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『色彩』 国生好代

綾瀬真……奴の能力は充分理解しているつもりだった。

『殺意視認』、『奪取』、『複製』。どれを取ってもハイレベルな能力である。

だが、綾瀬真自身に脅威は感じなかった。

能力は優秀だが、戦闘経験のない只の素人。

実戦になれば、実際にやりあえば勝利などたやすい。そう踏んでいた。

しかしその認識は間違いであった。

戦闘経験のない素人……それは間違っていない。

ただ、綾瀬真は自分の力をよく理解していたのだ。

おそらく綾瀬真は、戦いという舞台に上がらず相手を壊す。

相手の情報さえ得ればそれを難なく行ってみせる。

もし今日、綾瀬真にその気があったなら、きっと私は壊されていた。

その気がなかったから、綾瀬真はあそこで引き上げたのだ。

成るほど。

真に注意しなければならない相手。それは綾瀬真なのかもしれない。



家に帰ると誰もいなかった。

それはそうだ。那美姉さんは仕事だろうし、トモと柚子はまだ学校で授業を受けていることだろう。

僕は早々に制服から普段着に着替えると、自分の部屋のベッドにダイブした。

バフン。

「あー……やっちゃったなぁ」

先程のことを思い出して、欝気味になる僕。

信じられないかもしれないが、あそこまで言うつもりはなかった。

僕は君代先生……本当は好代さん……のことが嫌いではない。むしろ好きな部類に入るだろう。

好きなのに……今日彼女と話し合った時、僕は迷った。彼女を壊そうかどうか、迷った。

僕の中で一つの声がする。

『彼女を壊そう。壊せばそこから甘美な味がする。その味を求めて、お前は何人も**してきたじゃないか?』

あれは本能の声。僕の内にある本能の声。

それを抑えたのは僕の理性。

僕がこの世で一番信用を置いていない、僕の理性。

信用をしていなかったのだが、それが今回僕の本能に抑えをつけたのだから、その認識を少しは改めるべきかもしれない。

まあ改めて自己評価を高くして足元を掬われるというのが、僕らしいオチなのだけど……

「って、そんなオチを考えている場合じゃなくて……」

馬鹿か僕は。オチなんて今考えることじゃない。

あー、もうやだ。こんな自分やだ。

ベッドにダイブした状態のまま、駄々っ子のように足をばたばたさせる。

そうすることでモヤモヤとしたストレスのようなものを発散させる。嫌な自分を忘れられる。

でもそれも疲れてやめる。

静かになった部屋で、また思考をする。

「どうして……」

どうして僕は他人を壊したいという衝動に駆られるのだろうか?

真壁君の事件の時もそうだった。

最初はその気はなかった。でも相手の心の隙というものが見えた時、それを壊さずにはいられない衝動に駆られるのだ。

「それはきっと……」

きっと僕の根源的なものであると思う。

そしてその衝動と、六歳の時に失った記憶。それは少なからず関係しているのではないか、と僕は感じていた。

コツン。

僕のその時の記憶。それを思い出そうとすると、僕の気分は途端に悪くなる。

コツン。

それはまるで思い出してはいけないもののように。思考を中断させるように、気分が悪くなるのだ。

コツン。

いったい、その時に何が……

コツン。

「……」

何か、一定間隔で音が鳴っているのだが。しかも聞き覚えがある音が。

コツン。

これは間違いなく、あいつの所業だと思うのだが。

何故にあいつがここに訪れる?

僕は早退してきたから今ここにいるのであって、本来ならば学校にいたはずなのだ。

そういうことをあいつは考慮しないのだろうか?

しないんだろうなぁ。

コツン。

すでに六度目の音。

さてそろそろ返事をしないと、あいつのことだ。無理矢理侵入してくるか、小石ではなく岩を投げ込んでくるかの二択だろう。

どちらにせよ惨状になるのは間違いないだろう。

それを回避すべく、僕は窓を開けた。

んで、昨日の夜同様僕の部屋目掛けて跳躍してくる犯人。

「あー」

普通の人間が跳躍したところで二階にある僕の部屋まで到達できるわけが無いのだが、如何せん彼女は普通の人間ではなかったため、いとも簡単に僕の部屋に侵入してきた。

そしてニンマリした笑顔を浮かべながら言った。

「ういうい。久しぶりだね、マコちゃん」

「今日あったばかりだよ、名無」

「今日?昨日じゃないの?」

「日が変わっているまで話していたじゃないか。つまり今日あったで間違いないよ」

「ういうい。成るほどなぁ」

「あれ?」

見ると名無の髪はポニーではなくツインテールになっていた。

「今日はツインテールなんだ」

「うい?夜訪れた時はポニーだったでしょ?」

「いや、確かに今日の始まりまではポニーだったけど、今あったときはツインで……あぁ、めんどくさい。ツインテールにしたんだね。これでいいよね」

「うい!どう?マコちゃん、似合う?」

「うん、似合うよ。可愛い」

自然とその言葉が出た。

「えへへ、気に入ってもらえてよかったよぉ」

はにかんだその笑顔は本当に可愛くて、不覚にもドキッとしてしまった。

落ち着けよ、僕。

相手は人間じゃなくて、殺意。人間じゃなくて、殺意。

……人間じゃない?

