Ep.42 アジュール・カレント ― まだ遠い相手
ハヤセが弓を下ろす。
「……やっと、変な詰まり方しなくなってきた」
レンジも短剣を払う。
「四人で動く時の間合い、ようやく見えてきたよな」
「うん。最初よりぜんぜんいいよ~」
マッチーが素直に返す。
そこでレンジの目が、エーテルの打刀とマッチーの斧へ向いた。
「その装備、やっぱ違うな」
「これ?」
マッチーが斧を少し持ち上げる。
「《環枝連壇》の人たちに作ってもらったやつだよ~」
エーテルも続ける。
「前にエメラルド・キャノピーで会った四人、いたでしょ。あの人たちが《環枝連壇》のメンバー」
その瞬間、レンジとハヤセの顔が固まった。
「……俺達がPKって言うのも、伝わってるよな」
ハヤセが低く言うと、マッチーは頷いた。
「うん。あの時言ったからね~」
レンジは視線を落としたまま、短剣の柄を握る。
マッチーはそのまま二人を見る。
「してきたことは、そのままだよ~。会った相手には、その時にちゃんと謝るしかないし、もうやらないなら、そのあと本当にやらないとこまで見てもらうしかないよ」
レンジが低く返す。
「面倒だな」
「面倒だよ。でも、そこ抜きで無かったことにはならないでしょ~」
今度はレンジも言い返さなかった。
ハヤセが小さく頷く。
「……分かってる」
エーテルが視界の端の時刻表示を見る。
「そろそろ戻ろっか。夕食の時間が近くなってるし」
マッチーが斧を肩へ乗せ直す。
「じゃ、一回戻ろ~」
ハヤセが弓を持ったまま頷く。
「了解」
レンジは短剣を逆手に下げ、前の足場へ目をやった。
「帰りも普通に出るよな」
「出ると思ってる方が楽だよ」
四人でペンタクルベースに向かっていると、エーテルたちの進行方向の水面が、急に盛り上がった。
縦に裂けた水の中から、長い蛇体が足場の高さまで跳ねる。青黒い鱗が濡れ、首の奥で渦を巻くような核が青く光っている。
「徘徊型だ!」
その声へ重なるように、徘徊型個体の尾が低く足場を払った。エーテルが半歩ずれ、マッチーが斧の柄を差し込むと、柄に重い衝撃が通る。尾はそのまま流れ、足場の縁から水を大きく跳ね上げた。
「おっも~い!」
マッチーが顔をしかめる。
徘徊型個体は首を引かない。そのまま核が脈を打ち、四人の足元の水が一度に巻いた。水流が輪になって足首へ絡み、前ではなく横へ引く。
「レンジ!」
レンジの体が足場の縁へずれた。短剣を突き立てても止まりきらない。
「収束、展開、硬化、遮断。――《メタルシールド》」
エーテルの前に薄い金属板が生まれる。続けて来た尾がそれを打ち、板が鈍い音を返す。その一拍でマッチーが踏み込んだ。
「紫電よ、宿れ! 刃に奔れ、雷鳴よ! ――《ヴォルトエッジ》!」
斧の刃へ紫電が走る。横からの一撃が首の下の胴を鳴らし、鱗の上で紫の線が散った。徘徊型個体の頭がぶれる。エーテルはその間にレンジのほうへ走る。
「清水よ集え。癒しを宿し、傷へ満ちよ。――《アクアヒール》」
水球がレンジの脇腹へ当たる。浅く裂けたところへ水が吸い込まれ、レンジが歯を食いしばったまま息を戻す。
「まだ動ける!」
「動いて、来るよ」
徘徊型個体は一度沈み、今度は足場の左右へ長い胴を回した。正面から突っ込む形ではない。左右の逃げ道を削ってから、頭を真ん中へ出してくる。
ハヤセが弓を上げた。
「芽吹け、絡め、逃がすな。――《バインドヴァイン》」
足場の継ぎ目から細い蔓が伸び、濡れた鱗へ絡む。締め切れはしない。けれど首の向きがわずかに止まる。そこへハヤセが矢を放った。矢が首の横をかすめ、徘徊型個体が頭を振る。その振りへ重ねて、ハヤセがもう一度口を開く。
「火よ、散れ。瞬きの隙を焼き付けろ。――《スパークフレア》」
小さな火花が核の前で弾けた。徘徊型個体の目線が一拍だけぶれる。
レンジが前へ出る。短剣を低く構え、足場を蹴る。
だが、その前へ水流が走った。徘徊型個体はレンジの膝ではなく、踏み出す先の石を狙って水を巻かせた。その水流によって、レンジの足が取られ、踏み込みが崩れたところへ、尾がレンジの横腹を打った。
レンジの体が足場を転がり、縁で止まる。助けに寄ったハヤセへ、頭がそのまま向いた。
ハヤセが短剣へ手をかける。そこへ徘徊型個体の頭が低く沈み、足場の高さで突っ込んでくる。胴体で押し潰すつもりだ。
そこへ、マッチーが割り込む。
「紫電よ、集まれ! この一撃に、電衝を! ――《ヴォルトインパクト》!」
振り下ろした斧が首もとへ入る。命中した場所で紫電がまとまって弾け、徘徊型個体の体がぐっと沈む。ハヤセがその脇へ転がるように逃げ、呼吸を乱したまま立ち直る。
「今ので止まらないのかよ」
レンジが吐き捨てる。
エーテルは答えず、徘徊型個体の核を見る。引き寄せ、横からの締め、踏み場潰し、尾の追撃。前に出た二人から順に崩しにきていた。
