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忘れていた約束 綾瀬真

おこがましい、おこがましい。

人間はどうしてこうもおこがましいのか?

醜く、醜悪、他人を蔑むことが大好きな人間……おこがましい。

おこがましい、おこがましい。

私はいつもそう思っている。おこがましいと思っている。

霊長類。それは人間がおこがましいが故に出来た言葉だ。

人間たちは口では言わなくても、自分が万物の王であると考えている。

本気で考えている……おこがましい。

おこがましい、おこがましい。

全ての人間はおこがましい。

救いようがないほどおこがましい。

そう全ての人間は救いようがない。

自分と同様に救いようがない……おこがましい。

おこがましい、おこがましい。

人間は非常におこがましい。

だが一番おこがましいのは、そんなことを考えてしまう私だ。

おこがましいという理由で殺人を繰り返してきた私だ。

そんなことはわかっていた。

最初の殺人を行う前からわかっていた。

今私の前には一つの死体が転がっている。

異常者、私のように人にはない力を有していた異常者だ。

正当な防衛とはいえ、おこがましい。

私はおこがましい。私の世界では一番おこがましい。

だから、この殺人を最後にしよう。

最後の最後に………を殺して、最期にしよう。


この事件は七月に起きた事件だ。

いや、これはもう事件ではないのかもしれない。

事件の犯人は初めからわかっていて、なおかつこの事件は表舞台には一切顔を出さなかったからだ。

だから世間一般ではこれは事件ではない。

この物語は事件ではない。

ただの物語だ。ただ、こういうことがあったという話しだ。

そういうわけで今回は、僕は何も推測はしないし、推理なんて勿論しない。

僕はただ流されただけである。

君代先生……いや好代さんにと言った方がいいだろうか?

ともかく、第一に彼女に流されて、そして第二に名無という殺人鬼に流された。

流されっぱなしの物語である。

この物語に普通の人間は出てこない。例え登場する機会があったとしても、何らかの理由で直ぐに退場をしてしまう。

この物語は異常者で語られる物語だ。

この物語は彼女たちの殺人劇と復讐劇だ。

そして僕にとっては出会いの物語でもある。

完成しているかのようで完成していない殺人鬼。

ジンルイサイヤクの殺意・名無誠。

その出会いと別れ、そして無意味な物語である。



前述したとおり、物語は七月から始まる。

それも七月の一日からだ。

あの事件からこの日までいろんなことがあった。例えば、トモが僕の家に住むことになったり、その関係で小鳥がまた怒ったり。春菜さん(冬菜さんも含む)とはあの事件以降よく話すようになったり、その関係で小鳥の機嫌が悪くなったりと。勇さんに呼ばれてどうしようもない事件を一緒に解いたり、その関係で小鳥との約束をキャンセルしなければならなくなりまた小鳥を悲しませてしまったり。

ともかく六月もいろいろなことがあった。

ともあれ、七月である。

六月のことは忘れて心機一転しようと、僕にしては珍しく前向きな思考をしていた。

が、それも七月一日のしかも朝から崩されることになった。

「ふぁーです。おはようございますです、真君」

「トモ……語尾の『です』は絶対におかしい」

風間智美……何故か僕と同じ家に住むことになった女の子である。同じ家に住むことになった理由は、保護者である風間勇さんが忙しくて家を空ける時間が多いというのが表向きの理由だが、どうやら裏では僕の姉が何か断れないことがあったようで、しかしながらそのことを那美姉に聞くと恐ろしいことになるので未だ裏の理由は不明である。

その容姿は可愛いのだが、ちびっ子でどうも異性として見れないのが特徴だ。まあ僕には小鳥という可愛い彼女がいるから、異性として見れなくても別になんら問題はないのだけど。

ちなみにトモは異常者である。馬鹿でっかい剣を振り回して戦うのだ。

しかもぽんこつながら異常者を見分けることが出来るという能力もある(一度も役に立ったことはないが)。

以上が風間智美の説明である。

「朝から駄目だししないで下さいです。こっちは寝不足なんですから」

「なんで僕よりも先に寝て寝不足なんだよ?」

「寝る子はよく育つ、です」

「ちびっ子の癖に何を言う」

「むー!これから育つです!まだ成長期が来てないだけです」

「それは超ちびっ子なんじゃないか?普通女の子は小学校高学年ぐらいから成長期が始まるから、トモはかなり発育が遅いということに……まてまて、洗濯剣を出すな」

トモは顔を赤くしながらそれを具現化させた。

洗濯剣……じゃなくて『切択剣』。切断したいものだけを切断できる便利な剣だ。

「もう!どうして朝からそんなに酷いことを言うですか!?」

「だって、トモって弄りやすい性格をしているし」

いいから剣をしまって欲しい。

というか剣先が僕に向いているのだけど……え?もしかしてピンチ?

これ本気?

