失意の帰宅
「……わかりました。司祭様がそうおっしゃるなら、しょうがないですよね。ごめんなさい、おじかんを、いただいて」
足が震える。私は、このひとたちの敵なんだ。
黒い絶望感が、湧き上がって私を満たす。
目眩がする。頭が真っ白になった。
何かが、聞こえる。私のこえだ。うん、何か言い訳でもしてるんだろう、私のことだから。
そのまま、自分の口から無難な言葉が滑り落ちるのに身を任せた。多分うまくやっているだろう。私はそういう奴だ。
様子見をするべきだった。少なくとも、いきなりこうして突っ込んでいくべきじゃなかった。
……早めに立ち去ろう。
ぺこりと頭を下げると、ロザリーから投げつけられたものがあった。
反射的に受け取る。それは真っ赤な魔石だった。
「それ、あげるから。危ないときは使って。よく、考えてね」
「……ありがとう」
どうして?
普通は渡さないよね。私が怪しいと思ってるなら。
ロザリーの顔は、複雑に歪んでいる。何か言いたげで、でも、押し殺しているような。
これは、私自身が疑われているわけではない様子だ。
ちょっとだけ気持ちが楽になって、はたと気づいた。
魔石が必要な状況だっていうことも、わかっているってこと、だよね。
それでも教えられないって。ああ、これは無理だわ。
リーナは、無表情でこっちを見ている。何も言わない。なにも、うごかない。
様子見だ。リーナが様子見をしている。うそ。こんな子だったっけ?
……わざとか。そうか。そうかも。
リーナなりの、報復なのだろうか。
医務室で楽しく話したリーナは、嘘だったんだろうか。
そんな中、カイルはおろおろするばかり。
話ぐらい聞いてやれよ、何でそんなに機嫌わるいんだよ、けんかしてたのか?どうしたんだ?
うん、空気が読めていない。それでこそカイル。
かわいそうね。巻き込んでもいけないし。もう行こう。魔法を教えてもらえないことは、よくわかった。
「ごめん。ありがとう。さようなら」
みんなに背を向けて駆け出す。絶望感でいっぱいだった。
私は貴族に関わりのある家の子供だ。スパイだと思われているんだ。私は関係ないのに。何もしてないのに。
ただ、家でひとりだから怖くて強くなりたかった。
それだけだ。
通り過ぎる家々から、美味しそうな匂いがする。
子供達の笑い声、共に笑い、時にしかり飛ばす母親の声。
遠い、遠い憧れの世界は、私の周りに満ちている。
私だけが置いてけぼりだ。いつもひとりで、ナイフを隠して震えている。
何かが、頬を伝う。せめて、せめてつよく、なりたいのに。
どこを走っていたんだろうか。どうやって辿り着いたのかは思い出せない。気がついたら、教会にいた。
はっと思いついた。そうだ。元々は、司祭様と話してからロザリーはあんな風になったんじゃない。
司祭様に話したい。私には私の事情があって、強くなりたいのだと。説得できれば、あるいは。
ねえ、司祭様。
どうして、私は魔法を覚えてはいけないの?
どうして、強くなってはいけないの?
どうして、しらないひとのいいなりにならなきゃいけないの?
調節ができない。走り続ける私の息は上がったままで、空気を求めて活動する肺に応える喉は、痛みを増してきていた。
司祭様は、ご自身のお部屋にいなかった。
だったら、礼拝堂だ。
礼拝堂のドアは、うっすら空いていた。
誰か、いる。
「ですから。ここに、栗色の髪の毛と栗色の目の色の女の子が、入学しているはずなんです。今年の秋で11才なんですが。あなたなら、ご存知ですよね?」
後ろしか見えないけど、高そうな服を着た白髪のおじいちゃん。高位の貴族の使用人らしい。立ち振る舞いが、貴族のそれだ。
司祭様は、ふるふると首を振る。
「残念ながら、生徒が多いもので、心当たりが……。申し訳ありません」
おじいちゃんは、更に司祭様に詰め寄る。
「ならば、授業を見学させて頂きたい。必ずいるはずなのです。彼女がどれだけ危険な立場にあるのか、あなたはご存じない。今のうちに話しておいた方が、彼女の身と、あなたのためですよ」
……脅しだ。いけない、ことだ。
様子見は、得意だ。
怖い。このひとは、怖いひとだ。
どうしよう。教会もダメだ。お母さんに会いたい。でも、お母さんがいる貴族街には、門を潜らないと行けない。通行証を、私はもっていない。
結局、とぼとぼと、家に帰ることになった。
うちは、大通の北側、比較的治安のいいところにある。お母さんが帰りやすいように、貴族街に近いところに住んでいるんだ。あんまり意味はないけど。
下町みたいに、地域のつながりがたくさんはないから、うちみたいな事情のひとは住みやすい。
教会からも近いから、すぐに着いた。
そうして、長い階段を上がって、部屋にやって来ると。
「よう。遅かったじゃねえか」
……依頼もないのに、ダルクさんが、いた。