これだけ人間らしいのに、人間じゃない?

人間ってどこを取って人間と認めるのだろうか?

わからないなぁ。

「ねぇねぇ、引っ張ってみる?ツイン引っ張ってみる?」

「いやぁ、ツインテールは引っ張るものじゃないだろう」

「と言いつつも引っ張りたいんじゃないの?」

「別に引っ張りたくはないけれど……触りたくはあるかもしれない」

正直な欲求が言葉として出てしまった。

言った後に激しく後悔。

「ういうい?マコちゃんって髪フェチ?別に良いけど」

「髪フェチじゃないけど、何か触り心地よさそうだなと思って」

さらさらの髪の毛。

そういえば他人の髪の毛を触るなんていつ以来だろう?

昔はよく柚子の髪を梳かしてやったりしていたのだけど、小鳥と恋人同士になってからは一度もやっていない。

つまり一年はそういう経験がなかったということだ。

……いや、なかったからなんだということではないのだけど

「ういうい。どうぞ」

そう言って僕にその頭を預けてくる名無。

その小さな頭を見ていると、柚子の髪を梳かしていたときのことを思い出す。

僕はそのツインテールを指で梳かしてみる。

「ういん♡」

あ、何か気持ち良いかもしれない。

さらさらの髪が手に絡みつく。

他人の身体の一部が自分の身体に接触する感覚。

只それだけの行為なのに、僕は先程のどんよりとした気分が晴らされた。

人は満たされるために、他人との接触を試みるのかもしれない。

そういう意味では僕は今、確実に満たされていた。

「うい、マコちゃん。気持ち良い?」

「うん。いい感触だよ」

「ういん♡。私もなんか気持ちが良いよぉ」

トロンとした表情の名無。

傍から見ると僕らは恋人のようだ。

実際は相手の名無は人間じゃないのだけど。

そうしているうちに数分が経った。

「……そういえば、名無はここに何の用があって来たんだ?」

名無の髪を梳かしながら訊ねた。

ツインテールに目が行ってしまい、重要なことを忘れていた。

名無が僕を訊ねてきた理由を僕はまだ訊ねていなかった。

まあ、名無のことだから『僕に会いたかった』とかいうどうしようもない理由だったりするのだろうけど。

「ういうい。今日は何と二つの用が会ったんだよ」

ぶい、とピースサインを僕に示してくる名無。

それは用件が二件ということを表すサインなのか、只単に絶好調だということを示したいがためのものなのか、僕には判断が出来なかった。

「一つ目はこの髪型を見せに来たんだよ」

酷くどうでもいい理由だった。

確かに僕がこの髪型を楽しんでいるのは事実ではあるが、でもその理由で僕のところを訪れる名無って……

何だ?僕らは付き合い始めたカップルか?

行動がまるっきりそれだ。

「マコちゃんもこの髪型に喜んでくれているし、それだけでも来たかいがあるってものだよ。ういうい」

「そうか」

「そうだよん」

僕としては、僕が喜ぶことによって名無が喜んでくれて良かったと思ったのだが……ん?何か幸せがスパイラルしているような。

「まあ、いいや。それで二つ目の理由は?」

「最中食べに行こうよぉ」

二十四時間もしないうちに同じお願いをされてしまった。

「だから、昨日も言ったけどお金がないんだって」

昨日お金がなければ今日もお金がないのは世の理だ。

君代先生の仕事も終えたわけじゃないし、僕の懐が暖かくなるのはまだ先の話だろう。

「ダイジョウブイ!」

再びピースをする名無。

やけにハイテンションだ。

「大丈夫って、お金がないのに何が大丈夫なんだ?お金がなければ最中は買えないだろう?」

まさか店員を殺して奪うとか、そんなことを言うわけじゃないだろうな?

仮にも人類災厄の殺人鬼の殺意。それを行うことは朝飯前であろう。

一抹の不安を覚えていると、

「お金は私が払うから」

「あ、そういうこと」

良かった。

惨劇を目の当たりにしなければならないのかと思って、ハラハラドキドキしてしまった。

思いのほか名無は常識人なのかもしれない。

「今日帰った後に考えたんだよ。よく考えたら、マコちゃんに最中代を払ってもらわなくても私が払えばいいんだって」

「まあ確かに、それなら直ぐにでも一緒に食べに行くことは出来るけれど」

名無はそれでいいのだろうか?

