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第八話:二

 ナナミとリーナの新エリア突入日。ツァールライヒ森林にある新エリアへの入り口前で、ナナミとリーナは新エリアへの入り口を見て表情を硬くする。

「なんか、緊張するわね」

「は、はい」

「二人とも、緊張しているところに悪いが、新エリアに行く前に注意点がある」

 ナナミとリーナの後ろに立つヒロトは、二人とパーティーを組んだ状態で真剣な表情で二人を見る。そのヒロトの様子に、ナナミとリーナは体を強張らせる。

「エリアに入ったら、すぐに駆け出さずにその場に立っててくれ」

「分かった……けど、どうして?」

「まあ、それは入った後に説明するよ。まずは、新エリアへの初突入を楽しまないと」

 ヒロトは、本心では新エリアに入った瞬間の感動のまま、二人に自由にエリア探索をさせたかった。しかし、そうも言っていられない事情がある。

「じゃあ、とりあえず入るか」

 ヒロトが新エリアへの入り口に向かって歩いて行こうとする。しかし、ヒロトの後ろからナナミがヒロトの腕を掴んで止める。

「ちょっと、一人だけ勝手に入らないでよ。三人で一緒に入るんだから」

「そうですよ。ヒロトだけ先に入るのは狡いです」

 ナナミはムッとした表情をするが、リーナはニッコリと笑って拗ねるナナミに同調してヒロトをからかう。

 ヒロトは既に新エリアに突入済みで、初めて行くわけじゃない。だが、ナナミとリーナはフレンドとして一緒に新エリア突入を一緒に喜びたかった。そのナナミとリーナの気持ちを感じて、ヒロトは照れくさそうに笑って踏みだそうとした足を止める。

「ごめんごめん。じゃあ一緒に入ろう」

 ヒロトが謝るとヒロトの両隣にナナミとリーナが並び、三人で新エリアに繋がる入り口を見る。

「じゃあ、行くわよ! 新エリアっ!」

「はい!」

「おう」

 三人で歩調を合わせて、同時にエリアの入り口に足を踏み入れた。

 一瞬のブラックアウトの後、三人の視界はパッと明るくなる。

 広がる茶色い土の大地には、所々背の低い植物が生えている。しかし、ツァールライヒ森林のように緑に溢れた風景とは打って変わって埃っぽく、ヒロト達の体を撫でるように乾いた空気が流れている。

「ブロッケン荒野?」

 新エリア突入時のメッセージを読んだリーナが、周囲を見渡しながらそう口にする。

「二人とも、この岩陰に入って」

「ヒロト?」

 ヒロトはすぐに近くにあった岩の陰へ二人を誘導する。岩陰に入ったナナミは、ヒロトの真剣な様子に首を傾げた。

「どうしたんですか?」

 ナナミの隣に並んだリーナは険しい表情をしているヒロトに尋ねる。それに、ヒロトは岩陰から見える範囲を見渡した後、二人に向かって話し始める。

「二人にまず説明しておかなきゃいけない。ナナミには前、ツァールライヒ森林がプレイヤーキラーの中でプレイヤーに手を出さないようにって暗黙の了解があるエリアってのは話したよな?」

「聞いたけど?」

「このブロッケン荒野からは、その暗黙の了解が通じなくなる。シックザールでは、ツァールライヒ森林を出たら容赦なくプレイヤーキラーにキルされるようになるんだ。そして、二人みたいな初めてツァールライヒ森林を出てブロッケン荒野に来たプレイヤーは、プレイヤーキル初心者の練習台にされやすい」

「練習台、ですか?」

 リーナが引きつった顔でヒロトに聞き返す。それにヒロトはゆっくり頷きながら答えた。

「ベテランのプレイヤーになればなるほど、装備は強くなるしシックザールに対する知識が増えてくる。そうすると、プレイヤーキルを始めたばかりのプレイヤーキラーではなかなかキルすることが出来ない。だから、シックザールを初めて日の浅いプレイヤーがツァールライヒ森林を抜けて次に到達する、このブロッケン荒野を練習場にしてるんだ。それに、ここは身を隠すための岩場が沢山あるからプレイヤーキルをやりやすい。そのせいもあって、ブロッケン荒野はプレイヤーキルのメッカになってる」

 シックザールのサービス開始時は、ツァールライヒ森林でもプレイヤーキルは行われていた。しかし、シックザールを始めたプレイヤーの多くが、何もルールが分からない状況でプレイヤーキルをされて、ネットで『シックザールはすぐに殺されてつまらない』という風評が広まってしまった。

 プレイヤーキラーも、シックザールを楽しむプレイヤーの一人であるため、プレイヤーキラーの間で新規プレイヤーの減少を避けようという動きが広まり、ツァールライヒ森林は不干渉エリアにしようという暗黙の了解が作られた。しかし、ブロッケン荒野はそうではない。

 プレイヤーキラーにも、上手いプレイヤーと下手なプレイヤーは存在する。センスというものもあるが、圧倒的な違いは経験の差だ。他のMMORPGでプレイヤーキラーをしていたプレイヤーと、シックザールでプレイヤーキラーを始めたプレイヤーではプレイヤーキルの経験差が出てしまう。そこで出てくるのが、ヒロトの言った練習場だ。

