『虹色』VS『人類災厄の殺意』
人型のしかも自律型の殺意。更には具現化している。
そんな殺意は今まで視た事がないが、しかし彼女が言うことが真実だと僕はわかっていた。
そう彼女の全身から発せられるそれは、殺意だ。
僕がそれを間違うわけがない。
「お兄さん、お兄さん?」
「うん?」
「そんでさ、何でまた人類災厄の殺人鬼なんてものを追っているわけ?」
何でって、君代先生が追っているからそれのお供で……と言うのは建前で本音はあれだ。
さて僕は本音と建前どちらを彼女に言おう。
「……僕はね、見たかったんだ」
本音を言うことにした。
「うい?何を?」
「百人以上を殺したと言う殺人鬼の殺意を」
「あ、何?お兄さん私を見るために人類災厄の殺人鬼を見たかったわけ。つまり真に追っていたのは人類災厄の殺人鬼ではなくて人類災厄の殺意ということだね。ういん♡♡私ってモテモテかな」
「それは正しいようでどこか正しくない」
「さっきもね、知らない男の人に声をかけられたんだ。しつこいから殺しちゃったけど、ねえそんなに私って可愛いかな」
「一般的には可愛いという部類に入ると思うよ」
「やだ、もう。お兄さんも軟派ですかぁ?しつこいようだと殺しちゃうぞ」
可愛らしく言うが言っている内容はかなり怖い。
まあ、本気じゃないことはわかっているんだけどね。
「それでお兄さん?実際に私を見てどう?」
僕は眼鏡を外して彼女を見た。
そしてすぐにまたそれをかけなおす。
「すごいね」
そうだ、こんな凄い殺意は見たことがない。
トモや冬菜さんなど異常者の殺意を見てきた僕だけど、これは正直桁が違う。
殺す、とにかく殺す。
いつでも殺す。誰であっても殺す。どんなことがあっても殺す。
おこがましい、人類はおこがましい。
だから殺す。
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す。
これぞまさしく殺意だ。
これが人類災厄の殺意。
しかし、そうか。だから人類災厄の殺人鬼は……
この大きすぎる殺意に。
「凄い。ういうい、私はすごいのかぁ」
「あぁ。僕は人の殺意を視ることが出来るんだけど……」
「うい?そんなことが出来るの?」
「出来るのです。僕が今まで見た殺意の中で断トツだね」
「断トツかぁ。私断トツなんだぁ」
「いつでも殺す。誰であっても殺す。どんなことがあっても殺す。そんな思いがこめられているように視えるよ」
「なるほどなるほど。マスターはそんな思いを籠めて私を作ったんだねぇ。でもごめんねマスター。私実は明るいところで人を殺すのは好きじゃないんだ。だって内臓とかあまり見たくないもん」
先ほど心臓を叩き潰していたやつの言葉とは思えない。
しかしやはりか。
そのマスターとかいうのが誰だかはわからないがやはりこの殺意、自律している。
自律しているということ。つまり自分で考えて行動しているということ。
殺意とは思えない。
この名無とかいう女の子、まるで……人間だ。
「それに誰でも殺したいっていうわけじゃないんだよ。私だって好きな人は殺したくなかったし、それに子供も嫌だなぁ。しつこいのと、むかつくのと、偉そうなのと、あとは……まあ人間的に駄目な人は殺したいけどね」
「ふうん」
「だけど、確かに。私はどんなことがあっても殺すよ。一度殺すと決めたら、絶対に殺す。どういう手を使っても殺す。そこは絶対に変わらないかなぁ?」
「何で最後が疑問系なのさ?」
「ういうい。確かなものなんてこの世にはないのさ。最近つまらないんだよね。殺しがじゃないよ。あれは私にとって面白いもつまらないもないからさ。なんていうのかな人生がつまらない?」
殺意が人生を語りだした。
凄いなぁ。本当に。
「人生がつまらないから、私ももしかすると考えが変わるかもしれない。今は一度決めたらどんなことがあっても殺すというのは絶対的な掟であるけど、それが崩れないとは言えないよ。未来は確定しているようで不確定なんだよ」
「よくわからないなぁ」
「人なんてわからない生き物でしょ。更に私は殺意だしね。マスターのエゴの塊のようなもの。他人のエゴほどわからなくてわかりたくないものはないよね」
……やっぱりよくわからない。
なんだろうなぁ。僕は今、この名無という女の子に何を訊きたいのだろうか?
