1 繰り返される「悲劇」の勧誘
王宮の広すぎるユージンの執務室。すぐ隣のレティシアの部屋では、彼女がぶち抜いた壁を職人たちが突貫工事で修復する槌音が響いていた。
ユージンは机上で、アルベールが記した『養成所の運営指針や備品管理の記録』__本来であれば父アルベールを手伝うために目を通そうと用意した資料__を現実を逃避する娯楽のように目を落としていた。
(……現状の俺は、悪い夢を見ているようだ。本来なら……目が覚めたら俺は養成所に居て、義父に『おい、ユージン、訓練用の木剣を何本か新調するぞ』とか言われて、笑っているはずだったんだ……)
現実は非情だった。背後のスタンドには漆黒のあの黒鎧が主の帰還を喜ぶように、鈍い光を放っている。
「__ユージーーーン!見て、寝る間も惜しんで書き上げた最高傑作が出来たわ!」
先日、壁を蹴り飛ばして、オーギュスト王の部屋までも半壊させた張本人とは思えないほど、レティシアの笑顔は晴れやかだった。彼女の指先には、インクの香りが残る真新しい羊皮紙が握られていた。
「……レティシア。……あんた、自分の部屋が瓦礫の山だって自覚あるか?……職人たちが、必死になって壁を直しているぞ」
「あらぁ、そんな些細な事気にしなくてもいいわよ。……それより聞いて!あなたが休暇で居なかった間、寂しくて寂しくて……その溢れる思いをこの詩にぶつけたのよ。……さあ、私の騎士様。心を込めて、今ここで私に詠んで聞かせてちょうだい!今度、皆の前でお披露目することに……」
レティシアがユージンの鼻先に突き出した羊皮紙。
レティシア作:『夜明けの孤独と黄金の誓い』
漆黒を纏いし貴方の背に、私は迷い子の月を見る
その黄金の瞳が射抜くのは獲物か、それとも私の震える心か
ああ、その荒れた拳で、私の柔らかな鎖を解き放って
あなたの沈黙は愛の叫び、私はその胸に、永遠の奴隷を誓いましょう
ユージンは手元の養成所の書類をパタンと閉じると、冷めた黄金の瞳でレティシアを見上げた。
(彼が怒りを露わにする時、わずかだが瞳の色が変わっていた)
そして、おもむろに引き出しから、厚みのある別の羊皮紙の束を取り出した。
「……いいでしょう。詠みますよ……その代わり、私が書き上げた『辞職願』を続けて読ませて頂きますからね?……いいですね、レティシア様?」
「!……ちょっ、ちょっとっ!……何を言っているの?ダメよっ……‼ ダメッ‼」
レティシアは、ユージンの本気の眼差しに、思わず後ずさった。ここで彼を本気で怒らせて、養成所に引き籠られたら彼女の「観賞用王子様?」が居なくなってしまうのだ。
「……分かったわよっ!今回は、私の騎士は『急激な体調不良』で公の場には出られないことにして、この詩は私が詠むことにするから!……それで、文句ないでしょ?」
「……では、最初からそうしてください」
ユージンはため息をつき、今回は自分の勝利を確信した。そうして再び、目の前に積み上げられた課題書類に目を通し始めた。
この二人の攻防が楽しいです。