僕に奢ってもらうことに意義があるとかそういうのはないのだろうか?

いや、無いほうがいいのだけれど。

それでいいのかと、名無に目で合図を送ってみるけど……

「うい?ういん♡」

何故か笑顔で返されてしまった。

それでいいらしい。

「まあ、名無が払ってくれるというのなら、一緒に食べに行くことに異議があるわけがないんだけど」

「そう?じゃあ行こうよ。ささ、善は急げ」

「あぁ、待って」

ちょうど今は下校の時間。

出て行くと、トモ・小鳥・柚子の誰かしらに会う可能性もある。

彼女たちが帰ってきてから行くことにしよう。

「もうちょっとこうしていて良い?」

「もう!マコちゃんって甘えん坊だね。まあいいけどさ」

結局、ずっと名無の髪を梳かして時間を潰した。



決心はずっと前についていたはずだ。

それは君代が亡くなり、そして両親に自分が好代であることを打ち明けた時。

あの時に私の決心はついていたはずだった。

何ごとに代えても君代の仇をとるということを。

誓ったはずだった。

だが、実際は迷ってばかりだった。

自分を変える覚悟もなく、本気を出す覚悟さえない。

私はいつからこんなに弱くなったのだろうか?

……いや、違うか。

私は最初から強くなどなかったのだ。

戦闘能力は高いかもしれない。しかし精神はどうだ?

子供の頃からまったく進歩がない。

子供と同じ精神力。

だから迷ってしまうし、あの時君代の申し出を断ることが出来なかった。

「はっ、笑ってしまうな」

「何がですか?」

「……月見か?」

一人で屋上で黄昏ていると思ったが、どうやら背後に人がいたようだ。

月見英無……国生、桜守、に並ぶ国護りの三家の一つ、月見。その後継者。

私に近い存在ながら、私とは重なることはない存在だ。

「はい。月見です」

「いつからいた」

「今ですが」

「具体的な時間を聞いているんだ。答えろ」

「大体十五分ぐらい前からです」

飄々と答えてみせる月見。

それは私がちょうど屋上に来たころである。つまり尾けられていたらしい。

並みの相手であれば尾行されていても気付くのだが、こいつの尾行にだけは気付くのは不可能だ。

こいつは気配も消せれば足音も消せる。消せないのは姿ぐらいだ。

「はっ、だから私はお前が嫌いなんだ」

「そんなに怒らないでくださいよ。僕だって好きであなたを尾行しているわけじゃない」

「はっ、そりゃ悪かったね」

悪態をつけば月見がどこかにいくのではないかと期待したが、引き下がらない。

「それで、何が笑ってしまうんですか?」

「……」

無視を決め込んだところで、こいつはきっと無言で尾行を続けるだけだろう。だからその理由を言ってやった。

「自分の弱さがだよ」

「あはは、それはおもしろいですね」

「笑うな!殺すぞ、クソガキ!」

「笑ってしまうんじゃなかったんですか?」

「他人に笑われるのは癪なんだよ!」

「あはは、流石は君代先生だ。まだ見事に演じているじゃないですか」

「なに?」

自分でもわかる。

こめかみの辺りがぴくぴくと痙攣するのが。

つまりこの感情は、怒りだ。

「それで?いつまで演じているんですか?君代先生……いや好代さん」

こいつは昔から知っていた。

桜守とは違い、こいつは私が好代だということを入れ替わった時から知っていた。

私と君代は言ってもないのに、そのことを知っていた。

「綾瀬真を動かしたのは僕です」

「……」

それは知っていたが、何故こいつはそれを私に公言するんだ?

