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担任 国生君代

朝のHRが終わった。君代先生が『みんな期末テスト頑張るように。特に赤点なんてとったら、わかっているだろうね?』と生徒に脅しをかけていたが、残念ながら僕には届いていなかった。

正直期末テストどころではない。

トモとの約束を破るということは、死に直結するような気がする。

いや、実際に破ったことがないからわからないのだけど、そんな気がするんだ。

だから僕は家を出てからずっと考えていた。どうお金の工面をするのかを。

僕は人付き合いが苦手だから、バイトとかは嫌だしなぁ。

そもそもこの学校はバイトがOKだったっけ?

よく覚えていない。興味がないことだったから。

まあバイトはないな。どうせ長続きしないし、日払いのバイトもやりたくない。

勇さんの手伝いをしてわかったんだけど、僕って働くことがあまり好きではないんだよね。

しかし、そうした場合どうやってお金を工面する?

働かざる者食うべからずという諺があるように、働かない者にお金なんて回ってこないのだ。

そんなことはわかっている。

わかっているが、僕はまだ学生。本業は学業。

よって働くということはおかしなことであり、故に金欠というか……

あぁ、もうなんだかよくわからなくなってきた。

僕は今日何度目になるかわからないため息をついた。

「元気ないなぁ、綾瀬君」

「うん?あぁ春菜さんか」

声をかけてきたのは、二つの人格を持つ福田春菜さんだった。

最近ではとりわけ珍しくもない光景である。

「私は冬菜の方。話し方で何となくでもわからないものかねぇ」

間違えた。

どうやら今はもう一つの人格のほうの、つまりは冬菜さんの方らしかった。

福田春菜・冬菜……一つの身体に二つの人格を持っている少女達だ。元々は別々の身体を有していたのだが、冬菜さんが亡くなり春菜さんの身体に乗り移ったことにより二重人格が完成したのだ。

本当の二重人格。一つの体に二つの精神。

ちなみに春菜さんは普通の人間であるが、冬菜さんの方は異常な力を有している。その名も『あやつり』。能力の名前の通り人を操る能力。糸のような殺意を相手に刺し、そこから電気信号を送り、強制的に相手を操るという能力。いやぁ、恐ろしい。

