的を忘れていた事に気付くのは、もう少し後になってからだった。




*




 たまたまだった。廊下を歩いていたらたまたま、女子二人の会話が聞こえてきた。特に珍しくもない光景だったが、問題は内容だ。彼にとって気がかりなワードが、いくつか聞き取れた。


 生徒三人が救急車で運ばれた話。何故それを、普通の女子が『犯人は自分じゃない』と必死こいて弁明している? そして何故それを疑問にも思わず、『疑ってない』と返す?

 答えは単純、あの女子にはそんな事の出来る『何か』があるから。


(俺以外にもいるのか? それは……)


 それは許されない。

 彼は静かに敵意を抱いた。

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