ジンルイサイヤクの殺意 名無誠
全て終わってみれば大した物語ではなかった。
そう、本当に意味のない物語だった。
国生君代先生としては復讐を果たす物語で、名無は始めての敗北を知るという物語だった。
さて、それでは僕としてはこの物語はどのような物語だったのか?
言うまでもない。
それは悲恋の物語だ。
……などということはなく、お金を稼ぐ物語だった。あとはまったく意味のない話なのだ。
二日働いて計二万円也。
高校生のバイトとしては破格の収入だった。
うむ、これで今日という日に死を迎えるという結末を回避することが出来た。
最初はどうなるかと思ったけど、ちょろいバイトだった。
こういうバイトならもう一度ぐらいあってもいいかもしれないと思う、懲りない僕であった。
そして今日は七月七日。七夕の日。
七夕の日は高確率で雨が降るものだが、今日に至っては快晴。
雲ひとつない良い天気であった。きっと織姫と彦星も喜んでいることだろう。
もっともそんな御伽噺を信じるほど僕は若くはないのだけど。
そういうわけで、僕は白鳳神社にいた。
この神社の土地を借りて、小さいながらもお祭りをやるということなのだ。
あまり有名なお祭りではないようなので人はまばらだが、人混みが嫌いな僕にとってはちょうど良いくらいだ。
待ち合わせしているのはいつもの面子だ。
トモ、柚子、小鳥、そして福田姉妹。
女性陣は浴衣を着てくるというので、今は僕の家で四苦八苦中。
男は後で見るもんだ、とか那美姉に言われたため仕方なく先に現場に向かったというわけだ。
しかし、こういうところに男一人で来たところでやることがないな。
射撃とか輪投げで一喜一憂出来る年でもなくなったし、お面を買いたいと思うほどのヒーローもいないことだし、そこまでお腹が空いているわけでもないし……
ようは何もやることがなく手持ち無沙汰であった。
「こういう時暇を潰せる特技でもあれば良いんだけれど」
脳内詰め将棋でもやってみようか?
……
そもそも将棋のルールを知らなかったりして。
仕方がないので脳内周り将棋を行うことにする。
「……むむむ、そこでそんな大技が炸裂するとは。やるなプレイヤー4」
と、そんなことをするのは只の馬鹿で、本当にどうやって時間を潰そうかと考えていると……
「おぉい!マコちゃーん!」
知り合いが声をかけてきた。
だけどマコちゃんは恥ずかしいからやめてもらいたいのだけど、それを僕は指摘できないのであった。
声がした方を向くとそこには浴衣姿の……
「えへへ、マコちゃん似合うかな?」
「……」
いや、似合うけどさ。
それはどこで手に入れたものなんだ?そもそもどうやって手に入れたものなのだ?
そのことについて問いたいのだけど、世の中には知らないほうがいいことがいくつも存在し、これもそのうちの一つだろうと僕の直感が言うのであえてスルー。
「に、似合わないかな?」
彼女には珍しく弱気な発言。
上目遣いに僕を見つめるその瞳に、やられた。
「に、似合うよ」
どもる僕。
どんだけ純なんだよ。
もっと毅然とした態度が出来ないものか?無理だろうなぁ。
「本当?ありがとう」
「あ、あぁ」
「マコちゃんは今日は一人なの?」
「うん?いや。後からぞろぞろと連れが来るだろうけど、生憎今はお着替え中」
「やた。じゃあ今だけはマコちゃんを独占できるね?独占禁止法も適用されないんだね?」
「その法律は僕を独占することを禁止しているものではないから」
と長いツッコミをいれてしまった。
「じゃあ、とりあえず……綿飴食べたい!奢って」
「相変わらず甘いものが好きなんだね。まあいいけど」
懐はホクホクなので綿飴を奢ってあげる。
「あまーい」
「そうかそれはよかったね」
「でも綿飴って何で綿飴っていうんだろうね?綿よりも雲のほうが可愛らしくない?」
「それは綿飴じゃなく雲飴にしろっていうこと」
「そういうこと」
「それもいいかもしれないけど……いやだめだ。雲だとそっちじゃなくて生き物の蜘蛛のほうを思い浮かべてしまう」
「それは、うん。気持ち悪いね」
驚いたことに彼女も僕と同じ感性をしていたようだ。
……さて。戯れはこれぐらいにして。
「それで名無。今日は何の用だ?」
「ういうい。マコちゃんのその台詞。とても懐かしいよ」
遠い昔を思い出すような顔で名無は言った。
「用っていっても大したものじゃないんだよ。ほら、あの後さ直ぐに私たち別れたじゃない」
それが最善であると僕は思ったからだ。
あの後、僕と名無が一緒にいることはいろいろな意味でよろしくなかった。
だから僕たちは別れた。
それは僕の決断だったが、名無もその決断に従った。
そうしてから数日が経って、今に至っているというわけだ。
「ういうい。マコちゃんが決めたことだけど、私結構寂しかったんだからね」
「ごめん」
「ういうい。まあいいけどさ。ともかくあの時私は直ぐにマコちゃんと別れちゃったから、まだ理由を訊いてなかったんだよ」
「理由?」
はて?
