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叶意の具現者  作者: 32Q2


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第一話

 高校三年生の春、橘涼香は将来について悩んでいた。


 特に何もしたい事はなく、教師からは、大学進学、将来の夢についてなど、進路指導が高校二年生の時から始まっていた。周囲の同級生や、友達の話を聞くにつれ、取り残された自分に焦る日々を過ごしていた。


「模試の結果どうだった?」


休憩時間に親友の七海からの声で、頭の中にある英単語の森から抜け出した。


「んー、まちまちかな。D判定ばっかり」


 周囲のクラスメイトも、一限目の英語の授業で英単語の小テストがあるにも関わらず、朝のホームルームで返ってきた模試の結果で盛り上がっていた。


「そうなんだ!私は手ごたえなかったけど意外とって感じ」


 意外と、という割に嬉しそうな顔をしている親友の顔を見て、笑顔になると同時に単語帳を持つ手には少し力が入った。


「よかったじゃん。最近七海調子いい感じだね」


「うん!これのおかげかな」


 七海は、スマホに付けていたお守りの様なものをこちらに見せてきた。


「いやいや、最近七海勉強頑張ってたでしょ。日頃の成果だと思うよ。」


 そんなもので解決するならと、両親の顔が思い浮かんできた。そして、親友に対して思ってはいけない感情を制御しつつ笑ってそう言ったのだった。


 そうして授業を終え、また違う悩みと向き合わなければと思うと上履きを履き替える手が急に重くなった。


「ただいま、お母さん。お父さんどんな感じ?」


 模試の結果の件もあり、何も思わず発した言葉を飲み込む事ができず、母の方を見ないまま通学用のカバンを床に置いた。


「おかえり、涼香。今日もぐっすり眠っているわよ。そうそう、お買い物に行って美味しそうなスイーツがあったの。冷蔵庫に入れておくからお勉強の休憩にでも食べてね」


 受験生の涼香を心配させたくないのだろう。母はいつもと変わらない笑顔で別の話題に変えた。


「やった!ありがとう。そうそう、今日学校で模試の結果が返ってきたんだけど、前より良くなって」


 そんな無理をした母の気遣いに答えるため、少しの嘘を混ぜながら看病疲れの母の気晴らしになればと笑顔で会話を楽しんだ。


「さて、スイーツをご褒美に勉強頑張ろっかな」


 母に笑顔でそう言って、涼香は自分の部屋に向かうのだが階段を上がる一歩目。美味しいスイーツの事で、舞い上がった気持ちがすべて作り物だと気が付くのは簡単だった。


「お父さん、ただいま」


 返ってこないと理解しながらも笑顔で話しかけるがやはり返答はなく、規則正しい寝息とエアコンの音だけが聞こえてくる。母の話だと毎晩うなされて寝ていて、起きた時も顔色が悪く死人の様だとの話だ。


 父である橘正史郎は、優しく家庭的で、夏休みや、GWなどの長期連休には、家族サービスを欠かさない人だ。それに加えて、両親の二人は近所でも評判のおしどり夫婦で、そんな両親の事が涼香は大好きだ。しかし、去年の秋ごろから様子がおかしくなっていった。


それに涼香も気が付いたのが期末試験の勉強疲れで寝落ちているときの事だった。


「正史郎さん、気分転換にでも……」


「今そんな状況じゃない事くらいわかるだろ」


 いきなりの音で目を覚まし、床に落としたシャーペンを拾い上げゆっくりと階段を降りていくと、リビングから両親の話声が聞こえた。


「正史郎さん、涼香が起きちゃう」


少しの間が空いた後、缶のプルタブを開ける音が聞こえた。


「いい仕事には気分転換も必要って、あなた言ってたじゃない?」


「俺はいつもベストを尽くしている、叔父にだって負けてないはずだ」


 少し心配になった涼香はリビングのドアの隙間から中をのぞき見ることにした。


中を見てみるとソファーに座って下を向く父と、肩に手を置く母、二人の後ろ姿が見えた。


「奈々にはわからないよ、会社での事は放っておいてくれないか?」


「会社の事はそうだけど、あなたの事が心配なの」


普段聞かない父の落ち込んだ声と、母の上ずった声が聞こえてきた涼香は、不安な気持ちで自室に戻るのだった。


 この様な日々が少し前から続くようになり、また別の不安が重なる毎日だった。


時に迎えに来る父の秘書である高山の話だと、父の弟である叔父が現在、橘商事で代表取締役をしているらしく父は、専務取締役という立場の中、その社内政治で忙殺されているそうだ。


 そのストレスが原因での体調不良、または精神疾患というのが医者の見立てだそうだが母は全く信用しなかった。様々な医者に診察に来てもらったが結果は、ストレスや過労など全員が似たような診断で原因は不明。母も色々調べて努力をしたが、改善はなくどうしていいのかわからなくなりふさぎ込むようになった。

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