第九話:一
【九】
通りを駆ける沢山のプレイヤー達。そのプレイヤーの波の中で、ナナミとリーナは目を見開いて固まった。
「凄……」
「立派ですね……」
新エリア、ブロッケン荒野を抜けた先にある、エルツの首都シュタイン。石造りの強固な外壁に囲まれている街で、都市内の地面には隙間無くタイルが敷き詰められ舗装されている。建築される全ての建物は石造りで建てられている。
シックザールのゲーム内設定では、エルツは保有している領地内にある鉱山資源で多額のゴールドを儲けている経済大国になる。鉄、銅、鉛と言った卑金属や、金、銀、白金と言った貴金属以外にも、宝石も多く産出されている。
エルツはその豊富な資金源を元に技術開発を行い、グロース大陸でも高い技術力を保有している国になる。
そういう背景もあり、エルツはシックザールに存在する街の中でも、最も近代的且つ華やかな雰囲気がある。そのためか、シックザールではエルツを活動拠点にしているプレイヤーが多い。
「とりあえず、ナナミとリーナの自由に見て回ろう。まあ、今のレベルだと出来ることは限られてるけど、街の雰囲気を楽しむだけでもさ」
新しい首都に到達した感動はひとしおだ。その感動のまま当てもなく首都の中を歩き回るのも楽しい。
「リーナ! とりあえずこっちに行ってみよう!」
「あっ、ナナミ!?」
いきなりナナミに手を引かれて、リーナはバランスを崩しながらもナナミに付いていく。それを後ろから付いていきながら、ヒロトは微笑みながら二人を見る。しかし、すぐに視線を後ろに向けて目を細める。
ヒロトが向けた視線の先には、建物の陰と街灯の陰を伝いながら露骨にヒロト達の後を付けてくる人影が見えている。そのプレイヤーの身長はかなり低い。人混みに紛れられたら見失ってしまうほどだった。
「プレイヤーキラーか?」
ヒロトはドワーフのプレイヤーが、シュタインに入ってからずっとヒロト達の方を見ていることに気が付いていた。首都内ではプレイヤーキルは出来ないから、キルされる心配はない。しかし、プレイヤーキラーがシュタインの中で標的を物色している可能性もあった。
新しい首都に来てはしゃぐナナミとリーナの行動は、シックザールを初めて日の浅いプレイヤーの典型だった。だが、プレイヤーキルを警戒し過ぎて楽しみを半減させるのももったいない。
シュタインの大通りを歩いて街並みを見ているナナミとリーナの後ろで、ヒロトは常に後ろからコソコソと付いてくるドワーフを警戒する。
「おっ、ヒロトじゃないか!」
「ラルス、奇遇だな」
「ラルス! ……あれ? そっちの美人さんは?」
俺の横から声を掛けてきたウェアウルフのラルスに挨拶を交わしていると、ナナミも気付いてリーナと一緒に駆け寄ってくる。しかし、ラルスよりも、ラルスの隣に居る別のプレイヤーを見ていた。
綺麗な金髪で色白の女性プレイヤー、種族はエルフだ。
エルフは耳が尖っていて鼻が高く彫りが深い種族。そして、肌色が白や薄灰といった薄い色しか選択出来ないという制限がある。ただヒューマンよりも身長が高く、男性も女性も美形を作りやすい種族だと言われている。
ラルスの隣に立っている女性のエルフは、ヒロト達三人を見てニッコリと笑った。
「あなた達が、ラルスの言っていた新人プレイヤーさん二人とクロウラーに食べられたハンターね」
笑みを浮かべた女性エルフの言葉に、ナナミとリーナはプッと吹き出し、ラルスは隣で渋い顔をする。そして、ヒロトは目を細めてラルスを見た。だが、すぐにエルフの女性に顔を向けて自己紹介をする。
「俺はヒロトです。ラルスとは、二人の初ダンジョン攻略で世話になって」
「ナナミです! 剣士をやってます!」
「初めましてリーナです。詠士をしています」
「私はレイ。メインはハイウィザード、サブはホーリーウィザードよ」