訊きたいこと、あったはずなんだけど。
ピリリリリ。ピリリリリ。
突然携帯の着信音が鳴り始めた。
僕のではない。そもそも僕の携帯はサイレントモードに設定しているので音はならないのだ。
というと。
「うい。ちょっとごめんね」
彼女は胸のポケットから携帯を取り出した。
「携帯電話……持ってるんだ」
「うん。今度暇だったら番号教えてあげるね」
こんな可愛い女の子から番号を教えてくれるのはありがたいが、しかし柚子が怖い。
そこで僕はようやく気がついた。
僕は名無のという殺意を全然怖がっていないことに。
何でだろう?
相手は人類災厄の殺意なのに。
百人以上の人間を殺した殺意なのに。
「えっと……メールだ。ういうい………………」
「誰から?」
「うん。仇から」
「カタキ?」
「そう仇。あ、そっかお兄さんはどうやら情報を知らないんだったね。あ、でもわざわざ教える情報でもないか。うーんお兄さんもこの件に関してはこれ以上首を突っ込まないほうがいいと思うよ。私はお兄さんのこと結構気に入っているから殺す気はないけれど、この仇は多分お兄さんをぶっ壊すよ。相性よさそうだもん、仇と」
相性がよいと壊すのか?普通逆じゃないだろうか?
しかし仇?誰の仇だろうか?
「それってさ……」
「ういうい、待って。今メールの文章を打っている最中だから。あ、そういえばさ最中と最中ってなんで同じ漢字なんだろうね?私は最中食べたことないけれど」
「ふうん。今度暇があったとき奢ってあげようか?」
「あ、本当?私って甘いの好きだから嬉しいよ……とメール打たなくちゃ。もう邪魔しないでよ!殺しちゃうぞ」
「いや、話を脱線させたのは君だろう」
「『君』って何だか他人行儀だなぁ。好きじゃないよ。『わかりました』と。はい、メール送信っと!」
喋ったりメールを打ったり忙しい子だなぁ。まるで最近の女の子だ。
いや、外見はまんまそうなんだけどね。
「お兄さん。私は自己紹介したんだからさ、名前で呼んでよね。私にはマスターから付けてもらった名無という名前があるんだから」
「名無ちゃん」
「ちっちっち。私は泣く子も殺す殺意なんだから『ちゃん』付けなんてしなくていいの」
指を振りながらそんなことを言う。
「でも僕は初対面の人間をいきなり呼び捨てするなんていうあつかましいこと出来ないよ」
「私人間じゃないけど」
「あ、そうか。じゃあいいか、名無」
「はぁい!なあに?」
首を傾げながら訊ねる名無。反則に近いぐらい可愛い仕草である。
「いや、特に用があって呼んだわけじゃないけど」
「何よつまらないぃ」
頬を膨らまして怒る。
そしてふと思い出したように元の顔に戻ると、
「そういえばお兄さんの名前まだ聞いてないね」
と言った。
「僕の名前は綾瀬真だよ」
「綾瀬が苗字で真が名前?」
「そう」
「じゃあ、呼び名はマコちゃんだね」
「それはやめてください」
僕は頭を深く下げて頼んだ。
小鳥には毎回言っているがそんな女の子のようなあだ名はやめてもらいたい。
僕だって一応は男の子なのだから。
「んでね、マコちゃん悪いんだけど今日はここまでにしてくれないかな?」
「別にいいけど何で?」
というかマコちゃんはやめて欲しい。
「うい、用があるんだよ。人と会う約束が。あの怖い顔して追ってくるお姉さんがいなければ今頃会っているところだったのにぃ。何あれ?マコちゃんの仲間?」
「多分それ僕の先生だ」
というか君代先生はまだこの女の子を探しているのだろうか?
あれから随分経っていると思うのだが、もしかして君代先生は鬼ごっこが苦手?
「最初亡霊かと思ったよ。あぁ怖い怖い」
「亡霊って……」
酷いいいようだ。
君代先生が聞いたら激怒することだろう。
あぁ、本当にこの場にいなくて良かったなぁ。
「亡霊っていうのは、あたしのことか?」
「え?」
背後から君代先生の声。
ま、まずい!
