わんわん君 卒業の試練 前編
教室に入ると、みんながもう集まっていた。
そこにアリスも紛れていた。
いつもぎりぎりの時間に来るリーナも、今日は来ている。
なんだ、俺、早めに来たのに。全員いる?
今日なんかあったっけ?
机が、教室のわきに片付けられて広くなってる。
ぽつんと、ひとつだけ真ん中に置かれた机と、それを挟むように並べられた、二つの椅子。
ちら、と、リーナを見る。
にやりと、いつもより一段と悪い顔で、リーナは嗤った。
ぞっとした。
なにが、始まるんだ。
ぱん!と、リーナが手をひとつ叩いた。
「さて、今日は、カイル君のわんわん卒業式、腕ずもう大会を開催します!!」
ぱちぱちぱち。みんなが拍手している。
え、なんだよちょっとそれ聞いてねぇ。
「ルールは簡単。みんなで腕ずもうして、勝った5人、カイル君に挑戦してもらいます!男子は強制出場、女子はエントリー制!
勝った人は、カイル君をわんわんって言っていい権利を獲得しまーーーす!!」
ぱち、ぱち。
まばらな拍手が響く。
そうだよな。微妙すぎるだろこれ。
昨日の今日だぞ。なに考えてんだ。
「ちなみに、権利を獲得したひとには、うちのご飯を一回無料で御招待!みんな、うちのごはん、おいしいかーーー!!」
ぱちぱちぱち!!おおおおお!
今度は威勢のいい返事が返ってきた。
「みんな、わんわん君のこと、すきかーーーー!!」
ぱちぱちぱち!!ばーかばーか!
……最後!お前だろザム!!
「さぁて、最初のカードは、くじ引きで決めます!この箱の中の木札を取って!わんわん君……間違えたカイルは、5人の挑戦者が決まってから勝負ね!」
「見届け人は、司祭様だ。いいな、カイル!」
ん?ニムルス、まさか。
教壇を、ちらと見る。司祭様がちょうど教室に入ってきて、教壇に座った。
すごく、穏やかな笑顔で。
公式イベントかよ!!いいのか神の教え!
ニムルスが、こっちを見てにやにやしている。
黒幕が誰なのか、ちょっと察した。
そうだよな、リーナはこんなこと思いつかないよな。
「あくまでも、カイル君の了承があればですが。平和的に解決できるのなら、それもよいでしょう。あなたなら大半の子に勝てると、私は思っておりますのでね」
……司祭様の頭が意外と、お貴族様のふわふわパンみたいに柔らかい。
こんな人だったのか。知らなかった。
「カイル!最後の戦いは私とよ!覚悟はいい?」
リーナの、声だ。
何回も負けた。そのたびに、言えなかった。
わかったよ。やってやる。
「いいぜ。今度こそ、勝ってやる!」
俺は、教室を出された。
予選は時間がかかるから、外に出て何かやってて、と、リーナに雑に追い払われたんだ。
そういうとこだぞ、リーナ。
はぁ、と、ため息をついて、教会の花壇のところにやってきた。
エントリーしていない女子達も、庭に出て花を摘んで冠を作ったりして遊び始めている。
わんわん卒業か。
なんにも、言えないままに、終わるのか。
右手が、ぴりぴりと痛む。
たっぷりと水を吸った花達は、とても元気だ。
「カイル。ここにいたのね」
金髪の縦ロール。
話しかけてきたのは、ロザリーだった。
「ロザリー、参加しないのか?」
たぶん、あの店で働いてる時間が長い分、ロザリーの方が力があると思う。俺でも負けるんじゃねえかと思ってる。
くす、と、色の薄いベージュの瞳を細めて、ロザリーは続ける。
「わたくしには、そもそもあなたを、あのような呼び名で呼ぶ権利などないのです。主犯はわたくしですから。
そもそもあなたは巻き込まれただけなのに、このようなことになって、ごめんなさい」
……それは。違う。
この、右手の痛みは。巻き込まれたなんて言い訳でごまかせるものじゃない。
女の子を、思いっきり殴ったんだ。
みんなを守る立場になりたい、俺が。
「贖罪ならば、もう充分行っていると思いますわ。
あの後、あなたが繰り返しリーナに突っかかっている時。なにも言わせてもらえなかったのも、みんなわかっているわよ。
だから、わんわん君と、親しみを込めて呼ぶのです。
その呼び名が、罪を認めている証なのだから。
途中までは、その言葉に嫌らしい意味はなかったでしょう?」
……うん。たぶん。男連中が騒ぎ始める前は、別に気にならなかった。ちょっとはネタになったけどさ。
「あなたに嫌な感情を持っている人は、そこまで多くはないということです。
思い切って、挑戦して、リーナにだって、勝ってみなさいな。
無理かもしれませんけどね。」
ふふっ、と、笑いながら、ロザリーは、俺の背をぽんと叩いた。
押されたその先には、ハンカチ屋もといアリスがいた。
用事があるのか、ロザリーは、立ち去って行った。
「あ、あの!頑張ってね!」
ハンカチ屋もといアリスは、なんだか緊張しながらこっちにやってくる。
ちくっと、心が痛んだ。こいつ、俺に巻き込まれて、殴られたんだよな。こんなに細っこいのに。
「ああ。……ザムのやつ、絶対後悔させてやる」
ふふっ、と、アリスが笑う。
「ねえ、私と初めて話した時のこと、覚えてる?」
……いや。いつだったかな。
ハンカチ借りた記憶しかねえんだけど。
「ザムに、入学初日に髪の毛引っ張られたりしてからかわれたんだよ。それを、止めてくれたでしょ?確かそれが、カイルとザムがしゃべるきっかけだったと思う」
あんなに仲良くなるとは思わなかったけど、と、くすくすハンカチ屋が笑う。
全然思い出せねぇ。
「なんか言いそびれててさ。
ずっと、言いたかったの。……ありがとう」
うっ。やっぱり思い出せねぇんだけど。
でも、そっか。俺以外にもいるんだな。
言いそびれてた、か。そっか。そうだな。
「いや、俺の方こそ、ハンカチいっぱい、ありがとうな」
遠くで、リーナが俺を呼んでる。
よし、勝負だ。俺は教室に、なぜか全力で走った。




