68.vs《崩國》①
十五時半を過ぎた頃。作戦会議を終えた廻琉ら五人の《カダン》討伐パーティメンバーは、《天花霞》近辺の渓谷に掛かる《雨窓桟橋》を訪れていた。目的は《よつ首亡し》の討伐、もとい廻琉の特訓だった。
「ねぇねぇ!むずかっ……っしい!!よ!これ!」
甲高い金属音が渓谷に木霊する。廻琉の横一閃が火花を散らし、打ち下ろされた太刀を叩き返す。
「おー、上手い上手い」
「まだ倒しちゃわないようにねぇ!」
「倒せなっ……んぁっ!!もう!!どこ狙ったらいいの!」
正確に首を狙う《よつ首亡し》の太刀の一閃を、廻琉はタイミングを合わせて叩き返す。パリィによって《よつ首亡し》が体勢を崩すと、その隙を逃さず、廻琉はがら空きの胴体へ大剣を叩き込む。が、《よつ首亡し》は倒れない。砕けた鎧は徐々に修復されていき、虚を戴く首は廻琉に向けられたままだった。
そんな攻防をもう十分近くも繰り返していた。
「首狙え、首!武器壊してもいいぞ!」
「武器って……ったっ!てぇ!!ぶつければいいの!?」
《よつ首亡し》は廻琉の構えに反応し、太刀の振り下ろしをワンテンポ遅らせることで廻琉の剣閃を誘発、更には切り返しを織り交ぜることで廻琉を翻弄し続けていた。
「首……ね!首………ないけど!兎ちゃん!ないよ!」
「おう、無いな。そこに四回剣を通せ」
廻琉は攻防の合間を縫い、目だけを兎に向ける。視線の先で、兎は膝に乗せた碧の首筋を人差し指で叩いて示していた。
「……?…………??……あだぁっ!」
隙を察した《よつ首亡し》の太刀が廻琉の首を過ぎて、その下の泥を跳ねた。廻琉の体力ゲージは三割程が削られ、その横に浮かぶ人型アイコンの首元には赤い筋が入っている。
「……いったいなぁ!痕残ってないよね!これ、さ!」
廻琉が繋がったままの首を擦りながら思い浮かべていたのは凪乃の顔だった。
「ゲームだぜ。残んねーって」
「残していいっ……のはぁっ!凪乃だけっ!なんっ……だから!!」
無詠唱の《火走り》を付与した大剣で再度振り下ろされる太刀を跳ね上げ、勢いそのままに首の上へと横一閃を振るう。《よつ首亡し》の首の断面を掠め、大剣は空を裂いた。手応えはない。フィードバックもない。
が、反応だけはあった。
《よつ首亡し》がよろめき、膝をついた。虚を戴く首は空を見上げ、右手に握る太刀が影に覆われ、水分を含んだ、粘着質な音と共に刀身の形状が変質していく。
「ねぇ!なに!きっ!気持ち悪い、よ!!!」
「そろそろ構えとけよー」
「ディレイキツくなりますからね!」
錆びた金属が擦れ合うような音を立てながら、ゆっくりとした動作で《よつ首亡し》が立ち上がる。太刀を覆う影は晴れ、その刀身、切先より下る位置の峯は半円に抉れている。
「変なかたち、だ!」
「形はあんまり気にしなくてもいいよぉ!」
「……ふぅん。よっ!」
大剣を構え直した廻琉に《よつ首亡し》は切り上げを仕掛ける。足元から顎へと昇る直線の切り上げ、切り返した刃は廻琉の左脇腹へと振り下ろされていく。
これまでの攻撃パターンに慣れつつあった廻琉は構えた大剣を《火走り》で走らせ、弾ける──
「……うあぉっ!」
──はずだった。
左脇腹へと振られた太刀は弾かれる直前で動きを止め、迎えられた大剣の刀身に沿うように廻琉の首元へと振り上げられた。勢いそのまま、廻琉の首筋を斬り払った太刀は一度その動きを止め、《よつ首亡し》は廻琉から距離を取るように後退した。
「……やばだ、ね」
「回復いるか?」
廻琉の体力ゲージは残り二割を切っていた。人型アイコンの首に刻まれた赤線は点滅を繰り返している。
「…………まだ大丈夫!」
前方で血払いを済ませ、こちらへと歩を進める《よつ首亡し》と残り少ない体力ゲージを前に、廻琉の心は不思議と落ち着いていた。
互いの間合いに入り、《よつ首亡し》が太刀を振り上げた。廻琉の大剣はまだ地を向いている。振り上げられた太刀はその場で止まり、廻琉が大剣に両手をかけた瞬間、振り下ろされる。狙いは、