まさかこのタイミングで現れるとは……
「き、君代先生!?いつからいたんですか?」
「今だよ。綾瀬、大丈夫か?怪我とかはしていないか?」
ふむ、どうやら僕が名無と仲良く会話をしていたことを君代先生は知らないみたいだ。
それはそれで助かったのだが、このタイミングか……
人類災厄の殺意が去るというこのタイミングで現れるか。
「うい、怖いお姉さん登場だね」
「やっと、やっと会えたな。人類災厄の殺人鬼」
あ、そうか。君代先生は知らないのであった。
目の前にいる名無は人類災厄の殺人鬼ではなく人類災厄の殺意であることを。
「君代先生……彼女は」
「綾瀬は下がっていろ。危ないからな」
そう言って一歩前に出る君代先生。
いや、そんなことよりもお話がありまして……
「うい。お姉さん凄いね。殺意がヒシヒシと伝わってくるよ。うい、それにその顔。記憶にあるよ」
「そうか。やっぱりお前か。どうやら間違いないようだな」
「おかしいなぁ。人間って殺したら死ぬんじゃなかったっけ。殺しても死なないのは化け物で充分なのに、お姉さんって化け物?」
「はっ、お前が一番の化け物だろうよ」
「ういうい、その通りだね。それでお姉さん。私と殺り合いたいの?」
「そのためにお前を追っていたんだ」
君代先生が、殺意を具現化させた。
それはトモが僕の家に同居するようになって数週間後の話である。
時間は夜の十時。僕とトモはパジャマ姿でTVを見ていた。
ちなみにトモのパジャマは柚子のお下がりであった。巫女装束しか服を持っていないトモは当然パジャマも巫女装束だったらしく、そんな姿で家の中を歩き回れたら落ち着かないということで柚子に頼んでいくつかパジャマをもらったのであった。
お下がりというところがトモらしいなぁ。
「なあ、トモ」
TV番組も飽きてきたので、僕はトモと会話をすることにした。
しかし、何を話題にしようか?
「何ですか?真君」
「……うん。TVを見るのにも飽きたから雑談をしようかなって」
「いいですよ」
「そうだな……僕が興味あることを訊いてもいいかな」
「興味あることですか?何ですか?」
「君代先生って確か『七色』っていう能力名だったよね?」
「『虹色』です!『七色』は蒼子たちが所属している団体名です。率いているのは君代先生ですけど、普通間違えないです」
「そうだったっけ?まあともかくその『虹色』ってどんな能力なの?」
僕はまるで明日は晴れるのかなと訊ねるのと同じぐらい軽い調子で言った。
「……真君」
「ん?何?」
「異常者にとって能力を知られるということは非常にマイナスなんです。知られてしまえば対策が立てられるからです。だから、例え君代先生の能力でなくとも他人の能力は教えることが出来ないです」
「ん、そうか」
それは残念。
まあそこまで知りたいというわけでもないし、ちょっと興味があったぐらいだから別にどうでもいいのだが。
僕は立ち上がってポテトチップスを持ってきた。
「は、はう!!そ、それはポテトチップスではないですか!?」
「そうだけど?」
夜食としてはちょうどいいだろう。
僕はトモの前で封を開けた。
「し、しかも、こ、コンソメ味ですね?それコンソメ味ですよね!?」
「パッケージを見ればわかるだろう?」
「も、モノで釣ろうとしてもそうはいかないです!」
「……?」
「私の口は堅いですから!ポテトチップスぐらいじゃ口は開かないですよ!!」
あ、もしかしてトモは僕がポテトチップスで買収していると勘違いをしているのか?
そんなつもりは全くないんだけどなぁ。
「えっと、食べる?」
「はう!!そ、そんな甘い言葉には惑わされないです!惑わされないですよ!」
「何で二回言ったの?」
「とにかくです!私をポテトチップスぐらいで口を割らせようなんて、そんな考え甘甘なんです!私は義を重んじる……」
「あ、コーラも持ってこようかな」
「こ、コーラ!!」
コーラとポテトチップスのコンボでトモは堕ちた。
僕はそんなに聞くつもりはなかったのだけど、とにかく堕ちた。
「君代先生の能力『虹色』は筒型の大砲のようなものです」
「大砲?」
「はいです。でっかい筒からエネルギーの弾を打ち出すんです。そのエネルギーがどこから発生するかわからないですが、ともかく凄い威力なんです」
「ふーん。弾のスピードも速いのか?」
「いえ、音速なんでそこまでは速くないですね」
音速は充分に速いと思うのは僕だけだろうか?