大人っぽく微笑むレイが自己紹介をすると、ナナミがラルスをからかうように肘で突いてニヤニヤと笑う。
「ちょっとラルス~、レイさんってラルスの彼女~?」
そのナナミのからかいに、ラルスは頭を掻きながらボソッと口にした。
「……嫁さんだ」
「へぇ~お嫁さんなんだ~。…………お嫁さんッ!?」
笑顔で答えたナナミはラルスの言葉でハッと我に返って驚き、ラルスとレイを交互に見る。エルフとウェアウルフの夫婦。まさに美女と野獣。
「二人共、ゲーム内結婚をしてるのか」
ヒロトは笑顔でラルスとレイを見て言う。
結婚システムは、シュタインに存在する教会で受けることが出来る専用クエストをこなすことで、プレイヤー同士が結婚出来る。結婚をするとエンゲージリングというアイテムが貰え、エンゲージリングを装備していると、互いの居る場所に瞬時に転送出来るようになる。
「いやぁー」
ヒロトの言葉に、ラルスは困ったように後頭部を掻く。そして、視線を隣に立っているレイに向けた。
「私とラルスはリアルでも夫婦なの」
ラルスに視線を向けられたレイは、穏やかな笑顔で答える。それを聞いたヒロトは目を見開く。
シックザールを夫婦でプレイしているプレイヤーが全く居ないわけではない。しかし、夫婦でプレイしているプレイヤーは珍しいことだった。それに、レイが躊躇わずに自分達のゲーム外の情報を明らかにしたことに驚いた。
「良いのか? リアル情報だろう」
「特に知られて困る話じゃないから大丈夫。気を遣ってもらってありがとう」
クスッと笑うレイはヒロトにお礼を言う。
シックザールのプレイヤーには、ゲームに現実世界の話を持ち出すのを嫌うプレイヤーも居る。それは、せっかくの空想世界を楽しんでいるのに、現実世界の話を持ち出されると気分が萎えてしまうからだ。
もちろん、全てのプレイヤーがそういう考えのプレイヤーではない。レイのように全く気にしないプレイヤーの方が多い。しかし、ヒロトの気遣いは、ヒロトの根の優しさが現れていた。それを感じたから、レイはヒロトにお礼を言った。
シュタインの通りで立ち話をしていると、レイが両手を合わせてヒロト達三人を見る。
「そうだ。これから私達のマイハウスに来ない?」
「「マイハウスを持ってるんですか!?」」
レイの提案に、ナナミとリーナは目を輝かせて同時に聞き返す。
シックザールには、エルツ、ナトゥーア、メーアのそれぞれの首都からプレイヤーがマイハウスを建てられる居住エリアに移動出来る。
居住エリアの景観は、三国それぞれの特色に沿ったものになっている。
ただ、マイハウスはそれぞれの住居エリアで土地を購入しなければならない。土地は一プレイヤー個人でも購入が出来るが、土地代はかなり高く、マイハウスを所有しているのは大抵プレイヤー達が組織したギルド単位になる。だが、稀に大金を持っている商人プレイヤーが個人でマイハウスを持っている場合もある。
ヒロトも前のサーバーで、所属していたギルドメンバーと一緒にゴールドを稼いでマイハウスを買ったことがある。だが、シックザールを始めて日の浅いナナミとリーナはマイハウスを所有したことがない。
ヒロトはナトゥーアの首都ヴォルトに店を持っているが、ヒロトの店はプレイヤーが所有出来る店の中でも小規模なもの上に、店はマイハウスよりも家具配置の自由度は高くない。
「お邪魔していいんですか?」
リーナはレイに恐る恐る尋ねる。そのリーナにレイは穏やかで明るい笑顔を向ける。
「もちろんよ。うちのメンバー勧誘も兼ねて、見学に来てみて」
「じゃあ、今から俺達の家に行くか」
話が纏まった様子を見て、ラルスが通りを歩き出しながら明るく言った。