水がまた動く。
今度は四人の足元ではない。少し前の足場と、その先の飛び石のあいだだ。道の真ん中へ渦がいくつも走る。確実に動く場所を削ってきている。
「ここでやるの無理だね」
エーテルが言った。
ハヤセが短く頷く。
「離脱だな」
「レンジ、走れる?」
「走るしかねぇ」
エーテルは打刀を返した。
「マッチー、正面一回任せるよ。ハヤセ、右。レンジ、立て直したらすぐ左へ」
「おっけ~!」
徘徊型個体が頭を持ち上げる。核の光が濃くなる。次の引き寄せが来る前に、エーテルが詠唱した。
「帯電、収束、穿て、連なれ。――《スパークボルト》」
雷撃が首から核の周囲へ走る。濡れた鱗の上を電撃が走り、頭の向きが揺れる。
その直後、ハヤセが足場の端へ矢を打ち込んだ。
「伸びろ、穿て、足元から突き返せ。――《グロウスパイク》」
太い枝杭が足場の脇から突き上がる。徘徊型個体の胴が持ち上がり、巻きが一瞬ほどける。
マッチーがそこへ踏み込んだ。
「紫電よ、宿れ! 刃に奔れ、雷鳴よ! ――《ヴォルトエッジ》!」
斧が横から鱗を打つ。今度は押し切らない。切り返しを待たず、すぐ下がる。
「レンジ、今!」
レンジが走る。前へではなく、左の飛び石へ移る。その移動へ合わせて、短く火の詠唱を切った。足元で火が散り、水の膜を飛ばす。滑りが減る。レンジが次の石へ渡る。
ハヤセも続いた。弓を背へ回し、短剣のまま飛ぶ。徘徊型個体の尾が追う。
「収束、展開、硬化、遮断。――《メタルシールド》」
エーテルの金属板が尾の前へ出る。尾が板を打ち、鈍い音が鳴る。その横をハヤセが抜けた。
「エーテルちゃん、任せた~!」
マッチーが叫ぶ。
徘徊型個体の頭がもう一度低く来る。エーテルは打刀を引いた。
「収束、硬化、鋭化。――《シャープエッジ》」
刃の縁が細く光る。頭そのものは斬らない。伸びてきた首の横を一閃で払う。鱗を裂いたぶんだけ頭の向きがずれ、エーテルがその脇を抜ける。最後にマッチーが跳んだ。着地した石の上で振り返り、斧を構える。
「行くよ!」
四人は足場を続けて戻る。後ろで水が裂ける音が追ってくる。振り返るたび、徘徊型個体の長い体が水を割っているのが見えた。水律門の白い光が足場へ落ちるところまで来て、ようやく頭の位置が遠のく。
水律門をくぐったところで、四人とも止まった。
レンジが壁へ手をつき、浅く息を吐く。ハヤセは袖で口元の水を拭った。マッチーは斧の石突きを床へつけたまま、水律門の外を睨む。エーテルは水律門の向こうを一度だけ見て、それから三人へ向き直った。
「あれは無理だ。足場を潰される。あのまま戦ってたらやばかった」
レンジが短剣を納めずに言う。
「一発もらった時点できつい。何もかもがたりてねぇ」
エーテルは頷いた。
「前で受けるためのステータスが足りないし、削る火力も足りないね。今のままでも雑魚は倒せるけどね。でも、徘徊型は別ものだね」
レンジが壁から背を離す。
「悔しいけど、分かる」
ハヤセが弓を持ち直す。
「このまま戻るか?」
エーテルが言う。
「今のまま戻りたくないかな。雑魚だけ三戦やろう」
「それは賛成~」
マッチーがすぐ返す。レンジも短く頷いた。
四人は水律門の外へ戻り、手前の足場で一戦目。キリタマ二体が霧を吐き、ナガレヘビが一体、水を切って足場へ這い上がる。ミズカマスがその下を走る。ハヤセの《バインドヴァイン》で蛇体が鈍り、エーテルの《ウォータースフィア》がミズカマスを包む。レンジが短剣でキリタマを裂き、マッチーが雷を乗せた斧でナガレヘビを打ち崩す。
二戦目はコオリスライム二体、ミズカマス二体、キリタマ一体。スライムが足場の上で割れかけたところへ、ハヤセの矢が先に入る。レンジの火が目の前で散り、ミズカマスが跳ぶ角度がぶれる。エーテルの刃がその喉を抜き、マッチーの斧が残った一体を水際へ叩き落とした。
三戦目はナガレヘビ二体、キリタマ一体、コオリスライム一体、ミズカマス一体。さっきより全員の足が戻っていた。詠唱の声が重なっても、誰の前へ何が出るかが崩れない。最後に残ったナガレヘビをエーテルとマッチーが左右から詰め、倒した。
水律門を抜け、ペンタクルベースへ戻る。中央塔の光が白く床へ落ち、その上を人が行き交っていた。
エーテルがハヤセとレンジを見る。
「夜もやるの?」
ハヤセが迷わず答える。
「やる」
レンジもすぐ続いた。
「やる」
マッチーが笑う。エーテルも口元を少し緩めた。
「なら、ここで終わらせるのももったいないし、夜は別の場所で一緒に戦ってみる?」
エーテルの問いに、勢いよく返事をした二人に面を食らい、エーテルはマッチーを見ると、マッチーは満面の笑みを返すのだった。
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