「今日綾瀬真があなたのところに来たでしょ?」

「いや、来てない。むしろ行った」

「行った?おかしいな。少し予想とずれたようですね」

首を傾げる月見。そんな態度をとる月見を見たのはこれが初めてだった。

「やっぱり扱いづらいなぁ。思ったとおりに行動してくれないなんて。まっ、いいか。それで、綾瀬真からは何かしらのアクションはありましたか?」

「……」

「ありましたね?」

月見は私の無言を肯定と捉えて話を先に進めた。

「綾瀬真と問答を行ったんでしょう?結果は……まあ聞くまでもないでしょう」

「……」

「あれが病猫です」

おそらく、綾瀬真はそのことを知らないんだろう。

知らないが、おそらく奴自身の本能がそう動かすのだ。

人を壊したいという本能が。

あいつはあれを抑えることが出来るのか?抑えることが出来ない場合は、おそらく動くしかなくなるのだろうな。

国護りと防凶が合わせて対応するハメになるのだろう。

下手すると十死にも、だ。

「彼と話し合いや問答を行うことは、喰われることと同義です。風間勇さんと同じなのですからね。そこをきちんと把握しなければならないんです」

「把握していた、つもりだったさ」

「つもりじゃ、次は喰われますよ」

「……で?お前はそれを私に忠告するために尾行していたというのか?」

「勿論、そんなわけありませんよ」

あはは、とまた笑う月見。

しかし、その笑みは作られた笑みだ。

まったく虫唾が走る。

こいつとの話は出来ればこれっきりにしておきたいのだが、こいつがそれを許してくれるわけがないだろう。

案の定月見は私の意向など無視して続けた。

「綾瀬真は先生を喰わなかった。喰わなかったが、その弱さと矛盾を説いたはずだ。だからこんなところで黄昏ていたんでしょう?」

「……あぁ、そのとおりだよ!」

逆切れに近い形で私は言った。

大人気ない。しかし、君代の基本行動は大人気ないものなのでそれは私らしい行動なのかもしれない。

「この後どうしたらいいか、迷って迷って、それが悪いことか!」

「別に、悪いことじゃないですね」

「それなら一人にしてくれ」

「ダメです。一人で考えればあなたは確実に悪い結果しか導き出さない」

「どうしてそう決めつける?」

「あなたは決断力がありませんから。それは君代さんがじゃないですよ。好代さん、あなた自身のことです」

「……」

「あなたはいつも重要な決断を他人に任せる節があります。それはあなた方が入れ替わりをした時もそうでした」

だから、それを何故知っている。

「今回、あなたのする決断はおそらく最悪のものになるでしょう。だから」

月見と目があう。

何を考えているかわからない瞳。

その目に綾瀬と通じるものを感じ取った。

「僕が人類災厄の殺意を始末しましょう」


「なっ」

どうして、どうして今頃になってそんなことを言う?

そもそも月見家は滅多なことはない限り動かないはずだ。

それは大きな力を持っているが故。故にその力は世界のバランスを崩すのである。

どんな事象があっても動かない。

故に月見。

それは昔の人が付けた名だ。

いかなる災厄が国を覆おうと、彼らは月を楽しむばかりで動かない。

彼らが動く時は自分にその災厄が振りかぶった時か、または……

「驚くことは何でもありません。単なる気まぐれですよ」

「……」

または気まぐれで動く一族。

国護りの三家の一つでありながら、絶対に国から依頼が来ないのはそういう理由があってのことだ。

彼らは彼らの信念に基づいて動く。

それを無理矢理に動かすことは誰であっても出来ないのだ。

「何故?」

「何故とは?何に対しての何故ですか」

「全てに対してだ」

「ふむ」

顎に手を当てて考えるポーズをとる月見。

本当に何か考えているかどうか、それは定かではないが。

「動きたくはないんですがね、あれを始末できる人間となると、それは数が限られてくる。まず『置換』の失魔法ロストマジックを所有するこの僕。方法は無効化。宇宙の彼方へ送りつければいくら人類災厄の殺意であろうとも害はなくなるでしょう。あ、そういえば先生は人類災厄の殺意の能力はご存知でしたっけ?」

「……奴とはやりあったが、わからなかった。ただ私の能力を全て受け止められた、としか」

「人類災厄の殺意……彼女の能力はそんなに複雑なものじゃないです。『硬質化』、『鋭化』、『再生』。あとは人並み外れた身体能力。いやあれは化け物の並からも外れているものですね」

『硬質化』、『鋭化』、『再生』……それらは非常に珍しい能力、というわけではない。

異常者の世界においては何も珍しいことはない、良くありふれている能力である。

実際、私はそういう能力を持つものと何度も手を合わせて、そして勝利してきた。

それならば何故人類災厄の殺意に勝てなかったのか。

「しかし彼女の恐ろしいところはその身体能力にあらず。その単純な能力です。『硬質化』によりほとんどの攻撃を殺し、『鋭化』によってどんな防御壁も破る。そして『再生』によって『硬質化』で抑えられなかった攻撃を治す。あれを殺しきるのは不可能に近い。だからまず殺すよりも無効化という方面で僕を挙げさせてもらいました」

「確かに、お前の能力ならばいとも簡単に無効化出来るだろうさ」

出来るだろうが……なんだ?この感情。

形容しがたい感情が私の中に芽生えていた。

「あと奴を始末できるとしたら、『天衣無縫』の参乃川玖浪、勇さんに付いている竜花さん。『黒色解体』の弐解ほつれには無理でしょう。彼の能力は最も強いが、しかし再生を行う彼女を殺しきることは出来ない」