まあ先月いろいろあってこの冬菜さんと対峙したときがあったが、あれは嫌だったなぁ。

「それで?僕に声をかけてきたっていうことは何か用があるの?」

「用がなくても友人には話しかけるものでしょ?」

「前の学校での寂しさをこの学校で癒す冬菜さんなのであった」

「……殴られたい?」

「嘘です。本音です。冗談です」

「やっぱり殴られたいみたいね。綾瀬君てMっ気があるからね、手加減はいらないよねぇ」

「嘘です。冗談です。つい本音が出てしまったんです」

「殴るね(ハート)」

さて冗談はさておき……

「ごめんね。今日はちょっと悩み事を抱えていてさ、相手にしてられないかも」

「何?何かあったの?それって例のそっち方面?」

興味津々という感じで、冬菜さんは身を乗り出してきた。

「ちょっと、お姉ちゃん!もしかしたらプライベートなことかもしれないでしょ?そんなに強引に聞いちゃ綾瀬君に悪いよ」

「あ、春菜さんもいたんだ」

人格交代である。ちなみに冬菜さんが姉で、春菜さんが妹。だから自分に向かって「お姉ちゃん!」と言っているときは春菜さんが登場というわけだ。

「あ、うん。今さっき起きたばかりだけど」

「今さっき起きた?」

「春菜ねぇ、今日は寝起きが非常に悪くてね、今まで眠っていたのよ」

今のは冬菜さんであろう。こうやって交互に出られると、いやはたから見ているとね、非常に怪しい人に見えるのだが……

「お、お姉ちゃん!」

今のは春菜さん。

「何よ。本当のことでしょ?」

冬菜さん。

「本当のことでも、何も綾瀬君に言わなくても良いじゃない!うぅー、恥ずかしいよ」

多分、春菜さん。

「恥ずかしがることないじゃない。ねぇ、綾瀬君?」

「多分冬菜さん……じゃなくて、そういうのは声に出さないでやってくれるかな?ほら一人で二人分の会話をしていると、変だからさ」

「あう、ごめん」

「今のどっち?」

「え、え?何が?」

「動揺しているから春菜さんの方だな。冬菜さんはもっとふてぶてしい」

「?」

しかし……独り言を言う僕も十分変な奴であった。

「まぁ、細かいことは置いておいて、それで悩みって言うのは何よ?お姉さんに相談してみなさい」

「お、お姉ちゃん!」

「いいんだよ。春菜さん。それよりも僕も君たちには是非相談に乗って欲しいんだ」

「お、何々?素直じゃないですか?よっぽど困っていることがあるんだねぇ」

「わ、私も出来ることがあったらするからね!」

「んじゃ、二人とも。お金貸して」

ストレートに言ってみた。

「お金の相談は友達を無くすわよ」

「え、えっと、今千円しかないけど、それでいいかな?」

それぞれ違う反応をする姉妹であった。

「ちょっと!春菜!ダメじゃない。そんなにすぐにお金を貸しちゃ!」

「で、でも、困ってるんだよ?綾瀬君が」

「困っていても貸しちゃダメ。どうせ、すぐにまた貸してくれって言い出すに決まっているわ。それからことあるごとにお金を要求するのよ。前は貸してくれたじゃないか。これが決まり文句になって、春菜も断るに断れなくなって……」

「綾瀬君はそんな人じゃないもん!!」

「人の会話を途中で中断させないでよ!まだ続きがあるんだから!」

「だから!綾瀬君はそんな人じゃないの!」

「そんな人よ!現にお金を要求しているじゃないの!」

「それはきっと凄い深刻な理由があるんだよ!」

何か一人喧嘩が始まっているんだけど……周りから怪しい人に見られているよね、僕ら。

「あの……冗談だからそんなに剥きにならないでよ二人とも」

『冗談だったの!?』

あれ?一人の声しかしなかったはずなのに、何故か重なって聞こえてきたぞ?

幻聴かな?疲れているのかな?

「あ、いや、お金に困っているっていうのは本当なんだけど、いくら僕だって友達にお金を貸してくれとは本気で言わないよ」

「ほら!綾瀬君はそんな人じゃなかったじゃない!」

「そんなことないわよ!本当は借りたかったんだけど、いえ春菜を陥れたかったんだけど、私の存在が怖くなってやめたのよ!」

だから、喧嘩はやめてもらいたい。しかも一人での。

なんだか、最近僕の周りが賑やかになってきた気がするなぁ。

それが良いのか悪いのかは分からないのだけれど。

「どうしてお金なんかに困っているのよ?」

あ、喧嘩をやめて僕に質問してきた。えっとツンツンしているから冬菜さんだな。

「うん。実はね……」

僕は相談に乗ってもらうために、困っている理由を冬菜さんに説明した。

「……というわけ」

「そういうわけなの。じゃあ頑張ってね」

「相談し甲斐がないね、全く」

「仕方がないじゃない。何も手助けすることがないんだから」

「あの!良かったら、お金貸そうか?」

「春菜は黙ってる!」

「あう」

「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」

友達からお金を借りるなんてダメ人間のすることだ。例え貸してくれると言ってもそれは断らないとね。

「だってねぇ、お金の問題じゃ私たちはどうにもならないでしょ」

「まあ、そうなんだけどね……ほら割のいいバイトを教えてくれるとか」

「そんなバイト知らないし、綾瀬君って働くの嫌いそうだしね」

「うん、嫌いだね。ついでに人間嫌いだから、あまり人と接点がないバイトが良いな」

「そんなバイト知らないし……結局は自分で何とかするしかないって話じゃない?」

「そうだね」

「ところでさ、その七夕祭ってやつ、私たちも行ってもいい?」

「うん?まあ良いんじゃないのかな?」

人数が多いほうが楽しいだろう。

「綾瀬君の妹さんってあれでしょ?前、私の家に訪ねてきたときにいた子。あの子可愛いよね」

「うん。可愛い」

「うわ!シスコンだ。シスコンがここにいるよ!」

ほっといてくれ。

しかしどうして冬菜さんは口が悪いのだろうか?同じ双子であるというのに性格は正反対のようだ。同じ双子なのに……同じ双子だからだろうか?

「妹さんを悲しませないためにも、お金を工面しないとね」

「……わかっているよ」

それとトモに殺されないようにね。

さて、どうしたものか……こればかりは僕もどうしようもないのだろうか?