やはりトモは僕の常識の範疇を超えている。
「もしも君代先生の大砲が一つなら、私も勝てる見込みはあると思うです」
「え?その大砲一つじゃないの?」
「七色の大砲がありますです。つまりは虹の色の分あるですよ。音速の弾が七つの方向から飛んできたら、いくら私でも避けきれないですね」
「はぁ、想像以上だね」
大砲七つ分の殺意。
どれだけ強力な殺意だ?
本当に、敵には回したくないなぁ。君代先生は。
「しかも弾をリロードする時間がほぼゼロなんです」
「は?」
「今七つの大砲があると言ったですよね?それの引き金は音なんです」
「引き金が、音?」
「つまりですね、君代先生が『虹色』を具現化して、何か音を発した瞬間に弾が発射されるんです。しかも音の高さによってどの大砲から発射されるのかが異なるんです。ドは赤色の大砲から、レは青から……というようにです。ドからシまではちょうど七つです」
僕は指を折って数えてみた。
ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ……
「あ、本当だ」
「実際はどの音がどの筒に対応しているかはわからないですが、ともかく引き金は音です。そして人間は容易く音を発することが出来るです。君代先生は適当に歌うだけでも私はきっと対応できないですよ」
「成る程ねぇ」
それは殴る、蹴る、斬るなどよりも容易い方法だ。
音を発するだけ。
それだけで音速の攻撃が行われるのだ。しかも君代先生が音を発する限りそれは際限なく。
普通の人間では対応できない。いや異常者であってもそれに対応するのは困難だろう。
「うん?そういえば黒鍵の音はどうなるんだ?」
「知らないです」
「あ、そう」
「はふん。コンソメ味のポテトチップスは本当においしいです。正にポテトチップスの王様です」
「そうだね」
という話をトモから聞いていたのだが、実際に君代先生の殺意を視るのはこれが初めてだった。
七つの、七色の筒。それは僕が想像していた以上に大きいものだった。
その筒一つが成人男性と同じぐらいの大きさであった。
それが七つ、宙に浮いて名無を囲んでいた。
その威圧感に僕は言葉を無くす。
これが、国生君代の『虹色』か。
そんな君代先生の殺意を、恐怖でもなく驚愕でもなく、怪訝な表情で名無は見ていた。
「ういー、おかしいなぁ」
首を傾げる名無。
「お姉さん?お姉さん、どういうこと?本当に亡霊?嫌だなぁ。それは予想外だよ。うい、私は生きている人間は殺すけど、死んでいる人間はどうしようかな?」
君代先生は正真正銘生きている人間だと思うのだが?
何を言っているのだろうか、名無は?
「ういー、まあどっちでもいいか。それで殺るの?お姉さん?」
「そのためにお前を追ってきたと言っただろうが!!」
音を出した瞬間から君代先生の攻撃が始まった。
今の言葉だけでも二十発ほどの弾が発射された。
しかも僕の目ではどれがどれだけ発射されたのかわからない。ただそれらの弾は名無に当たった瞬間、非常に大きな爆風を起こした。
その風は僕にも感じられる。
「う、うわぁ!こ、これ、周りのビルが壊れるんじゃ!!」
「うっせーぞ!綾瀬!ちょっとは黙ってろ!」
「そ、そうは言われても!!」
いつの間にか、君代先生は歌を口ずさんでいた。
何の歌かはわからない。最近の流行の曲だろうか?テンポが速い曲で、つまりその分だけ弾が発射された。
最初の段階から砂埃で名無は見えなくなっていた。
こんな激しく速い攻撃の中で名無は生存が可能なのか?