エルツのプレイヤー向け居住エリアは、荒野のど真ん中にある大規模なオアシスを丸々開拓しているという設定がある。そのため、住居エリアから見渡す周囲はゴツゴツとした岩山に囲まれているが、住居エリア自体は水と緑に溢れた落ち着いた雰囲気がある。
そのエルツの住居エリアの一角に、ラルスとレイのギルドが所有するマイハウスはあった。
「ここが私達のギルド、ベハークリヒのマイハウスよ」
「うわ~おっきい~」
「凄い」
エルツらしい石造りの強固な建物を見上げたナナミとリーナは、そう感嘆の声を漏らした。
「これは中サイズの建物よ。あっちにあるのが大サイズの建物」
レイは自分達のマイハウスの更に高台にあるマイハウスを指さす。そのレイの指の先には、レイ達のマイハウスよりも一回り大きな大豪邸が建っていた。
「うわ~高そう。でも、レイ達のマイハウスも十分大きいじゃん! これいくらしたの?」
遠慮無しに尋ねるナナミに、レイは気にした様子はなく笑顔を向ける。
「大サイズの土地だと土地代に三〇〇〇万ゴールド必要なの。私達の中サイズの土地は大サイズの半額の一五〇〇万ゴールドだったわ」
「「せっ、一五〇〇万、ゴールド……」」
ナナミとリーナは、平然と答えるレイに目を丸くして愕然とする。
一五〇〇万ゴールドは一プレイヤーではなかなか所持出来ない額だ。もちろん、ナナミとリーナはそんな大金は所持していない。
「一五〇〇万も良く貯めたわねー」
「ギルドメンバーで協力して貯めたのよ」
「ギルドメンバーか~」
「ああ、結構大変だったが一五〇〇万まで貯まって、土地を買った時は全員で雄叫びを上げたぜ」
ラルスはナナミに言うと、マイハウスの前に歩き出して玄関のドアを開いた。
「さあ、外に突っ立ってないで中に入れ」
「じゃあ、お邪魔するよ」
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔します」
ヒロト達三人は、ラルスに続いてベハークリヒのマイハウス内に入る。
ベハークリヒのマイハウス内は、床はピカピカに磨き上げられた大理石が敷き詰められ、壁はアイボリー色の落ち着いた壁紙が貼られている。家具はシック調の木製家具に統一されていて、広々とした空間でもゆったりと落ち着ける雰囲気に調えられていた。
「そこのソファーに座って、それとこれ」
レイがヒロト達に進めたソファーは三人掛けのソファーで、ソファーの前には木製のローテーブルが置かれている。そして、床にはふかふかとした絨毯が敷かれていた。
ソファーを勧められたヒロト達が腰掛けると、ヒロト達の前にあるローテーブルに白い皿の上に載った一ピースのベリータルトが三人分現れる。
「わー! 綺麗なタルト!」
「可愛い……」
「ナナミもリーナも調理スキルを上げるといいわ。素材も珍しい物は使わないし、熟練度が低くても作れるものだから」
タルトを見て歓声を上げるナナミとリーナに、レイは笑顔で言う。
三人の目の前に置かれているのは、レイが調理スキルで製作したベリータルトだった。
調理スキルで生産した調理品には、それぞれ個別の追加効果がある。
多くの調理品はプレイヤーのステータスを高めるバフが付き、そのバフは戦闘不能になるまで続くため、難易度の高い戦闘系コンテンツでは食事は必須とされている。
「他のメンバーは留守か」
ソファーに座ったヒロトは、ハウス内を見渡して自分達以外のプレイヤーが居ないことに気付く。
「今はログインしてない人も居るし、その他の人はダンジョンとか採集とかに行ってるわ」
レイはヒロトに答えながら、自分とラルスの分のベリータルトをテーブルの上に出す。そのベリータルトを見たラルスは、大きな口を開けて一口で平らげた。
「さて三人はどこのギルドにも所属してないんだろ? どうだ? うちのギルドは? マイハウスもあるし、レイの食事付きだぞ?」