「ちょっと風間さん。お兄ちゃん。朝からうるさいですよ」

台所から僕らを注意するのは、僕の妹、綾瀬柚子だ。

綾瀬柚子……僕の妹で綾瀬家の炊事洗濯以下諸々をこなす、僕の自慢の妹である。正に目に入れても平気なぐらい可愛い妹なのだ。

こう言うとシスコンだな、僕って。

「朝ごはんはもう出来てますから、早く召し上がってください」

「ぶー、わかったですよ」

口を尖らせながらも具現化した殺意を消したトモ。

……最近僕は命の危険を感じることが多くなってきたように思えるのだが、気のせいだろうか。気のせいであって欲しいものだ。

「風間さん。トーストはもう焼けていますよ」

「ありがとうございますです!」

「たしか風間さんはイチゴジャムが好きでしたよね」

「そうです。えへへ、イチゴは食べても塗ってもおいしいです」

お子様のようにはにかむトモ。

うんうん。子供は素直が一番だ。

「それじゃあ、これを」

柚子が赤いものが詰まったモノをトモに渡す。

「わーい。イチゴです。イチゴなんです」

トモはそれを何のためらいもなくスプーンでパンに塗っていく。

……うわ、見ているだけでまずそうだ。

「いただきますです」

トモは寝ぼけているのか、それをそのまま口に含んだ。

僕はその味を出来るだけ想像しないように、オレンジジュースを飲み干す。

「もぐもぐ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はうあ!!」

何秒間かの停止後、トモは飛び上がるかのように立ち上がった。

「うぐあ、ふぐあ……か、辛いです~。何ですかこれ!?イチゴじゃないです!?これイチゴじゃないです!?」

塗っている時に気づくべきだ。

「あ、間違えてタバスコを渡してしまいました」

「間違えようがないですよ!?」

塗っているときに気づかないお前が言うな。

「イチゴかと思って食べたら辛いんですよ!酷いです!柚子ちゃんは鬼です、悪魔です、鬼畜です、悪魔です!」

何で悪魔って二回言ったんだろう?

まあ、いいや。

「わざとじゃないですよ。ただどういう反応をするのか興味があったので」

それをわざとというんだ、我が妹よ。

言い忘れていたけど、この二人は非常に仲が悪い。

どうしてか知らないが、非常に仲が悪い。

毎日がこんな感じである。

たいてい柚子が何かいたずらをして、それでトモが酷い目をみる。

……わが妹ながら恐ろしい。

「こんなタバスコトースト食べれないです!」

「食べ物を粗末にしてはいけません。このトーストを残すというなら晩御飯は抜きです」

「そんな……柚子ちゃんは悪魔です!鬼です!鬼畜です!悪魔です!」

だから何で悪魔って二回言うんだろう?