無理だろう。
そもそも殺意だから生きてはいないけど、しかしあれだけの攻撃を喰らいながら存在しているわけがない。
それほどの攻撃。
君代先生の攻撃は一分ほど続いた。
本当はもっと長い曲なのだろうが、飽きたようだ。
「はっ!いくらなんでもこれだけやれば充分だろう」
その言葉を最後の攻撃にして、君代先生は殺意を元に戻した。
「けほけほ、凄い砂埃ですね」
「手加減はしてないからな。それほどの相手と見て攻撃したんだけど……この様子じゃ地面に一メートルぐらいの穴が開いたかもな」
「うへ」
なんて威力だ。
まるでこの裏道だけ戦場になったような、それほどの砂埃。
と比喩をしてみたが、僕は戦場に言ったことがないので、漫画で見た戦場のイメージだ。
「ここまでやらなくても……」
「綾瀬……相手は人類災厄の殺人鬼だ。人類災厄の殺人鬼にやりすぎという言葉はないんだよ」
名無は人類災厄の殺人鬼ではなく、人類災厄の殺意なのだけど。
それを説明するのも億劫だなぁ。
段々と、段々と砂埃が収まってくる。
「君代先生。それじゃあ、今回の仕事はもう終わりですか?それならお金ください」
「はっ、心が貧しいやつめ。わかってるよ、ちゃんと……」
段々と砂埃が収まってくる。
そして僕らは見た。
その砂埃の中、まるで何事もなかったかのように立っている名無のシルエットを。
「な、なんだと?」
君代先生が動揺する。
無理もない。
あれはあの威力は人間が受けきれるものではない。
あ、名無は人間ではないけれど。
砂埃が完全に消え、名無が現れた。
「ういうい、相変わらずだね。凄い威力、脱帽だよ」
そう言う名無だったが、その身体には傷一つついていない。
いや、よく見ると着ている学生服にすら全く破れた跡などがない。
ということは……
「あの音速の攻撃を全てよけた?」
「いや、違う。よく見ろ綾瀬。奴の周囲を」
「え?」
「奴の周囲も何も傷ついていない。奴が私の攻撃を避けたというなら、コンクリートの地面やビルの壁が破壊されているはずなんだ」
……もっと気を使って攻撃をするべきじゃないのか?
「だが、それが全くない。つまり奴は全て攻撃を受けたんだよ」
「え?だって何の傷もついていませんよ。身体はともかく制服までですよ?」
「うい。それは簡単な答えだよ。攻撃を全て手で受けたんだよ。だから制服は無傷というわけさ」
簡単に言う名無であったが、実際にそれが簡単に出来るわけがない。
音速の、ほぼ四方八方からの攻撃。
それを全て手で受ける?
そんなの人間業じゃない。異常者でも出来るだろうか?少なくとも僕は出来ない。
人類災厄の殺意。
人類災厄の殺人鬼の殺意。
なるほど。これほどまでの力を持っているのか。
おかしくない。
国が災厄と認めても、なんらおかしくない。
「でも砂埃で制服が少し汚れちゃったね。ういうい、これから人と会うのになんてことしてくれるの?もう!殺すよ」
「くっ」
君代先生が、一歩引いた。
何を感じ取ったのか、それは僕にはわからない。わからないが、名無を前に君代先生は一歩引いた。
「なんちゃってね。うい、私は死人には興味ないから殺さないであげるね」
「なっ」
「あと、人に会わなきゃならないからもう行くね。もし私と殺り合いたいのならまた今度にしてね。それじゃあね。また会わないといいね」
そう言うと非常に素早くこの空間から去っていった。
君代先生は、名無を追わなかった。
正確には追えなかった。
自分の攻撃が全て効かなかったのだ。追うことに何の意味がある?
「ち……」
君代先生に人類災厄の殺意は倒せない。
それが証明されたのだ。
たった一回の攻防でそれが証明されたのだ。
「ちくしょう!!」
君代先生のその言葉は周囲にこだました。
その声がこの場を去った名無まで聞こえたか、それはわからない。
僕はその後、何も言えなかった。
慰めの言葉も、名無が人類災厄の殺人鬼ではないこと、名無と結構仲良くなってしまったこと、そして僕の推測。
何も言わなかった。
君代先生も僕と同様に何も言わない。
僕に何も訊いてこない。
ただ無言の空間。
先に耐え切れなくなったのは君代先生のほうであった。
「……桜守はどうした?」
「まだファーストフード店に……いるかどうかはわかりませんが、僕とは違って人類災厄の殺人鬼は追わないそうです」
「そうか」
「君代先生……これからどうするんですか?人類災厄の……殺人鬼には逃げられてしまいましたけど」
僕は、僕は言わなかった。
名無が人類災厄の殺人鬼ではなく人類災厄の殺意であることを。人間ではないことを。
どうしてかはわからない。
わからないが言わなかったんだ。
「はっ!あれが人類災厄の殺人鬼か。想像していたよりも大分上を行っていやがったぜ。次は……次は本気でやる」
「今回は本気じゃなかったんですか?」
あれほどの攻撃力を見せながら?
