第16話「道篠伊代②」
「……1ヶ月前、兄は突然いなくなりました。変死体の事件があった数日後です」
命さんが促す前に、伊代ちゃんは自分から話し始めた。
それが彼女の意志の表れなのかなと、わたしは朧げにそう思った。
「少し様子がおかしいなとは、思ったんです。でも私は何もしなかった。どうせ大した事じゃないって……テストの点が悪かったとかその程度の事だろうって決めつけてしまいました。でもその次の日に……。私が話を聞いてあげてれば……兄は消えなかったんじゃないかって……ずっと後悔してます」
伊代ちゃんがつらつらと語った出来事は、中々にショックなものだった。
でもそれを話す伊代ちゃんの表情は、眉ひとつ動いていない。
ただ、握りこぶしを強く握っていた。
「……で、私はその日家に1人でした。両親は警察に行ったんですが、私は何もする気力が無くて。頭の中の整理がつかないまま、項垂れてました」
伊代ちゃんは表情に影を落とした。
感情が抑えられなくなったのか、握りこぶしはますます強く握りしめられる。
その鬼気迫る様子に、わたしはびくりとして少し肩を震わせた。
「そんな私の前に、あいつは突然現れました。黒いローブ姿の男」
「……!」
命さんの表情にも緊張感が走った。
伊代ちゃんはブレード使い。
それも1ヶ月前にそうなったってさっき聞いた。
つまりあの黒ローブの男が関わっているのは確実。
それは分かっていた事だけど……。
「あいつは兄の事を何か知ってる様な物言いでした。あいつと、あいつに斬られて得たこの能力。兄の事の手がかりになるなら、私は」
「…………」
命さんは目を閉じ、しばらく黙ったままだ。
かける言葉を選んでいたのか、やがて目を開けて伊代ちゃんの方を見た。
「そうだな……俺にお前を止める権利はない。興味本位で、とかならハッキリ止めろって言えるんだけどな」
「つまり、私が関わっていくのに反対はしないんですね?」
「止めはしない。多分止めても無駄だろ?」
伊代ちゃんは無言で返す。
つまり、そういう事なんだろう。
「けど1つだけ、偉そうな事を上から目線で言わせてもらう。もしその黒いローブの男や他のブレード使いを見つけても、戦おうとするな。まず俺に知らせてくれ」
「……分かりました」
一瞬の間を空けて、伊代ちゃんはそれを了承した。
「あと、教えるっつっても詳しい事は俺も知らないぞ」
「構いません」
「そうか——」
それから命さんは、ブレードについて話し始めた。
この前わたしに聞かせてくれたのと同じ様な、2年前の出来事を掻い摘んだ話だ。
伊代ちゃんは静かにそれを聞く。
「……単純に済む事じゃなさそうですね」
話を聞き終わり、伊代ちゃんは開口一番にそう言った。
改めて聞いたわたしもそう思う。
この不思議な能力を中心に、一体何が回っているのだろう。
「本当に分からない事だらけなんだ。大した力になれなくて悪いが」
「いえ。教えてくれてありがとうございます」
伊代ちゃんは軽く頭を下げる。
そして1度ため息をついた。
緊張から解放されたみたいな安堵の表情を浮かべている。
不意に携帯の着信音が流れたかと思うと、命さんはポケットを弄り始めた。
「すまん、電話だ」
命さんはスマホの画面を操作しながら、わたし達に背を向け少し離れた位置に移動した。
同時に、伊代ちゃんは頭を上げる。
「ふう……」
「大丈夫?」
「ええ、ちょっと緊張しただけよ」
額の汗を拭いながら、伊代ちゃんはそう言う。
でもどこか浮かない顔だ。
「……何か思う事とかあるの?」
「なんでもないわよ。それより、どうやってあの人と知り合ったの? 偶然会ったにしては出来過ぎよ」
「え……」
それは確かに。
思い返せばどんな確率なんだろう。
でもどうやってと聞かれると……。
「偶然かな、うん」
「…………」
「そ、そんな顔しないでよ! 言いたい事は分かるけど!」
痛すぎる視線をなんとか宥めようとする。
だって本当の事だもん……!
「まあ、そういう事にしときましょうか」
「本当だよ⁉︎ 本当だから!」
「分かったから」
これは……信じてくれてない気がする。
でもさ、ブレードがあるならそんな偶然もあっていいんじゃないかな?
