表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/51

神様の罰

金髪縦ロールは、ふむ、と口に手を当てた。

考え込む仕草になっている。


なんかね、似合ってるんだよね。そういう、仕草の一つ一つが。庶民離れしてるっていうかさ。


なんなのこいつ。散々うちのこと、嘘のうわさで傷つけてさ。何がしたいのよ。

私があんたに何かしたこと、ないよね?




「……それでも、やっぱりあの店はいかがわしいわ。大通りにきれいなお店ができたのに、どうしてまだ繁盛しているのよ。

あなたが、いかがわしい仕事をさせられているからではないの」


イラっとした。あっちはあっちで勝手にやってればいいでしょうが。

ちょっと言い返そうか。

せっかくの機会だ。たっぷりどろどろの気持ちをぶつけて……



「うちの店は小さいから、静かにごはんが食べたいひとに人気なんだよ。

新しいお店は、がやがやしてて苦手だって人が来るの。昔からの常連さんもいるし」



……あれ、普通の切り返しをしてしまった。


黒いどろどろ、もっとあいつを傷つけないと。

どこに行ったの。




「それでもおかしいわ!!」



かちゃっ。


ロザリーが叫んだちょうどその時、司祭様が、私の机と椅子を持って現れた。



「遅れてすまないね、ちょっとゴミ捨て場に大事なものが落ちていたもので。

さあ、授業を始めますよ。皆さん、座りなさい」



がたがたと、みんなが座る音が響く。ロザリーは、どかっと不満気に荒々しく席に着いた。


私の席は一番前だ。司祭様は、机をいつもの場所に置いて、ハンカチを出した。



「口が切れていますね。どうしました?」




これだ。これを待っていた。はずなのに。



「ちょっと転びました」



嘘をついた。

主犯がしゃべり出した今、司祭様に間に立ってもらう必要はない。うん、ない。


私に、わんわんくんを断罪しろと黒いものが囁いている。けど、さっきからこいつは弱ってしまった。

なんでだ。


多分、ニムルスのせいだ。実行犯も追い詰めようとしていたのに、やる気がなくなった。



黒いどろどろが、小さくなっていく。

悔しい。なんか気持ちいいのが、悔しい。


「いや、おれ「転びました」」


「だからおれ「転びました」」


「おまえなに「転びました」」



わんこ君が何か言おうとしたけど無視した。


司祭様は、頭を抱えてため息をついた。


「……まあ、よいでしょう。

神に賜わった教会の備品である机を、捨てた者。

捨てさせた者。あなたが転んでぶつかった者。

神の導きにより相応の罰はあるでしょうから」



はっとした。司祭様、全部わかってる?


相応の、罰。司祭様が怒ってくれるのかな?



「神は全てを見ています。人の行いを、全て。

その者達は、悔い改めない限り、己の心に苦しめられるでしょう。

リーナ、覚えておきなさい。罰は、神が与えるものです」


そっと、司祭様は私の頰に触れた。そして、明らかにロザリーの方を、じっと見つめた。


私の位置からは、彼女の顔は見えない。

どんな顔でこっちを見てるんだろう。

いや、見てないのかな?


反省、するのかな。

神様が、罰を与えるのかな。



いや、違う気が、する。

私は、声を上げなきゃいけないんだ。




神様の罰。

それは、己の心が己を苦しめるものだと、司祭様は言う。


それも、一つの対策かもしれない。

大人になって、取り返しのつかない過ちを犯すまで直さないであげるのも、いい仕返しなのかもしれない。

でもその間、その犠牲になる人たちはどうなるの。

その人が間違いに気づくその時まで、傷つきつづけるたくさんのひとたちのおもいはどうなるの。



また、黒いどろどろが少し盛り返した。


司祭様。違う。ちゃんと怒らないと、伝わらない時も、ある。


教義ができた太古の昔は、戦争も、暴力も、報復も、日常だった。簡単に人が死ぬ世界だった。だから、罪を償えといって人を殺したら、その殺した人がまた殺される、連鎖が起こる。

そんな時代には、画期的だったと思うよ。


でも、平和的に伝えられるなら。

嘘の噂を流したその罪を、明らかにしてもいいと思う。神様なんか待ってたら、次の犠牲者が出てしまう。


ぐるぐるぐる。黒い気持ちが盛り返してきた。



「リーナ、その傷は自分で治せますね?」


こくりと頷く。

まだ習っていない、最上級生しか使えない治癒魔法。しかも適性がなければできないそれは、私には簡単なことだ。


手を当てて少し集中する。すうっと傷は消えた。



「……うそ」


あ、教室を出ようとしていた女の子だ。

うん、君は多分中立だから、許す。


ロザリー以外には、なんだか寛大な気分なんだ。



「あ、魔法は習ってないのも一通り使えるよ。何か困ったら言ってね?」


振り返って、にっこりと微笑んでやった。ロザリーにも見えるように。



ぐぎぎぎ、と、手元でハンカチを引っ張っているロザリーは、先生の前で事を起こす気はないようだ。


また、ふう、と、司祭様がため息をついた。



「……リーナ、あなたは、もう専門校に行った方がいいかもしれません。

商学校や冒険者養成所、貴族が通う学校にも特別生として、あなたなら私が口利きはできますが……」



「お父さんが、この学校に行けと言ってたので。相談しないとわかりません」



「……わかりました。では、授業を始めます。それで、よいのですね?」


こくり。頷く。机のことは、まあ、なんだかどうでもよくなっていた。




司祭様の、もう知っている話をつらつらと聞きながら、窓辺をそっと見遣る。

ニムルスは、こちらを見て、にやっと笑った。


黒いどろどろは、あいつに蓋をされて抑えられているみたいだ。

カラムだけじゃない。どろどろが活躍できなかったのは、あいつのせいだ。

目があって、笑顔を向けられる。


はじめての、教室での私の味方。


それだけで、黒いものはすうっと奥にしまわれた。



悔しいけど、そのあとしばらく、出ては来なかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