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なるようになるの  作者: 七番
第一章 昏招き

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30.迎火

「兎ちゃ〜ん!ここまででなにか気が付いたことはありますか?なんでもいいですよ!」


 過去の投影である人波をするすると避けながら羽々斬が後方を付いて走る兎に向けて言葉を投げる。


「はぁっ、はあ…あぁ!?暗ぇ!曇ってきたな!クソッ!はぁ、ふっ。あと人も邪魔だ!道開けてくんねぇし!話はできねぇし!」


 兎は苛立ちながら感情のままに大声で返す。


「近い!近いっスよ!」


「碧がか!答えがか!?」


「どっちもです!」


 "乂種《まざり》"。


「んだよクソッ!意味わかんねぇし!

 つかそれを先言え!バカ!」


 羽々斬は息を切らすこともなく前方を駆けて進んで行く。兎は付いていくことに精一杯で弾かれる"解"に意識を向けるほどの余裕はなかった。

 答えなんてどうでもよかった。

 ただ足だけは速めた。碧が近い、それだけが兎の燃料たり得た。


「正面の河川敷!向かってずっと右に居ます!

 気を付けて!ああ!あとコレ!」


 

 羽々斬は踵を返し、先程渡りきったばかりの橋の方へ向けて駆け出す。すれ違いざまに紙を一枚兎に押し付けた黒い傘は人混みに紛れ、少しずつ姿を失っていく。


「あぁ!!?何言ってんだオイ!おまっ、おい!

 主って奴一緒に居んじゃねーのか!」


「すみません!読み違えてました!

 碧ちゃんだけじゃなかった!主はずっと──」


──ひゅるるる。


 遠のいていくばかりの羽々斬の声は花火の音に覆われて、兎の耳に届くことはなかった。

 打ち上げられた花の種は昏空を覆う厚い雲に吸い込まれるように消えていき、音を響かせるばかりで花弁は人々の目には映らなかった。それでも過去の人々は空を見上げて笑っていた。まるで見える筈のない花火を見ているかのように。子連れは笑い、連れ合いは手を繋いで微笑みあって、ただ空を覆い隠す雲の幕を見上げていた。


 "違"。


「薄気味悪ぃなまったく。…マジで暗ぇな。

 んでなんだよこの紙はよ!」


 兎は言い残された通りに河川敷に向けて急ぎながら、羽々斬に手渡された紙を開く。

 兎の目に映ったのはたったの一行。期待を大きく裏切るそれはとても他愛なく、非常にくだらないメッセージだった。


━━━━━━


たまには腹割って話しちゃおっカナ!?


━━━━━━


"真"。


「クソが!!おちょくってんのか!」

 

 兎が立ち止まって大きく声を張り上げるも、過ぎる人々は誰も彼女を注視する事はなかった。

 そのまま感情に任せて破り捨てようとするが、


「んぐぐっ…だぁクソ!かたぇ!

 ……ん、なんか書いて──」


 破れる事はなく、二つ折りにされた紙の裏、その更に端の端に小さな文字で書かれていたのは、


━━━━━━


残念、ユポ紙です


━━━━━━


"真"。


「………ころすぞクソがぁ!!」


 兎の咆哮は誰の耳に留まる事はなく、ただ雲の彼方に吸い込まれていった。

 道行く人々は相も変わらず兎の方には目もくれず、虚の花火に見蕩れるばかりであった。


「…はぁっ、はぁ。……ふぅ。あのバカ…!

 狂う…!調子が…っ!」


  暗い曇り空を見上げて深く息をつく。兎の全身に酸素が回り、思考が巡り始める。徐々にではあったが兎の頭は冷静さを取り戻しつつあった。

 羽々斬は見るからに軽薄ではあるが、無意味な事はしない筈だと、そう確信していた。この一見無意味なメッセージにもなにか意図があるものだと考えていた。しかし、それはそれとして、へらへらと笑みを浮かべながらこの紙を書いている様を思えばふつふつと怒りが沸いた。


「……帰ったらぶん殴ってやる」


 決意は固く、踏み締める一歩はより強く、兎の足は目的地へと辿り着く。

 川風吹き荒ぶ河川敷に行き交う人は少なく、緩やかな傾斜を描く道の先に幼い少女がひとり。

 隣には手を繋ぐ影がひとつ佇んでいた。


「…碧!!」


『門限ですから、(雨が地が幹と、)』

『碧はもう(鳴く鴉と雨)』

『あなた方とは遊べませんよ』


"異"。"異"。"異"。


「きめぇな。テメーに言ってねーよ」


 兎の呼び掛けに応えたのは影だった。 

 より黒く落ちるそれは、暗闇の中でも不思議なほどはっきりとした輪郭を持って兎の目に映った。

 ぐるりと捻るように振り返った影の顔の位置には赤く、赤く灯る瞳が三つ。それら全てが兎の方を見据えていた。

 幼い少女は振り向かないまま、言葉だけを返す。


「もう帰らなきゃだから、」


"真"。


「ばいばいしなきゃ、だから」


"真"。


「さよなら、うさぎ」


"違"。


「……"違"だ。初めて役に立ったなクソ野郎」


 嫌悪した能力。

 母すら畏れた生来の特性《ちから》。

 時に、他人《ひと》は心を読まれる事を恐れた。

 世界にとって己が能力《ちから》が"違"なのだと知る日まで彼女は孤独だった。

 能力《ちから》さえなければ母に避けられる事はなかった。

 能力《ちから》さえなければ母の愛を諦める事ができた。

 幼い日、抑える事を知った。

 ひとつ階段を登った日、母がひとりの少女を連れてきた。


「今日もメシ当番はお前だ!四人分!」


 同じ目をした少女と出会ったその日から、


「帰るぞ!一緒に!」


 兎の日々が彩付き始めた。


「あたしらの家に!!」

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