「そういえばさ、話が突然変わって悪いんだけど……」

「うん?何?」

「今日の君代先生の様子、おかしくなかった?」

「おかしい?どこが?」

どこが?と訊ねたのだが、僕は君代先生が教壇に立っているときお金をどう工面するかしか考えていなかったため君代先生の様子なんて全くわからなかったりする。

「どこが、と言われても具体的にどこがとは言えないんだけど」

「はっきりしないね」

「うるさいわね。そう思ったのよ。いつもと何か違うなって」

「ふうん」

君代先生の様子がおかしくても、今の僕にとってはどうでもいい話であった。

そう、僕には他人に気を使っている余裕など無いのだから。



対抗策なんて思い浮かばないまま帰りのHRを迎えてしまった。

まずいなぁ。何のいい案も浮かばない。

素直にトモと柚子に土下座をするのが一番早いだろうが、果たして彼女たちが許してくれるのだろうか?

……許してくれないだろう。特にトモ。

お金……お金。そもそもお金という概念を考えた人は誰なんだ?

お金は人を腐らせていったというのに、何故ここまでお金は流通し、モノとの交換に使われるようになってしまったのか?忌まわしい。全く忌まわしい。

「……以上でHRは終わりだ。じゃ、帰っていいぞ」

大体あんな紙切れに一喜一憂する人間はどうにかしている。

お金とはあくまでモノと交換できる道具であり、あれ自体には何の価値もないのである。

つまりは持っているだけ無駄。というのが今考えた僕の持論である。

「あぁ、綾瀬は話があるからこの後職員室に来るように。そんじゃ解散」

皆がぞろぞろと帰っていく。

……どうやらHRが終わったようだ。

お金のことばかり考えていたから内容はほとんど頭に入っていなかったが……大丈夫だろう?

「ありゃりゃ、大変なことになっちゃったわねぇ。綾瀬君」

「冬菜さん?」

「そうよ。今回は当てられたみたいね」

朝に続き冬菜さんが声をかけてきた。

見分けがつくようになって、ほっと一安心。

「乱暴な口調なのは冬菜さんだよね」

「失礼ね。私のどこが乱暴な口調だというのかしら?」

「気づかないなら気づかないで幸せなことってあるよね。ところで、何が大変なことなの?」

「だって、ねぇ……どうやら君代先生に目を付けられちゃったみたいね?」

「目を付けられちゃったって……誰が?」

「綾瀬君に決まっているじゃない。何言ってるの?」

「いや、冬菜さんのほうが何を言っているのさ?」

「……まさかHRの君代先生の話、聞いていなかったの?」

「うん?君代先生の話?」

もちろん全く聞いていなかった。

「お金のことでそれどころじゃなかった」

「はぁ、私がここで話さなければ、綾瀬君は君代先生に殺されていたわね。呼び出しを受けたのに行かなかったなんて、極刑だわ。きっと」

「極刑だなんて……」

大袈裟だと続けようとしたけれど、決して大袈裟な物言いでもなかったので僕は黙る。

確かに極刑にされるよね。

「少しは感謝しなさいよね。私のおかげであなたは命を救われたのよ」

「大袈裟ではないところが恐ろしいよね」

僕のクラスの担任、君代先生も異常者である。

しかも物凄い力の強い異常者であるらしい。僕はその力というやつを見たことがないのだが、あのトモが恐れるほどである。

きっと僕なんて一瞬で木っ端微塵に出来るほどの力を有しているに違いない。

そんな厄介な人間である上に非常に短気なのが君代先生だ。

つまり僕が呼び出しを受けていかなかった場合、極刑だっていうのは本当に大袈裟ではないのだ。

おぉ、想像しただけでも恐ろしい。

「でも、君代先生は僕に何の用だろう?」

君代先生は勇さんと同じように僕を過大評価している節があるからなぁ……また異常者関係の事件の話だろうか?

一緒に事件を解いて欲しいとか?