「当たり前だろう。こんな狭くてビルに囲まれていた道じゃ、私の『虹色』は本領を発揮しないよ。ビルを壊してしまいかねないからな」
完全に壊すつもりで攻撃していたように思えるのだが。
これはきっと君代先生の強がりだ。
あのとき君代先生は全力で名無を攻撃した。そしてそれが破られたのだ。
両方とも無傷で終わったあの殺し合いは名無の完全な勝利で幕を閉じたのだ。
僕はそれがわかっていた。君代先生だってわかっているはずだ。
そしてあえて口にしない。わかっていながら口にしない。
僕も君代先生も。
「ともあれ折角来たチャンスは逃しちまったな。仕方がない、当初の予定通りに行動することにしよう」
「当初の予定通り?」
「そういえば綾瀬は聞いていなかったんだな。現場検証だよ」
現場検証……それに意味はあるのだろうか?
現場検証をして僕らが得たかったものは犯人の足跡であったはずだ。しかし僕らはもう犯人と出会ってしまった。
正確には犯人の殺意とだが、それでも充分だろう。
現場検証をして得られる情報が果たしてあるのだろうか?
「現場検証をやる意味があるのか」
「え?」
「そう考えているだろう?綾瀬」
「いえ」
しまった。顔に出ていたか。
君代先生に毎回のように注意されているが、僕は考えていることが顔に出るらしい。
心を読まれているみたいで嫌だなぁ。
「確かに現場検証は意味がないかもしれない。もう人類災厄の殺人鬼を見つけているんだからな。しかしそれ以外の重要な情報が手に入るかもしれない」
「それ以外の重要な情報?」
それは人類災厄の殺意の情報ではなく、人類災厄の殺人鬼の情報であろうか?
人類災厄の殺人鬼……僕はその行方はなんとなくだが予想がつく。
あの殺意、名無を視て想像がついたのだ。
「まあ何も情報が入らないかもしれないが、それでも何もしないよりはマシだろう。私は、今何が起こったとしても立ち止まりたくはないんだ」
その言葉には決意があった。
そういえば、君代先生は何故人類災厄の殺人鬼を追っているのだろうか?
名無が危険な存在だから?
そうかもしれないが、僕はその答えが釈然としない。
それに、名無はどういうわけか君代先生を知っているようだった。
君代先生は名無のことを知らないようだったのに、名無は君代先生を知っているようだった。
二人の間にいったい何があったのだろうか?
僕はそのことを知りたいと思ったが、君代先生がそれについて答えてくれないような気がしてやめた。
「現場検証なら桜守を呼ばないと。綾瀬は対人型能力だから現場検証を行う際は全く必要ないからな」
確かに僕の殺意視認は完璧な対人型能力だ。同じように『複製』で蒼き目次録を使うことが出来ても、それは人がいなければ意味がない。
現場検証は僕には出来ない。
「桜守はまだファーストフード店にいるかな?いや、流石に死人が出た店には長くいないか。ともかく電話をしてあいつを呼ばないと……」
君代先生は携帯電話を取り出して珠美さんに連絡をとった。
珠美さんは君代先生の読みどおり、あの後ファーストフード店を出て家に帰ろうとしたらしい。
君代先生が連絡をしたときちょうど駅に着いたようなので、そこを珠美さんとの合流場所にした。
五分ほどで僕らは駅に到着し、そしてすぐに珠美さんを発見した。
女の子の顔で男子の制服を着ているとなれば、見つけるのはそう難しくはない。
「綾瀬君!君代先生!大丈夫だったんですか?」
珠美さんは開口一番に僕らの安否を気にした。
僕らの誰よりも名無の危険を感じた珠美さんは、それがずっと気になっていたのだろう。
「それが、やっぱり逃げられちゃって。さすがは人類災厄の殺人鬼。逃げ足の速さも天下一品ですよ。ねえ、君代先生?」
「あ、ああ」
僕は咄嗟に嘘を吐いて、君代先生もそれに合わせた。
余計な心配はさせたくなかった。
そして君代先生が人類災厄の殺人鬼に敗れたという事実も知られたくなかった。
「そう……はぁ、でもその方がよかったかも。あんなのは普通じゃないよ」
「桜守。お前は人類災厄の殺人鬼の何を見たんだ」
「……表現できません」
「表現できないだと?」
「深き闇、混沌……負のエネルギーのようなものがいくつも重なって、ぐるぐる回っている感じ。あんなの人間じゃないです!化け物です!」
それは正しい。
名無は人間ではなく殺意なのだから。
でもどうしてだろう。その事実を知っていながらも僕は、彼女が人間のように思えて仕方ないんだ。
あんなに異常な光景を見たというのに。
「君代先生。綾瀬君に聞いたかも知れませんが、言います。私はこれ以上あの化け物を追えません」
「そうか。無理強いはしない。ただ現場検証は行ってもらう。例の綿貫鶴君の現場検証は行ってもらう。それをやることはもう契約しているのだから」
「……はい」
珠美さんはしぶしぶという形で頷いた。
そして僕らは現場に向かった。
綿貫鶴君が殺されたという現場に。
その現場は先ほど名無と接触をしていた現場に似た、人気の少ない裏道であった。
何だ?名無はこういう場所が好きなのか?
