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完結・・・?
あのあと教室は爆笑につつまれたものの、そこから秀英は青ざめたまま一言も喋らなくなり、秋帆はいつもの王子様スマイルを顔に貼り付けたまま表情を変えず、その日を過ごした。何を言われても、何を問われても何をしていても同じ顔でいる、その姿ははっきり言って異様だった。
他クラスからも珍しい編入生を見に野次馬が来ていたが、その様子を見ると騒ぐことなくささっと自分のクラスに戻っていった。
教室中はなんとも言えない雰囲気になってしまっていた。
「今日はこれでおわりだ。気をつけて帰れよー」
微妙な雰囲気を醸し出す面々を綺麗に無視し、担任がそう告げると、そそくさと皆が帰り支度をし、一人また一人と足早に教室を去る。
秋帆もまたさっさと帰って鬱憤を晴らそうと、席をたった。
「まっ!待ってください!」
教室を出たところで秀英が秋帆を呼び止めた。
「何かな?」
一目があるため秋帆はおとなしく振り返った。
「少々、時間をくれませんか。聞きたいことがあるんです」
秀英は何事かを決意したような顔で秋帆にそう言った。
青ざめていることには変わりないが、眼には力がこもっている。
秋帆はめんどくせぇなおい、と思ったが、黙って頷いた。
学校を出てすぐ、大通りから1本道を外したところに、隠れ家のようなカフェがある。
そのひっそりとしてたたずまいに店であると気づく人は少なく、客もそれに比例して少ないのだが、そのカフェは小さな個室が幾部屋かあり、静かに時間を過ごしたいと思っている者にとっては絶好の穴場なのである。
秋帆にとってもここはお気に入りの場所であり、誰にも紹介などしたくなかったのだが、できれば静かな、誰にも聞かれる心配のない場所でとのことで仕方なくここを選んだ。
「それで、何のご用かな?」
頼んだカプチーノの香りを楽しみながら秋帆は問うた。
彼はカフェラテの上に書かれたラテアートをろくに見もせずにスプーンでかき混ぜ、緊張した面持ちで黙っている秀英にしびれをきらしていた。
秋帆に話しかけられた秀英は、ぐっとつばを飲み込むと秋帆に話し始めた。
「俺に、見覚えは、ないですか」
「ないね」
ズバッときられた。
勇気を振り絞ってそう聞いたのに、なんという仕打ち。
秀英の顔はショックだ、と言っているが、秋帆は気にも止めない。
秀英は萎えそうになる気持ちを奮い立たせ、さらに言う。
「・・・確かに、俺もあなたも見た目は前とは違います。でも、魂は一緒です。前の世で、あなたは俺の姫だった。俺にはわかります。」
何を言っているのかさっぱりわからない。
なんかこいつ、ただ単に頭がおかしいやつのような気がするな。
秋帆はしらけた顔をしながら、そう思った。
「姫・・・俺です、康秀です!覚えておられませんか?」
そんな秋帆に焦ったのか、秀英は性急にそうまくし立てた。
この名前を言えばもしかしたらわかってくれるかもしれない、思い出してくれるかもしれない、秀英の必死さが伝わる。
「康秀・・・」
しらけた顔を無表情にし、秋帆はぽつり、と無意識にそう言った。
康秀。確かに聞き覚えはある。
いつも見るあの夢で、自分は最後に必ずそう叫ぶ。
涙をながし、胸が張り裂けそうになりながら、そう叫ぶのだ。
「!そうです、康秀です!思い出していただけましたか!?」
秋帆が自分に気づいたのかと思い、秀英は興奮気味に身を乗り出した。
テーブルに手をつくものだから、カフェラテとカプチーノの表面がゆれ、少しこぼれてしまっている。
秋帆はぼぅっとそれを見て、自分の手元にあるおしぼりで緩慢にテーブルをふいた。
「も、もうしわけありません・・・」
秀英がおとなしく席に座り、恐縮した。
「・・・なんで一緒に逃げてくれなかったの」
そんな言葉が二人の間に落とされた。
耳で知覚し、自分がそう言ったのだと気づいた瞬間、秋帆はバッと両手で口を塞いだ。
今、何を言った?完全に無意識だった。
夢のことを考え、最後に叫んだことを思っていたため、その思いに気をとられてそんなことを口走ってしまったようだ。
どうごまかす、なんと言えばいい?
