第15話「道篠伊代①」
少女のいる部屋はリビングだった。
ソファとテレビがテーブルを挟むように配置された、シンプルな部屋。
そのソファの上で、少女は膝を抱えて座り、顔をそこに埋めていた。
彼女は現状が理解出来ていなかった。
なんでこんな事になってしまったのだろうと、正解の分からない後悔が心臓を圧迫している。
「……私が悪いの?」
少女はポツリとそう呟いた。
自責の念なのか他に意図があったのか、どちらにしろ答えが返って来る筈もない。
しかし異変は起こった。
庭とリビングを仕切るガラス戸が突然叩き割られた。
「⁉︎」
突然の事に少女はびくりと肩を震わせ、ガラス戸の方を見る。
そこには1人の人影が立っていた。
真っ黒いフードを目深に被り、素顔を隠した何者か。
そんな見るからに怪しい人物は、少女を見て愉快そうに話しだした。
「『私が悪いの……?』だって? ククク、そうかもなあ。お前のせいなのかもなあ〜」
「な……誰よ、あんた。いきなり何…………? なんで……」
少女は混乱で頭と舌が上手く回らない。
声色からして相手が男だというのは分かるが、それ以上考える余裕が無かった。
男は片手を振り上げる。
少女には、その手には何も持っていないように見えた。
「知りたいか? オレが誰か知りたいか? お前の現状は何が原因か知りたいか? ん?」
煽る口調で男は続け、最後にこう締めくくる。
「だったらオレを追って来い。楽しいショーを演じようぜ。これで死ななきゃの話だけどな」
男の手は、少女へと振り落とされた。
*
「ねえ秋穂、これから来るっていうその人は何者なの?」
「ええと、話せば長くなるというか……」
学校から一目散に逃げ出したわたし達は、いつしか駅の前に辿り着いていた。
そこでとりあえず命さんに連絡を取ったところ、すぐに向かうとの事だった。
そんなわけで、ここでしばらく待っているという次第だ。
「とにかくいい人だよ。そこは大丈夫だから」
「別に疑っちゃいないわよ。この状況で読んだって事は、その人もその……『ブレード使い』? ってやつなのよね。それだけ確認したかったの」
伊代ちゃんは面識のない命さんの事が気になるらしく、どうも落ち着かない様子だ。
わたしや伊代ちゃん自身を含めて、1日に合計4人ものブレード使いが1度に現れるんだから、それも当たり前かもしれない。
わたしも命さんが現れた時は凄く取り乱したし。
でもそれはひとまずいいとして、それとは別のところに問題があった。
「……にしても暑いわね」
「だねー……」
放課後とはいえ、今は真夏。
太陽は沈む気配を全く見せないで、わたし達を容赦なく照りつけていた。
おかげで汗が額や首を伝って流れ落ちていく。
人を待つのにいい場所とはお世辞にも思えなかった。
もっと考えて走ればよかったかもしれない。
「あ、じゃあじゃあ場所を変えましょう! いい場所、知ってますよ?」
と、そんな小さな後悔をしていると、突然快活な声が響いた。
「…………」
その声の主、潜原さんの方を、伊代ちゃんはあからさまに不機嫌な様子でジロリと睨みつける。
潜原さんは笑顔を浮かべているが、鋭い視線を浴びて少しずつひきつって、なんだかぎこちないものになり始めていた。
「な……なーんて……」
遂に心が折れてしまって、視線を逸らしてフワフワした事を口走る。
心なしか、彼女はわたし達より多く汗をかいてるように見えた。
伊代ちゃんによって気絶した状態で連行されてきた潜原さんは、両手を後ろに回されて、あの色の違うコイル状の物体で繋がれていた。
ブレードを振り回す事も許されず、文字通り打つ手がない状態だ。
「そのコイルって、磁石みたいな物なの?」
「まあそうね」
先の戦いで聞き逃していた伊代ちゃんの能力について話を振ってみたら、伊代ちゃんは説明するように話し始めた。
「色は2種類あって、自由に出したり消したり出来るし、後で色を変える事も出来る。同じ色同士なら反発しあって、違う色なら引き合う。磁石って考えで大体あってると思うわ」
「へえー、凄いねそれ」
「そうかしら。私に言わせれば、あんたの方が凄いように見えるけど。『逸らす』能力なんて、どうすればいいか分からないわ」
「そう……かな」
「いやそうですよ! そんなの無敵じゃないですか! 本当に凄……いやすいません睨まないで下さい」
懲りずに口を挟もうとした潜原さんだったが、伊代ちゃんの無言の圧力の前に再び屈してしまっていた。
でも、うん……そのめげない感じはいい姿勢だとは思うよ?