僕の記憶が正しければ名無は嫌っ気が多いとか言っていた。
人が少ない空間、人が来たくないと思う空間。
そう言えばワタベ君の事件のときもその現場は人気の少ないところだった?
何か関係があるのだろうか?
犯罪者や異常者は、このような空間を好む、とか?
「早速だが、桜守。はじめてくれ」
「……はい」
と、僕が余計なことを考えているうちに、真面目な二人は現場検証に取り掛かっていた。
今回僕に出来ることは何もない。
前述したとおり僕は対人型の能力。
人っ気がないこの空間、そして現場検証という仕事において僕は全くの役立たずなのだ。
というわけだから、今回はずっと余計なことを考えていることにしよう。
しかし、ファーストフード店に残してきたポテト、もったいなかったなぁ。
折角のおごりだったのだからしっかり食べておけばよかった。
まったく、これも全て名無のせいである。
今度ポテトをおごらせよう。うん、そうしよう。
そういえば、今日の夕飯は何だろうか?
えっと昨日の夕飯は……いかん、思いだせない。
おかしい。僕はまだ若いはずなのにどうしてこう物忘れが激しいのだろうか?
僕は記憶力がずば抜けて悪い。
だから、六歳のときの記憶を無くす。
あのときの記憶を無くす。
アノトキ?
「どうだ、何か見えたか?桜守?」
「……」
「桜守!返事ぐらいしろ!」
「……そういう、ことですか」
「あ?何だって?」
僕が余計なことを考えているうちに、なんだか向こうは険悪な雰囲気を醸し出していた。
見ると、明らかに珠美さんの態度が今までと違う。
僕は今まで珠美さんの愉快な面、怯えている面しか見てこなかった。
今の珠美さんの態度は……冷たい感じがする。
言葉で表すなら、冷酷というのが近いのか?
普段と明らかに違う態度であった。
「先生。私はここで切り上げさしていただきます」
「え?」
どうしてだ?
だってさっきまでは渋々ながらもこの現場検証は行うって、それを承諾していたじゃないか?
珠美さんは、今度はいったい何を見たというのか?
わからない。わからなすぎる。
人の心はまったくわからない。
「桜守……」
「先生。先に契約を破ったのは、いえ嘘を吐いていたのはと言ったほうが正しいでしょうか?とにかくあなたです。これは契約違反です。わかりますよね、先生。わかっていて私をここまで呼んだんですよね?こうなることがわかっていながら、あなたはそれを知りたかったんですよね?」
「あぁ、そうだ。こうなることはわかっていた」
「いいでしょう。そこまで知りたいというのなら教えてあげます。ただし先に文句を言わせてもらいます」
「……」
「よくも今まで騙していましたね?この真実を知った以上、私は『七色』に所属する理由はありません。が、そうは言っても先生が今以上の働きをするというなら別です。一ヶ月。一ヶ月待ちましょう。それまでに私が求めているものを探し出してきたのなら、『七色』に変わらず所属していてあげます。いいですか?一ヶ月です。一ヶ月以内に結果が出せなければ私は『七色』を脱退します」
「わかった」
君代先生はただただ珠美さんに従っていた。
珠美さんが何を視たかはわからないが、どうやら君代先生は珠美さんに嘘を吐いていたらしい。
そしてそれは君代先生も認めている。
ここまで態度が豹変するような嘘。君代先生はどんな嘘を吐いていたというのか?
