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鋼の鯨  作者: 静秋
情報と忠誠と
9/12

ある晴れた日に (2)

やっぱり戦闘のない分は難しい。場面ごとに挙げるから短めでいくぞ!

 


 少し歩いたその先には商店が軒を連ねている。


 軍港の通りとは違い、この街に住む人間を相手にする商店街だ。


 多くの商店が立ち並び、人の往き来も多いがその顔にはどこか覇気がない。

 戦時下にあるため、さまざまな物資が高騰しているのだ。特に海を越えてやってくる植民地産の製品は品切れが多い。


 この国の国民にとっては決して欠すことのできない紅茶ですら配給制になりつつある状況なのだ。


 そんな中でも市民は生きるための経済活動を続けている。

 直継が入っていったのはそんな店の一つ。かねてより幾度か訪ねている喫茶店だった。戦前より保管してあった茶葉もあり、足下を見られつつもとにかく紅茶が飲めるこの店は地元の住民にも人気だった。


 店に入るなり窓際の席に向かう。道行く人々を見ることができるここは直継の定位置だった。


 やはりというべきか客足は芳しくない。いや、むしろ異様に少ない。店内にいるのは物静かなマスターと画商風の男だけだ。


「いつものを」


 直継はオーダーを済ませると首に巻いたスカーフを外し、テーブルギリギリに掛けた。それが合図だった。


「また会いましたね。」


 そう言って相席を求めてきたのは先程の画商…いや、もう読者の皆様はお気づきだろう、この男…葛西は旭海軍諜報科の大尉である。


「ええ、いつもこの店で飲むもので。」


 ここのマスターもそっち側の人間である。客がいかにも怪しい東洋人二人でも、注文されたコーヒーを置くと何事もなかったかのようにカウンターへと戻っていった。一通りの茶番を終え、葛西の声音が変わる。


「情報局は?」


「ええ、まぁ。情報が上がってこないことを遠回しに催促されました。」


「奴らには奴ら用の情報を用意してある。あとで届けさせる。」


頼んだ紅茶に砂糖とミルクをたっぷり入れながら葛西は言い捨てる。奥ではそれを見たマスターがしかめっ面をしているが、一度混ざった白いもやはもはや取り返しのつかないほどに広がっていた。


「中尉に頼まれていた鯨の絵、大方入手したぞ。艦内の構造は予想通り、艦内容積が小さく、中尉が予想したとおり航続距離に不安がありそうだ。積極的な内陸攻勢に出ないのは着水できないことに不安があるからだろう。」


 臆面もなくスラスラと機密情報を読み上げる。この場所は絶対的な安心を保証していると言うことだ。


「ありがとうございます。例の艦隊編成についてはいかがでしたか?」


「結論から言うと黒だ。今回壊滅した艦隊は壊滅するべくして壊滅させられた。そして艦隊は皆一角獣の旗を掲げていた。乗員も多くは北部や植民地の出身者。偶然ではない。これはイングラス帝国海軍内で起きた粛正だ。」


 ここでイングラス帝国の艦隊建造について補足しておこう。

 通常、イングラス艦の建造費は他国同様国庫、即ち税金から捻出される。しかし、それとは別に貴族による出資で建造される「貴族建造艦」が存在する。


 そしてそうして建造された艦にはその貴族ゆかりの紋章が掲げられる。元々は軍事費に均等な負担を強いるものであったり、貴族が自領の豊かさや愛国心をアピールするためのものであったが、膨大な費用を要し、財政を圧迫する建艦は別の用途にも使われている。

 そう、制裁である。


 単純な増税と異なり、領民の対政府感情低下は最小限に収め貴族に直接圧力をかけることができる。後は貴族が財政をすり減らして没落するか、自領で増税をして領民感情が離れるのを待つだけだ。


