これまでのお給料
そうしてまた、バイトに明け暮れる日々が始まった。
半年近く働いてると、さすがにここの備品の重さにも慣れてきた。
お皿を下げる時に一枚ずつしか運べなかったのが、今は三枚くらまで重ねられるようになった。
クラスの子たちは、親を連れてちょっとずつやってきた。アリスは、ころころした体型のお母さんと二人で最初に来てくれた。
最初は緊張してガチガチだった。
リーナが後ろでからかう声が聞こえる。
くう、屈辱。
くすっと、アリスが笑った。
そうやってると、私たちとおんなじみたいね、って、言われた。
そっか、やっぱり違うって、思われてたんだ。
そうだよね。喋り方とか、全然違うもんね。
ほんと、今になるまでよくいじめられてないな私。
ありがとう、アリス。
その後も、クラスの子達は順番に、殆どの子がやってきた。
うん、慣れるとなんともなくなってきた。
ただ、すごく気恥ずかしかった。
なんだかみんなにやにやしている。なんで。
そんなにおかしい?あ、おかしいのかそうなのか。
これも、私への罰だ。黙って受け入れよう。
よりによって、大好きだったヒロインに。
ヒロインの、机に。
私はひどいことを、したんだから。
そういえば、カイルはたまに開店前の掃除を手伝うようになった。
ちょっと赤い顔をしながら。そうだよね、気まずいよね。
まあそれはどうでもいい。
わんわ……カイルだし。うん、カイルだから。
ある日、カラムがなかなか帰らない日があった。
忙しい時間にも、カウンターに陣取って動かない。
とても珍しいことだ。いつもなら、ごはんを食べたらさっと帰るのに。
ディアスさんとエリサさんも、なんだか雰囲気が変だ。
リーナはいつも通りだった。ただ、私に一切接客をさせないでカウンター内の用事をひっきりなしに言いつける。
しまいには、忙しいのに厨房の床磨きを命じられた。
いやそれ今やること?会計待ってる人も並んでるし運ぶ料理も溜まってるよ?
かたんと、何かをエリサさんがお店の外に置いた。
忙しい時間帯なのに、お客さんの入り方が止まった。
しばらくするとお客さんはみんな帰って、ちょうど私の帰宅時間になった。
カラムだけはまだ店にいる。
ニムルスが、店に来た。
「親父が帰らないから、言われてたことやってきたけど、よかったのか?」
「ああ、正解だ。よくやった」
がしがしとカラムはニムルスの頭を撫で回す。ニムルスは、逃げようともがく。
リーナにかっこ悪いところ見せたくないんだろうな。
久しぶりに間近で見るニムルス。ちょっと嬉しかった。
たまに彼の姿を少し見られる。うん、これだけで、いい。私には過ぎた贅沢だ。
その時、彼らが何を話しているのかなんて疑問は、嬉しさで私の頭から抜けてしまっていた。
カラムとディアスさん、エリサさんが話し合っている。
リーナは、暇になったのか店のフライパンをぶうんと素振りし始めた。すごい早かった。あれも絶対重いのに。
ヒロインチートか。そうなのか。
使うところ違くないか。
からんからん。お父さん役のロダンさんが店に入ってきた。お迎えだ。
「ロザリーをお迎えに参りました。……本日は閉店が早いようですが、なにかありましたかな?」
「ちょっと内輪のイベントがあるの。カラム達も一緒にね」
イベント?リーナ、そんなこと言ってた?
「ああ、それでカラムさんとニムルスくんが。そうでしたか、それは失礼、迎えが遅くなってしまいましたな。
さあロザリー、お邪魔になってはいけない、帰るぞ」
たたっとロダンさんのところに走っていく。
きい、と、カウンターからエリサさんが出てきた。
「今日は私とディアスもご一緒してよろしいかしら?ロザリーちゃんに、少し話したいことがあるの」
びくっ。え、なに。叱られるの?
「はい、もちろんです。お帰りの際もお送り致します」
くすくす。エリサさんは笑う。
「いいえ、私たちは平民です。自分の足で帰りますわ。こうして自分で自分の身は守れますから」
エリサさんは、手に持った二本の剣をがちゃっと見せ、腰につけた。
ディアスさんも、一本の長剣を背中に差している。
「そうですか。お二人は、元冒険者でしたな。たまには夜の散歩もよろしいかもしれません。かしこまりました」
ロダンさんは、なんだか少し硬い表情になった。エリサさんが頷く。
カラム、ディアスさん、リーナにもエリサさんは目配せし、素早く外に出て、なぜか馬車の外を一周した。
「ロザリー、これまでの給料だ」
ディアスさんにすっと差し出されたのは、一本の魔法の杖だった。子供用の長さだ。
見ると、細工がある。杖の先を回すと、それは細い剣になった。
「いえ、でも、これまでのは、お詫びと接客の勉強で」
「働いたら給料は受け取るものだ。
適度に刃は潰してあるが、まあ護身用にはなるだろう。今度からは、いつもそれを持って歩きなさい」
え、私まだ、そんなに魔法使えないのに。
この平和な王都で、持ち歩く意味。
いいのかな。これ、多分それなりに高いよ?
かちゃんと剣の部分をしまって、ディアスさんを見上げる。ディアスさんは、重々しく頷く。
意味はわからないけど、私も頷いた。
「これからは、私が奇襲をかけるかもしれないから、本当に持っておいた方がいいよー?」
くすくすくす、リーナが笑いながらフライパンを振り回す。
いやちょっとフライパンには対抗できないわ。うん、でも、ないよりはいいか。
ふっ、と、私は初めてリーナに笑いかけた。
「フライパンで奇襲かけないでよ。武器じゃないんだから」
あははっと笑うリーナは、そのまま上機嫌でフライパンをもっとぶんぶん振り回した。
エリサさんが苦笑してた。




