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なるようになるの  作者: 七番
第一章 昏招き

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32/68

31.送火

「──兎ちゃん!ちゃんと聞いてますか!…ダメか!

 まいいや、なんとかなるなる!ガンバレ若人!」


 羽々斬はブロンドの髪をはためかせながら吹き抜ける川風より速く駆けていた。兎に声が届こう筈もない速度で走るのには理由があった。

 各種デバイスの併用による負荷に限界を感じ始めていた為である。

 羽々斬が差し続けている傘は銘を『降个《ふらすこ》』。

 天幕・石突き・露先をそれぞれ視聴感覚器官と同期、『エディタ』のレンズ部を組み込み360°全域を可知域と為した他、脳に刻み込まれるリアルタイムデータの処理を一部引き受ける事で、羽々斬自身の負荷を可能な限り軽減しつつも超常的な空間認識能力を発揮するに役立っていた。

 常人であれば三度は死に瀕する程の負荷は、『降个』の補助によって間違いなく軽減されていた。が、それ以上に羽々斬は摩耗していた。

 彼は死を見ない。死は彼に訪れない。

 彼が死ぬことは《《ない》》。

 "死"以上に彼を削るものは"別れ"だった。


「これで四人。……すみません。帰ったら必ず」


 楚曳支部に植わる木々は送った魂の分だけ緑を湛える。羽々斬は彼ら彼女らの名を知らない。歩んだ人生《みち》すらも。


「でも!帰る前に!」

 

 それでも弔いたいと、心から。


「大きな花火を送りましょう!!」


***


「凪乃ぉっ!大丈夫!!?怪我は!!」


「……ん、ない。ありがと、私は…大丈夫。

 それより……」


 立ち上がり、弱る砂溟に視線を向ける。凪乃は霞む視界のピントを合わせながら、砂溟に掛けるべき言葉に頭を悩ませていた。

 結論から言えば、凪乃が見た夢の中に砂溟の家族の姿はなかった。しかし、溢るる程に涙と鼻血とを滴らせ、足の置き場も定まらない砂溟にそれを直接伝えるのは余りに酷だと考えていた。或いは彼女の首筋に刻まれた藤袴から負い目を感じていたのかもしれない。


「……砂溟先輩、ごめんなさい」


 だから悩んだ。だから考えた。

 今がどうあれ凪乃にとって砂溟は尊敬の対象であった事に違いはない。それに、喪う事の辛さは痛い程よく理解《わか》っていた。

 ただ、それが"同じ"かどうかは凪乃にはわからなかった。

 共感《わか》ったつもりでいた。

 これ以上傷付けたくはない、今はそれだけが凪乃の胸の中にあった。


「ご家族をみることは……できませんでした」


「ならっ…!なら…何がっ、なにが……ぐっうっ」


「…約束を、ひとつだけ。

 "みんなで"、って言ったんです。あの時、私」


 答えになっていなかったかもしれない。それでも凪乃は嘘だけは吐きたくなかった。

 夢でみたのはあの日、眠りにつく少し前。

 父親との大切な約束をした短くも暖かな時間。

 砂溟の求めるものとは違っていたとしても凪乃にとっては間違いなくかけがえのない想い出だった。

 それは今の砂溟にも理解できた。「そんなもの」などと吐き捨てて踏み躙るほど、彼女は堕ちる事はできなかった。もはや涙で輪郭を失った砂溟の視界は唯一、凪乃だけは鮮明に映っていた。


「…私は……諦めない…っ、諦めませんから!」


 砂溟は既に限界を超えていた。

 目的は果たせず、これ以上会話を長引かせる事は得策ではなかった。なにより今の凪乃と言葉を交わす事は、砂溟にとって多大な負荷となった。

 理由は砂溟自身にもわからなかった。

 目覚めた凪乃を見て、先ず喜びを感じた。声を聞けば胸が跳ねた。弱りきった姿を見られていると思うと羞恥心に駆られた。

 "みんなで"と、"約束"と。そう聞くと胸が締め付けられた。

 瞳の火がより赤く燃えている事を砂溟は知らなかった。


「今日は…お開きです。

 もう…っ、今は、話したく…ない!」


 砂溟が滴る鼻血を拭い、言い放つ。凪乃と廻琉に背を向け、足取りは覚束無いまま、ぼんやりと輪郭を失って宵闇へと溶けていく。

 ぼやけていく砂溟の輪郭を、首筋に残った色だけがかろうじてなぞって凪乃に報せてくれていた。

 ただ追う気にはなれなかった。普段であれば治療の為にと駆け寄っていたであろう。しかしそうしなかった。

 凪乃は砂溟の意思を尊重した。半端な慈しみは侮辱になりうると、そう考えていた。

 しかし、凪乃の中にはひとつだけ悔いが残っていた。凪乃は知りたいと感じ始めていた。


『私も喪いました』

『なぜ死ななければならなかったのでしょうか?』

『私の家族は』

『なぜ』

『諦められないんです』

『あの《《事件》》で』

 

「……あの時、なにがあったんだろう」


 己が運命に夜を落とした出来事を。

 似た傷を持つ砂溟の執念の出処を。

 

「凪乃っ、凪乃!大丈夫!?歩ける!?」


 廻琉が凪乃に駆け寄り、寂しさを紛らせるかのようにこれでもかと抱き締める。選び合った浴衣越しに暖かな体温を感じ、二人は漸く一段落ついたのだと実感していた。


「そうだ!凪乃!いそご!花火打ち上げるとこにね!

 羽々斬さんがね、碧ちゃんをね!兎ちゃんも!」


「…落ち着いて。一個ずつお願い」


***


 11年の間、凪乃はかの件をずっと事故だと思っていた。事実、公にそう報じられており、誰もが事故だと確信している。これは覆しようのない事実である。

 誰も不思議には思わない。

 凪乃と砂溟の家族、その他大勢の尊い生命が喪われた痛ましい事故。事故当初の生存者は三名。

 うち二名は後日、亡くなっている。

 一名は治療中に意識を取り戻し、錯乱ののちに自らその生涯を終えた。

 一名は治療を終えぬままに行方を眩ませ、数ヶ月後に土の中で見つかった。

 誰も不思議には思わない。

 これは事故であるからだ。


 原因は不明。


 "異"は、

 "違"は、

 "畏"は、

 "奇"は、

 "焉"は、


 均されてしまったから。

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