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叶意の具現者  作者: 32Q2


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第十八話

 あの日から数日経って両親は退院した。


 父が目を覚ました時には、病室に医者や看護師が次々と現れ、父との会話どころではなかった。すぐに、涼香は高山に父が目覚めたと連絡した。しばらくして高山は額に汗を流しながら病室まで来て、父の顔を見た瞬間、目からも汗が出てくる始末だった。


 そんな光景を微笑ましく見ていた涼香は、頭の中である計画を考えていた。


「お父さん、お母さん退院おめでとう」


 リビングの天井は、色紙で作られた輪飾りで彩られ、涼香の手から祝砲が鳴ると部屋中は笑顔と少しの火薬の匂いに満たされた。


 机の上には、少し不格好なケーキと綺麗なオードブル、そして少し濃い茶色の肉じゃがが並べられていた。


「初めて涼香の手料理を食べたけど美味しいな」


「そうねあなた。涼香ありがとうね」


 涼香は両親の笑顔を見て、傷だらけの手の痛みが少し和らいだ気がした。


「お父さん、しばらくゆっくりできるの?」


「すまん。もう少し掛かりそう。涼香が高山に渡した資料のおかげで叔父の不正が明るみになった。その後処理が終わったら休暇だ」


 父の話だと、叔父が突然業務中に倒れ、それから再起不能になったらしい。高山が同僚で叔父の秘書からの話によると、毎晩父の名前を呼びうなされているのだという。


「お父さん、高山さんだけど子供が生まれたってね」


「おめでたいよな。子供や奥さんの為にも、ゆっくり休んでもらうとしよう」


 父の不在の中、仕事に翻弄されていた高山に待望の第一子ができた。後に父から聞いた話だと産休の取得のために引継ぎと日常業務、病院通いとで参ったと言っていたそうだ。


 立て続けに、良いことがあって肉じゃがへ伸ばす手が止まらない。


「涼香。何か良いことがあったのかい?」


「まあ、色々とね」


 笑顔で涼香はそう言うと、父は彼氏でも出来たのかと大騒ぎ、母も笑い、いつもの日常が戻って来たのだった。


 翌朝、学校へ行くと、両親の話をどこかで聞いたのだろう。クラスメイトがまた涼香の周囲に壁を作り始めた。


「みんなごめんね」


 言葉の大槌で壁を突破し涼香は親友の元へと急いだ。


「七海、あのときはごめんなさい」


 涼香は勢いよく頭を下げ、手に持った紙袋を七海に差し出した。


「いいのよ。でもちょっと傷ついたわ」


 七海は、少し笑みを浮かべながら受け取ると少し首を傾げた。


 袋の中にはタッパーが入っていて、取り出してみると七海は笑い始める。タッパーの中は、少し茶色がかったスポンジにはみ出したクリームでいっぱいだった。


「これロールケーキ?ありがとう」


 七海は目に涙を浮かべて笑っていた。それにつられて涼香も笑うのだった。


 放課後、計画の最後の仕上げにある場所へ向かった。


「店長、いますか?」


 店の扉を開けると、お店の奥側で展示物を丁寧に吹いている店長の姿が見えた。


「もう用事はないだろ。何しに来たんだ?」


「いいえ、あります」


 店長は手に持った布を置いて、いつもの机に座って、煙草を取りだし火を付けた。


「それで、なによ」


 涼香は手に汗を握りながら、店長の正面へと向かった。


「やっぱり払います。五百万円」


「いや、あれは言葉の綾でいら―」


「私、見つけたんです」


 今まで圧倒する側だった店長だが、涼香の今までにない目力を前にして主導権を許した。


「私は今まで貰うばかりだった、両親からも親友からも、癪だけど店長からも。だから今度は私が与える側になりたい。誰かの喜ぶ顔が見たいんです」


 店長は涼香の決意表明を前に、煙草の灰を落とす事を忘れて聞き入っていた。


「私、店長と同じ念術師になりたいです。誰かを喜ばせたいです。だから、ここで働かせてください」


 深々と頭を下げる涼香。店長の手からすべり落ちた煙草から立ち昇る白煙が涼香の意志を天まで届けと運んでいるようだった。

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