いや、出来る。

そうだ。珍しく月見は知らないのだ。

ほつれは月見や私と同じように表には隠している能力を有している。

それを使えばほつれは簡単に人類災厄の殺意を始末できるだろう。

もっとも、彼は命令しても動く男ではないが。

「こんなものでしょうか?いや……そうそう。大事な人を忘れるところでした。『色彩』の国生好代」

「……」

「あなたがその力を使えば、人類災厄の殺人鬼だって殺すことが、いえ始末することが出来るのに……あなたはその力を使わない」

「……」

大きな力は、

大きな力は、確実に、

使えば確実に、何かを、

大事な何かを、壊してしまう。

大きな力とは識っているだけでも危うい。

それは、私が築いてきた世界を、簡単に壊すことが出来るほどの力なのだ。

「だから僕が、始末してあげますよ」

「……」

だけどそれでいいのだろうか。

私は誓った。

あの時君代が死んだ時、私は好代になって敵討ちを行うと。

必ず君代の敵を討つと、誓ったはずなのに……

私は、あの時から築き上げた私を、いまだ捨てることが出来ない。

「先生は君代先生のまま傍観していればいい。宇宙に行って人類災厄の殺意が死ぬかどうかは不明ですが、まあ害を及ぼさないことは確かですからね。それでこの話は解決だ」

「……」

どうして捨てることが出来ない?

好代から君代になった時は、好代を簡単に捨てることが出来たのに。

「……さて、ここで質問です。今日最後の質問になるでしょう。先生。先生はこのまま僕がこの事件を解決してしまっていいのでしょうか?」

……それは本当に、最後の質問だろう。

良いと答えれば、おそらく彼は難なく人類災厄の殺人鬼を始末してくれるだろう。

それは、ここで行う最善の答えだったかもしれない。

答えだったかもしれないが……

「………………………だろう」

「はい?」

私が小さい声で言ったから、月見は聞き逃したようだ。

だから私は今度は聞き間違えることがないように大声で言った。

「ダメに決まっているだろう!!あぁ、もう!わかっているんだよ!うじうじするのは私らしくない!それは君代でも好代でも、私らしくない!そうお前は言いたいんだろう!」

「ははは、その通りですよ」

よくおわかりで、と付け加える月見。

「手前、私を焚きつけるために自分が動くなんて言いやがったな!本当は動くつもりもないくせに!あぁ、わかったよ!お前の思惑通りに動かなければならないというのは少し癪だが、やってやる!その結果、どういう私になろうとも、悩んでいるよりは充分私らしい。『色彩』を使って人類災厄の殺意をこの世から消す」

ようやく、ここにきてようやく、私は全力で対象を消すことを決意した。



待ち合わせは駅前。

柚子とトモが帰ってきたのを見計らって、名無は窓から逃亡。僕も用事があるから、とかいう理由にもなっていない理由を二人に告げて自宅を後にした。

家から直ぐに近い場所を待ち合わせの場所に指定すると、もし万が一知り合いに見つかった場合、いろいろと面倒なことになるので待ち合わせ場所は目的地でもある駅前にしたのであった。

何でも駅前にとても美味しい和菓子屋があるらしい。

そういうところの最中を僕は食べたことがないのだが、果たしてコンビニに売っているものと違いを見出せるだけの舌を僕は有しているのか?いささか疑問ではあるが、しかしその最中の味が例えコンビニで売られているものと変わりがないものでも問題はないであろう。僕と名無は、おそらく二人で行ったということが重要なのであって、食べた最中の味なんてどうでもいいのである。

本当に、本当のカップルのような思考。

何だ?僕らは気づかないうちに好き合っていたのだろうか?

いや、そうかもしれないが、そうじゃない。

ただ僕らは確かめたいだけなのかもしれない。

僕は名無という殺意に、どこか共感を持った。

この殺意のマスターと僕はどこか似ている。殺意を視てそう思う。

そう思うということは、僕自身の殺意はもしかすると名無と同じ指向性を持っているのかもしれない。

そうかもしれないから、僕はもっと名無と一緒にいたい。

自分のことが知れるかもしれないから。

自分の知らない自分が知れるかもしれないから。

だから、本当に、名無のことが好きとかそういうのはありえないから。

うん。誤解はやめてもらいたいのだ。

さて、本当ではないどうでもいい思考はこれぐらいにして、駅前についたので名無を探す。

うーん、名無は背がたいしてないので探すのが困難だ。

僕も男性としてはそこまで背が高いほうではないのだけれど、名無との身長差は結構ある。これは名無のほうが僕の姿を見つけてくれると嬉しいのだが……

「うい?ようやくマコちゃん発見!うーい!マコちゃーん!」

ういうい言う名無がどうやら僕を発見したらしい。

声がした方を振り向くと、名無が大きく手を振って自分の小さな身体を大きくアピールしていた。

まあ、見つけてくれたのは嬉しいのだが、マコちゃんはやめてもらいたい。

もっともそれを言えるほど僕は豪胆ではないので、

「ごめん。待った?」

などと、むしろ名無の心配をする言葉を投げかけていたりする。

「うい。十分ぐらいかな?」

「そうか。それはごめん……って、それってほぼ名無が家を出た時間じゃないか?」

僕と名無はほぼノータイムで家を出た。

それが約十分前。

それから十分かけて僕はこの駅前にたどり着いたのであるが、名無はその十分前にここに着いていたという。

これはどういうことか?

