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追跡、失敗


月明かりだけが頼りの、下町の裏道。

頭を丸めた男が、肩を揺らしながら歩いていく。


俺は、それを屋根の上から見ていた。黒猫も一緒だ。頼むから鳴き声とか出さないでくれよ。


男は、歩く。下町の、更に南の方。

屋根を伝って後をつける。こっちは基本的に上からだから、見通しはいい。うん、いい調子だ。


段々と、道が狭くなってきた。本当に暗い。こいつは、本当にもとからこのあたりの住人なんだろうな。迷いなく歩いていく。


このあたりは下水道も満足に設置されていなくて、水場もトイレも基本的に共用の区域。木造の建物が多くなってきて、屋根の上じゃ足音が気になってきた。



仕方ない、降りるか。



適当な裏路地で、下に降りる。ちょっとクロに爪を立てられた。なんだよ。大人しくしろって。




首に、違和感が走る。


とっさに、後ろに跳ぶ。路地に出てしまうけどしょうがない。

今のは、刃物の気配だ。


「兄ちゃん、人んちの屋根の上で、何やってんだ?」


ぬっと現れたのは、傷だらけの男。眼帯をしていて、隠しきれない目元の傷が、片目を失っていることを物語っていた。

冒険者くずれか。油断ならない気配。体が大きく、普段から戦っているのが一目でわかる。この人、現役だ。片目がそんな状態で、何と戦っているのか。ちょっと聞きたくない。


「ごめん、ちょっと迷っちゃって。もう帰るよ」



ははっ、と、後ずさりする。

ここで騒がないで穏便に済まさないと。あの男に気取られたらやりにくくなる。


やりあっても、勝てるけど。よし、逃げよう!


じり、と、後ずさりすると、どんと背中が何かにぶつかった。



囲まれてたか。まずい。とりあえずクロを屋根上に放つ。

しょうがないか。死んだら元も子もないし。


ぐっと手に力を込める。後ろのやつを倒して逃げるのが一番簡単……




「俺の連れが、邪魔したな。今度何か奢るわ」



声が、降ってきた。


「なんだよ、ダルク、お前の連れか。連れ、なんだな?」


「ああ、そうだ。問題ない。こんなチビに何ができる?そう殺気立つなよ」


はぁ、と、片目の男がため息をつき、エール一樽だぞ、と言って去っていく。


一樽って多くないか。おい。




そっと後ろを振り返ると、そこには。

あの闇市にいた男。頭を丸めた、顔に傷のある、肩を揺らして歩く癖のある。



「よぉ、兄ちゃん。お使い、じゃ、ねえよな」



ダルク。



「いや、ニムルス君、か。何しにきた。俺に近づいても、アリスは戻ってこないぞ?」



わかってるよ。話は通じそうだな。


「保護しに来た。カーライルから狙われてるだろ」



ダルクの目が、ぎらりと光った。

まずい。身を引こうとした、その時。


「あー。詳しい話、聞かせてもらえるか?」



鼻と口を、なにかの布で覆われた。ものすごい力で押さえ込まれ、俺は息を吸ってしまった。


薬だってことはわかってんのに。


俺の視界は暗転した。





目が覚めると、藁の上に寝かされていた。


驚いたことに、縛られていない。手足は自由だ。

今、何時くらいなのか。クロは本当にディアスさんちに戻ったのか。


「目、覚めたみてぇだな」


がたん、と、近くのテーブルに座ってたダルクが、近くの水がめで水を汲む。


コップだった。俺に、差し出してきた。


いや、この状況でそれを飲むほどバカじゃない。俺はぷいっとそっぽを向いた。


「はは、大丈夫なんだけどな。まあ、間違っちゃいない。お前さん、筋モンか。そうは見えなかったけどな」


まあ、そんなようなもんだよ。


「すまんな。あそこで俺が舐められるわけにゃいかんかったんだよ。お前が俺の知り合い扱いになっちまうと、お前も狙われるからな。引きずって連れてった、って建前が必要だっただけだ」



そのままそのコップの水を自分でごくりと飲み込んで、とんとテーブルに置く。



「ちょっと距離がある方が安心だろ?俺はここにいる。ちなみにお前の後ろの窓から外に出られるぞ。ここは3階だが、下に藁が敷いてある。充分に逃げられるな」


ふと、窓の外を見た。本当だ。


「で?お前さんどこの人間だ?カーライルか、それともハルデンツェルトか。どっちにしても、俺の命はないわけだが、保護ってどういうことだ」



ん?ハルデンツェルトにも狙われてると思ってんのか?


「……なんでハルデンツェルトがおまえを狙うんだよ」



ははっ、と、ダルクは乾いた笑い声を上げた。


「ああ、そうか、ロザリーちゃんの独断かな?悪いがな、そっちに行っても俺は消される。ロザリーちゃんの秘密も俺は知ってるんだからな。

ロザリーちゃんはわからんだろうが、ご実家の考えはそうなんだよ」


はぁ、と、ダルクはため息を吐く。


「……詰んだ。完全に、詰んだよ」



なんでだ。俺を殺すって選択肢は。


「お前を殺さないのかって目だなそれは。お前が急に消えてみろ。直前に行ってた闇市が怪しいってことになるに決まってんだろうが。俺には、本当にもう、逃げ場がねえんだよ……」



そうだよな。知らなかったよな。


「まさか、国から出られないなんて、わかんねぇもんな」



つい、口から出た。


「……なんで知ってる。国境で情報は統制されているはずだ」



睨むような目に、変わった。

心臓が跳ねる。情けねぇ。落ち着け俺。ダルクは俺を殺せないってさっき聞いたばっかりだろ。



その時、天井から、とととんと、音がした。

次に窓の外から、するりと入って来たものがあった。



黒い猫は、俺のひざの上に乗って、にゃあと鳴いた。

あ、ここ、すぐ上が屋根なんだ。


音は3つした。てことは。


「よ。待たせたな」



窓から器用に入って来たのは、親父と。




「ああ、これはひどいな。改善が必要だ」



おじさん。国王その人だった。

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