 ブロッケン荒野は不干渉エリアから出てきたプレイヤーが最初に通るエリア。つまり、暗黙の了解に守られていないエリアで、“プレイヤーキルに対して最も弱いプレイヤーが存在するエリア”になる。

 上級のプレイヤーキラーの多くは、ブロッケン荒野でのプレイヤーキルは歯ごたえの無さからブロッケン荒野でのプレイヤーキルは避ける。ただ、隠れる場所も多くプレイヤーのレベルも低いことから、中堅からの下のプレイヤーキラー達はブロッケン荒野を気軽にプレイヤーキルが出来る場所としている。

 シックザールでは、キルされる側のプレイヤーはキルをされても所持ゴールドの一部を奪われるだけで済む。そして、プレイヤーキラーにはキルしたプレイヤーからギルを少し奪えるだけでしかない。だから、プレイヤーキラーを極めたからと言って、ゲーム内で希少なアイテムが手に入れられるわけでも、プレイヤーキラーのランキングが発表されているわけではない。

 キルされることに対して大したダメージはないから、キルすることによほどの罪悪感を抱くプレイヤーでない限り、プレイヤーキラー側の精神的な敷居は低い。ただ、キルしてもキルしたという事実しか残らないため、よほどプレイヤーキルに楽しさを見出せるプレイヤー以外はプレイヤーキラーを続ける者は居ない。だが、プレイヤーキルに興味を持つプレイヤーが居るのは確かで、その興味を持ったプレイヤーは皆、ブロッケン荒野に集まってくる。

「じゃあ、ブロッケン荒野に初めて来たばかりの私達は、プレイヤーキラーの標的にされてるってこと?」

「ああ。それなりの知識を持ったプレイヤーは、ブロッケン荒野を堂々と歩きはしない。堂々と歩くプレイヤーは、ここがプレイヤーキルのメッカだって知らないプレイヤーか、よほど自信のあるプレイヤー、あとはプレイヤーキラーキラーくらいかな。ほとんどのプレイヤーはプレイヤーキルの対策をして移動をする」

「でも、それじゃ始めたばかりのプレイヤーはブロッケン荒野を移動出来ないじゃない」

「それが問題なんだよな。サービス開始当時はツァールライヒ森林でもプレイヤーキルが起こってて、それは始めたばかりのプレイヤーに対してあまりにも酷だってプレイヤーキラー達が自発的に辞めたんだけど、このブロッケン荒野ではプレイヤーへのキルがある。まあ、初心者狩りってやつだな。初心者狩りを回避するので一番良いのは、パーティー募集でベテランプレイヤーに助けを求めることだ。ブロッケン荒野を越えたいんですが、助けてくださいって。そうすると、ラルスみたいな世話好きのベテランプレイヤーが助けてくれる」

「じゃあ、今回はヒロトが助けてくれるんですね」

 リーナがキラキラと輝いた期待の目をヒロトに向ける。ヒロトはその期待の眼差しに困りながらも、頭を掻いて言葉を返す。

「まあ、そういうことになるな。二人にはこれを」

 ヒロトはナナミとリーナにアイテム取引の申請を出す。申請のメッセージをナナミはあっさり受けてアイテムを受け取るが、リーナは焦ったようにオロオロと視線を動かす。

「え、えっと……何か代わりに渡せるものは……」

「リーナ、トレードじゃないから普通に受け取って」

「で、でも、アイテムをタダで貰うのは申し訳なくて……」

「気にしなくて良いって。そんな高価な物じゃないし」

「で、では……ありがとうございます」

 リーナがアイテムを受け取ったのを確認すると、ヒロトは改めて二人に話し掛ける。

「今二人に渡したのは、透過薬っていうアイテム。それは、自分の姿をパーティーメンバー以外には見えなくするアイテム。それを使っている間は、モンスターにもターゲットされない。それに、パーティーメンバー以外のプレイヤーからも見えなくなるから、プレイヤーキラー対策になる。もちろん、プレイヤーキラー側も使うけど。ただし、使えるのはフィールドエリアだけで、ダンジョンみたいな戦闘が必須のインスタンスエリアでは使えないから注意な」

 三人が同時に透過薬を使用すると、三人の体は薄く透けたようになる。ナナミとリーナは互いの姿を見た後、視線をヒロトに向ける。

「パーティーメンバー同士だと薄く見えてるけど、他のプレイヤーからは全く見えてないから安心して。ただまあ、ハンターのサーチを使われると見破られちゃうけど。でも、何も対策しないでブロッケン荒野を歩くよりは格段に安全になるから」

「ありがとうございます、ヒロト」

「ありがと! ねえ、もう岩の外に出ても大丈夫?」

「ああ。ブロッケン荒野を北に進めば、ブロッケン荒野を領地にしてる国、エルツの首都が見えてくるから、そこが目的地な。その途中にオアシスがあるけど、まず先に首都に到達しよう」

「私が一番前!」

「あっ! ナナミ! 待って下さい!」

 駆け出したナナミの後ろを、慌ててリーナが付いて行く。それを見て、ヒロトはニッと笑って二人に付いて行く。そして、三人は新しいエリアを駆け出した。

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