「首!だ!……そんでぇっ!」
廻琉が腰を落とし、太刀は虚しく空を斬った。廻琉は既に太刀へと狙いを定めていた。
「……んんっ!!こうっ!」
甲高い金属音と共に火花が散る。
切り返しの太刀は勢いを生む前に、大剣の切り上げ一閃によって跳ね上げられた。
虚の首は空を舞う太刀を追う。生まれた隙を廻琉は見逃さない。大剣の重みで崩れかけた体勢を支えるように、右足で泥濘む大地を踏み締め、狙いは虚を戴く首元へ。
「"炎天彩る白燕"。んんっ………んっ!《日輪》!」
独楽のように鋭く身を翻す。火を纏う大剣は真円を描き、虚と断面の境界を正確に三度捉えた。
三度目の剣閃を受け、錆びた鎧は糸の切れた操り人形のように力なくその場に倒れ込む。程なくして、《よつ首亡し》の全身は太刀と共に白く弾け、立ち上る泡は海へと還っていった。
「いぇーい!」
「おっ、お疲れさま!上手だったよ!」
「あぁ……倒しちゃった」
「ま、そろそろ時間だしな。ちょうど良いだろ」
兎が開いたメニュー画面は十五時と五十分を示していた。《崩國のカダン》が姿を見せるのは夕刻、十六時。支度を終え、出現場所まで向かうのにはちょうどいい頃合いであった。
「準備しなきゃだねぇ。よっ」
ひと仕事終えました、といった顔で帰る廻琉の頭に、碧はインベントリから取り出した緑色のマフィンを投げてぶつける。
「ん?……おぉ!」
二割を切っていた廻琉の体力ゲージがみるみるうちに元の値へと戻り、その隣には継続回復状態を示すリジェネマークが付与されていた。
「よよいよいよいよい!よいっ!兎も!」
「おう」
続けざまに、碧は皆の頭目掛けて緑色と赤色のマフィンを放り投げ、全てを的確に額へとヒットさせる。赤色のマフィンを受けた廻琉の視界にはリジェネに加え、攻撃力・攻撃速度大アップのバフが付与されていた。
「三十分もつからね!」
「嫌いだ、奇数は」
三本の指を立てた右手を突き出す碧の後ろでは、怪訝な顔をした兎が人差し指を一本立てている。それを他所に、廻琉は小さく首を傾げた。
廻琉が口を開くまでもなく、兎がその疑問に答えを返した。
「行きゃわかる。一個言えんのは……そうだな」
「覚えるつもりでいけ!だよ!」
「なるほど、ね。………ぃよし!」
微かに震えた両の掌を左右の頬に叩きつけ、廻琉の体力ゲージがじわりと削られる。間を置かず即座に回復するゲージを見て、廻琉はもう一度、両頬を打ち鳴らした。
「ん!じゃあ……行こ!」
廻琉の号に続き、兎がファストトラベルを起動する。
目的地は兎と瀧奈が事前にトラベルピンを刺していた場所。最寄りの街《花の國 天花霞》の天守閣を臨む、嶺を断たれた山岳の頂上、《崩國のカダン》の出現地点である《逢瀬の狭間》。
《逢瀬の狭間》近辺への転移を終えた五名は間もなく邂逅を果たす脅威へと歩を進めた。道中、五名の間に不思議と会話はなかった。
程なくして、先頭を勤めた兎がその足を止める。
「……いた」
兎の指が示す先、地を突く大剣に座す獣人の姿があった。《黄昏前線》において、熱のフィードバックは上限値を人肌と同等までセーブされている。にも関わらず、廻琉は肌を焼く程の熱風の渦中にでもいるかのように思えた。渦の中心には間違いなく《カダン》が居た。
「……みんな準備はいい、ね」
《天花霞》の天守閣へと手を伸ばし、空を仰ぐ《カダン》の姿を前にして、仮想の世界であることは理解しながらも、廻琉はその威圧感に気圧されかけていた。
「行こう……!行く……っから!ね!ついてきて!」
前衛を務める廻琉と楠莉が《逢瀬の狭間》へと踏み込み、五名の視界に《DANGER》の文字が表示される。
獣人は大剣を振り上げる廻琉には目もくれず、彼方の天守閣に向けて手を伸ばしていた。
『……貴き花よ』
鼻歌を奏でながら、両の掌で包み込むように。
「んんっ……っ!《断火》ぁっ!」
十六時六分、《崩國のカダン》戦、開戦。
『いつか来む君に』
渦を巻く熱風は歌を乗せ、流れる風は届くことなく。
『灯火を』
のち十六時七分に満たず、全滅。