 そして今回沈んだ艦の多くは一角獣(ユニコーン)の紋章を掲げていた。一角獣は旧スコットリア王家の紋章で、縁ある貴族の家紋にも使用されている。


 つまり今回粛清の対象となったのは帝国の悩みの種にして国内最大の火薬庫、北方貴族である。


 イングラス海軍上層部は現在の北方情勢を鑑みて反乱発生時、有力な対抗戦力になるとして手段を講じてきたということだ。

 この動きが民衆に知れ渡れば反乱は必至だというのに。


「むしろそれが狙いなのではないか。」


 葛西はコーヒーをすすりながら言った。完全に団結される前に反乱分子の暴動を暴発させることによって一網打尽にしようとしているいうのだろう。

 全くもって確証はないが、この国ならばやりかねない。


「なんにせよ好ましくない状況であることは確かだ。その他全ての情報はここに記してある。現時点で外国士官が持っている中では最も正確なモノだ私とイングラス海軍最高階級の御仁が保証する。これを持って本国へ行ってもらう。話は聞いてるな?」


 話というのは相馬に渡された命令書のことだ。

 布に包まれた小さめのキャンバス(というのは表向きで、その裏に書類が入っている)を受け取り直継は無言で頷く。


「それと本国から…いいか、落ち着いて聞いてくれ。司令部から獅子の首刈り計画の発動が宣言された。これは我々独自の案件であり、たとえ大使館の人間や他の海軍士官であっても他言無用だ。外部に漏れれば国が亡ぶ。」


これを聞いたとき直継の眉がピクリと動いたのを葛西は見逃さなかった。


「何か不満かね?」


「いえ、得には。」


直継は内心ぎょっとしながらも平静を装う。専門の人間というのはこんなにも鋭いのかという驚きと全てを見透かされたような恐怖が全身を伝った。


こういう人間には何を隠してもムダだ。


「仮にも友好国ではないですか…。本国は…、海軍は何故そこまで事を急ぐのですか…。」


「その友好国を探り、食い物にしようとしている人間の台詞じゃないな。」


 直継は言葉に詰まりながらも「…任務ですから。」と小さく言った。


「既に決まったことだ。」


 葛西は怒りもせず静かに答えた。溶け残った砂糖をスプーンですくいながら。


「君が任務を非難するとはな。私情なく任務に忠実であることが君の売りだったはずだがまぁいい。」


 もちろん軍人を任務に忠実な人間に育てあげるのはどの国でも当たり前のことである。手足のように動ける軍隊ほど優れる物はない。

 だが、ここでいう直継の忠実さはそれとは別種のものなのだろう。事実直継はテレグノシスノ甲板でも自らの役割を完璧にこなした。ここで言う忠実さは訓練では練成されない、人格の根底に属する類のものだ。


 葛西は一息つき、紅茶だった何かを一口飲むともう一束の書類を取り出した。


「君の友人にも働いてもらう。読んでおけ、彼を使うのに役立つだろう。」


渡された資料を一目見て、直継は自分の役割を完全に理解した。

常人が見れば狂いそうなほどに救いのない、そんな任務になるだろうとも…。


「何が君を変えたのか、あるいは変えつつあるのかはこの際聞くまい。だが、任務の遂行こそが君と祖国の栄光につながることを理解しておきたまえ。」


 ――――——「貴官の忠実なる任務の遂行を願う。」そう言うと葛西は席を立った。


 残された直継は再び友人に関する書類に目を通す。


 それにしても、どうしてお前なんだ。


 いや、理由は分かりきっている。彼はおそらく最も適任であるし、そもそも直継がこの時期に海外派遣をさせられているのも今考えればこの任務のためであるとの見方が妥当だろう。だいたい、一介の尉官でありただの観戦武官である直継が、着任早々諜報科と繋がりを持つよう指示を受けたこと自体が不自然でしかなかったのだ。

今更違和感を覚えるとは、感覚が麻痺していたとしか言い様がない。


 テーブルに残された冷めたコーヒーを飲み干す。


 不味い。


 戦争が始まってからというもの豆の品質が落ちていたことは事実だが、ここまで味がしないのは初めてだった。この国の国民が泥水だと言うのにも今なら賛同できる気がした。


 代金と協力料(チップ)を置いてキャンバス(爆弾)をかかえ、直継は店を後にした。


 時計を見ると正午はとっくに過ぎていた。







未だ未だ続くよ戦闘ない話

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