そんな毎回毎回頼まれてしまってはこちらとしても身が持たないのだけど、しかし僕は人の頼みを断れないのでまたそのような依頼でも受けてしまうんだろうなぁ。

あ、でも君代先生とは一緒に事件の解決に望んだことは無かったな。

もしかすると違う用件かもしれない。

「私は大体予想はつくけどね」

「君代先生が僕を呼んだわけ?何で冬菜さんがわかるのさ?」

「お姉ちゃんは裏事情に詳しいからね」

「こら!春菜!余計なことは言わないの!」

「裏事情っていうと……結局またそっち系か」

冬菜さんの予想はどうやら異常者関係の話ということらしい。

一度はっきり言った方がいいかもしれない。

僕は君代先生が考えているほど、優秀ではないと。

「それで、冬菜さんの予想はどんな感じなの?」

「それは教えられないわ」

「何で?」

「私は私で独自の情報源があってね……それが発覚すると私もちょっと厳しいのよ。うん。私だけが厳しいんだったら、まあいいんだけどね、この身体は春菜のだから。悪いけど話せないわ」

……よくわからないが、話したくないというなら無理に話してもらう必要も無いか。

「わかったよ。君代先生が何の話をするのかわからないけど、僕が実際に行って確かめればいい問題だ。わざわざ冬菜さんの予想を聞くまでもないよね」

「そう言ってもらえると助かるわ」

「それじゃあ、僕は行くよ」

あまり待たせると君代先生に怒られるプラス殴られる。

というわけで、僕は帰り支度をして、そのまま職員室に向かうことにした。

「あ、ちょっと待って」

「ん?何?冬菜さん?」

「……気をつけてね」

「?何が?」

「気にしなくていいわよ。私が言いたかっただけだから。それじゃあね」

何故か慌てるように冬菜さんは教室を出て行った。

さて、僕も行くとしよう。


職員室に入るのが好きな生徒はなかなかいないように、僕も職員室に入るのは嫌であった。

何て言うのか……不必要に緊張してしまう。

特に悪いことをしたわけではないのだが、職員室に入る時は罪人の気分だ。

職員室の扉の前でそんなことを葛藤しながら、しばらくして僕は職員室の扉を開けた。

「失礼します」

勿論挨拶も忘れない。

突然の僕の来訪に職員室にいた先生方全員が僕の方を向いた。

やめて欲しい。

僕は人の視線が好きではない。

しかもこれだけの大多数の視線。何だか気持ち悪くなってきた。

視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線、視線……まさかこの中に僕に殺意を向けている人間がいるわけはないだろうか?

僕は殺意が視える。うんざりするほど視える。

普段は眼鏡をかけて視えなくしているのだが、これを外せばこの職員室にいる人間の殺意が全て視える。

果たして、この中に僕に殺意を向けている者がいるだろうか?

興味はある。だが、外せない。

そんなもの視たら、気持ち悪い。今以上に、気持ち悪い。

視線はなかなか外れない。

僕は、僕は……

「おー、綾瀬。やっと来たか」

君代先生の声が聞こえて僕は正気に戻った。

それと同時に、周囲の僕に向ける視線も無くなる。

なんていうことはない。彼らは僕にちょっとした興味があっただけなのだ。

誰の生徒だろう?と。

殺意なんて持っているわけがない。

本当にない?

気持ちがうまく切り替わらなかったけど、そのまま僕は君代先生のところに向かった。

「む、綾瀬、何だか顔色が悪いぞ。風邪か?」

「そういうわけじゃないんですけどね。それで僕に何の用件ですか」

「ちょっと真面目な話だよ。勿論こちらのな」

こちら……つまり異常者側の世界のことを指しているのだろう。

「ここで話すのもなんだから、音楽室に行こう」

そう言って僕は音楽室に連行された。


音楽室には誰もいなかった。

放課後だから吹奏楽部だとかコーラス部だとかがいると思ったのだが……素直に君代先生にこの疑問を訪ねてみることにした。

「今は誰もいないんですか?吹奏楽部とかコーラス部とか?」

「あぁ。今日の音楽室はコーラス部が使っていい日なんだけどな、全員ランニングさせている」

「どんなコーラス部ですか?」

「いいんだよ。あいつら全員異常者なんだから」

「……はい?」

「あれ?聞いていないのか?コーラス部に入部しているのは全員私たちと同じ異常な力を持った人間なんだよ」

「初耳ですよ、そんなの」

「『七色』は全てコーラス部だし、『黒色解体』も『白魔姫』もコーラス部だよ。この学校でコーラス部じゃない異常者はお前たちぐらいなものさ」

僕たちというのは、トモや冬菜さんを指しているのだろう。

僕も君代先生にコーラス部に入るように勧められたこともあるが、断った。

だって、厳しそうだし。

絶対にいいようにしか使われないような気がするんだ。

「あとは月見ぐらいか」

「はい?」

「……何でもないよ。ともかく今は全員ランニング中。異常者とはいえ体力は大事だからね。勿論コーラスにおいても体力は大事だ。そういうわけだから。学校の周りを三十周させている」