「二人とも……昼ドラのようなことやってないで、普通に食事をしなさい」

「うー、だって真君」

「トモ……寝ぼけていたってそのパンにタバスコを塗ったのは君自身だ。だからそれはトモが責任を持って食べなさい」

「そ、そんなぁ」

滅茶苦茶妹に甘い兄であった。

「こんな辛いパン食べれないです!大体ですね、タバスコは人間の食べ物じゃないんです!!」

「うーん、タバスコはそんなにまずいものではないと思うけど……。ピザにもかけるしさ」

「塗るまではしないです!そこまで言うなら、真君。食べてくださいですよ」

「う」

「私は辛いものが嫌いです。でも真君は嫌いではないんですよね?ならこのタバスコトーストを食べれるはずですよね?」

「……確かに僕はタバスコが嫌いではない。しかしだ、タバスコトーストとなると話は別だ。何でそんなミスマッチなものを僕が食べなければいけないんだ?」

「うー、そもそもは真君の妹である柚子ちゃんが仕組んだことですよ!!」

「寝ぼけていたトモも充分悪いと思うけどなぁ」

「悪くないです!私はイチゴジャムのトーストが食べたかったんです!タバスコトーストじゃないんです!!」

「いや、わかっているけどね。でも、それもったいないから食べちゃいなよ」

「もったいないと思うなら真君が食べてくださいです!!」

「何故僕が?」

酷くどうでもいい会話をトモと繰り広げていると、柚子がその会話に口を挟んだ。

「二人とも……仲良く話すのはいいですが、朝は時間がないんです。早く食べてしまってはいかがでしょうか?」

ちょっと、怒っている感じだ。

トモとばかり話していたから、寂しい思いをさせてしまったのかもしれない。

しまったなぁ。柚子は僕らのためにいつも一生懸命働いてくれているというのに、僕は愚かしい奴だ。

「でも……食べれないですよ。こんな辛いトースト……」

確かに。トモは僕らと比べると一段階辛さに弱い。

お子様嗜好の味覚をしているのだ。トモが食すには少々荷が重いかもしれない。

仕方がない。

そう、これは仕方がないことなのだ。

「わかったよ、トモ。僕のマーガリンのトーストと交換しよう」

「え!?いいのですか!?」

「え?お兄ちゃん?何を?」

「トモは辛いモノが嫌いだからね。仕方がないだろ?それにやっぱり残すというのも悪いし?」

地球には恵まれない子供たちがたくさんいるというのに、僕らがご飯を残すというのは贅沢な話である。

といういい人の意見を言ってみたりする。

「ほら。いいからそれ」

「あ、はいです!えへへ、真君は優しいなです」

「……」

「そんなことはないんだけどね」

僕はトモとトーストを交換した。

……その見た目に後悔の念を覚えるも、僕も男である。

腹をくくらなければ。

まず様子見の形でそれを一口だけ食してみる。

………………………………………………………………………………何だか泣きたくなった。

兎に角辛い。僕の顔は今真っ赤かもしれない。

しかしもともと僕は我慢強いほうなので、これくらいなら……オレンジジュースで流し込めば何とか……いける……と思う。

「おいしいです!やっぱりトーストは普通の味覚に限るです!出来ればイチゴジャムがベストなんですけどね!」

横でトモがはしゃいでいたけど……もうあまり関心はなかった。

何でこんなことになっちゃったんだっけ?

よく考えると、僕はタバスコトースト作成に一番関わらなかったキャラクターではないのだろうか?

その僕がいったい何故このような惨たらしい仕打ちを受けなければならないのだろうか?

「……間接キスなんて、不潔です」

ぼそっと、柚子が何か言ったけど僕にはよく聞こえなかった。


タバスコトーストによってちょっとだけ鬱な気分になった僕であったが、それも五分も経てば元に戻った。

「そういえば今日から七月だなぁ」

「七月だと何かあるですか?」

「別にないけど、ただ言ってみただけ」

他愛もない会話、というやつである。

「真君。七月って何か行事の匂いがしませんか?」

「何それ?」

「ほらです。七月の後半には夏休みに入りますし、えっと期末テストもあるです!」

「テストかぁ。テストは忘れておきたい行事だったなぁ」

「真君は成績悪いですか?」

「そういうトモはどうなんだよ」

「私はよくないです」

「僕もよくないなぁ」

テストのことを思い出し、僕とトモはほぼ同時にため息をついた。

しかし、行事の七月ね。

そう言われてみればそうかもしれないけど、しかし行事がない月などあるのだろうか?

考えれば何かしらどの月も行事はあるように思える。

「あと七夕もありますよね」

柚子も僕らの会話に参加してきた。

うん?七夕?

柚子のその言葉に僕は何故か動揺を覚えた。

七夕、七夕……何か忘れているような気がする。

「私の学校でも飾り付けが始まりましたよ。笹とか玄関に置いてあるんです。邪魔なんですけど、風流に思うのも確かですよね」

「いいですね。笹。私たちの高校はそんなのないですよ。やっぱりああいうのは中学までなのですかね?」

「七夕……七夕」

「?お兄ちゃん、どうしました?」

「ん?いや、七夕について何か忘れていることがあるような、ないような」

「はっきりしないですね。あ、そうです!そういえば、白鳳神社でも七夕祭をやるですよ!ちっちゃな催し物ですけど、みんなで行きませんかです!」

七夕……祭。

りんご……飴!

あぁぁあああぁぁぁあああぁあぁあぁぁああぁああ!!

「どうしたですか、真君?顔が真っ青ですけど」

忘れていた。凄い勢いで忘れていた。

そりゃ、二ヶ月も前の話だから忘れていたとしてもおかしくはない。

ともかく忘れていた。

僕は、僕は……トモと柚子にりんご飴を買ってやる約束をしていたのだった。柚子に至っては更に綿菓子も追加である。

ちょっと待ってくれ。本当に待ってくれ。

確か、七夕は七月七日、だよね。それで、僕のお小遣いが渡されるのが十日だから……それで現在の有り金は……忘れもしない三百円だ。

先月はいろいろとお金が出て行ったからなぁ。

今月は切り詰めていかないと、と思っていたんだ。

と、そんなことはどうでもいい。

えっと、三百円じゃりんご飴は一つも買えない。

つまりトモ、柚子共に怒らせることになる。

……えっと、生命の危機?

もしかすると今年一番の危機的状況が僕に訪れたのかもしれない。

落ち着け、落ち着くんだ、僕。

そうだお小遣いを前借すればいいんだ。

那美姉に土下座して頼めばきっと……きっと、無理だ。

きっと那美姉は土下座させるだけさせて、前借をさせてくれないだろう。

『計画的に使わないお前が悪いんだ』というに決まっている。

「真君がぶつぶつと何か言っているですが、それは置いておきましょうです。私と真君と、コッコちゃんと、柚子ちゃん、あと那美姉さんの五人で七夕に絶対行きましょうね!」

「そうですね。最近はごたごたしていましたから、久々にそういう庶民的なお祭りに参加するのも悪くないですね」

トモと柚子が七夕祭りのことについて話し合っていたが、僕はお金をどう工面すればいいかでそれどころではなかった。


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