強制イベント発生 前編
私の家の前に立ちはだかる、大きな体のひげのおじさん。
緑の髪をひとつにまとめて、額の傷を隠そうともしない。勲章だとでもいいたげだ。
どうしよう。家にすら入れない。
何しにきたの。
こわい。こわいよ。
「……今日、依頼はないはずですよね」
精一杯強がった。声は、ふるえていた。
にやり、ダルクさんは笑う。
「ああ、ねぇな。お宅のは、ね」
つかつかと、ダルクさんは近づいて来る。私は同じくらい後ずさって、距離を取る。
「こっ……来ないで!!」
さっと、さっきもらった赤い魔石を突きつける。
これがあれば、ダルクさんを吹き飛ばすことだって、きっとできる。
「うわ、物騒なもん持ってるなー。誰にもらった?それも調べなきゃなんねぇか……めんどくせぇ」
くっ、あんまり効いてない。
「帰ってください。でないと、怪我しますよ」
ダルクさんは、目を丸くして。
ぶははっ、と、大声で笑われた。何よ。
何やら、満足げにこちらを見ている。なんなの、なんか違う。
「こんなとこでそれ使うのか?ここ半壊するぞ。怪我人がたくさん出るだろうなぁ。お前のせいで」
つかつかと距離を詰めて、狭い石造りのつ階段を降りて来る。階段の踊り場に、私の背が、つく。
「大丈夫だよ。あんたを可愛がってくれる高貴な方に、会わせてやりたいだけだ」
一歩、一歩、そっとダルクさんは近づいて来る。
魔石を、ぎゅっと握りしめた。
「俺はここにはもう来ない。用が済んだら、他の街にずらかるからな。それも持ってていい。それならどうだ?」
とうとう、私の目の前まで、来てしまった。
すっ、と、しゃがんで私と目線を合わせ、ダルクさんは話す。
「言っとくが、貴族なんて関わるもんじゃねえぞ。あいつら子供すら駒としか思ってねぇ。だけどよ、お前の母ちゃんは、救ってやれる」
え、なんて?お母さんがどうしたって?
「知らねえのか?まあ、知らねえよな。
お前の母ちゃんはバレてないと思ってるが、ノーリス男爵家は、お前の父親の息がかかってる家だ。最初から逃げられてなんかなかったんだよ」
かたかた。どこかから、音がする。なんだろう。
「おとう、さん?」
ふっ、と、ダルクさんは、なんだか寂しげな笑い方をした。
「ちょっと場所変えるぞ。家は嫌なんだな?じゃあ、どこか誰かに聞かれないような、小さな公園なんかいいんだが、どこがいい?」
……譲歩してきた。あんなに図々しかったのに。
様子見は、得意だ。このひとは悪いひとだけど、今だけは、なんだか正直になっている気がする。
話は、聞いておくか。
「ある。教会の、裏庭が、近い」
街灯があるから明るいし、人通りもそれなりにある。見通しも悪くない。あそこなら。
ははっ、と、ダルクさんは笑った。
「さすが高級住宅街だな。……それだけの給金をもらえる仕事にありつけたことを、お前の母親には怪しんでもらいたかったもんだが。
今言っても始まらねえ。行くぞ」
ダルクさんは、私を素通りして、階段を先に降りだした。
ふっと、腰が抜けそうになるのを必死に我慢する。
震える手で、手すりをつかみ、できるだけ堂々と、歩く。
様子見は、得意だ。この人は、舐められると対応を変えるみたいだ。魔石だけでこんなに対応が変わった。
舐められなければ、ちゃんとした話が聞ける。
お母さんが危ない。お父さんは、悪いひとなんだ。
やっぱり、お母さんは、おてつき、だったんだ。
しっかり、しなきゃ。
少し歩くと、教会の北側のお庭に着いた。
緑がたくさんあって、湧き水も流れて小川になっている。
通りから見えない、でも大声を出せば聞こえる程度の位置のガゼボを選んで、ダルクさんと二人で座った。
心臓がばくばく言ってる。落ち着け。落ち着け私。
ダルクが、私を見ながらぼりぼり頭を掻いて話し出した。
「さて。ちょっと話すか。お前、この後予定なんかないよな?ずいぶん走り回ってたみたいじゃねえか」
くっ。恥ずかしいけど、私の服は汗と涙でぐしゃぐしゃだ。バレバレだったか。
「魔石、あれだろ。同じクラスの、ピンクの髪か金髪からもらったろ」
ぴく。なんで?なんで二人のこと知ってるの?
「……多分こうやって話せるのは最後だから言うが、俺は最初から、お前を監視兼、護衛してた」
「監視と、護衛?でも、薪が……」
ふっ、と、またダルクさんは笑った。
その顔は、ちょっと優しいと思うくらいだ。あんなに嫌なやつなのに。
「なんかお前見てるといらいらしてよ。反抗させたかったんだよ。一つケンカでもして、仲直りしたら警戒も薄れるし護衛しやすいだろ?子供とは思えねぇお前の態度で、失敗続きだったが」
ぽん、と、頭に手を置かれる。
あ、なんだろう。こういうの、すごく、久しぶりだ。
「ごめんな。怖かったろ。よく考えたら、家に一人きりだったもんな。他のやつみたいに、素直になれねぇんだよな」
がしがしがし。頭を撫でられる。三つ編みの髪がほぐれてぼさぼさになる。でも、気にならない。
「お前の父ちゃんは、カーライル伯爵家当主の、バートラムってやつだ。本当の俺の雇い主はそいつなんだよ」
伯爵家。ええと、ロザリーは公爵令嬢だから、それよりは下か。まあ、上の貴族ほどお家争いを怖がって、庶子なんか作らないからね。ぎりぎり本当っぽい。
「ちょうどお前の年の子供が欲しくなったらしい。多分貴族の学校で何かやらせる気だろうな。気をつけろ。政変がらみだぞ」
ん?わかんないことが出てきたぞ。
「政変って、なに?」
「お前本当に学校でぼんやり過ごしてたのな。
身近に怪しいやつ、何人もいたろうに。……まぁ、子供だしな」
ぽんぽん。頭をまた、撫でられる。
「今の王は、玉座に座らないって話、知ってるか?」
こくり。頷く。ロザリーも読んでた英雄譚だ。
「その英雄は、国の基礎を守る精霊を、鎮めたらしい。戦ったとかそんなかっこいい話じゃなくてよ。
ただ話して、意気投合して、説得した。それだけだ。 まあ、強くねぇと精霊となんかしゃべれねぇけどな」
ほえ。そうなんだ。なんか龍とかと戦ったのかと思ってた。
「王家は、代々精霊と話ができる血筋だから王家でいられた。だが、今の王にはなぜかそれができない。この国のどこかに隠れてる英雄か、王弟が代行しているらしいな」
こくこく。頷く。
そう、それでこのゲームの世界の題名に、隠された王国って、ついてるんだ。それは突き止めてた。
「大丈夫か?ちゃんと話、ついてきてんのか?
……ははっ、大丈夫か。あれだけ用心深いんだもんな。頭はいいよな」
ふっと、笑って、ダルクさんは続ける。
「最近になって、精霊は誰の呼びかけにも応えなくなった。王弟すらダメらしい。
だから、王位を他の王の血族に譲るべきだ、という一派がいる。それがお前の父ちゃんがいる一派だ。お前のクラスの金髪ちゃんとは、逆の派閥だな」
政変。ロザリーと、逆。つまりは。
「お前はあの金髪ちゃんと戦うことになるが、もう避けられねぇ。お前、昔からとっくに、父ちゃんの手中にいるからな」