測ったことはないけど、おそらく学校の周りは五百メートル以上あるだろう。かけることの三十……十五キロメートル以上。

入らなくて良かったぁ。コーラス部。

「もっとも全員が真面目に出ているわけではないんだけどね」

「そういえば篠本さんも『七色』の一員でしたっけ?」

篠本さんっていうのはトモの知り合いで、学年トップの頭脳を持つ……まあ凄い女の子だ。

「あいつはいつも部活をサボる。体力強化系のトレーニングを組み込んでいるときは尚更だな。私もあいつの能力は非常に使えるから強くは言えないんだけどね」

「君代先生が強く言えないなんて想像できませんね」

「馬鹿。私だって人間だ。いろいろ考えているんだよ。単純だとか短気だとか、そんな面ばかりじゃないんだよ。私だってな」

……あれ?何か違和感を感じる。

おそらく、おそらく今の会話の流れだったら、僕は有無を言わずまず殴られていたはずだ。

殴ってから今の言葉を言ったはずだ。

君代先生の行動に、何か違和感を感じる。

「さて、今回は真面目な話だ。だから私もいつもとは違い真面目に話す」

「いつもは真面目じゃなかったんですか?」

「ふん。お前はすぐに人の揚げ足を取りたがる。普段だったらここで殴るが、今回は許してやる」

……本当に君代先生らしくない。

そういえば、冬菜さんが君代先生の様子がどこかおかしいと言っていたな。

これからする話と何か関係があるのだろうか?

「私は今ある事件の犯人を追っている。それを手伝ってもらいたい」

「……」

やっぱり事件解決のために僕を協力させるつもりのようだ。

そう考えてはいたが、何だかねぇ。

「犯人についてわかっていることは三つ。一つ目、異常者であること」

そりゃ、異常者でなければ君代先生は調べることはしないだろうし、僕に話が回ってくることも無いだろう。

「二つ目。犯人は百人以上を殺している殺人鬼であるということ」

「ひゃ、百人以上!?」

何だ?そのでたらめな数字は?

百人以上も殺していて、世間に隠し通せるわけがない。

いくら異常者が起こしている事件だからって、そこまでの殺人鬼がいれば世間は騒ぎだてるはずだ。

「実際はもっと多いかもしれない。確認できる数が百人以上というだけだ」

「そんな多くの人が殺されたというのに、どうして今まで誰も動かなかったんですか?」

「動いたさ。ただ皆ことごとく殺された」

「え?」

「殺された百人以上の人間のほとんどが異常者だ。最初は普通の人間が殺され、それを調べるために異常者が送り出され、そして殺された。後はその仇討ちを考える者達がことごとく殺された。嫌な方式だよ。殺されたほとんどが異常者。しかも裏で生きてきた人間だから、死んだとしてももみ消すのは簡単だった。だから世間は知らないんだ。この殺人鬼を」

「……そんなとんでもない殺人鬼がいるんですか」

「あぁ、しかも奴はここら周辺に潜伏している可能性が高い」

「え?」

「多いんだよ。事件が起こる率がな。最後にそいつが起こしたと思われる殺人事件も近かったしな」

それは……僕らの町にその殺人鬼がいるかもしれない、ということか?

不意にトモ、柚子、小鳥、福田さんの顔が浮かんだ。

彼女たちは大丈夫だろうか?

というか、僕はどうして女の子たちの顔しか思い浮かばなかったんだ?

何か恥ずかしくなってきた。

「さて三つ目。そいつは顔も名前も、性別すら不明だが、通り名だけは付いている」

「通り名?ですか?」

「誰が名づけたかは知らないが、奴はジンルイサイヤクの殺人鬼と呼ばれている」


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