わんわん君 卒業の試練 中編
教室に入ると、5人が前に出て待っていた。
ザムと、木工職人の息子イリオ、ニムルス、リーナ、司祭様。
……司祭様!?
司祭様は、その長い白髪をかき上げて、ふっ、と嗤った。
「私も昔は、教会の職務でよく……ふふ、この先は神の怒りに触れますから秘密です」
ああ、正義の戦いとは、心躍るものですね、と、力こぶを見せつけてこちらを見やる。
……ちょっと待って参加するな見届け役!!
「さあ、最初の試合はイリオとよ!位置について!レディー!!」
リーナまてまてまだ座ってねえ!!
急いでイリオと俺は椅子に座って身構える。
「ゴー!!」
合図と共にやっと手を握った。あ、まずいちょっと肘の位置が悪
がん!!
……あれ。
「勝者、カイル!!」
わあぁぁ!ぱちぱちぱち。
周りから拍手が聞こえる。え、あ、あれ、勝ったのか。
俺の右手の下になったイリオの手は、赤く腫れてきていた。
え、うそ。まだ力入れたつもりねぇのに。
「いってぇぇぇ!!わ……カイル!なんだよそれ。どうやったんだよ!!」
真っ赤になって手を押さえるイリオ。いやそれ俺が聞きたい。
「え、と、わざとじゃないんだ。ごめん」
そこに、すっとロザリーがやってきた。
「カイルはリーナの家で、特訓を受けているのよ。お手伝いを兼ねて、ね。本当にわざとではないと思うわ。許してあげてくださらない?」
すっ、と、イリオの手にその擦り傷だらけの細い指を添える。
ふわっと緑色の光がにじんで、イリオの傷は治っていった。
……ちょっと待ってそれ最終学年で覚えるやつ。
ロザリー、もしかして、リーナんちに泊まり込んでるのって。そうなのか?勉強、してるのか?
なんか、また、ロザリーが遠く感じた。
ちょっと、なんか、もやもやする。
「次は俺だ!犬っころめ、早くやるぞ!!」
腕をぶんぶん振り回してきたザムの声が、うざい。
「いっつも勝負じゃ互角だったからな。俺が上だって、証明してやる!」
いや今ちょっと忙しいんだよね。
「さあ、ほら、おすわりって言わねえと分かんねえか?」
俺もう座ってるけど?
「ほら早くやるよ!レディー…」
「一生俺の犬として飼ってやるよ!」
なぁ、さっきからさ。
「ゴー!!」
「うるせえんだよ」
どん!!
一瞬で、勝負はついた。
ザムの手は、机にめりこんでいた。
いてぇぇぇ、とか、周りの歓声とか、色々聞こえてきたけど、なんか遠かった。
こいつこんな奴だったか?
なんかちがう。ちがう。ちがう。
うまく言えないぐるぐるしたものが、喉の奥につっかえて、すごく気持ちがわるい。
金色の巻き髪が、また、魔法を使うのを、俺はただ、呆然と見ていた。
わぁぁぁぁ!ぱちぱちぱち。
みんなは拍手喝采で祝ってくれる。カーイール!カーイール!と、俺の名前を呼ぶ声も、聞こえる。
その中に、ハンカチ屋の声が混じる。
はっと、我に返った。
ザム。お前、ほんとにやばいぞ。
「ちくしょう!どんなズルしたんだ!俺とお前はおんなじくらいだったじゃんか!」
がたんと椅子を倒しながら立ちあがり、ザムは俺の前に来て胸ぐらをつかんだ。
その手を、ぐっとつかんで、ひねりあげる。
ザムの、悲鳴が聞こえた。あれ、これ、どんくらい加減すればいいんだ?
ちょっと弱めておいた。それで充分、だった。
「……なぁ。お前、言わなきゃなんねぇこと、あるだろ」
たのむ。ザム。俺になるな。ならないでくれ。
「なんだよ!犬じゃなきゃ、たぬきだ!今まで俺を見下してたのか!?本気でやってなかったのか!」
はぁ。ため息をつく。
「ちゃんと本気だったよ。力がついたのはほんとに最近になってからだ」
ぐっ、と、ザムの口がへの字に曲がって、ぷるぷる、ふるえ出してきた。
いやダメだろ。男が泣くなよこんなとこで。
「それよりさ。お前、俺みたいになんの?言わなきゃなんねぇことも言わねぇでさ。お前は何の動物になるんだろうな?」
どん、と、突き飛ばす。その先には、ハンカチ屋こと、アリス。
「……あ」
よろめいたザムは、アリスにぶつかりそうになった。
アリスは、ちゃんと、ザムを支えた。
「……なに?」
ザムは、無言でじっと、下を見ていた。
俺は、後ろに立って、ザムに言った。
「友達だと思ってたから、言うんだぞ。俺は、まだリーナに言えてないことがある。だいじなことだ。わんわん言われる原因になったことだ。お前に落書きされた内容だ」
ザムの肩を抱いた。ザムは、まだ下を向いていた。
「なぁ、お前はほんとに、あんなことして、そのままにするやつなのか?俺が言えることじゃないけどさ」
下を見ていて、ザムの顔は見えない。
ぐっ、と、拳を握ったのがわかる。
ダメか。ダメなのか。俺もできてないもんな。こんな風に、えらそうに、ほんとは言えないもんな。
「ふふ、そういえば、初対面で髪も引っ張られたわ。あれは痛かったなー。あれも、言われてないこと、あるなー。未来の兵士のライバルは、何にも言わないのかなー」
ハンカチ屋が、ザムをのぞき込む。その顔は、晴れ晴れとした、笑顔だった。
いいやつなんだな。根に持ってない。ただ、促してるだけだ。ひどく強く殴られたのに。
誰かさんが傷をきれいに治してくれているおかげも、あるかもしれない。けど、それでも。
それが、こいつにまっすぐに届くのか。
教室は、しんと静まり返った。
「…………ごめん」
ザムの、一言が。聞こえた。
ぱち。ぱち。ぱちぱち。
司祭様が最初に。みんなが続く形で。
少し、拍手が聞こえた。
ぽた、ぽたと、室内なのにザムの足元に、水が落ちる。
ハンカチ屋は、やっぱり、ハンカチを取り出した。