考えうる答えを僕は口にしてみた。

「えーと、名無ってもしかして瞬間移動とか出来る人なのか?」

ドキドキしながら聞いてみる。

出来るっていわれたらどうしよう?それは全ての移動手段を超越したあの猫型ロボットの便利道具と同じ機能を持っているということである。少年ならば、否日本人ならば一度は憧れるあの道具。あれと同じことが出来るなんて、尊敬に値することだ。むしろ僕も出来るのであればその骨を教えてもらいたい。

「うい?違うけど?」

不思議そうに首を振る名無。

あれ?違ったのか?じゃあ、残る可能性は……

「まさか、時間操作?」

そ、それだったらマジ凄い!

やりたい放題じゃないか?

時間を止めたり、進めたり、戻したり……どれか一つでも出来れば、そいつはもう人間とは呼べない。神として崇められても何らおかしくはない能力。

成るほど、それならほとんどの者が敗れ去ったことも納得が出来るし、あのとき君代先生の能力をどうにかしたのだって説明がつく。

「ういうい?違うけど」

つくのに違ったらしい。

しかし、それならいったいどういうことなのだろうか?

僕の空想キャパシティーもそろそろ限界に近づいたため、直接答えを聞くことにした。

「えっと、それじゃあどういうことなんだ」

「うい?単に走ってきただけだよ。約一分ぐらいで着いたからね」

それだけだった。

成るほど。

僕の歩行スピードは決して速いとはいえないし、逆に名無は人類災厄の殺意。さぞ身体能力が高いのだろう。その彼女が走ったとなればそのぐらいの時間差は生まれるのかもしれない。

「そうか。言われてみれば単純なことだったね。僕らは約十分前に家を出たのであって、それから名無はここに一分で着いたとなれば、待ち時間は約十分だというわけか。成るほど。トリックのようで、何のトリックもいらない、酷く単純で曖昧な話だったわけだ」

「ういうい。そういうこと」

「でも、名無は急いで来たというのに、僕はのんびりと歩いて来ただなんて何か申し訳がないなぁ」

「うい?どうして?私は好きで早く来ただけだよ。マコちゃんには走って来いだなんて強要してないし」

「それがまた申し訳ないんだよ。デートで女の子を待たせるなんて、男としては最低の部類だからなぁ」

もっとも、僕はその最低の部類に入ると自負しているのだけれど。

「ういうい。私は全然気にしないよ。だから、それでいいじゃん!そんな話はいいからさ。早く最中を食べに行こうよ」

どうやら名無は食べたことない最中に心を躍らせているようだ。

いや、しかしそんなにうまいものか?最中。

まずくはないけど、そこまで期待するようなものではない気がするのだけれど、しかしそれを期待している本人には口が裂けてもいえなかったりする。

「その和菓子屋というのは何処にあるんだい?」

「こっちこっち」

と手を引かれ先導される僕。

まずい。ひんやりとした手で握られた瞬間、かなりドキッとした。

え、僕ってそんなに純な奴だったっけ?

