ロザリーの言い分
私は、ロザリーが流した噂について、本人に聞いてみた。
ただの嫌がらせなのか。本当に誤解してるのか。
話してないから、そういえば、わからない。
だん!
お父さんが、背を向けて魚を捌くところだった。多分頭を切り落としたんだ。
やけに、大きな音だった。
普通のお客さんだったら、ここでそんな話をした時点で店外に放り出される。
お父さん、我慢してる。
私の黒いどろどろは、少し大人しくなった。
うん、そうだね。ここで、お父さんとお母さんの顔を潰すようなことはできない。
こんなに怒ってくれているんだから。私のどろどろは、そんなに頑張らなくてもいい。
ちょっと落ち着いた。
ロザリーは、ふっと、ニムルスを見た。
少し、眉尻が下がっている気がする。
ニムルスは、私を見ているので気づかない。
下を向いて、きゅっと口を絞り、ロザリーは話し始めた。
「……知りもしないで、申し訳なかったわ。あなたは給仕をしているだけなのね。先程、お父様とお母様にお聞きしたわ。
でも、やっぱり腑に落ちないのよ。私が考案した居酒屋がそばにあって、どうしてここが繁盛し続けているのか」
はぁ。思いっきりため息が出た。
「だから、それは説明したじゃない。客層が違うの。
うちは古くから来てくれる人もいるし、小さなお店でゆっくりしたい人もいるんだよ。
ねえ、なんでそんなにいざかやに拘るの?こうあんした、って何?」
本当に気になる。別にあっちはあっちで勝手にやってればいいのに。
というかロザリー、関係者だったのか。初めて知った。
ロザリーは、ぎゅっと眉間にシワを寄せて俯いた。
ん?何よ。言いたいことがあるなら言ってみなさいよ。
と、思っていたら、隣の煌びやかなおじさんが口を開いた。
「いや、本当に申し訳ない。うちの都合だ。
君たちを信用して話すんだが、ロザリーは、さる高貴なお方から預かっている子でね。
いずれその方の家に戻ることが決まっているんだ。
その前に、商売についても経験させておきたかった。
領地の経営にも、少しは通じるところがあるだろうから」
え、そうなんだ。でも、いざかや、成功してるんじゃ?
「実は、居酒屋には、コストに見合った売り上げがなくてね。メニューに使う斬新な素材が高価で、値段設定に合っていない。
だから、利益にあまりなっていないんだよ。
改善点は沢山あるのに、内情も見ずに、全くこの子は何をしていたのか」
煌びやかなおじさんに、わしっと頭を掴まれるロザリーは、とてもおとなしかった。
されるがままに、俯いている。
自信に溢れるクラスでの振る舞いが嘘みたいだ。
いざかやは、何がなんでも成功しなきゃいけないんだよね?
でも、それがうちにこだわる理由にはならないよね?
どうして?
何か、この金髪縦ロールは、まだ隠してる。
ただ、いじめたかったからいじめた、だけじゃないみたいだね。
ロザリーの頭を、大きな分厚い手でぽん、ぽん、と、軽く撫でながらおじさんは話した。
「実際、この子には才がある。考案するメニューや営業形態はとても斬新だ。
だが、いくら才があっても、任せるには早すぎたな。近くに良いものがあるなら、そこから学ばねばならん。
嫌がらせをして潰そうとするなど、人の道にもとる。謝りなさい」
ぐぐっと、ロザリーの肩に力がこもる。
何か、言いにくいことらしい。
なに。ごめんじゃないの?
黒いどろどろは、また私の中から出てこようと頑張り始めた。
やっぱり、こいつは、はんせいなんかしないぞ。
やっつけないと、いつまでもおんなじだぞ。
さあ、きずつけろ。にくめ。うらめ。これまでの分だ。いやな気分にさせるんだ。
「……でも!私の居酒屋は、もっと大きくなって、このお店も吸収合併して、この子もやとって」
……やとって?
黒いぐるぐるが動揺した。私を、雇う?あなたが?
「今、説明したろう。材料が贅沢過ぎるんだ。
居酒屋が大きくならないのは、この店のせいではない。他国から取り寄せる香辛料がいくらすると思っている。
計算がまだできないから、仕方ないのかもしれないが」
……まだちょっと考えがまとまらない。
とりあえず、いざかやはメニューに問題があるんだ。うちのせいじゃない。
そうだ。嘘のうわさを流して、さかうらみして、うちをつぶそうなんて、わるいやつだ。
そうだ。あやまれ。あやまるんだ。
ロザリーは、目に涙を溜めながら俯いてる。
よし、もう少し。
さあ、負けを認めろ。罪を認めるんだ。そしたら、黒いものがあなたをやっつけてやるんだから。
そんないいところで、ニムルスがしゃべり出した。
「うーんと、なあ、ここの料理を食ってからにしないか?自分の家のメシ以外、あんまり食べたことないんだろ?」
くう、今あいつ謝ろうとしてたのに。
ロザリーは、なんかニムルスを見ている。
少し口角が上がった気がした。
何、自分がかばってもらってるとでも思ってる?
ニムルスを、ぎろっと睨んでやった。
ふっ、と、ニムルスは笑った。
くっ、ちっともこたえてない。
ぐぐっとぐるぐるしたものがこみ上げてきた。
今度は、何か真っ黒だけじゃない。
なんだろう、違うものが混ざっている。なに?よくわからない。
「お前だって、ロザリーが、親に言われて口先だけ謝ったからって満足すんのか?納得できんのか?
俺だったら嫌だな。女としては最低の噂だったんだぜ?上っ面だけで簡単に許したくはねえ。
そうだろ?」
すとん。
こころに、言葉が落ちてくる。
やっぱりこいつは胡散臭い。
その通りだ。私の心でも読んでるのか。
なんか、テーブルの下で私の手を掴んできた。
なんでか、振りほどけなかった。
こくん。頷く。
ニムルスは、ただでさえタレ目がちの目を更に垂れさせ、微笑んで私の手を離す。
ぐるぐるした黒い気持ちは、蓋がされたみたいにどこかに消えていた。
やっぱり胡散臭い。魔法でも使ってるのか。
ロザリーは、ぎゅっと口を引き絞った。
ねえ、あごにうめぼしできてるよ。
しわしわだよ。
ちょっとぶさいくだ。黒くない何かが少しひっこんだ。