ある日からの変化
ある日、いつも通りに手伝いに行った時のこと。
もう、ロザリーが家の中で手伝いをしていた。
あれ、一回家に帰って身支度してくるんじゃねえの?どうしたのさロザリー。
話しかけようとしたけど、エリサさんに止められた。
「ちょっと、ロザリーちゃんのおうちが忙しいみたいなのよ。しばらくの間、うちでロザリーちゃんをお預かりすることになったの」
エリサさんは、ぽんぽんと、俺の両肩を叩いてくる。なんだろう。まっすぐ目を見られて、落ち着かない。
「実は、この通りで、昨日ちょっとした乱闘騒ぎがあったのよ。
お父さんから聞いて……は、いないわよね。職務のことを無闇に話しそうな方ではなかったわ」
こくり。頷く。それは、兵士の誇りだ。みんなを不安にさせない為に、必要ない情報はたとえ家族だろうと公開しない。
「つまり、この界隈はいつもより危ないの。
いつもうちに来る冒険者に、あなたの送り迎えを依頼したのだけど、いいかしら?」
「え、でも、俺、お金が」
「お給金も出していないのに来てくれているのだもの、必要経費よ。私たちが依頼しているから、そこは安心して。
わん……カイル君のお掃除はとても丁寧で、助かってるのよ。ね、お願い」
……いま、わんわん君っていいかけなかったかエリサさん。
いや、それはいいんだけど。
ロザリー、住み込みってどういうこと。
お前の家は、金持ちだから護衛とかいて安全じゃねえのかよ。なんで。
聞きたくて、ちらっとロザリーを見た。けど、その怖いくらい無表情な顔を見て、なんか、やめた。
聞いて、どうにかなるわけじゃないしな。
……なんか、ひとつひとつ、触る備品を見ては、重さを確かめてため息をついている。
どうしたんだ。みんな重いのくらいもう知ってるだろうに。
「よう!ちょっと早めに来たぜ」
「カラム!お仕事終わったの?」
リーナが駆け寄ってくる。リーナはカラムのことが、すごく好きだ。お父さんとお母さんの次に好きだって言ってる。
……あれ?確か冒険者やってるにいちゃんいなかった?兄ちゃんは?兄ちゃんは何番目?
……気にしないことにした。
「いや、まだ終わってねぇな。そこにいるわん…カイル君を家まで送り届けるのが、今日の最後の仕事だ。終わったらまた来るから、注文頼むな」
がしがしがし。リーナの頭を荒めになでる。
髪型がぐしゃってなったけど、リーナはまんざらでもなさそうだ。
頰をぷくっと膨らませながら、ぺしっとカラムを叩いてカウンターの奥に逃げ込む。髪型を直すんだろう。
カラムさんの年なら熟練冒険者のはずだ。そのカラムさんが、ただの平手でちょっと小突かれただけでよろめいたのは、気のせいだろう。
うん、気のせいだ。気にしたら負けだ。
「君が、わ……カイル君だね。今日から俺が送って行くから、よろしくな」
わしっと頭をつかまれた。
なんだろう。その目には、父さんも時々見せる、探るようななにかがあった。
うちは、リーナの家よりももうちょっと大通りから遠い。
王都で一直線にのびている大通りは2種類ある。
北にそびえる城までの南北の一本道。東から西へも大通りが伸びている。その真ん中に、教会。
リーナの家は、南の方の大通りの、だいたい真ん中ぐらいのろじうら、にある。
俺の家はそこからもっと南の外れ、ひんみんがい、に近い。
街の北側が城に近くて安全。北側に貴族街を囲む壁もあって、貴族向けの警備も厳重だ。
商売をする家は、そこに近い方が有利だから、より北側に住もうとする。人気があるから、お金がないと住めない。
リーナんちは、この法則から少し外れた、俺たち向けの酒場だな。
リーナんちの周辺より南に行くと、看板を出している店はない。ちあんが悪いからだ。
ちあんが悪いところ。
うちはそこにある。
父さんが最近ちょっと出世したらしいけど、まだまだ引っ越す程のお金はないんだって。
だから俺も、兵士になって、父さんみたいに出世するんだ。
古くて細い、間貸の建物がひしめく、ふくざつに入り組んだ道。南側はどうしてかほとんどの道がこんな風にぐねぐね曲がっている。
日が落ちる前の薄い明かりの中で、慣れた道をカラムさんと歩いた。
でも、カラムさんはここからリーナんちに帰れるのかな?
ちょっと聞いてみようか。
「ねえ、カラムさん。帰り道、わかる?大丈夫?」
ふっと笑って、カラムさんが紫のタレ目を更に細める。
がしがしと頭を撫でられた。
「大丈夫だ。ここ周辺で仕事してるからな、王都内で俺が迷うことなんざねえさ。ありがとな」
あ、そうか。カラムさんが、冒険者なのに毎日のようにご飯を食べに来るのは、遠征しないで街の中の依頼を中心にこなしてるからなのか。
……いやでも、王都内の仕事って、荷物運びとか警備だとか、若い初級冒険者がやるものだ。
家族を養う分のお金、もらえないんじゃ……。
「あー……。俺の心配してんのか?
えーとな、その、大丈夫だ。長く冒険者やってると、色々とさ、つてがあるのさ。
ちゃんと毎日家に帰って、家族を安心させてやりてぇからな。
ほら、お前んちも、とうちゃんが兵士ならわかんだろ?帰ってきたらほっとするだろ?な?」
こくり。頷く。
なんだか歯切れが悪い話しかただけど、照れ屋さんなんだろう。へんなこと聞いてごめんなさい。
でも、すごいな。全然知らない道もすいすい歩いて行く。まだ、俺の家教えてないのに。
「ここだよ。うちはここの5階。カラムさん、何か食べてく?」
「いや、リーナが待ってるからな。俺は戻るさ。じゃあ、また明日な。ちゃんと寝ろよ!」
また、俺の頭をわしっと掴んでにっと笑い、カラムは去っていった。
よどみのない足取りで、迷路みたいなこの街を歩き出すカラム。
その大人な背中を見て、冒険者もかっけえな、と、俺は思った。