「な、名無。そんなに急がなくても店は逃げはしないよ」

「お店は逃げなくても最中は逃げるかもしれないでしょ」

「いや、それも絶対にない」

売り切れはあるかもしれないが。

しかし、そのお店の看板商品が最中でない限り売り切れるということはまずないであろう。

「落ち着こう。名無。僕らが手を繋いで走ったらかなり目立つよ」

「うい?別に良いじゃない?」

「良くないよ。こんなところ誰かに見られたら、どう説明すれば良いんだ?」

「うい~。……逃げれば良いんじゃないかな?」

「余計怪しいよ!」

トモと柚子は家に帰ってきていることを確認しているが、他の面々は勿論確認していない。小鳥や勇さんに見つかったら、それこそ目も当てられない状況になることだろう。

「名無……僕は別に君と手を繋ぐことが嫌ってわけじゃない。ただね、目立つことは嫌なんだ。目立ちすぎるっていうことは、まったく良いことじゃないからね」

「うい?そうなの?まあマコちゃんが言うならそうなんだろうけど」

すっと手を放す名無。

あ、何か急に寂しくなったり。

「のんびり行こうじゃないか。まだまだ時間はあるんだから」

そんな気分を誤魔化すように、僕は言った。



わかっていたことだが、むしろわかりきっていたことなのだが、僕はダメ人間だ。

僕はこのとき君代先生側でもなく、名無側でもない中立の立場に立っていながら、何もしなかった。

何も考えなかった。

僕はどんな風にも動けたはずだし、結末だって僕次第で変えることが出来たというのに……

何もしなかった。

それは僕がこの物語に興味がなかったのではなく、何も考えなかった結果で……

そう、僕はつくづくダメ人間なのであった。

そして運も最悪に近いほどなかった。

結論。

物語は終わりに向かっていた。



「そういえば、名無の能力って何なんだ?」

和菓子屋に向かう途中に何気なく聞いてみた。

別に意味があったわけではなく、本当に何気なくだ。

「うい?マコちゃん、そんなことが知りたいの?」

「うーん。まあ知りたいと言えば知りたいかな?知らなくても問題はないのだけれど」

「知りたいなら教えてあげるけど、そんなに面白い話じゃないよ?」

「別に良いよ」

面白かろうが面白くなかろうが、僕が振った話だ。

だから結果がどうなろうが責任は僕にあるわけだ。

「私の能力はね、『変換』と『再生』。あとは怪物的な身体能力かな?」

「『変換』と『再生』?」

『再生』はなんとなくわかるけど、『変換』とは何だろう?

いや、言葉の意味はわかるのだが、何を変換するというのだろうか?

「『再生』はその言葉の通り。身体が再生する能力だよ。例えばここで私の腕を切り落としてみても……」

「うわぁ!そんなことしなくていい!しなくていい!」

「例えばだよ。ういうい。反応が面白いなぁ。マコちゃんは」

おかしそうにニコニコと笑う名無。

いやいや、名無だったら本当にやりそうだから慌てたわけで、他の人間だったらこういう反応はしなかったはずだ。

「んで、私の腕を切り落としたとしてもニョキニョキって生えてきちゃう。これが『再生』。この能力のおかげで不死身とか言われちゃっているんだよ、私」

「成るほど。トカゲの尻尾の強化版みたいなものか」

「うい。そうだけどその表現、何か気持ち悪い」

仕方がないだろう。他に良い表現が見つからなかったのだから。

蛸の足も確か再生能力があったらしいのだけど、その表現をするぐらいならトカゲの尻尾のほうがマシだと僕は思ったのだ。

「さて、まあ『再生』の能力は予期していた通りの能力だったから、これ以上とやかくいうつもりはない。それで『変換』っていうのはどういう能力なんだ?」

「それも言葉の通りなんだけどね」

見せたほうが早いか、と言って名無はなにやら右手をグッパーグッパーと動かしている。

「ちゃきーん!こんな感じ」

んで出来上がった右手を僕に見せてきた。

否、それは既に右手にあらず。

手の形をしているが、その鋭利なモノは正に刀であった。

「これが『変換』だよ。身体をどんな物質にでも変換させる能力。大体はこういう風に変換させて、臓器をしゅっと抜き取るんだけどね」

「成るほど。つまりこの間君代先生の攻撃を全て受け止めたのもそういうわけだったということか」

「うい。そういうこと。身体の、あの時も手だね、一部を硬くしてあの攻撃を全て受け止めたってわけ。あの程度の攻撃なら再生するまでもないからね」

「『変換』と『再生』か」

大抵の攻撃は『変換』で防ぐことが出来、それでも防ぐことが出来なかった場合は『再生』で治す。

原理的には不死の身体。

「その能力があれば、名無を倒すことは誰も出来ないんじゃないか?」

「ういうい。そんなことはないよ。再生が不可能なほどの、つまりは一瞬で私の身体を消滅させる攻撃を撃てば倒すことは可能だよ。実際何人か出来る人がいるらしいし」

「それ、本当?いったい誰がそんな芸当を……」

じり。

背筋が凍るような、

殺意を感じた。

僕に対してのものではなかったけれど、

それは今まで感じたどの殺意よりも、

洗練され、

そして、

強烈な殺意だった。

「私が出来るんだよ」

振り返るとそこにいたのは、国生……好代さんだった。



「ういうい。またあなたか」

名無も好代さんと目を合わす。

「今マコちゃんとデート中なんだから邪魔しないでよね」

「……綾瀬。お前凄いのに好かれたな」

その言葉は怒りというよりも呆れといった感じだった。

異常者もここまで極まれば、もう何もいうことはない。そう目が言っている。

「いやいや。あのですね」

「わかっている。言うな。そいつに脅されて連れてこられたんだろう」

「え?」

「進んでデートしているなんて、そんな思考狂人のものだからな」

……僕は狂人だったらしい。

いや、でも、案外良い子ですよ。名無って。

と弁明を計ろうにも、そういう空気でないことは直ぐに察しがついた。

やばい。これはやばい。

この感触。この殺意。

今までの君代先生のそれとは違う殺意。

これが、これが国生好代の力だと言うのだろうか?