「それはそうと、その人はまだ来ないの? 暑さとイライラでどうにかなりそうなんだけど」
「お、落ち着いて」
イライラに関しては、命さん完全にとばっちりだよ。
でも暑いのは確かだし、伝う汗が気持ち悪く感じるのもまた事実だ。
「……早く来てくれないと熱中症になるかも」
「大丈夫だろ。まだ俺が倒れてないから」
「!」
噂をすればなんとやら。
服の襟元をパタパタとやりながら、命さんは小走りでこちらに近づいて来た。
わたし達同様汗を垂らし、急いで来たからか少し息を切らしているようだ。
「悪い、待たせたか」
「まあ多少は」
「正直かよ」
わたしが冗談半分にそう言うと、命さんは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
でもすぐに真剣な表情を作り直す。
「それで、ブレード使いは?」
「私とコイツです」
潜原さんの首根っこを掴んで、伊代ちゃんが前に歩み出る。
青ざめて目を泳がす潜原さんとは逆に、伊代ちゃんは鋭く真っ直ぐに命さんを見ていた。
「……どっちがどっちだ?」
「私は秋穂の味方です」
「…………」
命さんは確認を取るようにわたしを見る。
わたしは頷いて肯定した。
「つまり、そっちが何か問題起こしたって事か」
「いえ、ね……。私はそんな、ほんの出来心で……」
「つまり出来心で私達を爆発させようとしたって事ね」
「ちょっ⁉︎」
容赦ない伊代ちゃんの告げ口に、潜原さんはますます青ざめた。
命さんの目つきもそれに比例するように険しくなっていく。
遂には潜原さんの体は小刻みに震え始めた。
完全に自業自得なんだけど……あまりの怯えっぷりになんだか可哀想に見えてきたのはわたしだけ?
「爆発……」
「それはその……」
「あの感じじゃしばらく休校になるかもね」
「ほう」
「いや……」
「よく生きてたわよ、私達。ねえ、秋穂」
「わたし⁉︎」
「さっきからやめてくださいよ! 私になんの恨みが……」
「どの口が言ってんのアンタ」
「ぐえ……喉輪はやめてください」
これは酷い……。
10対0で潜原さんが悪いのに、なんだかこっちが虐めてるみたいになってる。
「まあ落ち着け。あとは俺が話をする」
首を鷲掴みにする伊代ちゃんを宥め、命さんは前に出た。
解放された潜原さんは首をさすりつつ、不安げに命さんを見上げる。
「質問するから正直に答えろ。いいな?」
「あの……私どうなるんでしょう? 許してくれませ——」
「いいな?」
「……ハイ」
うわあ、有無を言わせない……。
目が本気だよ命さん。
普通に怖いよ命さん。
「その能力をお前に与えた奴について、何か知ってる事は?」
「知らないです」
「本当か?」
「本当ですよ! 嘘ついたってしょうがないじゃないですか!」
「本当だな?」
「ほ、本当です!」
「本・当・だな?」
「ほ……本当ですもん……嘘ついてないですもん……」
ああ、遂に涙声になってしまった。
これがあの余裕ぶった人と同一人物とは思えない……。
「……分かった。信じよう」
「ほ……」
「あとその能力、今後は無闇に使ったりすんなよ。もし使ったら」
命さんは潜原さんの肩に手を置き、耳元でぼそりと一言呟いた。
「……俺がどんな手を使ってでもお前を止めるからな。最悪……すかも」
「‼︎……」
潜原さんのそれは、最早震えというか振動と言った方がしっくりくるほどになっていた。
彼女の中で命さんに対する恐怖が振り切った瞬間だった。
「ご……ご…………ごめんなさいぃぃーーーーー‼︎」
そしてそう叫び、泣きながら走り出してしまった。
両手を拘束されたままで。
なんていうか、もう本当に可哀想で後半は見ていられなかった。
あの様子じゃ、もう絶対悪い事なんて考えたりしないだろう。
そんな彼女の背中を見ながら、命さんは少し困った表情を浮かべている。
「……やり過ぎた」
「本当ですよ。虐めてるみたいになってたじゃないですか。わたしまで怖かったです」
「そう? あれ位が丁度いいと思うけど」
伊代ちゃんは手厳しかった。
憮然とそう言い、命さんへと視線を向ける。
「改めまして、私は道篠伊代です。よろしくお願いします」
「ああ、向井命だ。よろしく」
伊代ちゃんは軽く頭を下げたかと思えば、すぐに顔を上げ強い口調で言った。
「いきなりですが向井さん、あなたはこの能力について何を知ってるんですか? 教えてください」
命さんは平静な様子で言葉を返す。
「なんで君はそれを知りたいんだ?」
「こんな非現実的な事、聞かずにはいられないでしょう。それに……」
伊代ちゃんは一瞬口を噤んだけど、決心したように再び口を開いた。
「……行方不明の私の兄と、何か関係あるかもしれないから」
夏の暑い空の下、わたし達3人は沈黙に包まれた。
ブレード名:トイ・ボックス
所有者:潜原乃々
身体強化:バランス型
形状:鉄板を繋げたような護拳、長方形の刃を持つ角張ったサーベル。
能力:斬ったものと自身を、直方体の箱に変える。
・箱の大きさ、重さは一律。
・気体も箱に変えられるが、自分以外の生き物は箱に出来ない。




