お手伝い
兵士の家の朝は早かった。
まず、水汲み。これが一番きつい。
カイルの家は5階にある。家事の都合上、低階層の方が家賃が安いんだけど、年の近い子供が三人いるもんな。
カイルの妹のラーナちゃんは、カイルのひとつ下で、この秋学校に入学する。
赤茶色の瞳、ふわふわしたくせ毛。柔らかい印象だ。色素の薄いちょっと赤毛のかかった髪が、丸顔をしっかりして見せている。
ラーナちゃんは、いつもは朝の時間、ごはん作りのお手伝いや城門の外に薪を拾いに行ったり色々手伝いをしていた。
俺が家事を手伝うようになってからは、朝の時間はカイルの教科書を使って予習するようになっていた。
いつか、城の仕事をするのが夢なんだそうだ。
……ごめん、それ多分城の文官のことだと思うけど、平民の学校で最優秀の成績を出し、貴族魔法学園に推薦を受けて合格、卒業しないと平民じゃ、就けない職業なんだよな。
更に、貴族がゴロゴロいるから差別もひどいぞ?
どこまでわかってるんだろう?
でも、やる気をくじくようなことは言わない。
こんなに頑張ってるんだ。兵士の娘なんだから、どこかに働き口はあるはずだ。
無駄にはならない。頑張って大きくなれよ。
だから、応援の意味も込めて、薪集めも水汲みも率先してやった。
たんたんたん、階段を二段飛ばしで駆け下りて、井戸に向かう。
この時間は激戦だ。みんな水を汲むから、早く汲み終わって持って行って早く列に並ぶ、それをひたすら繰り返す。
……うん、下町に井戸、絶対足りてない。今度言わなきゃ。
「あ、ライルさんとこのいそうろう、だ!おはよー」
顔なじみの、近所の女の子だ。まだ5才くらいか。
「ああ、おはよう。今日はあったかいね」
継ぎの当たった、ちくちくする服の袖で、額の汗を拭う。
季節は段々と夏に向かおうとしている。潜伏しているはずの奴は、どう過ごしてるんだろうか。
「えへへ、今日は私の方が起きるの早かったね!」
「はっ、運ぶ速さで抜いてやるよ」
この子とは、ちょっと水汲みライバルだ。少しだけ、素直に楽しい。
水を汲んだ瞬間、こぼれないか心配になるくらいの速さで駆け出すその子を、周りで食器洗いや洗濯をしている大人達はにこにこして見守っていた。
「ほら、早くいかないと負けちまうよ!」
ばしっと背中を叩かれて、笑い返して俺は階段を登っていく。
うん、馴染んでる、俺。ここは、外国からやってきた、肌の色も違う人間だって多い。俺の髪や目の色なんて気にする人はいない。ましてこんなに薄汚れてちゃな。
うん、やっぱり大丈夫だ。
「でもさ、おばちゃん。あんな小さい子がいつも外に出て大丈夫なのかな」
「ん?どうしたい」
「北の街の方でも、小さい女の子が急にいなくなったって聞いたよ。噂だと、このへんに隠れてるんじゃないかって」
はっはっは、と、笑いながらおばさんは否定する。
「このあたりでよそ者がいたらすぐにわかるよ。あんちゃんも新顔だろ?家出なんてするもんじゃないよ」
叱られてしまった。このへんに住んではいないのか、それとも元々このへんに拠点があったのか。……なら、ちょっと面倒だな。別の場所で聞いてみるか。
さあ、これで大丈夫だろ!
水でまんたんになった古い木の桶を抱えて、こっそり二段飛ばしで階段を上がる。
こんなの訓練にもならない動きだけど、人に見られてたら異常だとは思われるよな。水が入った桶は、成人でも重くて軽々とは運べない。まして、急いで動くと普通はこぼれる。
うん、大丈夫。見られてない。
不自然にならない程度に、急ぐ。早く次の仕事もやらせてもらえるように。
一滴も水をこぼさずに、階段を上がり終える。
「水汲み終わったよ!洗い物しようか?学校までまだ時間あるからさ」
台所にある水瓶をいっぱいにして、得意げに俺はカーラさんに向き直る。
ふふっと笑って、カーラさんは俺を撫でた。
「そんなに気合を入れなくてもいいんだよ?あなたのことはディアスさんからも頼まれているからね」
ぶんぶんぶん!俺は首を振る。
「俺んちは、兄弟がいっぱいいるんだ。いつか俺も、家を出て生活しなきゃいけない。だから、お手伝いは勉強なんだ!」
ふぬ、と、胸を張る。ちょっと本気だ。
俺の役目は、下町のみんなの平和を守ることだと、俺はまだ思っている。嘘はついていない。
「お金もあんまりないからさ、きっとこのあたりで暮らすことになると思うんだ。だから教えてよ!」
はぁ、と、カーラさんが呆れたようにため息を吐く。
「ディアスさんのように、王都で正規の受注をするには、それなりの外での冒険の実績が必要になると思うのだけど……まあ、地盤を継ぐ、という考え方も、冒険者にもあってもいいかもしれないわね」
カーラさんは、すっと木札を差し出した。
「あのね、ラディッツが足りないの。あとは、穀物類ね。豆類も。どんなものでもいいから、なるべく量があって安いものを、この通りの家で買ってきてくれる?」
おつかいだ。闇市に行ける!情報の宝庫だ!!
「わかった!頑張るよ。行ってきます!」
「あっ、待って、袋をちゃんと持って行くのよ!」
カーラさんに渡されたのは、麻の大きな袋。そっか、荷物抱えるの大変だもんな。
うん、これなら丈夫だから、荷物が重くなっても大丈夫だろう。
「ありがとう、カーラさん!」
よし。俺は、闇市に向かって駆け出した。