「おい。人類災厄の殺意。今からお前を殺す。何か言うことあるか?」

「ういうい。ないよ。さっさと始めて終わらそうよ。それがお互いの望みでしょう?」

「はっ!話が早えな」

そうして、好代さんが殺意を具現化させた。

『虹色』とは違う。あんなものはこの殺意に比べたら玩具のようなものであった。

好代さんが具現化させた殺意は銃と刀であった。

右手に刀。左手に銃。

二つの殺意の形。そのどちらもが一撃必殺の威力を有していることが僕にはわかった。

これが、これが好代さんの殺意。

悪いが君代先生のものとは格が違う。

速さと数に特化した『虹色』。あれはあれで優れた殺意であるが……

目の前のこれに比べたら全てが霞む。

「刀が『色』。銃が『彩』。合わせて『色彩』。使うのは久しぶりだが、それで充分だろ?」

「ういうい。余裕だね、お姉さん。まあ、でも余裕はいいことだよ。余裕がなくなったら、唯一の勝ち筋すら見えなくなるからね」

「お前に対してなら勝ち筋は唯一どころじゃないよ。そうだな唯十ぐらいの勝ち筋はあるだろうな」

「うい。私も同じぐらいの勝ち筋が見えているけどね」

「あぁ、そうだろうよ。だから……」

左手に持った銃をこちらに向けた。

こちらに向けた。

「!」

「青き色は水の色。加えて透き色は寒き色。其の技は絶対零度。万物の動きを止める、必止の技」

そこからどんな弾が飛び出すか、それを見る前に僕は名無によって突き飛ばされた。

宙に浮く体。

気持ちが悪い浮遊感覚。

そしてその最中見た名無の顔は……

笑っていた。

それは幸せそうに笑っていた。

「ういうい。考えたねお姉さん。どうも一手遅れさせられたようだね。でも……」

そして、目が合った。

名無と、人類災厄の殺意と、目が合った。

そしてその幸せそうな笑みを僕に向けたまま、言った。

「こういうやられ方も悪くないね」



動きを封じて、そして絶対的な火力を持って敵を滅する。

それが国生好代さんの攻撃方法のようだ。

僕にわかったのはそれぐらいだ。

一瞬にして名無は氷の彫刻のようになり、そして恒温の炎を纏った刀によってこの世から去った。

跡形もなく去った。

それは『再生』の能力が追いつかない攻撃で、つまりもう、この世に名無は存在していないのだ。

好代さんが殺意を収めた。

「はっ!卑怯な勝ち方だったが、仕方ない。奴とやり合ったら、これを使っても五分五分だっただろうからな。さて……」

好代さんが僕の方を向く。

果てさて僕はどのような顔をしていただろう。

「綾瀬……お前がどうしてあいつと一緒にいたか、それは問わない。ただ、礼は言わせてもらう。ありがとう。お前のおかげであいつを倒すことが出来た」

「不意打ちじゃないですか」

あ、言っちゃった。

つい本音がポロリと出てしまった。

いつもの通りだとここで殴られるのだろうけど、今は好代さんだから大丈夫。

ゴン。

「あ、いた」

いつも通り殴られた。

「あ、あれ~?」

好代さんじゃないのだろうか?

これじゃあまるで君代先生じゃないか?

「好代さん?」

「誰が好代だ。馬鹿者が。それに不意打ちだと?何がいけないっていうんだ?不意打ち上等。使えるものは何でも使ってやるさ」

「あれ?まるっきり君代先生じゃないですか?」

「だから君代だよ。いつ私が好代になると言った。何があろうと、私は君代として生きていく。そうあいつと約束したのだからな」

「???」

よくわからない。

よくわからないが、君代先生はなにか吹っ切れたようだ。

あぁ、どうやらもう突く隙はないようだな。

嬉しいような、悲しいような、何か複雑な気分だ。

「そういうことだから、今までどおり私をおちょくるような発言をしたら容赦なく殴るからな」

「うへ~」

暴君は結局いつまで経っても暴君だった。

「しかし、どうして綾瀬はあいつと一緒にいたんだ?まさか本当にデートか?」

「まさか。僕は最中を食べにいく最中だったんですよ。そこで偶然会いましてね。意外と話があったからそのまま一緒に食べようかと言う話になったんですよ」

「結局イチャイチャしてるじゃねえか」

ゴンと、

また頭を殴られた。

「いや、だって。見た目は可愛い女の子ですよ」

「でも人間じゃねえ。殺意だ。何百人も殺してきたな」

「そうでした」

そうだったけど、僕にとっては可愛い女の子以外の何者でもなかった。

あぁ、そうか。

僕は名無のこと結構好きだったんだな。

今頃になってようやく気がついた。

「さて、君代先生」

「何だ?綾瀬」

「お金ください」

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