ねえ、伊代ちゃん?
「……あんな話してごめん」
「え?」
わたしがそんな事に頭を下げ悩ませる中、伊代ちゃんは唐突にそう呟いた。
意味が分からなくて呆然とする。
「ほら、さっきの兄の話」
「……ああ。なんで謝るの?」
「だって、関係ないあんたにあんな話聞かせて。嫌な気分にさせたでしょ?」
「ん……?」
何言ってるの、伊代ちゃん?
なんか変な気分がしてきた。
それが顔に出ていたのか、伊代ちゃんはわたしを見てギョッとする。
「え……何? そんなに怒ってたの?」
へえ、今わたし怒った顔してるんだ。
じゃあこの変な気持ちは、きっとあれだ。
今までそんな事なかったから気づかなかった。
これが『むかっとする』っていうやつだ。
「関係なくないよ」
「え?」
「関係なくないよ! なんでそういう事言うの⁉︎」
「いや、だって……」
「言い訳しない!」
「はあ⁉︎ なんでって聞いたのあんたでしょ⁉︎」
「あれ? そうだっけ……」
怒るのが初体験だからか、なにかトンチンカンな事言ったかも。
まあいいや、それは今後気をつける!
「とにかく関係なくない! だってほら……伊代ちゃんわたしと友達になってくれたもん!」
「……!」
「わたしよく知らないけど……友達って大事なものでしょ? もしそうじゃなくても、わたしは伊代ちゃんの事大事だよ。友達になれるって思った時、嬉しかった。初めての友達だから凄く嬉しかった。だから関係ないなんて言ったら、わたしはこう……怒るから!」
「…………」
さっきとは逆に、伊代ちゃんは呆然とわたしを見ていた。
わたしはわたしで怒り疲れて、胸に手を当てて深呼吸をする。
どうだろう、うまく言えただろうか。
言いたい事は言ったつもりだけど。
喋った事全部がトンチンカンって事はない筈。
そうだと信じたい。
「えっと……」
伊代ちゃんは頬を掻きながら、バツが悪そうな表情を浮かべた。
「……悪かったわよ。もう言わない」
「うん」
「じゃあ……手伝ってくれるの?」
「わたしに出来る事なら。大丈夫! 今回も力を合わせて何とか出来たんだもん」
わたしは伊代ちゃんの手を取って言った。
照れくさそうにしながらも、伊代ちゃんは笑った。
「ありがとう」
「ううん。友達だもん」
わたしは笑い返した。
電話を終えた命さんは振り返り、どこか安心した様な表情を浮かべていた。
*
「…………」
男子生徒は、校舎を見上げて佇んでいた。
体格は中肉中背で、髪は金髪に染めてあり、その目つきは猫を彷彿とさせる雰囲気を纏っている。
彼の他にも生徒は野次馬の様に集まり、皆同じ方を見上げている。
その原因は、さっき起きた謎の爆発だった。
現在放課後だが、部活中だった生徒や諸々の事情で残っていた生徒達の大半がそこに集まってきている。
また、既に通報があったのか、警察がその野次馬たちに近づかないよう指示を出していた。
ザワザワと騒ぐ生徒達の中で、猫目の少年は静かだった。
彼は見上げるのを止め、誰かを探すように周囲を見渡す。
そして目当ての人物を見つけたのか、人混みを外れ歩き出した。
「よう、千里」
彼は馴れ馴れしい口調で、教師である千里に話しかけた。
「先生をつけろ」
「いいだろ別に。俺とアンタの仲じゃないか」
「そんな関係になった覚えはないな」
訂正を求められるも、少年は軽く流して意に返さない。
半ば諦めているのか、千里もそれ以上は言わなかった。
「で、何事だよこれ」
「分からん。ガス爆発か? しかし何故あんな所で……」
「怪我人とかは?」
「今の所怪我人はいないらしい」
「じゃあ幸い誰もいなかったのか」
「いや……爆発の5分くらい前だったか。2人見たんだが……」
「……へえ」
少年は口元に手を当て、笑みを隠した。
「その2人って誰だったか覚えてたりするか?」
命「そういや、お前らもうブレードの名前決めたのか?」
秋穂・伊代「「⁉︎」」