興味はあったが聞けるわけがなかった。
「文句は終わりです。さて先生が知りたがっていた情報ですが、残念ながら彼女は何の思念も残していません」
「……そうか」
「ここにあるのは殺人鬼の思念と、もう一つ」
珠美さんは一呼吸間を置いて、言った。
「風間勇の思念だけです」
もう君代先生の嘘に興味があるとか、そんなどうでもいいことを言っている場合ではなくなった。
勇さんから話を聞いたとき、僕は少なからず勇さんはこの事件について何か知っているのではと思っていたが、知っていたのではない。関わっていたのだ。
まさか、まさかここで名前が出るのか。
風間勇。
被害者、綿貫鶴君。人類災厄の殺意、名無。そして異常者専門の探偵、風間勇。
彼らの関係とはいったい何であろうか?
一見するとなんでもないように思えるのだが。
あぁ!!もう!本当に間が悪い!
先にこちらで現場検証を終えた後で名無と会っていれば、この間関係について問い詰めることができたと言うのに。
勇さんは果たして、名無たちとの関係を教えてくれるのだろうか?
僕の予想では絶対に教えてくれないと思うのだが……
「おい!桜守!どうしてここに風間の思念があるんだ!?」
あ、そうか。珠美さんはそれが視えたのか。
それなら珠美さんに聞くのが一番早い。のだが……
「……」
「おい!桜守!」
「先生。それは教えることが出来ません。これでもサービスしていると私は思っているんですよ?嘘吐きの先生にここまでの情報を提供しているのですから」
「ふざけるなよ!?」
「はぁ。わかりましたよ。答えます。正確には、風間勇の思念は感じられるが、それが何を考えていたか、何を行ったかということは私にはわかりませんでした。だから先生。本人に直接聞けばいいじゃないですか?」
「ちっ」
君代先生が舌打ちをした。
僕も君代先生も、おそらく同じことを考えていたのだ。
風間勇がそれを話すのか?と。
僕は勇さんは絶対に話さないと思うのだが、君代先生はどう考えているのだろうか?
「それでは私はここで手を引きます。先生、真君。最後に忠告です。あの殺人鬼は異常です。私が見てきたどんな人物よりも異常です」
それは人間ではないのだから異常だろう。
勿論そんなことは珠美さんには言わないのだが。
うん?でも珠美さんは現場検証や名無を視て、もしかするとその事実に気づいているのかもしれない。
まあどちらでもいいか。
もう退場する彼女がそれを知っていようがいまいが、物語には何の影響もない。
何の影響も与えない。
「手を出さないのが一番いいかと思いますが、先生。そんなつもりは毛頭ないんでしょう?あなたとの付き合いは長いのでとりあえず、注意してくださいね。それと真君」
「あ、はい」
何故か敬語になってしまう僕。
珠美さんは一応年上だからそれはおかしいことではないのだが、しかし僕は今その珠美さんの雰囲気に飲まれて敬語になってしまった。
怖いんだもん、何か。
「余計なことかもしれませんが、あなたはこの事件から手を引くべきです。私みたいに」
「え?」
「あなたは運が悪すぎる。あそこで人類災厄の殺人鬼と会ってしまうほどの運の悪さ。まさしく最悪。あなたがこの事件に関わる以上おそらくもう一度人類災厄の殺人鬼に会えるでしょう。そして先生はそれを狙ってあなたを誘ったんでしょうけど。あなたは戦闘手段が、ないことはないのだけど、しかしそれは非常に頼りない」
確かに僕は戦闘能力は皆無に等しい。
うーん、でも名無を視る限りそれほど危険には思えないんだけどなぁ。
人を無闇に殺したりはするが、しかし人間よりはマシだ。
そして僕のような人間よりもマシだ。
「桜守。余計なことを吹き込むな」
「確かにそうですね。真君、決めるのはあなたです。私は忠告だけはしました。後はあなたがどう行動するか。さて、私はこれで手を引きます」
そして珠美さんはリタイヤした。
さて、君代先生は次にどう動くのか?
……予想はつくけどね