目まぐるしく言い訳を考えている秋帆に、秀英が苦しげに顔をゆがめ、それに応えた。
「あのときは、そうするのが一番だと思っておりました。姫様が安全に、確実にお逃げになれるように敵方をひきつけることが、最後のお役目だと。追いすがる姫様の声に背を向けたこと、最後まで御側にてお守り申し上げられなかったこと、申し訳なく思っています。」
ごまかすことを考えていた秋帆は、それを聞いて考えることをやめた。
それよりも-
「この馬鹿!!そう思ってんなら最初から自分犠牲にして逃げんじゃねぇよ!てめぇ、どんだけ心配したか、どんだけ苦しかったか、想像できんのかボケ!!」
王子様の仮面を外して怒鳴り散らした。
もはや前世のおしとやかな姫らしさのかけらものこっていないそのヤクザな言い方に、秀英は瞠目して驚いていた。
「おい、聞いてんのかよ」
さらにイライラした風に言葉をぶつけられ、秀英ははっとした。
「も、申し訳ございません。聞いております。はい。」
中性的な美貌をもつ少年に怒鳴られ、190センチもある長身、そして鋭いイケメンであるごつい男が縮こまるように反省する様は、ここが個室でよかった、と思わせるものがある。
思いっきり眼をそらしたくなるような光景だ。
縮こまりながらも、秀英は気になっていたことを聞いた。
「あの、そのですね、あのあと俺はすぐに死んでしまったので姫様がその後どうなったのかがわからないんです。無事に、御祖父様のところまでたどり着けましたか?」
ドキドキしながら秋帆の返答を待つ。
「しらね」
・・・は?
秀英は思わず口がぱっかーと開き、見るも無残なアホズラを晒している。
知らねって・・・えぇ~~~!!!
「俺、いっつもそれ夢で見るんだけど、お前に追いすがったあとはどうなったのか知らね。そこで目覚めるからな。」
秋帆はもう仮面を被る必要なしと判断したのか、あらっぽい話し方でしごくどうでもよさそうにそう答える。
「でも、夢の話だし、お前が言うには前世か?まぁどっちでも俺はその後なんて全然きにならないね。もう終わった話だ。」
そう言うとすっかり冷めてしまったカプチーノをぐいーっと飲み干した。
「もう前世とか話すのやめろよ。俺は今女じゃなくて男だし、夢でみること以外は覚えちゃいないんだ。色々聞かれても覚えてねぇもんを話すことはできねぇ。」
秀英は悲愴な表情をしていた。
姫は逃げ惑うところしか覚えていない、あのあとどうなったのかもわからない。
もしかしたら危険な目にあったかもしれない。
ぐるぐるとそう考える。
「・・・じゃぁな、もういいだろ?俺は帰る」
そう言って立ち上がった秋帆の腕を、はしっと秀英は掴んだ。
「なんだよ」
不機嫌そうに秋帆が問う。
そんな秋帆を見ながら、秀英は心に決めていた。
前世では最後まで傍にいられなかったから、どうなったのかがわからないのだ。
それならば・・・
「これから、俺はあなたの傍にずっといます。何があっても、決して途中で離れたりしません。あなたが男でも関係ありません。俺を傍においてください。いえ、返事は結構です。勝手にいますから」
先ほどまでの悲愴さはどこへやら、答えを導き出した彼は晴れ晴れしい笑みを浮かべ、すがすがしくそう言い切った。
何を言われたのか脳がついていかず、秋帆はぽっかーんと呆けた。
「・・・は?」
「さぁ、帰りましょう。お家まで送ります」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!????」
こうして彼等の今生での関係は始まった。
この一方的にくっつく主従関係と彼等の並々ならぬ美貌のせいで、学校内の一部の女子生徒があらぬ妄想を繰り広げ、それが学校中に広まるのも時間の問題であった。
そして、秋帆を見て女子生徒たちがこぼす言葉も、変化していくこととなる。
「俺はホモじゃねぇ!!純粋に女の子が好きなんだよ~~!!!!」
学校内でも今までの自分をかなぐり捨て、そう叫ぶ彼の姿が見られるまで、あともう少し。
あははーでも恋愛感情はないかと。