それは何の理由なのだろうか?
それは恍けている訳でもなく、本当にわからない。
「うーい!私を、『複製』した理由だよ」
「あー」
そう言われてみれば言っていないような気がする。
でもその理由って必要か?
別にいらないだろう。
知らなくても人生は生きていけるさ。
そういうわけだからこれからも知らないで、人生という荒波を生きていきたまえ。
とはぐらかそうとした空気を察したのか、名無の綿飴を持っていない左手がいつの間にか刀に『変換』していた。
「ういうい。知っていると思うけど、前のマスターは私が殺したんだよ。これがどういう意味かわかる?」
「えぇ。わかりますとも」
正直に答えなければ殺すという意思表示だ。
うーん。恐ろしい。
冗談じゃなく本当に実行するから、厄介な相手なんだよなぁ。
あぁ。本当ならこの理由は墓まで持って行きたかったんだけど、このままだと今すぐに墓に入る羽目になってしまうので、そこは妥協して答えることにしよう。
「大した理由じゃないんだよ。だから笑わないでくれよ。僕はね、名無。君といると楽しかったんだ」
そう、誰と話すよりも楽しかった。
誰といるよりも居心地がよかった。
だから、
「だからこの世からいなくなった君を、僕は『複製』したんだ」
それは勿論君代先生も知らない。
誰も知らない、僕らだけの秘密だった。
故に他の人に見つからないように、名無には隠れてもらうことにしたのだけど、それにもう飽きてしまったのか、再び僕の元に舞い戻ってきてたりする。
「ういうい。私としてはあそこで綺麗にやられて満足だったんだけどなぁ」
「ごめんね。僕が満足していなかったんだ」
「うい。でも私もマコちゃんとまた話が出来て嬉しいかな」
満面の笑みでそう言う名無。
「でも私は災害みたいなものだよ。いるだけで人の迷惑になるし……」
「まあそうかもしれないけれど、その辺は自重してくれ」
『複製』した時に決めたルールが「出来るだけ人を殺さないこと」だ。
ルールというよりも約束に近い形だったのだが、おそらく出来る限り名無はそれを守ってくれるだろう。
何だかんだ言って、彼女は純粋で優しい女の子なのである。
「マコちゃん……」
さて、お別れも近づいてきたようだ。
楽しかった時間も終わり、彼女の問いかけもこれで最後となる。
「マコちゃん……私は殺意という道具だよ」
「いや、名無は人間だよ」
「ういうい。道具だよ。だからマコちゃんに私は問わなくちゃいけない。現マスターのマコちゃんに問わなくちゃいけないんだよ」
酷く真剣な様子で名無は言った。
「マコちゃんは私を、どういう風に使いたいの?」
「友達」
それは即答だった。
まるで迷いのない言葉に僕自身も驚く。
名無はその回答に目を丸めるも、やがて……
「あは」
と笑顔を戻してくれた。
「ういうい。やっぱりマコちゃんは最高のマスターだよ。これからお別れだけど、もしマコちゃんがピンチになったら、どんなことがあっても駆けつけるからね。マコちゃんを絶対に殺させはしないんだから」
「それは頼もしい」
いや、本当に。
「それじゃあ、これでお別れかな?」
「ういうい。そうだね。あ、マコちゃん。最後に一つだけ頼みがあるんだけど」
「うん?なんだい?」
「うい。私名前が欲しいんだよ」
「名前?名無っていう名前があるじゃないか?」
「あれは苗字なんだよ。名前が私にはまだないんだよ」
えー、いつから名無が苗字になったんだよ?
僕に自己紹介をしたとき名無が名前といったじゃないか?
「苗字は前マスターがつけてくれたから、名前のほうはマコちゃんにつけて欲しいんだよ」
またもや上目遣い。
ぐわ、やられた。
「わ、わかった」
と二つ返事で答えた僕。
うわ、ダメ人間だ。出来もしないのに引き受けた。
「わーい!やったね」
「……」
僕はしばらく考えた後、名無誠という名前を彼女につけた。
僕と同じ名前をつけた理由。
そんなことは決まっている。
そのほうが名無といつでもどこでも繋がっているように感じるから、ということを表向きの理由として名無には話したが(そして喜ばれたが)……
本当はマコちゃんと呼ばれないための対策だったりする。




